見出し画像

瑕疵類型の整理 約定違反型

1 瑕疵類型

  ものの本によると、瑕疵類型は、概ね❶約定(合意)違反型、❷法令違反型、❸施工精度型に分けられます。多少の名称の違いはありますが、それぞれ、瑕疵項目と挙げられている瑕疵がどの類型に属するのかをしっかりと把握することがまずは重要になってきます。
  ざっくりと説明すれば、❶約定(合意)違反型は、請負契約において明確に定められた内容の施工がなされていないことを意味しており、改正民法後の「契約不適合」という用語に最も親和性があると類型でしょう。例えば、平面図で「和室」となっているのに、畳がなく洋室になっていたら、それは約定違反ということになります。
  次に、❷法令違反型は、建築基準法令等に適合した施工がなされていないことを意味しています。契約締結の際に、「わが社の施工では法令に違反はしません」などとは一々言わないと思いますが、これは、施主も建築基準法令に適合された施工がなされることを前提としているからであり、逐一合意していなくとも、法令に適合した施工をすることは合意の範疇であると考えられています。法令の求める基準に反していれば、法令違反ということになりますので、これは基準がわかりやすいですが、後記するように、法令違反イコール直ちに瑕疵(契約不適合)となるわけではありません。消費者側の代理人になる際、法令違反の主張をすると、相手方が特に争わずに瑕疵であることを前提とするかのような答弁がなされることが多いのですが、少なくとも私が事業者側であれば、いかなる法令違反でも、まずは争います。もちろん楽な戦いになはなりませんが、法令違反があるとそこで諦めてしまっている代理人が多すぎるように思います。
  ❸施工精度型は、通常一般の技術水準に適合した施工がなされていないことを意味しており、技術基準やマニュアルがあれば、それを基準に主張することが考えられます。特に基準がない、例えば美観の瑕疵などが問題となるような場合には、何を持って瑕疵判断をするのかが非常に難しい問題になります。

2 約定(合意)違反型

⑴ あるべき状態の立証に用いられる証拠

 約定(合意)違反型の瑕疵の場合は、施主としては、合意と異なる「現状」を主張するとともに、「あるべき状態」として、合意内容を摘示すればよいため、設計図書などの内容と現状が異なる場合には、施主側の主張立証はそこまで難しくないのが通常です。
 この場合、あるべき状態の立証に用いられる証拠としては、契約書、仕様書、見積書、設計図書、打合せ議事録等様々です。実際の紛争では、これらの資料のそれぞれが微妙に記載内容が異なっていたりするため、最終的に合意された内容がなんなのか、という点の特定は、実は難しい場合もあります。契約書記載の仕様書と見積書の記載が違うとか、あるいは、添付された図面に記載されているものも違う、といった場合には、何が一番重要視されるのかは悩ましいところです。
 契約締結後に仕様が変わったような場合には打合せ議事録の記載などが参照されますが、そこにも誰が見ても分かるように記載されていることは少なく、合意内容は何かということが、訴訟の場では議論されることになります。
 通常は、一番重要視されるのはやはり契約書及びそれに添付された設計図面になります。実際に施工する際には図面をみて施工するはずであるため、図面と現況の施工状況が異なるときは、リスクは相応にあります。
 あとから施主に異なる施工を希望されたなどという場合には、契約締結日よりも後の打合せ議事録が残っているか、メールなどで仕様変更のやりとりがあるか、あるいは、打合せ時に図面に直接書き込んだ資料のようなものは残っているか、などという点を議論することになります。
 私の経験でいえば、平面図上は「右開き」のドアになっているにもかかわらず、現場は「左開き」のドアになっていたところ、打合せ時に赤ペンで修正したメモが書き込まれた図面を証拠提出するなどして、瑕疵が否定されたことがあります。施主側は、「あとから作った」などと主張されましたが、こういうメモを提出されるときは、そういった反論が出ることも想定しなければなりません。裁判所は、敢えて図面と異なる施工をする合理的な理由はないから、当方側の主張が正しい、と判断してはくれましたが、瑕疵と認定される可能性も、もちろんあったでしょう。

