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外国人補強の「キューバルート」について考える

0.はじめに

先日、キューバにてジュリスベル・グラシアル内野手(34)、アルフレド・デスパイネ外野手(33)がソフトバンクと、ライデル・マルティネス投手(23)、アリエル・マルティネス捕手(23)、ヤリエル・ロドリゲス投手(22)が中日と契約を結びました。
チームを支える主力選手や、未来を担うプロスペクトと無事契約が成立し、胸を撫で下ろしたというファンも多いのではないでしょうか。
中日ドラゴンズのファンである私も、将来チームを支えていくであろう3選手との契約を心から喜びました。

しかし先月上旬、ソフトバンクが保留者名簿に載せていたはずのオスカー・コラス外野手がキューバから亡命したという報道がありました。
二軍で多くの打席を与えられるなど大きな期待を寄せられていたプロスペクトの亡命に球団は困惑し、
「これまでの彼への投資が全て無駄になった」
「(他球団ファンの)こんなに面倒ならキューバルート撤退して正解だった」
といった不快感を示すファンの声も少なくありませんでした。

キューバ人選手を多く抱えている球団は無視できない亡命問題。
このnoteでは「NPB球団はキューバからの選手獲得は続けていくべきなのか」「またキューバから選手を獲得することで他にどのようなメリットやデメリットがあるのか」といった、NPB球団がキューバ人選手を獲得する「キューバルート」について考察していきます。



1.特殊且つ複雑なキューバという国

キューバはカリブ海に浮かぶ小さな島国。
数少ない社会主義国の一つとして有名で、野球選手も国家公務員として国から給与が支給されるという極めて特殊な国です。
その給与が十分でなかったり、より高いレベルのリーグでプレーしたりする為にキューバを離れてMLBへ挑戦する選手も少なくありません。
しかしキューバは歴史的な背景からアメリカと国交を断絶しており、もしMLBでプレーしたいのならどこかの国へ亡命する必要があります。

2018年12月にMLB機構とキューバ野球連盟は、キューバの野球選手は亡命の必要ないMLB挑戦、そしてキューバ国内リーグに復帰へのが可能になるという歴史的合意を締結するも、2019年4月アメリカのトランプ大統領がこれを撤回。
依然としてキューバの野球選手がMLBに挑戦するには亡命という手段が必要なままであり、キューバの代表でプレーすることや、キューバのリーグに復帰することは極めて困難な状況となっています。

キューバの多くの野球選手の夢であるMLBでのプレー。
コラス外野手も、いつかは自身も夢を叶えてアメリカンドリームを掴みたいと考えていたでしょう。
ソフトバンクは今オフ、新戦力としてドラフト1位で社会人外野手の佐藤直樹、更にはヤクルトの主砲ウラディミール・バレンティン外野手を獲得。
このままではNPBでは出番が限られてきそうなので、早いうちにMLBでプレーしたいという気持ちが一層強まり、亡命してしまったという可能性が高いです。

過去にもNPB球団と契約中にキューバ人選手が亡命してしまった例は何件かあり、以降キューバから選手を獲得しなくなってしまった球団も出るなど非常にハイリスクに見える「キューバルート」
このルートから選手を獲得するのは正解か否か、いくつかメリットとデメリットを考えていきます。



2.キューバ人選手獲得のメリットとデメリット

今のNPBの助っ人外国人補強の殆どはMLBで通用しなかったり、トレンドにそぐわなかったり、マイナーでは好成績を残すもMLBには上がれなかったりといったメジャーやマイナーでプレーしていた選手です。
一昔前までは韓国や台湾からの補強も見られましたが、韓国や台湾の選手ももNPBよりMLBへの志向が強くなり、アジアのプロ野球リーグから直接移籍したアジア人選手は現役では日本ハムの王柏融外野手一人だけ。
その為多くの球団はメジャーやマイナーでプレー経験がある選手のみを獲得しています。

しかしそんな中、メジャーやマイナーではない全く別のリーグから選手を獲得する独自のルートを保有している球団があります。
そのルートが所謂「キューバルート」と呼ばれるもので、現在NPBでは福岡ソフトバンクホークスと中日ドラゴンズの2球団がキューバと太いパイプを築いており、計6人の選手がNPBでプレーしています。

このキューバから助っ人外国人を獲得する「キューバルート」はNPB球団にとってどんなメリットがあるのか、またどんなデメリットがあるのか、自分なりにいくつか考えてみました。


