松原一雄 国際法概論 1934年(昭和12年)

 法學博士 松 原  一 雄 著

國際法概論

 東京巖松堂書店發党

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        第二章 交戰者及害敵手段
一 戰爭の主體
 「交戰者」(belligerentqs)に二つの意義がある。第一には「交戰國」を意味し(例、陸規四四條)、第二には交載國の「兵力」を意味する(例、陸規二條)。右第二の意味に於ける「交戰者」は後に譲り、ここには第一の意義に於ける交戰者即「戰爭の主體」について一言する。
 戰爭は「國家間」の關係である。戰爭の主體は「國家」である。主権國(獨立國)である。「半主権國」は如何。保護國と被保護國との間には戰孚があり得る(それは條約違反ではあらうが)。次に從國は主國との間に「戰爭」を行ひ得るか。從國同志で「戰爭」を行ひ得るか。それとも右は内亂であるか。議論の餘地がある(例、往時のバルカン諸邦について)。今日の英帝國各部間の戰爭があつたとせば、それは「内亂」に過ぎないか、自治領は英本國の他國に封する戰爭に於て、局外中立の態度を取り得るか。幾多の疑問、否不都合なしとせぬ。國家以外「交戰團體」も又「戰爭主體」の中に數へられる。
 〔交戰團體〕  一國の内亂に於ては-それは國際戰爭でないから-政府軍又は叛軍の軍事行動、何れ  も戰爭法規(國際法)によつて律せられるものではない。が、叛軍にして「交戰團體(belligerentcommunity)

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の承認」を受けた場合には、其承認國より見て、右の内亂は戰爭同樣に扱はれる。即承認國が母國たる場合には母國は戰爭法規により、又承認國が第三國たる場合には其國は局外中立法規により行動することになる。(一)交戰團體の意義 「交戰團體」とは戰爭の主體と認められたる準國際人格者である、即戰爭の關する限り國家と同様に扱はれ、戰爭法上権利義務の主體と看傲される(交戰團體の承認の外に「叛亂状態」の承認なるものを認むる學者があるが、これは國内法上の關係に過ぎない。國際法上の意義を有しない)。(二)承認者 交戰團體の承認は本國政府により行はるることもあり、又他國政府により行はるることもある。何れにせよ右の承認は承認を爲したる國のみを拘束する。故に叛軍としては、關係諸國から明示的又は黙示的に交戰團體としての承認を受けて、初めて此等諸國に對して交戰團體として通用する。(三)承認の方法 承認は明示的又は黙示的に行はれる。例へば母國が叛軍の占據せる海岸地方を封鎖するが如き(而して其效果を他國の船舶にまで及ぼす揚合)又他國が局外中立の宜言を爲すが如きは黙示的の承認である。(四)承認の要件 (イ)母國の承認には別にやかましい條件と云ふものはない(クンツ)。否、條件を彼れこれ云ふ必要がない(「母國は何時でも其欲するとき叛軍を交戰國體として承認出來る」とルージェーは云ふ)。母國は叛軍を交戰團體として承認するのを躊躇するが常である。他國が承認する場合には、既に母國の承認があれば-又は母

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國の承認と認むべき行爲(例へば母國が叛軍の占據する海岸を封鎖して他國の船舶も封鎖犯に問はんとする如き行爲)があれば-他國は別に承認を遠慮するには及ばぬ。南北戰爭の際英國が南軍を承認したのは一八六一年五月十三日であつた。米國は之を以て「尚早の承認」であるとして英國に抗議したが、英國の承認が尚早でなかつたことは米國學者と雖一般に之を認める。蓋し、同年四月十九日既にリンカン大統領は、南部の諸港を封鎖する宣言を公布したからである。(ロ)他國が承認を與ふる場合の要件 (i)叛軍が國内一定の「土地を占領」せること、(ⅱ)叛軍が「事實上の政府」を有すること、(ⅲ)叛軍が其の軍事動作に於て「國際の法規慣例を守る」の能力を示せることを要する。
尚外國が承認するに際しては、其承認を爲すの必要に迫まられたことを要する(アンスティテユー決議及クンツ)。外國が叛軍の未だ右の要件を具へない場合に交戰團體としての承認を行ふは、尚早の承認として、少くも叛軍の本國に對する非友誼的行爲と看倣される。(五)承認の效果 (a)母國政府が承認した場合には、(イ)政府は外國に對し交戰國としての權利を主張すると同時に、その義務を認諾し、併せて叛軍の行爲につき外國に對する責任を辭するものである。(ロ)政府軍と叛軍との關係に於ては戰爭法上交戰國の有する權利と義務とを生ずるに至る。從て爾後戰爭中本國政府は叛軍の行爲に關し國内刑法を適用するを得ない。(ハ)母國の承認があつたときは母國と叛軍と

