A Triggering Myth (USA) Part 1

第1作をリリースした1990年から今のところの最新作である2006年第6作迄の16年が一応はグループの活動期間ということになりましょう。つまり、既に15年音沙汰無しの状態が続いております。まぁ一般的に考えて、バンドとしては活動を終了していると考えて良いものと思われます。しかしながら、前述した16年の活動期間、このアーティスト(実質的には2人組のデュオチームです)は、まさに孤高の音楽芸術家の姿勢を貫いたのであります。それは、リスナーに決して阿らない作風、自らが選んだコンセプトを表現する為だけに緻密に計算されたコンポジション・アレンジ、そしてそのスコアを過不足無く緻密に表現する演奏技術等々。自身が思った通りを形にし、発表された作品の完璧さは、およそ標準的な米国産プログレのイメージとは大きくかけ離れた「冷徹」の文字を以って表現されるに至ります。リリースされた6作品の完成度は、アーティスト自身の知名度・人気と反比例しつつも、間違いなく米国プログレの頂点に位置するものと個人的には考えております。そして更に申し上げれば、世界的に見ても稀な芸術的純度が非常に高いプログレッシヴ・ロックと言えましょう。

A Triggering Myth – Same Title
(The Laser's Edge – LE 1003, CD, USA, 1990)

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1. Living Out Loud!  5:52
2. The Delicate Balance Of Coincidence  6:27
3. Swimming With Sharks  8:45
4. The Biology Of Doubt  6:02
5. When Suddenly I Am Old And Start To Wear Purple  1:43
6. The Thin Edge  5:54
7. The Eye In The Looking  4:40
8. We Think About Our Thinking  1:59

Rick Eddy - Guitar, Keyboards, Percussion
Tim Drumheller - Keyboards, Percussion

Steve Williams - Guitar (Tr.2), Bass (Tr.3, 4)
James Newton - Keyboards (Tr.1, 4)

Composed & Arranged by Rick Eddy & Tim Drumheller
Produced by Tim Drumheller
Recorded at Floyd-Void Studios

米国のプログレッシヴロック専門レーベルの一つであるThe Laser's Edgeが1990年に立ち上がった際、その目玉アーティストとして華々しくデビューしたのが、このA Triggering Mythだったのです。新興レーベルであるThe Laser's Edgeは、その設立初年度(1990年)のリリースは5作品だったのですが、A Triggering Mythを除いた4作品は過去にリリースされたアルバムのリ・イシューで、純然たる新作は本稿の主役であるA Triggering Mythのデビュー作のみ1作品だったのです。再発作品の1枚としてAtlantis Philharmonicの唯一作(2008年に未発表の2ndがリリースされたが)が含まれていたのも話題となりましたが、それよりも何と言ってもThe Laser's Edgeが自らの手でリリースさせる初めてデビューさせる新人であるA Triggering Mythに対する期待は幾何の物だったかも想像できると言う物です。

ところで、元々、デュオチーム(2人組)の形態でスタートしたプログレバンドは、A Triggering Mythに限らず、一昔前から米国内でも一定数存在します。最も有名で成功しているバンドはGlass Hammerでしょうか。A Triggering Mythと同じく1990年代に活動を開始して現在まで30作品近い数のアルバムを発表しているシンフォニック系のバンドです。既に大御所クラスですね。
また、如何にも宅録感が強い個性派のバンドですとRascal Reportersが居りました。この2人組はアメリカン・カンタベリーの一角を担い、Henry CowのメンバーやMuffinsDave Newhouse等多くのゲストを迎えて屈折した作品をリリースし続けました。現在はコンビの内の1人が亡くなっており、過去の未発表作品のリリースが活動の主体となっているようです。