メリット① 外国人獲得ルートが増えることで補強の選択肢が多様化する
当たり前ですが、NPBで活躍できる新外国人候補の数というのは限られてきますし、その活躍できそうな新外国人候補を多く発掘する為にはたくさんのリーグ、チームの試合を視察する必要があります。
そこで多くのチームのスカウトは、メジャーやマイナー、ドミニカやプエルトリコなどで行われているウインターリーグ、メジャーやマイナーから移籍した選手がプレーしている韓国リーグなど、様々なリーグを視察して新外国人選手の発掘を行っています。
これらのリーグに加えてキューバでも選手を発掘できれば、キューバに良い選手が現れた時に他のリーグの選手と比較してどちらを獲得しようか…なんてことも可能になってくるので、補強の選択肢が多ければ多いほどチームにより必要な選手を獲得できる可能性というのは上がっていきます。
現在キューバとのパイプが強い2球団もキューバだけでなく他のリーグとも強いパイプを築いている為、いろんな選手を見比べてより良い選手を獲得できており、その結果この2球団は優秀な外国人選手を多く獲得することに成功していますね。


メリット② 太いパイプを築ければキューバの質の高い選手を獲得できる
NPB球団はこれまでにデスパイネ、グラシアル、モイネロ、マルティネスといった球界屈指の豪腕や強打者をキューバから獲得、そして育成してきました。
もしまたこのような大物選手がキューバに現れれば、当然どの球団も喉から手が出るほど欲しいのではないでしょうか。
キューバの選手は国際大会で日本と対戦することも多いので、日本を相手に強烈な活躍を見せる選手が現れれば、当然獲得を検討する球団は出てきますし、その選手はファンの間でも話題にもなります。
しかし、キューバから選手を獲得するにはキューバ政府と直接交渉する必要がある為、他のリーグと比べても強固な関係を構築することが求められます。
ルートを断ち切ってしまえばそのような選手の獲得は不可能ですし、強固な関係を築けれいなければ、分厚いパイプを持っている球団にその選手は先に獲得されてしまいます。
やはりキューバと太いパイプを築くことができれば、間違いなく外国人補強における大きな強みの一つになってくるでしょう。


メリット③ ハイレベルなプロスペクトを安価で輸入できる
個人的にキューバルートを構築する上での一番のメリットはこれではないかと考えています。
今のNPBでは「外国人も育成する時代」になっており、外国人選手の育成に力を入れている球団は少なくありません。
20代前半のうちから活躍し続ければ30代を迎える頃には日本人枠になるので、このような成功のパターンを目指して若い外国人選手と複数年契約を結んでいる球団もあります。
とは言え若くて有望な選手はMLB球団がまず手放さないので、NPBに来る若い外国人選手は、どうしてもMLB球団に見込みがないと判断されたマイナーを戦力外になってしまうような選手が多くなってしまいます。
しかしキューバから日本にやって来る若手は、キューバ政府が他国のリーグに派遣して経験を積ませたいような国内屈指の有望選手。
中にはMLB球団が注目している選手もいるぐらいなので、場合によっては早いうちから試合に出場することも可能な上、将来的にはとんでもないスケールの選手になり得る可能性すらあります。
そんな選手を何年も保有した後日本人枠になろうものなら、他球団からしたら驚異でしかありません。
更にこのようなキューバのプロスペクトも初めは年俸1000万〜1500万程度で契約できる場合が多い為、うまく育成できれば財政面にそこまで余裕のない球団の財布にも優しく、中日がキューバルートを利用している理由の一つに外国人費用を抑えたいというのもあるかもしれません。
昨年年俸1000万円ながらセットアッパーやクローザーを務めたR.マルティネス投手は財政面にそこまで余裕のない中日の救世主となる活躍を見せ、今オフに年俸1500万円で中日と契約したY.ロドリゲス投手も育成契約ながら一軍キャンプに抜粋されるなど高い期待を寄せられています。


デメリット① 契約中でもMLBに行くため亡命される恐れがある
しかし、キューバからの選手を獲得するのはメリットだけでなく少なからずデメリットもあります。
既に書きましたが、その一つがMLBに挑戦する為の他国への亡命。
野球選手なら誰もが夢見るであろうメジャーリーグに挑戦する為に、キューバの選手はどこかの国へ亡命しなければなりません。
勿論自分の一番脂が乗った時期に挑戦するのがベストでしょうし、元DeNAのユリエスキ・グリエル内野手のように日本で好成績を残して翌シーズンも契約したのに突然亡命…というのも考えられるわけです。
またコラス外野手のように出場機会がそこまで恵まれなさそうなプロスペクトが亡命してしまうというのも考えられます。
もしキューバ人選手を獲得するのであれば、選手がプレーしやすい環境を整えたり、適度に出場機会を与えたりするなどして、選手の亡命を少しでも防ごうという動きを見せることが大切でしょう。


