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【社畜脱出攻略法:マインド編】

※後半の実践編は現在作成中です。


はじめに

この国には大量の奴隷がいる。
ここでいう奴隷は経済奴隷で、生殺与奪権をひとつの会社に奪われたサラリーマン、そう「社畜」のことだ。

誤解してほしくないが、「サラリーマン」の全否定ではなく、サラリーマンの中の一形態としてみられる「社畜」の否定である。
単純に「脱サラ」を勧めるつもりではないことを最初に断っておく。

近年はジェンダーフリーをはじめ、リベラルが隆盛になってきているが、労働の世界においては、相変わらず正社員礼賛の風潮が強い。
労働の世界も徐々に多様性が拡がってきているが、この正社員礼賛がまだまだ根強く、歪な形で社畜に帰結して多くの人を苦しめている。

自分もかつては典型的な社畜だったから、社畜の苦しみはよくわかる。

朝早く満員電車に乗って会社に行き、上司から命令されたクソ仕事を嫌々やり、夜遅くまで残業して、クタクタになって家に帰っては酒を飲んで寝るだけの毎日。休みの日は疲労回復のために寝るか、ストレス解消のために散財するだけ。同僚たちとは無意味な飲み会をやって憂さ晴らしをして、酒でかろうじて正気を保っているような状態だった。
最低限の生活は保証されたが、ただそれだけだ。

クソ仕事は勿論つまらないし、頑張っても給料は大して変わらないし、出世してもキツくなるだけだから、一体、自分は何のために生きているんだろうと思った。

打開策の一つとして「転職」もあるが、ほとんどの場合は「転職」ではなく、「転社」だから本質的な苦しみは何も変わらない。(もちろん、ブラック企業は速攻で辞めるべきだが)
A社からB社に移ったところで、条件が良くなったり、環境も変わって最初は新鮮だろうが、社畜である限り、やがて同じ悩みが襲ってくる。

また、転職が可能なのは、せいぜい30代前半までで、30代後半以降の未経験者を受け入れる会社はほとんどないのが現実だ。
30代後半以降の転職は、経験者は条件ダウン(エンジニアなどの専門職は別)、未経験者は非正規雇用や安価な給料の単純労働がほとんどだから、多くの人は今の会社で必死にしがみつくしかない。

必死にしがみついても、椅子取りゲームの出世競争には限界があり、いつか負けるし、負けたら居場所もなくなって窓際になる運命だ。

地獄は会社だけでなく、幸せの象徴だったはずの家庭も諸刃の刃となる。
身の丈に合わないマイホーム購入による莫大な借金、高額なお受験の世界に進む子供たち(と鬼嫁化する妻)、年老いる老親の介護。
これらが中年以降の社畜の生き地獄で、人生詰みの状態だ。

自分の人生を自由に生きたい者にとって、社畜の人生は屈辱だ。
起きている時間のほとんどを会社に奪われているということは、会社に自分の人生を売った奴隷と同じだ。
奴隷が自由人になるには、会社に売った自分の人生を何とかして買い戻すしかない。

自分の時間(人生)を他者に支配されて生きている状態という意味では、囚人と社畜に大差はない。休日は短期の仮釈放で、定年は刑期満了とも言える。
最近よく話に出る定年延長は刑期延長や終身刑のようで悪夢でしかないだろう。
特に睡眠、食事、運動の充実が囚人以下で、短命の社畜もたくさんいる。

この国を暗く覆う閉塞感は、社畜システムが制度疲労で限界に達しているからだ。
長時間労働の割に労働生産性が異常に低いのは、社畜システムが明らかな原因だろうけど、見て見ぬふりをしている。
自殺者数は世界でもかなり上位だが、社畜の絶望死も多く占めるだろう。
特に過労死というのは、社畜の究極の被害者で、戦死のようなものだ。
自分も脱出が遅れていたら、その一人になる可能性があったかもしれない。

家族も友達も同僚もみんな社畜で、それが普通だという顔をして生きている。
誰にも相談できないからいつも孤独だった。いろいろな本を読んで行動するしかなかった。
自分なりに考えに考え、悩みに悩み、たくさんの失敗をしながらも、出会いや運にも恵まれて、なんとか脱出できた。