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の間には戰爭状態が發生すること前述の通りであるが、他國は之に拘束せられるか、それとも他國は別に承認をすべきであるか、否承認すると否との自由を有するか、選擇の自由を有するのであるか。他國が母國の封鎖に黙從するが如きあらば、其國も亦暗黙の承認を與へたと看傲されやうが、そうでない場合にはどうなるか。議論もあり、慣例も必ずしも一致しない。が、他國は母國との葛藤を避けんとせば母國の承認に追從するの外はなからう、否追從すべきであらう(此點につきアンスティテユー一九〇〇年決議に對しクンツ等の反對がある。クンツ承認論一八六頁)。(b)外國政府が承認した場合には、承認國は進んで國際法に於ける局外中立の地位に入るものであり、從て正當政府及叛軍の双方に對し中立國たるの義務を認諾し、併せて中立國たるの權利を主張するものである。尤も外國政府の承認は當然正當政府を拘束するものではない。從て正當政府に於て右外國の承認を尚早と認めた場合には、之に抗議すべく、若し何等抗議を爲さざるのみならず却て外國の承認を利用し、禁制品輪送の廉を以て承認國の船舶を拿捕する等、交戰者として中立國に對する場合の權利を行使するに至れば、交戰者たるの義務も併せて認諾するの外はない。殊に母國から封鎖を設定するが如き場合に於て然りである。右の場合正當政府も黙示的承認を與へたと云ふべきであらう。又外國が承認した場合、承認國の關する限り叛軍の行爲に對し正當政府に賠償責任を解除す

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  るものであることは無論である。

二 交戰國の兵力
 竝に交戰國の兵力とは前記第二の意義に於ける「交戰者」のことである。海牙條約に於ける「陸戰ノ法規慣例ニ關スル規則」(以下之を略して「陸規」と云ふ、本章に於て條文だけを掲げて引用する場合があれば、それは此規則の條文である)は「交戰者ノ資格」について規定してある。交戰國の「兵力」のみが「交戰權を行使」
し得るのである。兵力は分つて陸軍・海軍・空軍とする。
 一、陸軍(一)正規兵(「陸規」一條に「軍」と稻するものである)正規兵は「常備軍」のみに限らぬ。國によつては「民兵又は義勇兵」を以て正規軍の全部又は一部を組織するものもある。それは各國の任意である。強制兵役によると否とを問はぬ。中立國人にして交戰國の軍に加はるものは對手交戰國に捕らへられたる場合、交戰國の人民にして兵士たるものと同樣に扱はれる。(二)不正規兵 左の二種がある(イ)第一種は正規軍に屬せざる民兵又は義勇兵團にして左の條件を具ふるものである(一條)。「一、部下ノ爲メニ責任ヲ負フ者其頭ニ在ルコト。二、遠方ヨリ認識シ得ヘキ固著ノ特殊徽章ヲ有スルコト。三、公然兵器ヲ携帶スルコト。四、其ノ動作ニ付戰爭ノ法規慣例ヲ遵守スルコト」。(ロ)第二種(「民衆兵」と云ふ)は左の條件を具ふるものを云ふ(二條)。即未だ占領

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せられざる地方の人民にして(故に既に占領せられたる地方の人民の敵對行爲は別問題である) (1)公然兵器を携帶すること(2)戰爭の法規慣例を遵守することの二條件を備ふれば、「交戰者」と認められる。
〔俘虜〕 「交戰當事者ノ兵力ハ戰闘員及非戰闘員ヲ以テ之ヲ編成スルコトヲ得。敵ニ捕ハレタル場合ニ於テハ二者均シク俘虜ノ取扱ヲ受クルノ權利ヲ有ス」(三條)。竝に「戰闘員」とは俗に所謂「軍人」、又「非戰闘員」とは俗に所謂軍屬のことである。交戰者にして敵の權内に陥りたるものを俘虜と云ふ。(一)俘虜は一定の場所に「留置」せられる。自由を剥奪せられる。俘虜は一定の地域外に出てざるの義務を負ふ。保安手段として已むを得ざる場合に限り「幽閉」せられることがある(五條)。(二)俘虜に之を其權内に屬せしめたる國の法規・命令に服從するの義務がある。即從順なるべきの義務がある。不從順の行爲あるときは必要なる嚴重手段を施すことを得る(八條一項、二項)(三)俘虜逃走を企てたり、又は陰謀乃至暴動に出つる場合には之に對して武器を使用することが出來る。(四)俘虜にして逃走を企てたるもの、逃げそこねて捕へられれば懲罰に付せられるが(八條三項)、逃走を遂げたる場合には、即俘虜が逃れて本國の軍に歸り着くか、又は捕獲軍の占領地域を脱出したるとき-其後に至り再び俘虜となるも-前の逃走行爲については處罰を受けない(八條四項)。但し逃走罪以外の罪(例へば強盗、強姦の罪)を犯した場合には、之について處罰を受

