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2014/5/1 花組「ラスト・タイクーン」

◆蘭寿とむ最後の作品はこれでよかったのか?

 蘭寿とむの最後の主演作となった「ラスト・タイクーン」。この作品タイトルが発表された時「え?」と思った人ファンは少なくないハズだ。実は以前にも宝塚でミュージカル化されている。以前のタイトルは「失われた楽園〜ハリウッド・バビロン」。同じ花組で主演は芝居巧者の真矢みき。作・演出はいまや飛ぶ鳥を落とす勢いの演出家小池修一郎。私はCS放送のTAKARAZUKA SKY STAGE一度見ているが、これがよく出来た作品で、「かなり面白かった」と記憶している。

 もう一回同じ原作で、しかもこれが大劇場デビューとなる生田大和の脚本・演出。サヨナラ公演はいわばスターの集大成でもある。「最後なのにこれでいいのか蘭とむよ!」と危惧したのは私一人ではあるまい。蘭寿とむの芝居の魅力は「まっすぐな男らしさ」であり、真矢みきほど器用な人じゃない。クセのある主役をどうこなすのか。一縷の希望があるとすれば原作が「未完」であることだ。物語の結末を決めるのは脚本を書いた生田氏、ということになる。果たして「ラスト・タイクーン」は「失われた楽園」を越えられるのか。蘭寿とむの宝塚人生のエンディングはいかに?

◆映画製作の苦難とラブストーリーと

 物語の舞台はハリウッド。映画プロデューサーのモンロー・スター(蘭寿とむ)が次回作「千夜一夜物語」の主演女優を探している。オーディションに来た女優たちが気に入らず、その場に偶然現れた臨時雇いの美術スタッフのジェシカ(蘭乃はな)を「君がヒロインだ」と指名。ミナ・デービスと名前まで決めてしまう。ミナ主演の映画は大ヒット、モンローとミナは結婚するが、彼女はその直後に自動車事故であっけなく他界する。

 と、ここまでがモンローの夢の中のシーンとしてプロローグ的に繰り広げられる。オフィスで目覚めたモンローは、再び次の映画「椿姫」に取り組むのだが、映画の質に要求の厳しいモンローは早速指示に従わなかったと監督のレッド(紫峰七海)をクビにする。スタッフ達はモンローの強引なやり方に不満を爆発させ、ブロンソン(望海風斗)を中心に労働組合の結成を目指す。

 実はレッドにモンローの指示に反する命令したのは同じ映画会社のプロデューサーでモンローと権力を競うパット・ブレーディー(明日海りお)だった。モンローはブレーディーとの対立、スタッフの造反で厳しい状況に追い込まれて行く。そんな中、撮影スタジオで起きた火災の場で、ミナに瓜二つの女性キャサリン(蘭乃はな・二役)に出会い一目惚れしてしまうのだ。

 主要な役どころとしては他に、脚本家としてイギリスから招聘された小説家のジョージ・ボックスレー(華形ひかる)、カメラマンのピート(悠真倫)、パットの娘でモンローに憧れるセシリア(桜咲彩花)、セシリアに恋する若い脚本家ワイリー(芹香斗亜)、共産党幹部のプリマー(鳳真由)といった面々が登場し、物語を動かして行く。

◆映画製作を通じて、花組の「今」が垣間見える

 主演の蘭寿はさすがに退団公演だけあって見事というしかない。冒頭、スーツ姿で椅子に座って登場。押し出しの強さ、舞台を支配する空気、まさに男役の集大成と言える。トップスターの意気込みに応えるかのように、舞台の隅々までびしっとした気迫がみなぎっている。この公演で蘭寿を送り出すことに、花組というカンパニー全体が燃えている、そんな雰囲気が感じられて心地良い。

 見ているうちに知らず知らず、椿姫を撮影するモンローの制作ユニットチームが花組に、プロデューサーのモンローがトップスターの蘭寿自身にダブって見えてくる。スタッフに辛く当たっているように見えても、その実気遣いの人であるモンローの姿をスタッフたちに伝えるジョージ役が華形であったり、モンローを支える優秀な秘書ケイティを桜一花が演じていたりするのも、なんとなく花組のヒエラルキーが感じられる。

 そういえばミナとキャサリンの二役を演じる蘭乃はな。彼女は双子で妹のすみれ乃麗は蘭寿が宙組に所属していた頃、何度も共演している。あれならミア役は彼女にやってもらえばよかったのに。いや、敢えて蘭乃が二役やっていること自体、蘭寿とむの歩んで来た宝塚人生になぞらえていたのかもしれない。事実プログラムの扮装写真ではモンローがセンターで左がミナ右がキャサリンという配置だし……などと深読みするとキリがないのだ。

(ここから先は盛大なネタバレがあります。ご注意ください)

◆ラブストーリーの王道から一転、悲劇的な結末へ

 ラブストーリーの王道どおり、モンローとキャサリンは恋に落ちる。他方、映画スタジオでは労働争議が勃発し、ついにモンローは会社を解雇・・・かと思ったらその後大逆転、スタッフたちの心を掴んで再び映画製作へ、とここまではいい。だが、問題はその先。脚本・演出の生田氏の選んだ結末はたいそう後味の悪いバッド・エンドだ。