多くの日本人を苦しめる社畜システムは強固で、脱出はなかなか難しい。
それなら、社畜脱出をゲームとして見立て、その攻略法やバグを探し、クリアすることはできないだろうか。これはゲーミファイという考え方だろうか。
拙い内容かもしれないが、社畜脱出ゲームの攻略法としてまとめていきたいと思う。

幸せは人それぞれだが、社畜が幸せな人生を送ることは不可能だ。
これだけは確信している。
だから、社畜で苦しむ他の人の人生に少しでも明かりを灯せたら、とても嬉しい。

社畜脳を捨てる(1)

多くの人が社畜になる最大の原因は洗脳だ。
古来から支配者は、恐怖と欲望、アメとムチを巧みに使い分けて人を奴隷化してきた。
社畜化も同じ手口だが、敵の戦術を知り、自分の洗脳を解く必要がある。
社畜脳を捨てて、自由脳にアップデートするのだ。

洗脳は学校で始まる。
学校という場所は端的にいうと社畜養成所だ。
学校は子供たちの個性を伸ばしたり、自由を満喫させるための場所ではない。
そもそも、教師はブラック労働を課せられた社畜だし、社畜の彼らに個性や自由を教えることができるはずはない。
国家に不都合な内容は教えない(知らない)し、配膳や掃除などの児童労働もさせて、労働は美徳だと刷り込ませる。
上の者に逆らわず、ミスをしない、従順な良い子が評価される社畜の原型モデルにより、大量の社畜チルドレンがベルトコンベアに乗せられていく。

学校の最終段階では、就職活動という奇習を強いられ、学生たちは一斉に集団洗脳されて、企業仕様の人間に改造される。
同じ髪型、同じ濃紺スーツを着る姿は学徒出陣みたいで不気味だ。そう、徴兵制と同じだ。

続いて家庭だ。
社畜制度はネズミ講で、親から子に感染していく自己増殖システムだ。
教師と同様に多くの親も社畜だが、社畜の自覚がない親は自分の子供も当たり前のように社畜にしようとする。宗教2世の問題と同じ構造だ。
当たり前だが、洗脳されている者は自分が洗脳されていることに気がつかない。
そういう者たちに会社を辞めたいと相談すると、常套句の「どうやって食べていくんだ?」というおうむ返しが待っている。
洗脳されている人間に相談しても無駄だからやめた方がいい。

そもそも「働かないと食えなくなる」というのは大嘘で、恐怖を与える洗脳だ。
アルバイトでも食っていけるし、アルバイトもできなければ、失業保険や生活保護を申し込んで食っていけばいいだけだ。
国が用意した制度を権利として行使することは恥ずかしいことでもなんでもない。

「学校で良い成績を取り、良い高校、大学に進学し、良い会社に入る」というのが昭和中期〜後期に流行ったが、半世紀以上過ぎた今でもその力を失っていない。
意味のない受験勉強や偏差値で子どもたちを序列化したのもこの頃だ。

良い学校、良い会社に入れない人はダメ人間という烙印を押されたような気分になるし、実際に世間の評価も低くなる。
しかし、高学歴で成績も良い子供ほど社畜化されやすいものだ。

ホモサピエンスは共同幻想が得意で生き残った生物だそうだが、これもただの共同幻想だ。
良質な社畜として会社に買われるだけで、人間の価値とは全く無関係だ。
どんな有名学校、有名会社だろうと、日本を一歩離れたら、ほとんど誰もその存在を知らないから、大した価値もない。国内限定のローカルな共同幻想に過ぎない。

最期の仕上げはもちろん伏魔殿の総本山である会社だ。
日本の会社がガラパゴスなのは有名だけど、就職ではなく、就社をすることが一番大きいのではないだろうか。
総合職とか事務職のような何でも屋は最悪の形態で、その会社でしか通用しない仕事が多いし、専門性がないアマチュアだ。
他社では通用しないから、社畜化にはとても都合がいい。
「いつ辞めてもいいけど、辞めたら悲惨だぞ」という脅しも現実的になる。
ご主人様が見張らなくても逃げることができない、脱走を諦めた家畜の状態だ。
社畜の完成形である。

多くの人は学校、家庭、会社で洗脳され、その呪縛から逃れることが難しくなる。
かつての自分もその一人だったが、洗脳が解けて、社畜脳を捨てることができたら、社畜だった自分が馬鹿馬鹿しくて信じられなくなる。
洗脳とはそういうものなのだろう。