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けるのは固よりである。
俘虜については前記海牙陸戰規則第四條以下十數條の規定があるが、それは陸戰中、敵に捕へられたものについての規定であつた。海戰又は空戰中、敵に捕へられたるものの規定を缺いて居つたが、一九二九年ゼネヴアに於て「俘虜の待遇に關する條約」が調印せられて、右を一切包含した詳細な規定が出來た(國際條約集末尾拾遺参照)。
二、海軍 海軍に於ける兵力は軍艦でみる。軍艦とは(i)一國海軍士官の指揮の下に在り、(ⅱ)軍の紀律に服する乗組員を有し、(ⅲ)且つ軍艦旗(又は國旗)及指揮官旗を掲くるものである。右の三者を軍艦たるの要件とする。(一)〔補助巡洋艦〕 上記の條件を備ふれば、商船も亦變じて軍艦となる。戰時に於て交戰國は「商船を變更」して軍艦に仕立てることがある。これは往時の私装拿捕船と異り、軍艦に屬する各種の權利義務を有する(郎ち軍艦として扱はれる)ものであるから、海牙條約(「商船ヲ軍艦ニ變更スルコトニ關スル條約」)は「變更の條件」を定めてある。即當該商船が國旗國の直接の管轄・監督及責任の下に置かるること(同條約一條)を必要とし、之が爲めの具體的要件としては(イ)其國の軍艦たるの「外部ノ特殊徽章」を有すること(同上二條)、(ロ)當該國の海軍將校により指揮せらるること(三條)、(ハ)乗員が軍紀に服すること(四條)を要すとしてある。右の三

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要件(イ)(ロ)(ハ)は前記軍艦たるの要件と同一である。「公海に於て商船を軍艦に變更し得るや」は未決の問題である。(二)〔義勇艦隊〕 義勇艦隊所屬船舶と稱するものでも、之を軍艦に變更するには前記の條件を具備せねばならぬ。(三)〔私装拿捕船〕往時交戰國より捕獲特許状を得て捕獲に從事した私船、即私装拿捕船を使用したが、今や其使用は巴里宣言(第一項)により禁止せられる。
(四)〔武装商船〕 軍艦は普通「武装」して居ることは固よりであるが、「武装」は軍艦たるの要件ではない。商船にして「防禦の爲め」武装してもそれは軍艦とはならぬ。又商船は軍艦に對して「防禦」は出來るが、「攻撃」の態度に出ることは出來ぬ。之を行へば戰時犯を構成する。
三、空軍 空軍としての兵力は軍用航空機である。軍用航空機たるには(一)軍人の指揮の下にあり、乗員も軍人たることを要する。(二)國旗は空中に於ては識別に便でないから、固着したる「外部標識」を以て軍用航空機たるの資格性質(及其國籍)を示すべきものとせられる。
〔傷病兵の待遇)  病者及傷者の取扱に關する交戰者の義務は「ジエネヴア」條約の定むる所に依る(陸規二一條)。
右の「ジエネヴア」條約は俗に「赤十字條約」と稱するものである。第一囘の分は一八六四年八月二十二日「ジエネヴア」に於て調印せられ(我國は一八八六年即明治十九年之に加入した)、第二囘の分は一九〇六年七月六日同地に於て調印せられた(我國は一九〇八年即明治四十一年批准及公布)。第三囘の分が最近(一九二九年七月二十七日同地に

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於て調印せられた)。これは日本では本著執筆の當時は、まだ批准して居ない。本條約は(一)傷病死者の取扱・保護(二)救護設備及材料の保護(三)救護事務從事員の保護を目的とするものである(現行三一七頁以下)。瑞西國に敬意を表する爲め同國國旗の著色を顛倒して作成したる白地赤十字の紋章は軍隊衛生勤務上の殊別記章として使用せらる(第二囘條約一八條)。右の記章は本條約により保護せらるる衛生上の設備・人員及材料を保護し又は標示する爲めの外、之を使用することを得ぬ(二三條)。海戰の場合についても傷病者及難船者の救護・取扱につき海牙第十條約がある。「ジエネヴア條約の原則を海戰に應用する條約」と云ふ(現行四九〇頁以下)。
三 陸戰・海戰・空戰の別
 此三者は如何にして區別すべきか。此區別によつて適用せられる法規も區別せられ、竝に陸戰法規・海戰法規・空戰法規が分れる。果して然らば右三者の區別標準は如何。(一)戰爭行爲の行はれる「場所」(陸上・海上・空中)によつて區別するの説と、「兵力」(陸軍・海軍・空軍)によつて區別するの説とがある。
右三者は戰爭樣式(warfare)の區別であるから、右第二の標準(兵力によるもの)が適當である。多くの場合右の二標準何れによるも同一に歸するが、河上(例へば楊子江上)に於ける軍艦の行動の如き場合に、右の標準の如何によつて差異を生ずる。適用せられる法規にも差異を生ずる。第二の標準を可とする所以である。