で、今回の主人公A Triggering Mythですが、前述の通りRick EddyTim Drumhellerの2人のマルチ・インストルメンツ・プレイヤー達がバンドの本体。上記の通り元々必要以上に派手なプレイはする必要のないバンドコンセプト故に、2人は一見地味なプレイヤーと見られがちですが、逆に言えばコンポジションが超絶的な技巧を伴う演奏を必要とするならばそのレベルの演奏技術も繰り出す事もあると言うワケで、このあくまでも作品があってこその演奏と言うスタンスは一般的なロックミュージシャンの外連味たっぷりの派手な振る舞い等、いわゆる「モテたいだけのロックンローラー」気質の正反対の位置関係と言えます。まぁA Triggering Mythの2人に限っては、自分達の作り出した音楽の質のみによって、音楽職人としての自分達を評価して欲しいと言っているようなものですな。これは、自らの作品に多大な自信を持っている事の裏返しです。完全主義的な傾向を持つミュージシャンにありがちな事と言えます。
本作品では、前述のメンバー2人の他に2人のゲストミュージシャンを招いて録音されました。一般的には楽曲のここぞと言う所にゲストを配する事での曲のアクセントを作り得ることが可能となります。しかしながら本作に於いては、どこのパートがゲストの演奏だったのか判然としませんでしたw 勿論、ゲストたりとも正式メンバー2人の管理下に置かれている事は言うまでもありませんので、勝手なスタンドプレーは許されないとは思いますが。特にこのアーティストの場合、その傾向が強そうですね。
本作品のラスト(8曲目)に収められた曲である"We Think About Our Thinking"では、ノスタルジックで情緒的なメロディが流れます。これはプログレによく有りがちな単なるリスナーへのサービスとして、必要以上の叙情を楽曲に含ませる事を敢えて行ったような・・・。少々ひねくれた見方をすれば、彼らは今後このような作品コンセプトに基づかない事、つまり如何なる場合でも各表現には明確な理由があるとする彼らのスタンスに反する表現方法は採用しないと宣言しているのではないかとさえ思ってしまいます。かつて、Fripp翁が若い頃に、作品本筋と無関係に若者達をたぶらかす為だけのモノと表現したアレですw つまり、その手を否定することにより、彼らの持つ音楽表現に対しての真摯な態度は尊厳に満ち溢れている印象を受けます。そして、まさに彼らは稀に見る純粋な創作モチベーションのみを持ち、それに突き動かされている音楽芸術家と言えるのではと思います。

A Triggering Myth – Twice Bitten
(The Laser's Edge – LE 1019, CD, USA, 1993)

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1. The Perils Of Passion  5:34
2. Myths (Parts I-VII)  21:30
3. Twice Bitten  1:27
4. Falling Over Fear  6:05
5. Holding Up Half The Sky  3:40
6. The English Lesson  4:44
 a) The Noun
   b) The Verb
7. Suddenly South  7:00
8. P.S.  3:02


Rick Eddy - Keyboards, Acoustic And Electric Guitars, Trumpet, Percussion
Tim Drumheller - Keyboards, Recorder, Percussion

Steve Williams - Electric Guitar, Bass, Percussion,  co-Compose of Tr. 7
Dave Yohe - Electric and Acoustic Basses
James Newton - Keyboards, Percussion
Moe Vfushateel - Drums
Eric Oritt - Classical Guitar

Composed & Arranged by Rick Eddy & Tim Drumheller
Produced by Tim Drumheller
Recorded at Monumental Studio, Richmond, VA

デビュー盤から3年、本2ndではダイナミズム成分を増量して、よりロック的な音作りを目指した作品となっております。例えば、アルバムのオープンニング・ナンバー「The Perils Of Passion」。この曲のスタイルが最も似合うバンドを探すと、あくまでも主観ではありますが「夢の丘」時代のKenso以外には思い当たりません。因みに「夢の丘」は、初めて日本産のオーバー・グラウンドのプログレッシヴ・ロック作品が世界と肩を並べた記念碑であると認識しております。(あくまでも)日本人の視線で観た汎欧州的なイメージ(日本人が潜在的に抱くヨーロッパの印象)を所謂プログレッシヴ・ロックの形式に則り音像化する事がコンセプトでした。そして、そのテーマを表現するのに必要なお膳立て(コンセプトを音楽化・楽曲化する為の作編曲とそれを完璧に表現する為の演奏リハーサル等)を為した後に、楽曲のレコーディング、更に聴き手に伝える為CD等のメディアとして音楽を製品化迄、それらを以って全てが完結したワケです。その間に、コンセプト表現の為に必要なモノを省略したり不必要なモノを付け加えないということは言わずもがなではあります。想像ではありますが、Kensoの「夢の丘」は上記のような高いレベルでの作品至上主義の元に作り出されたアルバムと言えましょう。そして既にお気付きかと思いますが、このKensoがプログレッシヴ・ロックを音楽芸術の一つであると見做し、それに対して真摯に向き合う姿勢は、本稿の主役であるA Triggering Mythのそれに通ずるモノが在るとお思いになりませんか。
この項の先頭に書きましたように、本作品のオープニング・ナンバーは楽曲の構造が前述のKensoのアルバム「夢の丘」に収録されている曲に非常に近似していると申し上げたのですが、実はそのスタイル的な事よりも両曲に通底する更に重要な部分として、アーティスト・サイドからの楽曲、更には音楽への取組む真剣な姿勢についての件だと結果的には言えるワケです。