社畜脳を捨てる(2)

人を洗脳するのに有効な方法は、恐怖と欲望を巧みに使い分けることだと書いた。
だから、恐怖と欲望という敵の正体を知ることが大切だ。
前回は恐怖について書いたので、今回は欲望について書いてみたい。

人間の欲望はキリがないというのは古来から伝えられていて、よくわかっているはずだが、それでもやめられないというのが人間の困った本質なのだろう。
社畜には昇給、ボーナス、出世というエサが利用される。
社畜の大好物はご主人様もよく知っている。

昇給やボーナスというと多くの社畜は喜ぶだろう。
社畜はたくさん金が欲しいと言うが、その目的がはっきりしているケースはあまりない。
たくさんというのは、具体的に何に使うためで、いつ、どれくらい必要なのだろうか?
せいぜい出てくるのは、子供の教育のため、老後のため、のような曖昧な内容だろう。
金は何かと交換するための媒介手段でそれ自体に価値は大してない。

古来から金は多くの人が虜になる欲望の象徴で、悲惨な結末になることが多いが、それは目的と手段を間違えるからだ。
もちろん金は無いよりあった方がいいが、必要以上にあっても、今度はそれを失う恐怖で悩まされるようになる。だから金は恐怖と欲望のセットで利用されるわけだ。
自分や家族が生きていくために必要な金額を正確に知り、それで満足することが大切だ。

だいたい、収入が増えると、支出も増えるものだ。
別の章で詳しく書くが、社畜の給料は増えても、あまり残らないように調整されている。
社畜は収入が増えると、綺麗なスーツを着て、高級時計を身につけ、豪華な家、車などを持ちたがるけど、これらは資産の多寡とは関係がない。
次に書く承認欲求とも関係するが、マーケティングの餌食になっているだけだ。
大して価値がないもののために多額の負債を抱える社畜も多い。

出世は承認欲求で利用される。
多くの人は係長、課長、部長などという肩書きを与えられると、自分が偉くなったと勘違いする。
会社はポストが不足してくると、代理とか補佐とか何でもつくる。
軍隊などの組織でも利用されるが、人は肩書や権力を与えられると、自分を偉いと勘違いする間抜けな生き物なのだろう。
その肩書きがアイデンティティとなれば、失わないように必死に守るしかない。
出世すると給料と割に合わないほど責任が重くなり、簡単に辞めることができなくなる罠でしかない。ヒラ社員とは違い、裏切り者のレッテルを貼られる。
費用ゼロの肩書を与えただけで、勝手に頑張って働いてくれるとなれば、会社にとってこんなに楽なことはない。

承認欲求は他者の評価が基準になっているのが致命的な弱さだ。
自分の評価は他人ではなく、自分がすればいい。

恐怖と欲望という洗脳を解くことができれば、社畜を脱出できる。
逆に言うと、恐怖と欲望という洗脳が解けなければ、社畜を脱出することはできない。

社畜脳を捨てる(3)

社畜世界の常識は異常なものが多い。

全てに共通するが、日本人は労働意欲が高いのではなく、常に周りの目を気にしないといけない監視社会、同調圧力のせいだからだ。

どれも代表的なものばかりだが、世界の常識との乖離を改めて挙げてみよう。

・有給休暇は全て使う
有給休暇という労働者の正当な権利を行使するだけだから、後ろめたさは一切不要だ。
労働者の権利が手厚く保護されている欧州などは、誰でも長期バカンスを取るのは常識だ。
当然の権利を放棄して誰が得するのだろう?株主(資本家)だけだ。

・命令されなければ残業はしない
残業は本来する必要が全くない。
時間内に終わらせることができないと、能力が低い人間だと見なされる。
能力が低いのでなければ、計画に失敗した無能な管理職か、必要な人件費をケチった経営陣の責任だ。
サービス残業なんてして誰が得するのだろう?株主(資本家)だけだ。

・飲み会には参加しない
業務命令で会社が金を出すなら仕方ないが、社畜同士が少ない給料から自腹で金を出して、愚痴を言い合っても意味はない。
自分もずいぶん散財して、健康も失ったが、脱社畜を決意してからはほとんど断った。
飲み会なんてして誰が得するのだろう?株主(資本家)と飲み屋だけだ。

