「競技」から「生き方」へ、アイドル活動をアップデートせよ(アイカツスターズ!のお話)

本記事ではアイカツスターズ!1年目のテーマを咀嚼し、物語の全体像と現代社会との接続を試みる。
アイカツスターズ!2年目は内容が異なるため、2年目については後日別の記事でまとめたい。

1.はじめに

「アイカツ」とは、アイドルが日々のレッスンで技を磨き、オーディションで仕事を勝ち取り、仕事を成功させる、「アイドル活動」の略である。
アイドル活動は、そのものずばり仕事のことであり、作中でアイドルがアイドル活動で得た学びは、現代人の社会への対峙姿勢を改めさせるものが多い。
今回、アイカツスターズ!の登場人物はアイドル活動から何を学んだのか、何が変化したのか、という観点で物語を観ていき、本作が現代人に何を説いているのかを読み解いていく。

2.アイカツスターズ!の特異性

第1作アイカツ!が「アイドルスポ根」と紹介されたことから、アイカツシリーズは以降の作品もスポ根として捉えられがちで、その文脈での感想が多く見受けられる。
だが、本当にアイカツスターズ!はスポ根と呼ばれるような作品だろうか。

wikipediaでスポ根の記事を見てみると、以下の定義が紹介されている。

スポーツの世界で根性と努力によってライバルに打ち勝っていく主人公のドラマ
— 『戦後史大事典』

アイカツ!はこの流れを汲んでおり、日々のレッスンと価値観のアップデートによりオーディションの合格を勝ち取り、ステージを成功させ、最終的に主人公星宮いちご、大空あかりはそれぞれの目標だった神崎美月、星宮いちごに勝利する。故にアイカツ!はスポ根と評される。
アイカツフレンズ!1年目も同様に、友希あいねと湊みおが、お互いやライバルと高めあい、目標のラブミーティアを超えダイヤモンドフレンズの称号を手に入れる。

アイカツスターズ!も概ね似たコンセプトになっており、主人公達はライバルと切磋琢磨し、アイドルの花形「S4」を目指す。
しかし、アイカツスターズ!は1年目中盤におおよそスポ根らしからぬ展開が待っている。

アイカツスターズ!の主人公、虹野ゆめは、「不思議な力」と劇中で呼ばれる、ステージで実力以上に輝くことができる特殊能力を持つ。この力により、実力で劣っているにもかかわらず、第21話で桜庭ローラにオーディションで勝利する。
更に、第29話においても、ゆめに勝つために激しいトレーニングを重ね、歌唱力や振付のキレを伸ばしたローラに対して、ゆめは「不思議な力」発動によって難なく勝利を重ねる。

「私…私、今度こそはゆめに負けたくなくて…それで、ゆめの何倍も練習したのに…それなのに」by桜庭ローラ(第29話)

アイカツスターズ!の物語は、適切な努力で適切な能力を伸ばすことが勝敗に関係しないという点で、前作アイカツ!や次作アイカツフレンズ!とは大きく異なる。

(なお、第29話での桜庭ローラの敗北は決して理不尽な仕打ちではない。彼女が本来のアイドル活動をしていなかったことが原因である。この本来のアイドル活動の在り方については、4項で記す)

アイカツスターズ!の物語は他作品のようにスポ根的な展開で成功をおさめるものではない。では、本作品は敗者にどのような物語を与えるのか。

3.敗北の先に待っているものは

スポ根ものであれば、ライバルとの対決、敗北の先に努力で雪辱を晴らす、という展開がお約束である。しかしアイカツスターズ!はそれをしない。

桜庭ローラは虹野ゆめへの敗北後、白銀リリィの助言により「Going my way」という生き方を得る。そして、S4決定戦ではゆめには再び負けつつも、自分らしく歌えたことに深い満足感を得る。

「私やったよ!ゆめ!点数なんかどうでもいい!こんなに気持ちよく歌えたのは、生まれて初めて!私、ようやく自分自身の歌を歌えたんだ…!」 by桜庭ローラ(第48話)

また、第25代劇組S4、如月ツバサは、始め歌組に合格したが、オーディションで白鳥ひめに負けたことをきっかけに劇組に組替えした経歴を持つ。
両者とも元々は勝利にこだわる節があったが、それぞれの敗北体験以降考え方を改め、自分らしい生き方を模索することになる。