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四 害敵手段
「害敵手段」は讀んで字の如く、敵を害する手段方法である、戰爭手段である。攻撃防禦の手段である。陸戰・海戰・空戰の三場合について考へられねばならぬ。害敵手段には「制限」がある。「交戰者は害敵手段の選擇に關し無制限の權利(自由)を有するものではない」(二二條)。これは海牙條約が陸戰について規定する所であるが、海戰・空戰についても亦同様である。「害敵手段の制限」は或は兵器について存し、或は殺傷の方法について存する。今左に其重なる場合について略説しやう。
 〔海牙條約による禁止事項〕  海牙陸戰法規(二三條一項)は「特別ノ條約ヲ以テ定メタル禁止ノ外、特ニ禁止スルモノ左ノ如シ」として、左の各事項を掲げて居る。
 (イ) 毒又ハ毒ヲ施シタル兵器ヲ使用スルコト
 (ロ) 敵國又ハ敵軍ニ屬スル者ヲ背信ノ行爲ヲ以テ殺傷スルコト
 (ハ) 兵器ヲ捨テ又ハ自衛ノ手段蓋キテ降ヲ乞ヘル敵ヲ殺傷スルコト
 (ニ) 助命セサルコトヲ宣言スルコト
 (ホ) 不必要ノ苦痛ヲ與フヘキ兵器・投射物其ノ他ノ物質ヲ使用スルコト
 (へ)軍使旗・國旗其ノ他ノ軍用ノ標章、敵ノ制服又ハ「ジエネヴァ」條約ノ特殊徽章ヲ檀ニ使用

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スルコト
 (ト) 戰爭ノ必要上萬已ムヲ得サル場合ヲ除クノ外、敵ノ財産ヲ破壞シ又ハ押収スルコト
 (チ) 對手當事國國民ノ權利及訴權ノ消滅・停止又ハ裁判上不受理ヲ宣言スルコト
  兵器に關する禁止・制限としては、右の(イ)(ホ)の外に、猶海牙三箇宣言がある。即一八九九年の海牙會議で出來た「三箇宣言」と稱するもので、左の通かである。
 (イ)「輕氣球上ヨリ(又ハ之ニ類似ノ新方法ニ依リ)投射物爆裂物ヲ投下スルコトヲ五年間禁止スルコト」
 (此宣言は第一囘平和會議の際「五ヶ年」の期限付であつたが、第二囘平和會議に於ては「第三囘平和會議の終るまで」の期限付で更新せられた。しかも日・獨・佛・伊・露は之に調印せざるのみならず、又調印したる國でも批准しないものが尠くなかつた。從て右宣言は世界戰爭の際拘束力なく、而して航空機より爆弾の投下は盛に行はれた)。
 (ロ)「窒息セシムヘキ瓦斯又ハ有毒質ノ瓦斯ヲ撒布スルヲ唯一ノ目的トスル投射物ノ使用ヲ禁止スルコト」(毒瓦斯にっいては後述參照)。
 (ハ)「外包硬固ナル弾丸ニシテ其外包中心ノ全部ヲ蓋包セス又ハ其外包ニ截刻ヲ施シタルカ如キ、人體内ニ入リテ容易ニ開展シ又ハ扁平トナルヘキ彈丸ノ使用ヲ禁止スルコト」(ダムダム彈の使用を禁

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止するものである)。 〔兵器の制限については猶外に聖彼得堡宣言(一八六八年)なるものがある、之により締盟國は其相互間の戰爭に於ては其陸海軍に於て四〇〇「グラム」以下の爆發性又は燃燒性の物質を充てたる發射物の使用を禁ずべきことを約した。〕
〔毒瓦斯の使用〕〔化學戰〕  化學戰中の最も著しきものは毒瓦斯の使用である。毒瓦斯は世界大戰中大に使用せられた。果して然らば毒瓦斯戰は前記諸規則〔殊に三箇宣言の(ロ)及陸規二三條(イ)又は(ホ)〕に觸れないか。右規定の解釋については、毒瓦斯使用の方法と共に、大戰中交戰國間に大に議論せられた。所謂聯帶約款の問題も出た。が、兎に角敵も味方も之を使用した、技術上にも大に進歩を示した。戰後に於てヴエルサイユ條約(一七一條)にも、華府條約にも、之に關する規定を見る。
 華府條約に於ては「窒息性・毒性又は其他の瓦斯及一切の類似の液體・材料又は考案」を戰爭に使用することを締約國相互間に禁止し、且他の一切の文明國に對し本取極に加入せむことを勘誘することとした(「潜水艦及毒瓦斯ニ關スル條約」第五條)(但批准未了)。此規定を一般的ならしめんが爲め一九二五年六月ぜネヴァ議定書を見るに至つた(國際法外交雑誌二六巻八號拙稿「化學戰と國際法」參照)。
〔背信行爲〕 背信行爲とは明示又は黙示による約信を破るものである。「赤十字徽章」及「軍使旗」を、其定められた目的以外に一切使用すべからざるは、文明國間の明約する所である。故に之を