・出勤は業務開始時刻に合わせる
電車遅延を見越して10分前行動をする必要なんて全くない。
悪いのは定刻通りに運行しなかった鉄道会社、バス会社の責任なのだから。
なお、スーパー社畜(老害に多い)は30分前とか1時間前に出勤したりするけど、見習う必要は何もない。早起きの老人たちに付き合う必要なんて全くない。

社畜会社で途中から反社畜的な行動をするのは困難だから、入社直後から実行した方がいい。
しがらみのないうちに、早めに変な奴だと思われて、距離を置かれた方が楽だ。
社畜の上司にゴマをすっても何の意味もないから、割り切ってそういう人間だと思わせるようにしよう。
もちろん、社畜のいないホワイト会社に転職した方が手っ取り早い。

これらの常識がある会社で働いているなら、あなたは社畜ではないはずだ。
社畜世界から脱出することが脱社畜で、このゲームのクリア条件だから。
日本のサラリーマンに社畜が多いだけで、サラリーマンを辞めることが脱社畜なのではない。
脱サラと脱社畜は違う。

会社に依存しない

社畜になる主な原因は洗脳だと書いたが、次の原因は会社依存だ。

橘玲さんは昔の著書で、国家に利用されるのではなく、利用するべきだと主張していたが、会社もまったく同じだ。社畜は利用されるどころか、酷く搾取されているが・・・。

労働者がもつ唯一の売り物は自分の体と時間だけだから、経験も資本も何もない最初の若いうちは、会社の世話になるのは仕方がない。
会社で丁稚奉公しながら、実力をつけ、金を貯めて、さっさとステップアップの転職とか独立を目指すべきだろう。

ドライな考えだと思われるかもしれないが、会社(法人)はただのバーチャル組織で、株主が金を稼ぐ道具でしかない。
社畜は自分を会社に必要だと考えるが、会社員は交換可能な消耗品だ。
辞めたら、労働マーケットで別の人材はすぐに調達できる。
会計の世界でも、社員という資産勘定はなく、支払給与などの費用勘定で登場するだけだ。

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会社員のメリットとして、安定や信用が挙げられるが、社畜はハイリスク・ローリターンだ。
投資は分散が基本だけど、社畜は一社に人生をオールインしている状態だからだ。
その会社が倒産したら、自分も共倒れで、次の日から路頭に迷うことになる。
特に職業能力がその会社でしか通用しないものだったら、転職すら困難だろう。
再就職の会社の面接で自分が何をできるかと聞かれた元課長の社畜が「課長ができます」という間抜けな返答をしてしまうのは、よく聞く迷文句だ。

終身雇用制度は実質的にとっくの昔に崩壊しているし、高度成長期の一時的な幻だっただけに過ぎない。
そもそも会社の平均寿命が10年もないのに、成立するわけがないのは当たり前だ。

会社も役に立たない老害はさっさと追い出すべきだ。
日本は解雇規制が強いからだというが、飼い殺し状態になって誰が幸せなんだろう。
会社も労働者もルーズ・ルーズの関係だ。

ジョブ型とメンバーシップ型の違いもよく指摘される。
日本のようなメンバーシップ型が機能したのは高度成長期の一時期だけだ。
今の時代にはまったく合わない雇用システムが維持されている。

欧米の会社では黒字でもリストラが普通に行われるが、失業保険が機能して、職業能力があれば大きな問題ではない。
失業率が高くても、失業保険が充実していれば、失業はそれほど恐怖でもないだけだ。
日本は働かざる者食うべからずという恐怖の思想が蔓延している社会だから、失業保険は手薄で頼りない。

最近は副業を解禁する会社も増えてきたのは喜ばしいことだ。
が、長い間、社畜生活に染まった人間が副業をできる気力、体力があるのかというと、かなり厳しいだろう。
会社も役に立たない窓際社畜を雇い続ける余裕もなくなってきたから、給料ダウンやリストラの準備だという見方もできる。

社畜脱出を真剣に考えている者にはチャンスでしかないから、副業は必ずやった方がいい。
ただ、副業ができない社畜の上司が、副業で稼ぐ部下を見たら必ず嫉妬するからだろうから、副業はなるべく黙ってやった方が無難だろう。社畜世界で生きる処世術だ。

