なぜジェムカンが好きなのか【頭の整理】

≪最初に≫
GEMS COMPANYについて、メタ発言や一部不快に感じる可能性のある表現が含まれるかもしれません。あくまでも一個人の胸中の吐露であることを理解して読んでいただけたら幸いです。

2019年4月27日、ニコニコ超会議で彼女たちに出会って以来この8か月、
なぜ彼女たちのことをこんなにも大好きになってしまったのか、
なぜ生まれて初めて”推す”ということを生き甲斐に感じたのか、
改めてGEMS COMPANYに感じる魅力を整理してみた。

 まず、GEMS COMPANYとはなんなのか。ジャンルで分ければ『アイドル』というのが公式的にもファン的にも共通の認識だろう。しかし、アイドルだから好きなのかというのは個人的に違う。そもそも一貫した概念を持たないアイドルをアイドルだからという理由で好きになることは一生できないと思う。

 じゃあ、V的な存在だから?これはかなり大きい。元々Vのオタクだったし、彼女らと出会ったVTuber Special Stageでも12人がリアルタイムで歌って踊る大迫力に魅せられた。かと言ってそれが全てではないことも明白。これまでも他のVTuberを面白いな、かわいいな、と思って見てきたことはあったが、人生をかけて応援したいと思ったことは一度もない。

 他に考えられる特性で言えば技術力やブランド。上述した通り、これまで見たことのない、大人数がリアルタイムで歌って踊る迫力、入り口としてのこれらは大きい。が、今でもここが大きな割合を占めているということは無い。もちろん、眉目秀麗な容姿がハチャメチャに好きだし、細部にまでこだわられたMVは無限に見てられるし、バックにスクエニがいるということに安心感を覚えてはいるので、迷わず応援できるという点では貢献している部分があると思う。

 ただ、やっぱりそうじゃない。GEMS COMPANYを既成概念や今まで自分が好きだったものに当て嵌めようとするとどうしてもどこかで違和感が生じる。これまで世の中のすべてを斜に構えて見ていた自分が真正面から大好きだ、応援している、と言える理由。映画、音楽、ドラマや小説、その他創作物で泣いたことが無かった自分があんなにもボロボロに泣いてしまった理由。翌日声が出ずに会社の先輩に迷惑をかけてしまうほど喉を潰して愛を叫べた理由。


 今、一つの結論として自分に出せる答えは、彼女たちが”本物”だから。誤解を招く表現かもしれないが、彼女たちの努力や成長、苦悩、本音、心境の変化、どれもが紛れもない本物で、それを配信やTwitter、ライブを通して感じられる。自身の経験や創作物の中では得られなかった本気の努力や苦悩。撫子さんがよく『遅れてきた青春』という言葉を使うが、それにあやかるならば『得ることのできなかった青春の追体験』とでも言うべきか。あたかも自分が12人の輪の中にいるような距離感で彼女たちの青春を感じ、自らも青春の中にいるような気持ちにさせてもらえる。これがGEMS COMPANYを自分のこと以上に応援する根幹となっているのではないだろうか。

長く語ってはしまいましたが、短くまとめるなら
本気で頑張る人を本気で応援する。
これがジェムカンが好きな理由なのかなと思います。


これより下は本当にただの一人語りです。


 GEMS COMPANYを応援しているとき、必ずもやもやとした感情が付きまとう。お前は今のままでいいのか?という青春を諦めきれないもう一人の自分の感情。お前が上京してきた理由はなんだ?成長も感じられない日々を過ごし、人の青春を応援する。それで満足か?一生頑張らない言い訳を続けるつもりか?
 これまでであればこんな内なる言葉も聞こえないふりをして好きなことだけやっていた。でも真っ直ぐな彼女たちを見て、なりたい自分になるための努力を惜しみたくないと本気で思う。本当の意味でGEMS COMPANYに出会って人生が変わったと胸を張って言いたい。2020年、変化の年にします。

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