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右の目的以外に使用するは背信行爲の最たるものである。兵士が戰闘中「敵性」を明にすべきは文明國の戰爭に於て黙約せらるる所である。故に敵の「國旗・軍旗又は制服」については、少くも戰闘中、之を濫用して敵性を隠蔽するに於ては背信行爲として不法なること明かである。戰闘中は何れが敵、何れが味方なるやに付相手方を欺罔することを許さぬ。
〔開放市邑の砲撃〕  防守せざる市邑又は建物(略して「開放市邑」と云ふ)は、如何なる手段に依るも之を攻撃若は砲撃(又は爆撃)することを得ぬ(陸規二五條)。右の「如何なる手段に依るも」とは空中よりの(航空機に依るの)爆撃を含ましめる爲め、第二囘平和會議の際特に挿入せられた字句である。開放巾【ママ】邑の砲撃(又は爆撃)は右の如く陸戰及空戰に於て禁ぜられるのみならず、海戰に於ても禁止せられ る(「戰時海軍力ヲ以テスル砲撃ニ關スル條約」第一條)(但し例外として海軍の徴發命令に應じない場合には開放市邑と難も砲撃せられる-三條)。しかし要塞其他「軍事上の目的物」(militaly objectives)に對する砲撃又は爆撃は固より適法行爲である。が、「開放市邑」と否とを區別することは往々にして困難である。
 殊に空中爆撃に際して然りである。世界大戰中聯合國側は「軍事上の目的物」に限りて空中爆撃を認め、且之を主張したが、獨逸は「作戰地帶」説を主張した。しかし航空機(軍用)は其到る處即ち「作戰地帶」であるとも云へる。海牙空戰法規案(現行七七三-七七四所掲)は此點に於て不満足

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のものであるとの誚を免れぬ(スペート)。
〔奇計及間諜〕 奇計、並に敵情及地形探知の爲必要なる手段の行使は、適法である(二四條)。間諜の利用も適法である。しかし間諜行爲は相手方に取り危瞼であるから、間諜にして敵に捕へられれば裁判の上處刑せられる(三〇條)。但し間諜行爲中捕へられる場合に限る。一且所屬軍に復歸したる後に、敵に捕へられた場合は、前の間諜行爲は不問に付せられる(三一條)。「間諜たるの要件は(イ)交戰者の作戰地帶内に於て(ロ)隠密に又は虚僞の口實の下に(ハ)對手交戰者に通報するの意思を以て情報を蒐集し又は蒐集せむとするものたることである。故に(一)變装せざる軍人の如き、(二)軍人たると否とを問はず自國軍又は敵軍に宛てたる通信を傳達するの任務を公然執行する者の如き、又(三)輕氣球員にして軍又は地方の各部間の聯絡を遭ずる任務を有するものの如き、何れも前掲の條件を缺くものであり、從て間諜ではない(二九條)。
〔職時犯の處罰〕〔敵國人の反法行爲〕 「間諜」又は「戰時叛逆」は之を使用する交戰國に取つては適法行爲であるが、對手交戰國に取つては當該行爲者を捕へたとき之を處罰し得べき行爲である。
戰時叛逆とは敵軍の作戰地帶内に於て自國軍の爲めに鐵道の破壞を企つるが如きを云ふ。間諜と伺じく、當該行爲に從事する者が敵に捕へられれば、戰時犯の廉により處罰せられる。しかし戰

