橋本治に背中を押され「がんとはなにか」を書き始めようと思った。

【桃の節句に桃尻娘を買って・・・】

本屋の橋本治追悼コーナーで「桃尻娘」を手に取った。そういえば、今日3月3日は桃の節句。外は雨なんだけれど、文字面は「桃×桃」で春めいている。これも何かの縁だと思い、橋本治先生が亡くなったときに書き始めようと思ってたことを、この桃の節句から書き始めることにしました。

「桃尻娘」を初めて読んだとき女子高生だった私も今やアラフィフ。負け犬の遠吠えもおひとりさまもすべて通り過ぎたただの年増の独り者になってしまって、もはや桃の節句もないけれど、こういうのってほんとにタイミングですからね。で、書き始めたわけですが、結局、3日のうちには公開出来ず、翌日4日になってしまいました…。まあ、そういうこともあります。

というわけで、本題です。

私が橋本治(あ、もう面倒なんで、先生って敬称やめますね)が亡くなった時に書き始めようと思ったこととは・・・唐突ですが

「がんとはなにか」を考えること。

病気としてのがんだけでなく、社会におけるがんのイメージとか、がんを取り巻くいろんな状況などなど、全方位的に「がんとはなにか」を書きながら考えてみたいと思いました。

橋本治でさえもがんにかかってなくなってしまう時代なのです。これはやっぱりがんについて書き始めるとしたら今だと思いました。まさに橋本治的「わからないという方法」によって、「がんとはなにか」を考えてみたいと思ったのです。

実は私、15年前に発見し、一度治療した左胸の乳がんが5年前に再発。現在、がんと共存生活を送っております。初発のときは、放射線のピンポイント治療で腫瘍は消えましたが(樹木希林さんもやってたやつですね)、5年前に、脇の下のリンパに腫れがある状態で左胸に再発を告げられました。再発の場合、完全な治癒は見込めないというのが定説なので、標準的な治療は受けず、代替医療その後放置ではや5年目。仕事もしながら端から見たらがん患者とは分からない生活を送って来ましたが、このところの放置と不摂生が祟ってか、一旦、小さくなって来ていたリンパの腫れや、胸の腫瘍が去年辺りから再び大きくなり始め、今、再び、代替治療を始めようとしていたところに、橋本治の訃報(肺炎が死因)がもたらされたのでありました。上顎洞がんで闘病中だったとのことでした。

がんの当事者としてがん細胞と共存生活をしていると、世間のがんというものに対する捉え方や、がんそのものについて、疑問に感じたり、発見があったり、日々、さまざまな考えが浮かんでは消えて行きます。これまでも、そんながんについて考えたもろもろをずっと書きたいと思っていたのですが、どうもどういう方向性で書いたらいいのかがわからず、なかなか手を付けることができずにいました。

いわゆる闘病記ではないものを書きたいと思っていました。だって、闘病してないですし。副作用の出るような治療はしていませんでしたから、日常は普通の人より活動的なくらいです。でも、ここへきての腫瘍増大。ここ1年、金欠状態によるストレスは尋常ではなく、それが根底にあるために、人間関係がギクシャクすることもありました。そのせいで食べるのをやめていた甘いものもばくばく食べるようになってしまい、睡眠不足が続き…と、がんに悪い事ばかりやっていたのも事実です。ある意味、自殺行為だったかもしれません。だから、腫瘍増大は当然。闘病記ではなく、非闘病記なら書けるかもって感じの1年でした。

治療法を勧めることに特化したものも私には書けないなと思っています。まだ治ってないからというのもありますが、人の身体は千差万別で、私の体験が誰にもあてはまるとは限りません。例えば、副作用のないと思われる食事療法だとて、今日一日の私の食事メニューが、他の人にとって本当に必要な栄養素の揃ったものなのかどうかは分かりません。もっと他のものを食べた方がその人にとってはいいかもしれない。それは毎日の食事の積み重ねの中で、その人一人一人が善し悪しを判断していかねばならないのです。だから、自分のやってる治療法云々を語ることにはあまり意味がないと思っています。

けれど、世の中に溢れるがん関連本は治療法をうたうものと闘病記ばかり。もしくは、医師が書いたがんに関する啓発本です。もちろん、がんを告知された人が最初のとっかかりにするのには必要なのかもしれません。けれど、そのほかにももっと必要なものがあるのではないか。日本人の2人に1人ががんに罹患すると言われている今、がん患者ではない人たちにも知ってもらうべきこともあると思います。私ががん細胞を実際に身体の中に持つ当事者として何が書けるのか・・。それをずっと考えて来ました。

がん患者だからこそわかる世の中のがんに対するイメージのゆがみとか、治療に向き合うときの不安やそして安堵とか、命はお金に換えられないとは言うけれど、無いものは無いってこともありますし、代替医療ってどこまでを指すのだろうとかね、がんにからんでまだ語られてないことって、まだいっぱいあると思うんですよ。

そして、困ったことに、ぐずぐず書き方に迷っているうちに、私自身の経済状況はどんどん逼迫してきてしまいました。私は今もフリーランスでメディア関連の仕事をしていますが、パートナーなし、地方の実家の借金(住宅ローン)も抱えています。がん再発が分かった時に出費が多く、支払いを待ってもらった税金や保険料の未払いもまだ残っています。身体にがんを抱えて、ここで最悪の事態に陥らないためには、もはや自らのことを書いてお金にするしかない、そんなギリギリの状態になってしまいました。がんが再発して無くったって大変で、その分、書くためのネタならいっぱい持ってるはずなんですけど、日々の暮らしに追われて、なかなか書き始められないでいたわけです。

フリーの仕事を積み重ねて治療費も作り、身体もちゃんと休められる余裕のある暮らしをするのはなかなかに難しく、このままでは疲弊して行くばかりとの不安もあります。現在の私にとって、こうしてがんと対峙する日々を書いてもしお金に換えることができれば、それほど理にかなった事は無いのです。売れるかどうかはわからないですけどね(笑)。

生き延びるためには、もう書くしかない。しかし、どういう方向性で書き始めるか・・・。そこにもたらされたのががんを患っていた橋本治の訃報でした。訃報を受けて読んだ未読の彼の文章の中に私が書き始めるためのヒントがあったのです。

というわけで、次回は橋本治が亡くなった日のことから書き始めたいと思います。

今回の記事と次回の記事は「がんとはなにか」のプロローグとして無料公開します。それ以後、マガジンとして公開する「がんとはなにか」は、私が生きのびるための資金を得るため、有料公開させていただければと思います。「サポート」もよろしくお願いいたします!

ここから先は

0字
乳がん再発の日々から考えるいろんなことを書こうと思っていますが、闘病記ではありません。また、治療法については本当にひとそれぞれで、私のやる方法が他の人にいいかどうかはわからず、基本的に、自分が集めた情報の中から自分の身体と相談して自分で決めるものだと思っていますので、治療法を勧めるものでもありません。むしろ、真似はしないで下さい。がんを治すための日々は自分を見つめ直し、また世の中をも見つめ直す日々でもあるなあってことだけ感じております。

人生なかばにて乳がん再発し人生見つめ直しているところに、人生のメンターともいえる橋本治先生ががんで亡くなったという知らせ。橋本先生が最後の…

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?