デメリット② シーズン中に国際大会に出るためチームを離れる
これもキューバ人選手を抱えている球団からすればかなり痛いですね。
出場すればハイレベルなパフォーマンスが期待できても、大事な時期に国際大会でいないとなるとその期間に他の球団に差をつけられかねません。
4年に一度行われる“南北アメリカ大陸のオリンピック”パンアメリカン大会の予選と本戦両方に出場する為、グラシアル内野手やR.マルティネス投手は一昨年、去年と二年連続でシーズン中に離脱しており、今年もオリンピックの予選に出場する為に開幕時に不在なのは確実。
チームの弱体化は免れず、外国人枠のやり繰りにも苦労が強いられます。
キューバ人選手を抱える球団は、そういった事態にも対応できるようある程度の数の外国人選手を保有して外国人枠に空きを無くす必要があり、キューバ人選手が離脱した時、その穴を埋められるようなチーム作りをしていくことが重要でしょう。


デメリット③ 選手と契約を結ぶまでの流れが大変
これはシーズンが始まってしまえば全く関係のないことなのですが、シーズンが終了すると、選手と契約する為にキューバまで行ってキューバ政府と話し合わなければなりません。
中日の森繁和前監督や与田剛現監督が現地まで足を運んでキューバ政府と話し合っていたのは記憶に新しいかと思います。
なかなかR.マルティネス投手との契約のニュースがなく、退団の噂も流れたりするなど契約するまで時間もかかるキューバ人選手。
キューバと強固なパイプを築く為には仕方のないことですが、手間がかかる上にファンの胃袋にも良くないですね(笑)

3.現在のキューバ野球と来日候補

ここまでキューバという国の特徴や、キューバから選手を獲得するメリット、デメリットについて考察してきましたが、ここからは現在のキューバ野球、そしてキューバから日本に来そうな選手はいるのかについてです。
キューバルートから選手を獲得している球団からすれば、キューバにどんな選手がいて、現在のリーグや代表のレベルはどうなっているのかというのは当然気になります。
今オフに私がキューバの代表戦、リーグ戦を見て感じたことをいくつか紹介していきます。

まず感じたのは、代表の平均年齢が非常に高いことです。
キューバ代表と言えば2006年WBCで準優勝したり、2013年WBCで日本相手に勝利を収めたりと、「強豪」というイメージを持たれていた方も多いでしょう。
しかし今のキューバは若いうちに亡命してしまう選手が増え、代表の高齢化が顕著になっています。
日本のファンにも馴染み深いアロルディス・チャップマンやユリエスキ・グリエルをはじめ、ホセ・アブレイユ、ヤシエル・プイグ、ヨアン・モンカダといったスター選手が次々と亡命。
中日のダヤン・ビシエド内野手やロッテのレオネス・マーティン外野手もそのうちの一人です。
昨年行われたプレミア12キューバ代表のオーダーは以下の通り。

1(中)サントス(32)
2(遊)アルエバルエナ(29) 
3(右)グラシアル(34) 
4(指)デスパイネ(33)
5(左)セペダ(39) 
6(三)アヤラ(38)
7(一)サモン(38) 
8(捕)アラルコン(35) 
9(二)プリエト(20)

スタメン9人中7人が32歳以上で5〜7番は全員38歳以上と高齢化が深刻で、5年前まで在籍したNPBで通算打率.163だったフレデリク・セペダ外野手がクリーンナップを打ち続けているなど、かつて日本や世界を相手に猛威を奮った強力打線の面影はなくなってしまっています。
NPB組を招集して参戦したパンアメリカン大会では6位、プレミア12では1勝2敗で1次シリーズ敗退という非常に寂しい結果。
中日がキューバ政府に「大砲が欲しい」という要請をしながら、目ぼしい人材が見当たらずトーンダウンしたのも、国内リーグで本塁打王に輝いたのがそのセペダ外野手という厳しい現実があるからなんですね。
これではキューバルートを築いても、すぐに戦力になってチームの主軸を張れるような新外国人選手は獲得できません。