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時犯とは右に限らぬ。廣く戰爭法違反の行爲に出でたる本人(軍人又は非軍人)を、其敵國たる交戰者に於て捕へたるとき、之を處罰するを「戰時犯の處罰」と云ふ。戰爭法違反に對する制裁の一である。交戰者(前掲)たる資格を有せざる人民が侵入軍又は占領軍に抵抗したり、交戰國の商船船長が敵國の軍艦に對し攻撃(「防禦」にあらざる場合)を加へたりするのは、皆之れ戰時犯に属する。
〔敵國人に對する不法命令〕 交戰者は敵國人を強制して其本國に敵對する作戰動作に加はらしむることを得ぬ(二三條二項)。即軍人のやるやうな仕事を敵國の人民にやらしてはいかぬ、と云ふのである。如何なることが「作戰動作ニ加ハラシムル」ことになるかについては、往々疑問もあり又議論も生ずる(現行三二七-三二九)。適法なる「課役」たる場合は別である(課役にっいては次章に述べる)。
〔敵の財産に關する禁止事項〕 (1)〔敵の財産の破壞〕(陸戰の場合)「戰爭の必要上萬已むを得ざる場合を除くの外」敵の財産を「破壞」し又は「押収」することを得ぬ(二三條(ト))。一般的荒壞の場合に於て殊にそうである(現行三五〇)。(2)掠奪(陸戰の場合)都市其他の地域は突撃を以て攻取したる場合と雖も之を掠奪に委することを得ぬ(二八條)。「掠奪」とは、敵の公私財産を不規則に(正當の命令に出でない場合)奪取するを云ふ。
〔水雷の使用〕 之に關して海牙第八條約、即「自動觸發海底水雷の敷設に關する條約」がある。水

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雷の種類に關しても(一條)使用の方法に關しても(三、四條)制限がある。又「單に商業上の航海を遮断するの目的を以て」敵國の沿岸又は港の前面に水雷を敷設することを禁止せられる(二條)。
 交戰國は「公海に」水雷を敷設するを得るか、これは國際法上未決問題の一である。公海に於て交戰國が戰鬪行爲(實戰又は捕獲)を爲し得るは勿論であるが、水雷敷設の如き戰鬪の豫備的行爲により、各國民通商航海の大路を遮塞するは公海自由の原則に反するものであるとの非難がある。
が、右海牙條約は本問題に關する爭を決定するに至らなかつた。從つて世界戰爭中獨逸初め交戰國は相踵て公海に水雷を敷設した。中立國の抗議したのは故なしとせぬ。
〔潜水艦の使用〕〔船舶破壞の要件〕 從來海戰に於ける戰鬪力は主として水上艦艇であつたが、世界戰爭は潜水艦艇の使用を見るに至つた。ここに於て、從來の海戰法規が獨逸人の所謂此「新武器」には適用せられないか、將た此武器を使用するに當つても從來の海戰法規に遵ふべきものであるか、の論爭を生じた。之れ世界戰爭中の所謂「潜水艦戰爭」(submarin war)の問題である。獨逸は「交戰區域又は禁航區域の宣言」(一九一五年二月及一九一七年二月)を以て、潜水艦を敵國商船のみならず、中立國商船に對しても使用した。即所謂「通商破壞者」として使用した。凡そ潜水艦は之を軍事上の目的(敵艦の攻撃等)に使用するは差支ないが、経濟上の目的に使用することになつては

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(「通商破壊者」としての使用)亂暴である。故に華府條約は「潜水艦及毒屍斯ニ關スル五國條約」に於て、潜水艦も臨檢捜索の手續を省略するを得ざることとし、潜水艦の「通商破壞者としての使用」を禁止するのみならず、此種潜水艦の動作に從事する軍人なりとも、又其上官の命令により行動する場合に於ても、交戰國が戰時犯として處罰するに止まらず、之を「海賊行爲に準じ」何れの國にても審理・處罰するの權利あるものとした。倫敦海軍(軍縮)條約は-第二十二條に於て-「潜水艦ハ其ノ商船ニ對スル行動ニ關シテハ水上艦船ガ從フベキ國際法ノ規則ニ從フコトヲ要ス」となし、已むを得ずして軍艦が商船の破壞を行ふ場合、船内の人員及舶舶書類を「安全ノ場所」に移すべきものとし、且「安全ノ場所」とは如何なるものを云ふかを定義して、左の如く規定して居る。曰く、「商船カ正當ニ停船ヲ要求セラレタル時ニ於テ之ヲ頑強ニ拒否スルカ又ハ臨檢若ハ捜索ニ對シ積極的ニ抗拒スル場合ヲ除クノ外、軍艦ハ其ノ水上艦船タルト潜水艦タルトヲ問ハス、先ッ乗客・船員及船舶書類ヲ安全ノ場所ニ置クニ非ザレハ商船ヲ沈没セシメ又ハ航海ニ堪ヘザルモノト爲スコトヲ得ズ。右規定ノ適用ニ付テハ船ノ短艇ハ當該時ノ海上及天候ノ状態ニ於テ陸地ニ近接セルコト又ハ乗客及船員ヲ船内ニ収容スルコトヲ得ル他ノ船舶ノ存在スルコトニ依リ、右乗客及船員ノ安全ガ確保セラルルニ非ザレバ、安全ノ場所ト看倣サルルコトナシ」(潜水艦戰爭につき

