横田喜三郎 国際法 1933年(昭和8年)

上卷
     はしがき
 本書は國際法の講義のテキスト・ブックである。根本理論に深入りしなかつたこと、他の學説の詳細な批判を避けたこと、文献と先例の引用を省いたことはいずれもそのためである。これらのことは、講義の際に、補充するのが適當であると考えた。
 本書の立場を簡單に述べておきたい。第一に、純粋法學の立場である。本書はこの立場から國際法を叙述したものである。現實の國際法規を客觀的に認識し、記述することに努めた。主觀的に創造したり、恣意的に變更したりしない。自然法學の方法を排斥するわけである。必ずしも現實の國際法規の慣値批判をしないのではない。その實際の適用を考慮しないのでもない。たゞ、その揚合には、それが全く異る考察であることを明白にし、それによつて法規そのものゝ客觀的認識が誤られないことに注意した。純粋法學の要求するところは、正に、そのことであり、それだけである。
 第二に、國際法團體そのものゝ立揚である。本書はこの立場から國際法を叙述したものである。國際法は一つの法律團體としての國際法團體の法律秩序である。個々の國家の單純な對外的の法律ではない。當然に、それは國際法團體を中心とし、その立場から把捉されねばならぬ。個々の國家を中心とし、その立場から考察されるべきではない。
 これらの二つの立場は、しかし、互に獨立のものではない。實は、統一した一つの立場である。一般に、法律秩序によつて必然的に法律團體が成立する。法律秩序はこの團體の秩序たるものである。國際法についても、それによつて必然的に國際法團體が成立する。國際法はこの團體の秩序たるものである。國際法をそのまゝに客觀的に認識する純粋法學の立場は、當然に、それを國際法團體そのものゝ立場から把捉することになる。從來の學説がこの立場から國際法を考察しなかつたとすれば、それは國家に偏重する主觀的の立場に立つたからに外ならぬ。

  一九三三年四月一五日
                           著者

下卷
P252
 第四編 國際司法
  第三章 強制執行
   第四節 戰爭

法規に從う(三條二頃)。既に戰爭の開始を知つたものと見なし得るからである。この規則はこの條約で全く新に定められたものである。
 (b)賃物 戰爭の開始の際に交戰國の港にある船舶の貨物と同一に取扱われる(四條二項)。

         第四項 戰 鬪

           第一目 戰鬪者

 戰鬪者は兵力である。戰鬪は兵力によつて行われる。兵力は陸上、海上、空中の兵力に分れる。
 一 陸上の兵力
 (一)正規の兵力   陸上の正規の兵力は陸軍である。いかなる兵力が陸軍に屬するかは専らそれぞれの國家の國内法で定められる。國内法上で、民兵や義勇兵が陸軍の全部か一部を構成するときは、國際法上でも、正規の兵力として認められる(陸戰の法規慣例に關する規期一條二項)、
 兵力は戰鬪員と非戰鬪員から成る(三條一項)。戰鬪員は直接に加害行爲に從事する者である。非戰鬪員は兵力に屬し、その會計、庶務、衛生、通信、宗教などの事務に從事する者である。これらの

P253
兩者は、敵に捕えられた場合に、捕虜の取扱を受ける權利を有する(二項)。
 (二)不正規の兵力  陸上の不正規の兵力は次のものである。
(1)民兵・義勇兵  民兵は戰爭に際して人民を召集して組織された團體であり、義勇兵は戰爭に際して有志の人民の組織した團體である。從來は交戰國の特別の許可を受けたもののみが不正規の兵力として認められた。陸戰の法規慣例に關する規則によれば、次の四つの要件を具備する揚合に、不正規の兵力として認められる(一條一項)。部下のために責任を負う者がその頭にあること、遠方から認識力し得る固定の特殊記章を有すること、兵器を公然と携帯すること、その行動について戰爭の法規慣例を遵守すること。交戰國の特別の許可は必要でない。
 (2)群民兵  占領されない地方で、敵軍が接近するに當り、民兵や義勇兵を編成する暇がなく、兵器をとつて侵入する敵軍に抵抗する群集である。交戰國の發意によることがあり、全く自發的のことがある。後者に關しては、これを不正規の兵力として認めるか否かについて、從來は爭があつた。陸戰の法規慣例に關する規則によれば、次の二つの要件を具備する揚合に、不正規の兵力として認められる(二條)。
 兵器を公然と携帯すること、その行動について戰爭の法規慣例を遵守すること。既に占領された地方では、群民兵は適法でなく、戰時重罪を構成する。軍に侵入さ

P254
れたのみで、まだ占領に至らない地方においても、同樣である。群民兵は現に侵入しつつある敵軍に抵抗するものでなければならない。
 二 海上の兵力
 (一)正規の兵力  海上の正規の兵力は海軍である。いかなる兵力が海軍に屬するかは専らそれぞれの國家の國内法によつて定められる。
商船が軍艦に變更されたときは、一定の要件を具備する場合に、軍艦としての權利義務を有し、正規の兵力となる。「商船を軍艦に變更することに關す篠約」によれば、次の五っである。所屬國の直接の管轄、直接の監督、責任の下におかれること(一條)、指揮官が國家の勤務に服し、權限ある官廰によつて正當に任命され、氏名を艦隊の將校名簿に記入されていること(三條)、乗員が軍紀に服すること(四條)、その國家の軍艦としての外部の特殊記章を附すること(二條)、その行動について戰爭の法規慣例を運守すること(五條)。變更の場所については、爭がある。イギリス、日本はその國家の港と占領地の港においてのみこれを認め、公海においては認めない。ロシア、ドイツは公海においても認める。條約はこの問題を決定しなかつた(前文)。商船から變更された軍艦を更に商船に變更し得るか否かについても、條約は決定しなかつた。