アイカツスターズ!において、敗北の先に待っている展開は、雪辱戦に勝利することではなく、自分がより輝ける居場所の発見になる。

「もしもこの先、何か辛いことが起きた時、そういう時こそ、自分を信じてほしい。たとえ挫折を味わっても、人は変われる。成長できる。自分自身にその意思があれば、いつかきっと、自分の居場所で光り輝くことができるはずだ」by如月ツバサ(第50話)

なぜこのような展開を制作者は選択したのか。その読解のために、作品のテーマである”個性”と”セルフプロデュース”、テーマに対立したモティーフである「不思議な力」とはなにかについて整理したい。

4.”個性”と”セルフプロデュース”

”個性”と”セルフプロデュース”の重要性を本作は繰り返し強調している。

「ねえみんな。誰よりも輝くスターになるために一番大切なことは何だと思う?それは”個性”!この学園では、自分らしく輝くためにセルフプロデュースを教えている」by響アンナ(第1話)

ところで個性とは何か。
個性はとても曖昧な言葉で、日本語を母語とする人の間でも認識が異なるため、特別に説明を要する場合が多い。また、作中でも個性が意味することについて悩み迷走するエピソードが見られる。e.g.第7話、第23話

この問いに対する作中の回答として、白銀リリィの言葉を引用する。「歩く個性」と呼ばれる彼女自身は、個性を”個々人の能力の差異”だと認識している。

「私たちは、みんな一人一人違います。感性も、記憶力も、運動能力も、体力も、顔だちもスタイルも、そして声の質も、声量も。様々な個性があるのですから、レッスンの仕方も様々で良いのです」by白銀リリィ(第26話)

この発言に対して作中で反論および異論は起こらないため、作中で扱われる個性は上記の認識で問題ないようである。

次に、セルフプロデュースとは何か。これも作中で明言されている。

「自分で考えて行動する、それがセルフプロデュース」by響アンナ(第1話)

具体的には、自主ライブを企画する生徒にアンナ先生がそれこそがセルフプロデュースだと褒める描写が多い。
自主ライブでは、会場、ライブ楽曲、ドレスコーデ、その他内容を自身の個性に合わせて選択する。
そこに他者との競争はなく、自己選択があるだけだ。

「誰かに勝つことが、あなたのアイカツなのですか?」「それ、アンナ先生にも言われました。お前は、お前のやり方で輝けば良いって」「それなら、もう答えは出ているではありませんか」by白銀リリィ、桜庭ローラ(第33話)

「自身の能力(個性)を認識し、自分が最大限輝ける魅せ方を選択する(セルフプロデュース)」これがアイカツスターズ!が描く最終的なアイドル活動の形であり、テーマを咀嚼したものとなる。
これと対の生き方が虹野ゆめの「不思議な力」である。

5.「不思議な力」が意味するもの

作中でゆめを苦しめる「不思議な力」が意味するものは何か。それについては下記記事で詳細に解説されている。

「不思議な力は自己肯定感を持てないアイドルが、己を偽り選んでしまう卑怯な手段の数々をアニメ的に表現したものと言えるでしょう。」

上記記事に補足すると、第1話で虹野ゆめは「不思議な力」を発動したライブの記憶がないことが描かれている。ここから、「不思議な力」はゆめによる主体的な選択ではないことが表現されている。

つまり「不思議な力」が描くものは作中のアイドル活動で奨励される生き方とは真逆の、「自身の能力(個性)から目を背け偽ること、自己選択(セルフプロデュース)を行わず周囲の反応に流されること」となる。

6.アイドル活動の報酬

そもそも彼女達は何故アイドル活動を続けるのか。そのインセンティブはなにか。
本作品は「勝ちたいキモチ」の描写が多く、これがアイドル活動の動機の大切な要素になっていることは確かである。
だからといって勝利がゴールかというと、少なくとも虹野ゆめにとってはそうではなかった。

勝者になった後の虹野ゆめには更なる問題が待ち受けていた。
それは、ゆめを幾度も勝利に導いた「不思議な力」そのものだった。
具体的には、この力の悪影響により声が出なくなるというものである。
これは、自分を偽るうちにクリエイティビティを失い、自己表現ができなくなるということの表現だろう。

この「不思議な力」を克服し「個性に合わせた自己選択(セルフプロデュース)を行うことができる」ために課せられた課題は「自己肯定感の獲得」だった。

「自分に自信を持たなきゃ!あの不思議な力に頼らない、素敵なステージにするんだから!」by虹野ゆめ(第36話)

