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建築紛争の扱い方

長期化しやすい訴訟類型として、建築紛争があります。
最近では、理系出身、中には建築士の資格を持つ弁護士も増えてきましたが、たいていの弁護士は、「文系」です。また、建築知識なんてありません。もちろん、裁判官も同様です。
そのため、建築紛争は争点把握に時間がかかり、長期化しやすい訴訟類型です。
敬遠されやすい建築紛争について、対応のポイントをまとめてみます。
今回は、法律相談時のポイントを整理します。要望があればもう少し各論的なことを追記するかもしれません。

1 相談時に準備したい資料

  相談される側の立場からすれば、どんな建物なのかも立地条件も全く分かりません。そのような段階で、いきなり「建物が傾いているんです」という欠陥現象だけ言われても、「そ、そうですか」としかなりません。
  そのため、相談時には、最低限、基礎資料として、次のような資料は確認したいところです。
  ■確認済証、検査済証
  ■契約書一式(約款、設計図書一式)
  ■地盤調査報告書
  ■現状が分かる写真など
  建物規模が大きくなったり、構造が特殊になってくると、構造計算書なども必要になってきますが、一般的な木造住宅であれば、最低限、上記の資料は相談時には持参してもらわないと、イメージもつかないまま打合せをすることになってしまいます。

2 確認済証、検査済証

  この資料で確認するのは、設計者、工事監理者、施工者が誰になっているか、です。
  設計→監理→施工も一括でやっている工務店が多いとは思いますが、誰がそれぞれの役割を担っているかによって、責任範囲が変わることになります。
  例えば、分離発注の場合に、図面は問題ないのに、施工者が図面のとおりに施工しなかった、という場合は、「施工者」の責任の問題であって、設計者が責任を問われる謂れはありません(ただし、設計・監理を委託されている場合は監理責任の問題は残ります)。
  一方で、設計は間違っているが、施工者は設計図書のとおりに施工した、という場合には、「設計者」の責任の問題であり、施工者が責任を問われるわけではありません。もっとも、施工者も当然把握すべき問題である場合には漫然と工事をしたことについて責任を問われる可能性はあります。
  このように、建築瑕疵では、設計・監理・施工のどの段階での問題なのかをまず把握することがポイントになります。
  訴訟期日で裁判官から「設計瑕疵を主張する趣旨ですか、施工瑕疵を主張する趣旨ですか」と求釈明を受けて、質問の意図をよく理解できていない代理人も散見されます。「とにかく瑕疵(契約不適合)なんだ」ではなく、上記のように、どのプロセスに問題が生じているのかを代理人が把握しないと、適切な主張立証は尽くせないでしょう。
  確認申請には、監理者の氏名が記載されていますが、ここに記載されている人が「実は一回も現場に行ったこともないし、どういう建物かも知らない」という場合が結構あります。いわゆる名義貸しの問題です。名義貸しは判例上も不法行為責任が肯定されており、「私は名前を貸しただけで責任はない」なんて主張は通りませんので、注意が必要です。
  また、確認済証や検査済証を取得していることを理由に、「この建物は行政からお墨付きをもらっているんだ、瑕疵などない」と主張される場合もあります。しかし、このような主張がまかり通るのであれば、日本に瑕疵物件などほとんどなくなるでしょう。確認済証や検査済証を取得しているから瑕疵などない、という主張に裁判所がなびく可能性は、よっぽど建築紛争に疎い裁判官でない限り、限りなくゼロに近いでしょう。
  余談ですが、依頼した代理人の準備書面などを確認するときに「施工」を「施行」としていないかも確認してみましょう。もちろん誤字もあるので、1個あったからどうだということにはなりませんが、相手方の書面などで、「施工」とすべき部分が、全て「施行」になっているような弁護士さんは、正直申し上げて、あまり建築紛争はやったことがないのかな、と思ってしまいます。

