第5話
成瀬コウくんは、私の初恋の人だった。お姉ちゃんが死んでからふさぎこみがちだった私を変えてくれたのが、成瀬コウくんだった。
大学の入学式は、キャンパスに隣接されている大きな講堂で行われた。スーツに身を包んだ私の同期になる人たちはもう既に周囲と打ち解けていたりする人、私のように1人きりの人、入学式早々に睡眠に勤しむ人などさまざまな人がいた。退屈な学園長の長い話を聞きながら、茫然とその時間を過ごした。
入学式が終わってからはあっという間で、気が付いたら日々の講義が始まっていて、私はその日々に追いついていくので必死だった。お姉ちゃんみたいになりたくて、お姉ちゃんに憧れて入った大学だったはずなのに。この大学に通っていたお姉ちゃんは少しもそんなそぶりみせなかったのになぁ。
「羽衣お姉ちゃん、戻ってきてよ」
キャンパス内の木陰で独りきりお弁当を広げながら、そう呟いた。誰かに聞かれてるなんて、思いもしなかったから。
強い風が吹いてきて、
「なあ、」
男の人の声に顔を上げると、止まっていた私の歯車が動き出すような、そんな気がした。
あの人がもう二度と会えない場所に行ってしまったと聞かされたのは、ごく最近のことだった。俺はあの人の背中を追ってこの大学にわざわざ入ったはずだったのに、あの人にはもう二度と会えないらしい。
いつも通り学内の端の方にある木陰で1人で休んでいると、見たことがない女がぼーっとしながら俺と反対側の木陰に座った。
見ない顔だな?新入生か?
でも、なんか......懐かしい感じがする。
独りきりで俯きながらただひたすら弁当のおかずを口に運ぶその子に俺は見覚えがあった。時折髪の毛を耳に掛ける仕草がどことなく似ていた。恐らく、その子自身に会ったことがあるわけではないだろう。
でも――。
「羽衣お姉ちゃん、戻ってきてよ」
強い風が、俺たちの間を通り抜けていった気がした。
今、羽衣って言ったか......?
俺はたまらずに、その女に声を掛ける。女が顔を上げると、
「羽衣……?」
俺の口からはあの人の名前が勝手に零れ落ちていた。
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