これに対する回答は「日々の努力、仲間やファンの応援に応えたい気持ち」。
つまり、虹野ゆめにとって自己肯定感の獲得に必要なことは、オーディションの合格やライバルからの勝利ではなく、能力の向上と社会性の発達だった。

そして、自己肯定感を獲得し、「不思議な力」を克服し、セルフプロデュースを成功させた、ゆめに与えられる報酬は、個人ステージの成功と仲間からの祝福。

ここで重要なのは、勝負に勝つことはあくまで登場人物のアイドル活動の動機でしかないということ、勝利は、テーマ達成の鍵にも、報酬にもならないという点である。
ゆめにとっての報酬は、仲間やファンから称賛を受けられる居場所の獲得になる。こうしてみると、勝敗の結果によって異なる道を歩んだゆめとローラが、最終的には同じ境地にたどり着いたことが分かる。


ここで、この展開を咀嚼するために現実社会の話に移る。
これからの社会では、「個性を押し殺し受動的に嫌な仕事を続けることが美徳である」という昭和の工業社会的価値観が通用しなくなることは明白である。
これからの社会人に求められることは、個性を生かして社会にコミットする手段と居場所を主体的に選択し続けることである。これは個人の幸福を追い求める活動であって、誰かを出し抜くことや客観的評価での勝ち組を目指すことではない。
さらに言えば自由化の進むこの社会では外から幸せの形(客観的評価)は押し付けられない分、代わりに自分の中に幸福観を創っていくことが求められる。
本作はこの現代的価値観が根付いた環境下で生きていくことのイメージトレーニングとして機能することを目指しているように思う。


だからこそ、桜庭ローラや如月ツバサは敗れた後、次の勝負での勝利に固執することはない。何故なら、そもそも彼女たちが目指すものは自身が輝くことであって誰かに勝ることではない、勝利(客観的評価)は彼女たちのアイドル活動の報酬足りえないからだ。

7.主人公達は物語を経て何が変化したのか

虹野ゆめは、桜庭ローラに勝つため「不思議な力」に流されるが、そのデメリットに気付き、「不思議な力」からの自立を目指す。そのために、日々の成長と、ファンや仲間との交流という、日常の営みから自己肯定感を獲得する。結果として「不思議な力」を乗り越えてソロステージを成功させる。

桜庭ローラは、虹野ゆめに敗れた後、勝つ手段を探して迷走するが、「Going my way」という価値観を手に自分らしく歌うことを目指し、S4決定戦のステージの出来に深い満足感を得る。

ここまで紹介するタイミングがなかったが、香澄真昼と早乙女あこも、始め勝敗の結果に固執し相手(香澄夜空、虹野ゆめ)に敵対姿勢を取っていたが、最終的に相手を受け入れ、自己の満足のためにアイドル活動をするようになる。

1年生組の4人にはそれぞれ全く異なる物語が与えられるが、共通している点がある。それは、優劣を競うこと(客観的評価)に拘る「競技」から、個人の幸福(主観的評価)を追求する「生き方」そのものに、アイドル活動(勉強と仕事)の在り方をアップデートしたことである。

これが本作の物語で起きた変化であり、現代人の勉強と仕事に求められる在り方である。

最後に

アイカツスターズ!の主人公組の物語を整理した結果は以上の通りだが、本記事が勝負事そのものを本作が否定しているかのような書き方になってしまっているので、補足を入れる。
勝利の意味、勝者の役割についても本作は描いている。ただし、描き方としては成熟した先輩達の背中を見せるという静的な形のため、物語を整理しようとすると出てこなくなってしまうが。

「もしも、アイドルとして道に迷ったなら、S4を見てください!私たちはいつでも、一番輝く星として、皆さんの行く道を照らし続けますね」by白鳥ひめ(第1話)
「S4としてアイカツして分かったの、一人で輝くよりもみんなで輝いた方がずっと素敵だってこと、これからもたくさんのアイドルにもっと輝いてほしい、だからみんなの光になれるように、みんなに道を示せるように、今日は私が一番輝く星になる」by白鳥ひめ(第49話)
「きっと、どんな未来がきても大丈夫。この場所が、この思いが、S4であったことが……私たちを導いてくれるから」by白鳥ひめ(第50話)

本作において、S4(勝者)は「道標」という役割が付与される。

この、勝者の地位が自他に及ぼす影響については、2年目から動的に物語に組み込まれるため、次回で言及したい。

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