3 契約書・設計図書一式

 ⑴ 契約書・約款
   請負契約がいつ締結されたのか、請負代金がいくらなのか、そもそも誰と契約したのか、などは基本的な確認事項です。特に、引渡しがいつなのか、は契約不適合期間(瑕疵担保責任期間)との関係で極めて重要です。
   順にチェックポイントを確認しましょう。
  ■請負契約の当事者
   そもそも、誰と契約しているのか、は事業者側からすれば「誰に請求できるのか」という問題、消費者側からすれば「誰がお金を払わなければならないのか」という問題と関連します。
   息子には金はないが父親には金がある、というような場合に、息子としか契約していない場合は、残念ながら父親には請求はできません。そういう場合は連名にするなり、保証人をとるなりを契約締結時にしておかないと、請求時に気がついても後の祭りです。実際は契約当事者でない人が金を払っているというような場合は注意が必要です。
  ■引渡予定日
   遅延損害金を確認するために必要です。ここに書かれている日時よりも遅れている場合は、遅延損害金が発生します。
   工期延長合意などをしっかりとっていない場合には、「口頭で工期延長を合意しました」といくら叫んでも、裁判所では中々通じないでしょう。
  ■請負代金額
   いくら請求できるのかという問題です。
   追加変更があるのに追加変更契約を取り交わしていなかった、という場合は、最悪請求できない場合もあります。金額が変更になる場合にはしっかりと追加変更契約を取り交わしておく必要があります。
  ■約款
   引渡からある程度日数が経っている場合は、真っ先に瑕疵担保責任期間を確認します。通常は特約で民法上の規定よりも責任期間を短期間にしていることが多いですが、そもそも約款がない(場合によっては契約書さえない場合もあります)という場合もあります。雨水の浸入を防止すべき部分や構造耐力上主要な部分に関する瑕疵は、品確法で一律10年間の瑕疵担保責任が設定されていますが、それ以外の瑕疵について、約款で責任期間を何年と定めているかは重要な観点です。責任期間を徒過している場合には、不法行為責任(建物としての基本的な安全性を損なう瑕疵の立証が必要となる)に基づく請求以外は困難となるので、引渡後どれくらい経過している物件なのかは、特に重要です。
   遅延損害金の利率なども確認します。引渡しが遅延したような場合、遅延損害金算定のベースとして「請負代金総額」に対する利率なのか、「請負代金から既施工部分を控除した残額」に対する利率なのかで、全く変わってきます。また、利率それ自体も、昔にネットとかで適当に拾ってきた約款などを使っている業者だったりすると、35.6%になっていたり、遅延損害金がとんでもないことになる場合もあります(事業者には消費者契約法の適用はないので、14.6%に縮減されることはありません)。

 ⑵ 設計図書一式
   平面図・立面図くらいはさすがにどの業者でも作っていると思います。建物の形状も分からないのでは相談されても全然イメージが湧きませんので、こうした基本資料は必ず持参いただきたいですね。
   瑕疵の現象にもよりますが、当座、各伏せ図、平面図、立面図、矩計図くらいは最低でも確認したいところです。
   これまた余談ですが、「矩計図」を「かなばかりず」と代理人が一発で読めるかもこっそり確認してみるといいかもしれません。「なんて読むんですか?」と聞いてきたり、「くけいず」などと読んだりすれば、建築紛争はやったことがないんでしょう。期日などで相手方の弁護士が「『くけいず』を見ると・・・」などと発言しているのを見ると、「あぁ、この先生は建築紛争やったことがないんだな」と感じます。
   ほかにも、仕様書などがあれば是非とも確認したいところです。契約で約束した施工がされていないという主張もよくされますので、一体どのような仕様を想定していたのかは、リスク把握の上でも重要です。
   同様に、見積書も重要です。たまに「建築工事一式 2000万円」という1枚だけの見積書を受け取ることもありますが、これはもう契約内容が全く分からないので、途中で工事が止まっているような場合に、どうやって出来高を算出するのかという問題が発生しますし、追加変更を主張したい場合も「元の工事内容」が分からないので、非常に難儀します。代理人の立場からすれば、見積書は詳細内訳があるほど助かります。
   実際に相談する場合は、図面で言えば、どの部分について瑕疵の主張をされているのかなどを、あらかじめまとめておいてもらえると、打合せがスムーズです。

4 地盤調査報告書

  不同沈下案件では必須の資料です。
  基礎設計・施工の適切性などを確認する際には重要な資料ですので、傾斜などが問題となっている場合には必ず見せていただく資料になります。
  擁壁などがある場合は、擁壁に関する図面も必要ですし、基礎の位置と安息角の関係も確認していく必要があります。

5 写真

  工事中の写真は、細部までは撮影していない場合も多々ありますが、写真があるとどういう現場でどういう建物なのか、実際の状況も分かるため、あった方が理解は深まります。
  初回の打合せではあまり揃っていないこともありますので、ないと打合せできないというレベルではないですが、あった方がビジュアル面で助かりますね。

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