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 英年鑑一九二〇-一年ヒツギンス、同一九一二一-三年ロツクスバーグ及「レジスラシオン・コムパレー」誌一九三一年一號フイリツプス參照)。
〔「交戰區域」又は「禁航區域」の宣言〕 世界戰爭前に在つては、國際法上「交戰區域」とは(イ)法律上戰爭を爲し得る區域、即ち海戰に在りては交戰國領海及公海を指稱し、又は(ロ)事實上戰鬪の行はるる區域即ち「戰場」を指したもので、此の外何等第三の意義なるものはなかつた。然るに大戰中の交戰區域は一定の海域を劃して、其區域に入らんとする各種船舶に對し「水雷又は艦艇よりの危瞼」を豫告したるものである。故に一名「危瞼區域」の稱がある。尤も右に關する英・獨の措置を比較するに、獨國は潜水艦を以て、敵國船舶と中立國船舶とを問はず、見當り次第撃沈せるものであるが、英國は「危險區域」を指示し、航海者に一定の通路を指定したに止まる。
 兩者の間輕重緩嚴の差はあるが、交戰國が右の方法により重要なる國際商業の大路を支配せんとするものであり、從來の國際法規と相容れざるものである。即ち戰時に於ては海上捕獲及戰時禁制品並に封鎖犯等に該當する場合の外、航海通商は自由であるとの原則、殊に「中立商業自由の原則」に抵觸するものである。要するに右交戰區域又は禁航區域の制は國際法上何等根據を求め難いものである。

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        第三章 戰 時 占 領

 一 戰時占領の意義

占領(戰時占領)とは侵入軍が敵の一地方に於て敵の權力を排し、自己の權力を樹立し、且行使するを云ふ(四二條)。(一)侵入とは軍隊(陸軍又は空軍)が敵地に侵入するだけで、未だ敵地を占領することなく、又固より之に行政することなく、其目的(例へば偵察又は橋梁・兵器廠の破壞等)を達すれば、直ちに退却することもあり、又占領に移ることもある。(二)侵入軍と對手軍との間に戰鬪が繼續する間は、單に侵入であつて、未だ占領ではない。從つて未だ占領軍としての權利を有するものではない。反之占領地域に於ては最早敵味方の間、戰鬪は止むで、占領軍は地方の行政にも當ることになるのである。

 二 戰時占領の性質
 往時は、交戰國が敵地を占領すれば之を「征服」したものとして、其土地の上に「主權」を獲得せるものと考へたが、今日ては戰時占領のみでは、決して一國は右土地に對して領土主權を獲得することなく、單に一時戰爭中之に對して「軍の權力」を樹立せるに過ぎぬものと看倣される。海牙條約(陸規第三款)に於て「敵ノ領土ニ於ヶル軍ノ權力」と稱するものである。戰爭中は「征服」はあり得ない(二九九頁

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參照)。占領あるのみである。占領地に於ては主權の交替があるのではない。又占領軍は一時的にも、部分的にも「主權」を行使するものではない。之が今日の定説である(例、ピエ)。『軍權」(military authority)を行使するのである。占領軍は占領地に於て自己の權力を行使するものであつて、被占領國政府の權力を代行するものではない。固より其代理者でない。

 三 戰時占領の效果(占領者の權利義務)
  占領者は占領地に於て「軍權」を有する結果として、(一)軍の必要上、殊に「自己の安全」の爲め、 所要の措置に出つるの權利を有するのみならず、(二)「占領地の秩序公安を維持するの權利と義務」を有する(「占領軍」の權利義務と云ふも實は「占領國」の權利義務である)。從て(一)〔軍法〕 占領者は「軍法」を布くことが出來る。軍法は被占領國從來の法令を停止し、之に代り又は之を補充する爲め、軍司令官の發する規則である。司令官は軍法を發するに當りここに述ぶる國際法規を無視してはならぬ。占領者は又出來得る限り占領地從來の法律を尊重して、之を變更しないことに努むべきである(四三條)。殊に私法についてそうである。しかし軍事上の必要殊に占領軍の安全の爲め、從來の法令殊に刑罰法令を(加之憲法の一部をも)停止し、例へば集會・印刷物・武器所有を禁止又は制限し、信書の檢閲をなすが如きことが出來る。但し法律制度の永久的改廢を行ふを得ぬ。戰時占領は一時的の性質をを有するもので

