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形見の鞄を修理する

御依頼内容

先日、ある鞄の修理を御依頼頂きました。
牛革のブリーフケースで、画像を見せて頂いた限りでは修理は可能なようですがちょっと不思議な壊れ方をしています。

御客様からこの鞄についてのエピソードを教えて頂きました。
公開しても良いとの事でしたのであらましを御説明しますと...

このバッグの元の持ち主の方は25年前に亡くなられました。
御依頼頂いたのはその方の奥様です。
御主人様が亡くなられた時に一歳だった息子さんが成長し、
ある日「お父さんの形見で僕が使えるようなモノは無いの?」と
尋ねられたそうです。
それで今回の鞄を出してみたそうですが、鍵を紛失してしまい開かない状態で、奥様がどうしようか考えられている間に待ちきれなくなった息子さんがカブセの部分を切り抜いてしまい画像のような状態になってしまったとの事でした。
御主人が亡くなった当時一歳だった息子さんには父親の記憶が全く無く、
少しでも父親の気配を感じたくてそのような行動に出てしまったのろうと仰っていました。
それから暫く放置してあったそうですが、修理でもリメイクでも構わないので何とか使える状態に出来ないかという事で今回御依頼頂いた次第でした。

心意気

分かります。
えぇ。
分かりますとも。
言葉は悪いですが。
銭金の問題じゃねぇんです。
これを修理しなけりゃ俺が職人になった意味がねぇ。
てなもんです。
是非とも修理させて下さいと即答した次第でした。

観察してみる

そうした経緯で届いた鞄を良く観察してみます。
錠前の寸法をチェックすると現行品に置き換え可能だと思われます。
ひょっとしたら手元に数種類ある鍵で解錠できるのでは?と幾つか試してみましたが、残念ながらどれも使用不可能でした。
内部の機構に損傷があり動きが悪くなっているようでした。

作業内容

という事でカブセの欠けた部分を修復し錠前を取り寄せて置き換える事にしました。
まずは旧い錠前の撤去です。
革に悪影響を及ぼさず、錠前自体にも出来るだけダメージを与えないよう外しました。

普段の制作過程では電気の力を借りるのは漉き機使用時のみですが、リューターを使って釘の頭を慎重にさらいました。

使えなくなった錠前とは言え、ギタギタの傷だらけにして良いというものでも無いですし、なるべく良い状態で御客様へお返しするべきだと思っての事です。
そうして外した錠前は今は無きイタリアのO.C.S.製でした。
高品質な錠前を作っていたそうですが、だいぶ前に廃業したようで残念ながら現在は入手不可能です。

現行の国産の錠前から寸法が近いものを割り出して発注。
届いたものと比較してみると予想通り釘の位置がぴったり同じで大きな手を加える事無く使用出来そうです。

作業内容は撮影していないのですが、カブセの補修は切り取られた部分をあてがい幾重にも補強しました。
多少乱暴に扱っても外れる心配はありません。
その上から一回り大きなパーツを作ってカバーしています。
デザイン的には全体の調和を乱さずツマミとしての役割を持たせた形状です。
使用したのはイタリアンレザーのアリゾナですが、なるべくシボの表情が近い部分を選んで使用しており違和感なく仕上がったと思います。

鍵が行方不明にならないよう、キーホルダーも作りました。

幅6ミリのストラップですが手縫いでしっかりと捻も入れて仕上げています。

全体像です。
錠前本体の取り付けにはちょっと苦労しました。
鞄をバラさず、作業スペースが殆ど無い状態でしっかりと固定する方法を模索し何とかクリアしました。

クリーニング

作業時期的には錠前が届く前に行った内容なのですが、鞄全体をクリーニングしています。
但し、一点だけ注意していた事が有りまして。
それは「綺麗にし過ぎない」という事です。
放置されていた間の汚れは取り除きますが、お父様の残された痕跡は消してしまわないという事なんです。
内部には息子さんのものと思われる落書きもあり、敢えて残しています。
新品のように綺麗にしてしまっては、この鞄が長い年月の間に纏った存在感、親子の思いを繋ぎとめる絆を断ち切ってしまう気がしたので慎重に作業を行いました。
結果的に画像ではあまり違いが判らないのがちょっともどかしかったり...

そして同時に御注文頂いたキーホルダーも作成。
久しぶりのキーホルダー作りでちょっと新鮮な気分でした。
裏面には御客様の御名前入りです。

コバは水で磨いて仕上げています。染料は使いませんでした。

仕事へ込める想い

今回のような修理の仕事をお任せ頂いて大変光栄に思っています。
元々はSEとして働いていた自分が身体を壊し退職、様々な経験と年月を経て革職人を目指して以来13年になろうとしています。
それなりの年月が経っていますが、周りの職人さんと比べて自分の未熟さに心が折れそうになる事ばかりです。
そんな中で「ReiLeatherさんだからこそお願いした仕事なんです。」と仰って頂き、なんと幸せな事なのだろうと一人静かに喜んでおりました。

私には見えていたのです。
少年が青年となり鞄のハンドルを握るとき、その上に優しく重なるお父様の大きな手が。
「大きくなったね。」と語りかける様子が。

良くぞこの鞄を今まで保管して頂いたと思います。
これからどんどん使って下さい。
また壊れても何度でも私が修理します。
それが私の心意気なんです。仕事なんです。
これから安心してお父様との時間をお過ごし下さい。
この度は御依頼頂き有難う御座いました。

お知らせ

下記ECサイトでは革製品を販売中です。
オーダーメイドや修理の御相談はreileater@gmail.comまでお願い致します。

https://reileather.thebase.in/


過去の制作物は旧ブログを御覧下さい。

ツイッター、インスタのアカウントは@reileatherです。

最後までご覧いただき有難う御座いました。
また次回の更新でお会い出来る事を楽しみにしております。

ReiLeather山田智之


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