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無題その後

お盆に退院して自宅療養していた父。
訪問診療と訪問看護に切り替え、自宅でゆっくりしていた。
毎日のポンプの電池交換、栄養剤の点滴の交換、
栄養剤の他に少しなら食事もいいということで
重湯や果物、など消化のいいものを少しずつ用意してきた。

痩せたけど、まぁなんとか安定していたので父に了解を得て
先週末、金曜日の夜、仕事の付き合いで夫が不在のため久しぶりに娘と食事に出た。
母には申し訳ないがお弁当を用意して出かけた。
父にはあとでまた様子見に寄るね、と言って出た。

20時半ごろ、実家についたところ父から電話。
「点滴ごと倒れて起きられない」
びっくりして娘と家の中に入ると、ベッドの上で父が倒れている。
娘が熱と脈を測り、嘔吐しそうなので私にいろいろ指示をし的確に対処していた。私はおろおろするばかりで、やっとのことで訪問診療の先生にすぐに電話。
訪問看護の方へも連絡がいき、看護師さんが先に来られたのだが、その時には娘がだいたいの処置や、汚物の処置などしてしまっていた。
わけのわからない母が眠れないといって電気を消して歩くのをなだめて寝かせるのが精一杯の私。

その後、先生の判断で救急車を呼び、また入院となってしまった。
娘が救急車に乗り込み、私と夫は後からついていき、検査や説明、入院の手続きが終わったのが深夜1時。
その後また実家に戻り、片付けやらなんやらをして家に帰って寝たのが3時。
翌日はまた実家に行き、残った片付けモノや、洗濯などして
病院に荷物を届けたり一通りやり終わったら一日が終わっていた。
翌日曜日は3人でぐったりずっとゴロゴロ寝てしまっていた。疲れて疲れて動けなかった。

日曜には父から電話があり、熱も下がって少し落ち着いたようだ。
病院に入れたくないのに、ここまでくると病院に居てもらうとちょっと安心する。常に、父の状態を気にしてはらはらすることが減るからだ。そういう罪悪感に苛まれながらここ数日過ごしている。
父は家に帰りたい。その気持ちを考えると苦しくなる。
もっと生きていたいという気持ちを考えると、弱っていく自分を受け入れるのがつらいだろうと思うと苦しくなる。割り切っていかなくてはいけないと思いつつ、ついそんなことを考えてしまう。

今年に入ってからずっと実家でご飯を作り、一緒に食べてから帰ってきた生活は大変だったが父が孫と一緒にご飯を食べることは良かったと思う。
半面、私の食事が良くなかったのではないか、私が西洋医学に不信感を持っていたことが治療の邪魔をしていたのではないかなど、変なことばかり考えてしまう。

父が具合が悪くなるまで、壊れた母と二人でろくな食事してこなかったことに気づかなかったのが良くなかったのではないか、もっと前から一緒にご飯食べていればよかったのではないか、などと今考えても仕方ないことばかり頭にちらつく。

ただ、あとで後悔しないようにやれることはやっていこうと思っている。でも自分が倒れては元も子もないので、頼れるものは利用しなくちゃとも思うようになっている。

いろんな感情が絡み合っていてよくわからない心境。

人の魂なんて永遠だ、だから肉体から離れるときはくるのが当たり前と思っていたけど、いざ身近な親がこんな状況になるとやっぱり冷静になれなくてこんなところをぐるぐるとしている。

と、今の気持ちをちょっと書こうと思って書いてみた。

ところで余談なのだが

救急車騒ぎのとき、
父が担架に乗せられ運ばれ、玄関先が騒々しくみんながわちゃわちゃやってる最中、
その中に隣家のおばちゃんがいるではないか。
普通に玄関先に居て、娘に「あんた誰?あー○○ちゃん?」と話しかけていたり、救急車の中までのぞき込んだり、私達にも「あんたたちしっかりしられ!」と言ってきたり、びっくりした。
普通、遠巻きに見ているものじゃないか?
さすが「めぞん一刻」の一ノ瀬さんである。普段から一ノ瀬さんだと思っていたが期待通りの行動で後でネタになっていた。



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