繰り返すが、会社は金をもらい、実力をつけて、金も貯まったら、さっさと卒業するための仕組み、手段でしかない。
実力がある人に対しては、会社も出世や昇給のエサをちらつかせてくるだろうが、それはただのエサだということは書いたとおりだ。誘惑に屈してはいけない。

出世しても自由人にはなれないが、独立すれば自由人への道が開かれる。
奴隷と自由人のどちらを選ぶかは自分次第だ。

会社を利用する

繰り返すが、会社は利用するもので、利用されるものではない。
今回は会社を利用することにフォーカスしたい。

・経験とスキル
会社から一番もらいたいのは経験とスキルだ。
経験を積み、スキルを盗んで、どこでも生きていけるようにしよう。
人脈も役に立つケースはあるようだが、自分は全くなかったので、詳しく書けない。
業種や職種にもよるのだろうが、個人的には社畜時代の繋がりに期待するのはどうかと思っている。
利用できれば利用すればいいが、日本人は嫉妬深いから、脱社畜は裏切り者というレッテルを貼られることが多いことには注意した方がいい。

・貯金
社畜の給料は少なく、貯金はキツイが、社畜脱出という明確な目的と意思があれば可能だ。
給料の8割くらいで生活できるように心がけて、2割は貯金しよう。
良くも悪くも会社からもらう給料は安定しているから、定額の積立貯金をしやすい。
ボーナスはただのオマケと割り切って、全額貯金した方がいい。
借金のボーナス払いなどはもっての他だ。

・住宅ローン、引越し、クレジットカード
日本は今でも身分差別が色濃く残る前近代社会だから、社畜のうちに住宅ローン、引越し、クレジットカードは済ませておいた方がいい。
正規雇用者と非正規雇用者では驚くほど信用の扱いが異なり、フリーランスなどは容赦無く審査で落とされる。

・家庭構築
家庭を持ちたいなら、期間を決めて、会社で安定した給料がもらえるうちの方がいい。
フリーランスや非正規雇用でも家庭を持てないわけではないが、どちらか一方は安定した給料があった方が、安心だろう。

他にもあるかもしれないが、代表的なものは以上だ。
会社のメリットはもちろん会社にいるうちしか使えないから、辞めた後で使わなかったことを後悔しないように注意しよう。

見栄っ張りをやめる

高学歴の社畜はプライドが高く、見栄を張りたがる人が多い。

高値のマイホーム、マイカー、高級スーツ、高級腕時計などは社畜が大好きなものだから、ボーナスが出たりすると、飛びついて買う人が多い。

はっきり言うが、これはマーケティングの奴隷になっているだけで、最悪だ。
輝いて見えるのはモノの方で、使っている人間は輝くことはない。

よく言われるように、収入が上がると、生活レベルも上がってしまう。
一度上がった生活レベルを落とすのは至難の業で、女性は特に嫌がる。

多くの社畜が貧乏なのは、何も考えずに、無駄使いをしたり、借金をすることが非常に多いからだ。

  1. 収入が100万円、支出が100万円

  2. 収入が30万円、支出が20万円

  1. 自宅を6000万円で購入、ローンが4000万円

  2. 自宅を2000万円で購入、ローンが1000万円

この場合はどちらも2の方が金持ちだ。(ここでは自宅の資産価値を購入額と同じとする)

見栄っ張りの社畜はどちらも1を羨ましいと思うはずだが、
金持ちとは収入や資産の表向きな額面ではなく、収入から支出を引いた額が大きい人、資産から負債を引いた額が大きい人をいう。

自分を受験競争に勝ち抜いた勝者のように思い上がるのは、自分を苦しめる十字架になるだけだから、潔くやめた方がいい。
なかなか損切りできないだろうけど。

皮肉なことに、社畜脱出が一番難しいのは、プライドが高く、見栄っ張りをやめることができない高学歴の人たちだろう。
いや、見栄を張りたくて高学歴を目指したのだろうから、当然の報いなのか。

見栄に関する究極の問いとしては、以下に集約される。
金があっても自由のない奴隷か、金がなくても自由のある人間かの二択だ。
どちらがいいだろうか?