本作の2曲目、21分超え、7つのパートから構成される組曲「Myths」が白眉です。曲中で提示される主題が、幾度にも渡り曲中に品を変え形を変えて出現するさまはクラシックのマナーに従った形式と言えますが、その主題をどのようにデフォルメ(変奏)するか、また、その旋律・拍子を奏でる楽器及び音色の選択等、如何にも考えに考え抜いた果ての結果という感じを漂わせます。全てに於いては職人の拘りを以って、微に入り細に入り書き込まれた設計図通りなのでしょうが、それをその通りに一部の隙も無く再現していくのも見事と言えましょう。ところで、6曲目に「The English Lesson」なる曲があります。このタイトルを見てピンとくるものがあれば、貴方は大したものです。この「The English Lesson」は、とあるグループの、とある曲のアンサーソングだと思われます。そのグループは、A Triggering Mythが影響を受けただろうアーティストなのだろうと想像が付きます。しかもアンサーソングである「The English Lesson」の対象となる元曲は、そのグループの数ある作品の中でも最もクセモノ的な傾向を持つアルバムに収められております。では、答えを申し上げましょう。A Triggering Mythの「The English Lesson」はSoft MachineSevenに収録されている「The German Lesson」と「The French Lesson」に対する回答と思われます。Soft MachineSevenとその前作のSixの2作品はKarl Jenkinsが持つ音楽指向性の一つであるところの現代音楽傾向の強いクラシック・ミュージックと、バンド従来の持ち味であるフリー傾向込みの先鋭的英国Jazz Rock要素の邂逅の元に咲いた徒花のようなアルバムと言えます。Soft Machineの「The German Lesson」と「The French Lesson」は簡単に言えばシンセによるドローン・ナンバーです。Karl Jenkinsの面目躍如ですな。そして一方、A Triggering Mythの「The English Lesson」は2部構成の組曲なのですが、パート 1のThe Nounでは、なんと!バロック期を思わせる対位法を用いた本格的なフーガ形式の曲をを聴かせる。ご存知だと思いますが、BancoEnglandの作品などで聴く事のできるシンセでの多重録音簡易型バロック物よりも、こちらのA Triggering Mythの方が格段に本格的なクラシックに基いた良い出来であります。これには正直驚いた。そして「The English Lesson」の後半のパート 2では、フリー・ミュージック(フリー・ジャズ) ー>初期Tangerine Dream的アブストラクトなシンセミュージック ー> フリー・ミュージック(フリー・ジャズ) という流れで進行。これは、間違いなく前述のSoft MachineSevenを意識したもので間違い無かろうと思われます。

ここまででも、このA Triggering Mythというバンド、異常な迄の拘りを以って音楽の制作を行っているという事がお解り頂けたのではないかと思います。そして続く第3作では、よりロック的な方向でのパワー・アップと共に更に重箱の隅をつつくような拗らせ傾向も進行する事となるのであります。

A Triggering Myth – Between Cage
(The Laser's Edge – LE 1022, CD, USA, 1995)