⑵ 施工誤差

 次に問題となるのが、設計図を交付している場合、寸分違わず図面通りに作らなければならないのか、という問題です。
 例えば、1820㎜となっているところが1830㎜で施工されている場合、図面とは違っているので、約定違反は約定違反です。一方で、建築という行為は、紙媒体上に印刷されただけに過ぎない図面や抽象的な注文主の要望を,「立体的」な建築物に構成していく作業が含まれる以上,当然,平面的な図面や抽象的な注文主の要望だけでは対応できない部分が生じます。これらを全て無視して,厳密に「図面と寸分違わない施工」「注文主の要望を完全に反映した施工」を要求することは,それ自体,創造的な作業を伴う請負契約への無理解があると言われても仕方がないでしょう(消費者側弁護士の意見は違うかもしれませんが、私は消費者側弁護士とは全く馬が合いません)。
 実際の施工現場では,部材の取り合いや施工上の便宜の観点から,図面とは異なる施工をしたり,臨機応変に施工しなければならない事態があり得るのであって,このように,請負契約においては,請負人の裁量が多分に認められている契約類型と考えるべきではないでしょうか。
 そのため,図面等と異なることが直ちに瑕疵担保責任を構成することはあり得ず,それが工事の目的物の機能を損なったり,通常有すべき性能を発揮できなかった場合に,問題となると考えるべきだと思います。
 例えば、改正民法において、契約不適合責任という用語を用いることになったベースとなった,最高裁平成15年10月10日判決判タ1138号74頁があります。同判決は,建築の主柱を300㎜×300㎜の鉄骨とする内容で請負契約を締結したものの,実際に施工された建物の鉄骨は250㎜×250㎜であったという事案に関し,瑕疵を認定していますが、判示の中で、300㎜角の鉄骨を使うことが「特に約定され,これが契約の重要な内容になっていた」ことを認定しています。
 同判示の趣旨は,設計と異なる施工がなされていた場合でも,直ちに瑕疵担保責任の法的責任を負うものではなく,「特に約定」され,かつ,「契約の重要な内容」になっていることを要求するものであると考えるべきです。こうした主張をすると、消費者側弁護士は、文字通り「契約書通り」に作る義務が請負人にあると主張してきますが、本当にそう思っているのか、パフォーマンスなのか、私にはわかりません。
 話をもとに戻しますが、上記のような考え方を前提とすると、設計図書と実際の施工との間に多少の寸法等の違いがあったとしても、社会通念上許容される範囲であれば施工誤差として許容される、すなわち瑕疵(契約不適合)には当たらないと考えることができます。
 立証責任の観点からすれば、「社会通念上許容されない」ことを施主が立証すべきことになります。

⑶ 施工裁量

 施工精度のほかに、施工裁量という問題もあります。建築現場のあらゆる事態を想定してすべての仕様の詳細な情報を矛盾なく設計図書に盛り込むことは不可能です。そのため、請負人の裁量に委ねられている部分については、裁量の範囲内で設計図書と異なる施工がなされても瑕疵にはならないと考えるべきです。
 ただし、設計図書と異なる施工部分がある以上、いかなる施工裁量があるというのかは、施主ではなく、施工者側において立証しなければならなくなるでしょう。
 よく、施工精度と施工裁量を混同した主張をみかけますが、施工精度は施主側にて社会通念上許容されないことを立証すべきで、施工裁量は、あくまでも施工者側において、なぜ裁量が生じる事項なのかを立証すべきというのが正しい区分けだと思います。
 もっとも、相手方が上記構造をよく理解していない場合、私であれば、施主側に全部立証責任をおっかぶせる主張をします。裁判所も建築紛争に不慣れな場合には、こちらの私的に流されて施主側に立証を促す場面も結構あります。このあたり、建築紛争な代理人の知識と経験が非常に重要になっていると思います。

⑷ 設備の位置関係について

 施工精度と似た問題ですが、コンセントや照明の位置が、図面と若干違う、これは瑕疵だという主張もよくあります。部屋の反対側についているとか、高さがおかしい場所にあるとかならわかりますが、数ミリ、数センチ違うだけで生活に影響があるでしょうか。
 私がこのような主張を受けた場合には、何が問題なのか本当に分からないため、徹底的に反論します。問題となっている設備や他の設備の機能・性能に影響がなく、周囲の意匠性に影響を与えない限りは瑕疵というべきではないでしょう。

⑸ 構造の安全性

 例えば、注文者の了解なく構造を変更したが、構造計算上、安全性が確保されている場合は約定違反なのでしょうか。
 もともと予定されていたものを無断で変更しているという観点からは、形式的には約定違反になるでしょう。
 ところが、通常、施主は細かい構造まで理解した上で設計を依頼しているわけではありません。そうなると、施主が構造上の安全性について建築基準法以上のグレードを意識していないような場合には、設計図書の記載と多少異なる施工がされたとしても、法令に反しない限度であれば、瑕疵にはならないというべきでしょう。
 ここでは、前掲の最高裁平成15年判決が参考になります。この事案では、建築の主柱を300㎜×300㎜の鉄骨とする内容で請負契約を締結したものの,実際に施工された建物の鉄骨は250㎜×250㎜であったという事案ですが、実際に施工された250㎜角の鉄骨でも、実は構造上の安全性には全く問題がありませんでした。
 あれ?そうなるとお前の意見と違うじゃないか、と言われそうですが、この事案は、阪神淡路大震災後に、オーナーが学生マンションを建築するという事案で、地震に特に強い建物にしたいということで、わざわざ設計変更して300㎜角に変更したにもかかわらず、その施工が実現されなかった、というものなので、瑕疵と認定されてもやむを得ない事案でした。300㎜角の鉄骨を使うことが「特に約定」され,かつ,「契約の重要な内容」になっていたわけです。

長くなってしまったので、❷法令違反型、❸施工精度型については、また機会があれば解説したいと思います。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?