長期戦で挑む覚悟を持つ

社畜脱出ゲームは困難だから、長期戦で挑む覚悟が必要だ。
多くの人は途中で諦めて脱落するが、諦めらなければ道は開けるものだ。

自分は30代半ばに決意して、達成したのは40代半ばだったから、約10年も要した。
最初の頃は子供がまだ小さかったし、決意して実際に始めるまでの時間を要したから、自分はかなり遅い方だろう。
状況によるが、早い人であれば5、6年もあれば目処はつくはずだ。

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長期戦だから

  • 前半は過去の精算、副業の勉強、貯金の開始

  • 中盤は副業の実践

  • 後半は副業の本業化と脱出後の準備

のような形で3フェーズで考えるといいだろう。

計画は予定通りに進むことはなかなかないが、それでも計画表を作ることをお勧めする。
それぞれのフェーズを2〜3年程度にして、日付と内容を詳細に書いてブレークダウンしていくといい。
エンジニアにはお馴染みのガントチャートのようなものが便利だ。
予定通り進まなければ、都度、修正すればいい。

大袈裟に思うかもしれないけど、それぐらいに徹底しなければ、怠けてしまうものだ。
特に長期戦だと、自分が現在どの位置にいるのか分かりにくくなり、モチベーションを落としてしまうことが多い。
そのような時に計画表はとても役立つはずだ。

孤独に戦う覚悟を持つ

このゲームが難しいのは、周りが社畜(敵)だらけだからだ。
親も友達も同僚もみんな社畜ばかりだ。
強い意志を持たないと、すぐに引きずり戻されてしまう。
彼らに社畜脱出を計画していることは打ち明けない方がいい。

厳しいかもしれないが、友達と距離を置く勇気を持った方がいい。
同じ目標を持つ同志がいれば別だが、あまりいないだろう。
だから、孤独に戦う覚悟を持ったなければならない。

また、家庭を持つ人は家族が敵になる場合がある。
よく聞くのは「嫁ブロック」というやつだ。
幸いにして、うちは理解のある嫁で応援してくれたが、特に小さな子供がいる家庭はなかなか困難かもしれない。

そのような場合は副業で実績を見せて、嫁を安心させるしかないだろう。
自分が頑張っている姿を見せて、副業が軌道に乗れば、嫁の態度も変わるはずだ。
実績が何もないのに、ただ会社を辞めたいと相談しても、嫁が反対するのは当然だ。
言葉ではなく数字で説得しよう。

嫁が見栄っ張りの場合はかなり難しいだろう。
東京などの都会で子供がお受験競争に参加していたら、さらに厳しい。
時間をかけて、実績を見せて、徐々に説得していくしかないだろう。
それでも全くダメなら、離婚も視野に入れていいかもしれない。
奴隷から自由人になるというのは、それくらいの覚悟も必要だ。

脱社畜は孤独なゲームだと書いたが、孤独を助けてくれる本などは大量にある。
周りに同志がいなくても、本などがあれば十分だ。
自分もこれらがあったおかげで、長期戦のゲームをクリアすることができた。
今後、別の章で紹介する。

撤退できない覚悟を持つ

このゲームは一度決意してプレーを開始したら、もう撤退はできないと覚悟した方がいい。

社畜脳から解放されると、今の社畜世界が馬鹿馬鹿しくて我慢できなくなる。
友達や同僚と話も全然合わなくなって、以前と同じような関係ではなくなるだろう。
それだけの覚悟ができるだろうか?

覚悟ができないなら、中途半端が一番よくないから、最初からプレーはしない方がいい。
大袈裟で厳しく思われるかもしれないけど、それだけの覚悟は必要だ。

偉そうなことを書いたが、そういう自分も随分と悩んだ。
平均以上の学歴を得て、公務員のような安定した会社に進んでいたから、過去の努力や実績を全て捨てるのには勇気が必要だった。
独身ではなく、妻子ある身だから、失敗も許されない。

日本の社会はドロップアウトした人間に対しては、非常に冷たいこともよく知っていた。
落伍者の烙印を押されて二度と元の道には戻れないことは確実だ。

誰にでも人生の分岐点は何度かあるだろうが、今がその時だと思えばいい。
40年も50年も同じ社畜世界に身を置けるだろうか?
会社の寿命が10年もない時代に、一つの会社にしがみついてどうする?
失敗したら、プライドを捨ててまた働けばいい。
こういうことを何度も自問自答して、最後は開き直って進むしかなかった。
最後までやり抜くしかない。
やるか、やめるか、あなたはどちらを選ぶか?