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1. Habile  4:27
2. Deftly Dodging  5:18
3. Squdge  10:11
4. Il Voce  6:13
5. Midiot, Vidiots, And The Digitally Delayed  3:27
6. Between Cages (Suite)  21:51
 a) The Moment
   b) Rattling Our Cages
   c) Unencumbered
  d) Fears Spent Chasing
  e) Over And Under
  f) Badgered
 g) Rattling Our Rages


Rick Eddy - Keyboards, All Guitars, Assorted Sundry Instruments
Tim Drumheller - Keyboards and Programming, Assorted Sundry Instruments

Moe Vfushateel - Drums
James Newton - Percussion
John McNamara - Guitar (Tr.4)
Mark Cella - Drums (Tr.4)

Composed & Arranged by Rick Eddy & Tim Drumheller
Produced by Tim Drumheller
Recorded at Mythological Studio, Plymouth, MA

1970年代ドイツ(ひと昔前はスイスのバンドだと思われてました。)のSFFが、現在に於いても非常に高い評価を得ているプログレッシヴロックバンドであるのを見るにつけ、SFFに決して引けを取らないと思われるこのA Triggering Mythのプログレバンドとしての一般的な評価がSFFに比べるべくも無く、そして現在全く話題にもならないのはオカシイにも程があると思えるのです。演奏している音楽のスタイルが似ている事もさることながら、両者に共通する創り上げる作品の隅々にまで微に入り細に入り神経質レベルのこだわり感を自然な形にて織り込む超職人的な作り込み具合。実はこの点に於いてこの両バンドは芸術家としての尊さを持っていると言って良いでしょう。これら全ては彼等の音楽に向き合う真摯な態度から発せられているのは言うまでもありません。
個人的には本投稿によってA Triggering Mythの作品の評価が少しでも高まる事を期待致します。そしてもう一つ、それは今までに彼らがリリースした全6作品に関して、デビュー作の発売からは既に30年、現在のところの最新作である6thアルバムでも発表後15年の経過があります。残念な事に彼らの全作品はリリースしてから今迄に一度の"リマスター及び再発"が行われておりません。個人的には、そろそろ彼らの残した秀ぐれた作品を再度世に問う為にリイシューをすべき時期に来ているのではと思っております。業界の皆さま、どうか宜しくお願い致します。

さて本作ですが、デビューから3作品目であります。1作目からの方向性はここに極まるといった所に行き着いているとも言えます。作品の冒頭を飾る1曲目は、それを端的に表現しております。4分半程の曲ながら、彼らの大きな音楽的なルーツと考えられる精緻な作編曲の極みと言える室内楽系統のシリアスミュージックをロックミュージックの語法を用いて表現する試みは、一応の成果に達したと言えます。そして、そのメソッドを使用しての大作と言えるのがアルバムの最後に配置された7部構成の21分を超える組曲"Between Cages"です。ここまでのA Triggering Mythの総力を集結し、それこそ鳴っている音全てに100パーセント意味が有るという彼らのスタイルを執拗なまでに表現した大傑作となっております。
古今東西プログレでは尺の長い曲はかなりの数が存在しますが、単にムダに長いだけのモノも多いものです。テーマそしてその表現の為に曲の長さが必要かどうかで考えた場合、A Triggering Mythのこの曲に並ぶものはザラにないとも考えられるワケです。要は長尺である必然性の有無ですが、彼らの曲は1音1音が、前振りであり、そして本題、更にそこから導かれる結果であります。楽曲中では、敷かれた伏線とそれらの回収が常に行われるように見えます。
ところで、Tr.4に"Il Voce"という曲が収められております。CDのブックレットにも記載がある通り本ナンバーはAreaの今は亡きDenetrio Stratosへのオマージュです。冷徹、クールと言ったイメージのA Triggering Mythがかつて暑苦しい程の熱量を発散させる圧倒的なボーカルを聴かせたDenetrioにゾッコンだった事実。ちょっと意外ですよね。このナンバーはボーカル無しのインストなのですが、自作以降のグループの打ち出す新基軸の重要な要素を含んでいた事を後で気付かせてくれたのでした。
そして、更にA Triggering Mythは前進します。その辺りの事は次作の項で。

<<続く>>

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