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あるからである。(二)〔軍政〕 占領者は占領地に於て軍政(又は民政)を行ふ。蓋し「軍の必要殊に其安全」を期し、及安寧秩序(佛文によれば「公共の秩序及生活」、英文によれば「公共の秩序及安全」)を囘復確保せんが爲めである(四三條)。占領地行政を行ふに當つては占領者に於て軍の安全及戰爭の目的を第一位に置くのは當然であつて、軍の安全及戰爭の目的に關する限り占領者は殆んど絶對の權力を有するが、占領地の主權者ではないから、右の必要に出でざる永久的施設又は變更を占領地の行政に加ふることを得ない。
 占領者は占領地從來の行政官吏殊に下級官吏をして成るべく其舊地位に止まらしめるを可とする。固より占領者に於て當該官吏を好まざるときは之を易置することが出來る。從來の官吏を強制してその職務を行はしむることを得ぬ。占領地に於て行政費支辨の爲め租税を徴収することを得る。賦課金及通過税に付いても同樣である(四八條)。(三)〔軍事裁判〕 占領者は戰時犯其他軍法關係の犯罪については軍事裁判所をしての裁判の住に當らしめる。軍事裁判所の構成は國により異る。一定しない。尚ほ占領軍は成るべく從來の法律を尊重すべきであると同樣に、成るべく從來の裁判所をして普通の民刑事件を裁判せしむべきである。尤も裁判官が從來通りに執務するを拒める場合には占領者に於て別に裁判所を開くべきである。又占領者は必要と認むれば占領地に於ける從來の裁判官の職務を停止することが出來る。從來の裁判官が引續き裁判の任に當る場合判決は占領者の名に於てすべきやにつき、

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普佛戰爭中議論を生じた。が、オッペンハイムは「占領者は自己の名に於て裁判すべきことを被占領國裁判所に強ふるを得ざると同時に、又被占領國(正當政府)の名に於てすることを許すの義務もない」として、ブルンチユリーが「法の名に於て」裁判すべしとなせるを推奨した。被占領國の名に於てすべきものとする學者がある(フオーシル)。欧洲戰爭中獨軍の自耳義占領に於て、獨逸は白耳義國裁判所が白國皇帝の名に於て裁判するを許した。占領地の住民は「訴權」を認められる。占領軍は住民の訴訟を受理しないといふことは出來ぬ(前掲海牙陸規二三條チ)が、其權利自體が軍法によつて大に制限せられることは勿論である。殊に軍法による「戰時犯」の處罰によつて人民の權利・自由は大なる制限を受ける。否占領地の「人民及其財産の取扱」について、占領者は左記各項の權利・權能を有する(占領者の義務もあるが)から、從て人民は其範圍に於て可なり大なる束縛を受ける。

 (甲)〔占領地人民の取扱〕(一)忠誠(又は臣從)の誓 人民を強制して忠誠の誓を爲さしむることを得の(四五條)。しかし強制によらずして、住民が任意占領者に對し臣從の誓を爲し、占領者の國に歸化するは別問題である。(一)服從の義務 住民は占領軍に對し「服從の義務」を有する。換言すれば占領者は占領地人民に對し服從を求め、其不規則なる敵對行爲其他を處罰することを得る。所謂戰時犯の處罰が之である(現行三七六頁)。(三)住民の生命〔及私有財産-此點については後に述べる)、名譽(「家

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の名譽及權利」-殊に婦人の貞操關係)、信仰の自由を尊重せねばならぬ(四六條)。就中個人の生命の尊重せらるべきこと-非戰鬪員(通常人)を殺傷すべからざること-は戰爭法上の一大原則である。(四)本國に對する作戰動作 交戰者は敵國人を強制して其本國に對する作戰動作に加はらしむることを得ぬ。
戰爭開始前から其任務に服した場合と雖亦同樣である(二三條第二項)。「作戰動作に加擔する行爲」と之に至らざる行爲とは區別せねばならぬ。要塞を築くに敵國人を使用するが如き場合は何れに屬するかについて議論がある(現行三二七-九頁)。(五)課役 勞務の徴發である。但し條件がある。即ち人民をして其本國に對する作戰動作に加はらしむるの性質を有する役務にあらざることを要する(其他の要件については後述「現品の徴發」の場合に同じ)。(六)人民を強制して相手國の軍又は其防禦手段につき情報を供與せしむることを得ぬ(四四條)。(七)連坐罰 連帶責任のない場合連坐罰を科することを得ぬ(五〇條)。占領地人民が單獨で又は他と共同して責を負ふべき非違行爲をした場合、占領者が其責を問ふのは當然である。が、何等住民の責任なき行爲(例へば何人か知れぬが橋梁若くは鐵道線路を破壞したものがあるとき)につき市町村の住民全體を連坐せしめて之を拘禁し又は罰金を科するが如きは不法である。

、(乙) 〔占領地財産の取扱〕(一)掠奪 掠奪は嚴禁せらる(四篠)。(「掠奪」の意義については前に述べた)。

(二)私有財産尊重の原則 陸戰に於ては海戰と異り、私有財産は尊重すべく、殊に之を没収する

昭和九年四月廿一日初版印刷
昭和九年四月廿五日初版發行