ただ、グラシアル内野手やデスパイネ外野手のようなな助っ人を連れてくるのは難しくても「将来的にチームの核になれるかもしれない若手選手」は、キューバリーグを見ていて何人かいるのではないかと感じました。
NPBの球団に是非獲得して貰いたい若手選手を数人紹介していきます。

ヨシマル・コウシン(21) 投手 R/R 190cm 83kg
https://twitter.com/Akamiso97/status/1215929598438866946?s=19

セザー・プリエト(20) 内野手 R/L 173cm 76kg
https://twitter.com/Akamiso97/status/1214864713588203520?s=19

まず新外国人候補として名前が上がるのはこの2選手でしょう。
2選手ともプレミア12のキューバ代表に選出された新鋭で、コウシン投手は韓国戦で先発、プリエト内野手は全試合にスタメン出場して最終的に2番まで打順を上げるなど非常に高い期待を寄せられています。

コウシン投手は2015年のU-18W杯で来日した甲子園球場で、当時17歳ながら最速153km/hを計測し、ソフトバンクがマークしているという情報も出ています。一昨年の12月に発表されたMLBの興味を呼ぶであろうキューバ選手トップ10では中日のR.マルティネス投手やY.ロドリゲス投手より上位の7位にランクインしたキューバ屈指のプロスペクトで、近いうちにNPB入りする可能性も高いでしょう。

プリエト内野手はキューバだけでなく米独立リーグでもハイアベレージをマークしており、今月行われたキューバ王者を決める決勝シリーズでは2本塁打を放つなど小柄ながらパンチ力も秘めています。
また守備面での評価も高く、華麗なグラブ捌きと日本人には真似できないような矢のようなスローイングはまさに絶品。
NPBに来る新外国人としてはなかなかいないタイプなので新風を吹かせて欲しいです。

この2選手の他にも中日のY.ロドリゲス投手、A.マルティネス捕手をはじめ、キューバリーグでダントツの奪三振率を誇る豪腕アンディ・ロドリゲス投手(21)、左投手ではナンバーワンの逸材と目されるヤミチェル・ペレス投手(26)、MLBの興味を呼ぶであろうキューバ選手トップ10で5位にランクインした強打者ギジェルモ・アビレス内野手(27)、何れはNPBでプレーしたいと語る走攻守三拍子揃ったスーパースター候補カルロス・ペレグリン外野手(19)と、徐々に新しい顔が出てきつつあります。

また元MLBながらキューバへの復帰を果たしたエリスベル・アルエバルエナ内野手(29)は、シリーズ後半では打率0割台の不調に陥り下位打線を打つことが多かったものの、世界最高峰の守備とパンチ力を秘める遊撃手。
キューバ王者に輝いたマタンサスでグラシアルと3,4番コンビを形成する強打者ハビアー・カメロ外野手(29)も代表でクリーンナップを打てるレベルの打力を持っているように見えました。

4.NPBはキューバ人選手を獲得すべきなのか

ここまでお読みいただき本当にありがとうございました。
最後にキューバから外国人選手を獲得する「キューバルート」についての個人的な意見を。
ずばり私はキューバルートは続けていくべきだと思います。
シーズン中に国際大会で抜けてしまうのを差し引いても、球界を代表するような選手になり得るプロスペクトを獲得できるのは魅力的ですし、キューバ人補強への参戦球団数も少ない為、争奪戦になるリスクもそこまでありません。
しかし、やはりキューバの選手だけを取るのではなく、即効性のある補強をしたい場合はメジャーやマイナー、将来への投資をしたい場合はキューバと、用途によってルートを使い分けることが重要と言えるでしょう。
とは言えコラス外野手に亡命されたソフトバンクが今オフはキューバからの新外国人が0と、キューバ選手新規獲得に対して慎重になっているのを見てもわかるように、やはり選手を獲得する前から外国人戦略を徹底し、獲得後も細心の注意を払いながら計画的に育成してく必要があります。
もし今キューバと太いパイプを築いている2球団以外もキューバルートに参戦したいとなった場合は、キューバ政府と話し合いを重ねて選手を獲得し、しっかりと出場機会を与えたり、一軍で活躍できる選手に育て上げたりするなどして信頼を得ていきたいですね。

先ほど名前をあげたアルエバルエナ内野手の他に元巨人のレスリー・アンダーソン外野手もオリンピック予選の代表入りを果たすなど、キューバには亡命から復帰する選手も徐々に増えています。
NPBで活躍できるような選手が一人でも多く増えることを願い、NPBで旋風を巻き起こすキューバ人選手の活躍に今後も注目したいですね。




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