 映画「椿姫」のスポンサー探しにニューヨークへ向かったモンローは、あっけなく飛行機事故で世を去る。椿姫どうするのよ! しかも、キャサリンはそれを同居中のDV男ブロンソンに「私はあなたと別れてモンローと生きる」と宣言した直後にラジオのニュースで知るのだ。高笑いしながらキャサリンに拳銃を渡すブロンソン。うわー、なんて嫌な男だろう。でも、運の悪い女にはありがちな話だよね………って、でもこれは宝塚の舞台。結末にはもう少し救いが欲しかった。

 もっとも、モンローは死んだ後もまだまだ出て来る。誰もいない映画館で一人スクリーンに向かうモンローの独白。やり残したことはあるが、充実した人生だったと振り返る。もちろん意識的に蘭寿本人とだぶらせた演出だ。最後は登場人物たちがそれぞれ生前の彼を偲び、未来への決意表明をする。なんとライバルだったブレーディーまで「お前のいない世界で映画を作って行く」と宣言する。こりゃブレーディーじゃなくて、次期トップスター明日海りおとしての決意だろう。

 私はこれはちょっとやり過ぎじゃないかと思う。いくらサヨナラ公演とはいえ、お芝居なんだから話は芝居の中で完結させて欲しかった。(実際、並演のショー「TAKARAZUKA 夢眩」はサヨナラ感満載の構成なのだから。)

◆スターシステムの功罪

 「ラストタイクーン」は男役蘭寿とむの集大成ではあるが、他人様に薦められるか?と聞かれたら、残念だが応えはNoだ。宝塚の「原作付き」芝居の中では、あまり良い出来とは言えない。

 一つ目の問題は配役。とくにライバルのブレーディーに二番手スター明日海りおをキャスティングしたのは失敗だと思う。モンローは若い頃にブレーディーの下で映画作りを学んだという設定なのだが、明日海は童顔のせいか、いくらヒゲを付けていてもモンローより年上には見えない。彼女をdisるつもりは毛頭ない。むしろ顔は可愛いのに男らしい声が出せる人で、そこには大いに感心した。これは宝塚スターシステムの罪だ。

 二つ目の問題はヒロイン像。「キャサリンとは何者なのか?」。本人は歌の中で、「ロンドンで男に売り飛ばされそうになって、アメリカに逃げて来て一文無しになった、映画館に泊まって、映画に惹かれてハリウッドに来た」と言い、実際ブロンソンという映画スタッフに拾われて暮らしているし、薄幸な暗い女として蘭乃も演じている。

 彼女はいったい何をしにハリウッドに来たのか。ろくにダンスも踊れず引っ込み思案な彼女は女優になりたいわけではなさそうだ。実は夜の女でブロンソンはそのヒモだというなら納得だが、そういう描写はなかった。ブロンソンとキャサリンはお互いを必要とする共依存の関係らしく見えるが、その理由がよく分からない。この辺りは、脚本に問題がありそうだ。ヒロインに魅力がないと、彼女に惚れる主人公まで底の浅い男に見えてしまう。

 ここからは私の想像になるが、おそらく「ラスト・タイクーン」は元々は今の花組に宛てて書かれた芝居ではなかったのだろう。近年は脚本を役者に宛てて書くのではなく、先に脚本を作って後から上演する組が決まることが多いと聞く。蘭寿のサヨナラ公演の演目に決まったというので、モンローの映画製作ユニットを花組になぞらえ、精一杯サヨナラ風味の味付けがほどこされたのではないだろうか。

◆「失われた楽園」ふたたび

 最後に同じ原作から作られた「失われた楽園」について一言。まだ未見の人はぜひ見るべき。宝塚だってもっと面白いオリジナルミュージカルはやれるのだ。後にトップスターとなった人たちが大勢出演しているという贅沢さもさることながら、この作品では座付き作家の宛書きが実にうまく効いている。鼻っ柱の強いヒロインを千ほさち、二番手男役の愛華みれが演じるのは心に傷を負った男、とても味のあるキャラクターとして描かれている。ライバルのプロデューサー役を演じているのは海峡ひろきという別格スターだ。この人はいわば敵役のスペシャリストである。今の宝塚から抜け落ちてしまった重要なピースの一つは「海峡ひろき」的な役者の存在なんじゃないかと私は思う。

【作品DATA】宝塚歌劇団花組、トップスター蘭寿とむのサヨナラ公演。一幕ものの芝居「ラスト・タイクーン −ハリウッドの帝王・不滅の愛−」はフィッツジェラルドの絶筆「ラスト・タイクーン」を原作とするミュージカル。脚本・演出は生田大和(大劇場デビュー作)。並演はショー「TAKARAZUKA夢眩」(作・演出齊藤吉正)。2014年4月10日〜5月11日まで、東京宝塚劇場で公演。(宝塚大劇場からの続演)

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