シナリオ「団子屋の忠臣蔵」

〇ショッピングモール建設現場(現代)
テロップ「十二月十四日」
  看板にショッピングモール建設現場のお知らせと完成図が書いてある。
  所々で重機が地面を掘っている。
  作業員が仕事をしている。
  重機を動かしている作業員が異変を感じる。
  掘り返した土から、江戸時代の古い箱が出てくる。
作業員A「なんだ?」
  作業員が重機から顔を出して他の作業員に叫ぶ。
作業員A「おい! なんか出てきたぞ!」
  作業員が仕事をやめて、集まってくる。
    ×    ×    ×
  作業員たちが江戸時代の汚れた古い箱を取り囲んでいる。
作業員B「なんだ?」
作業員C「随分、古そうだな」
  作業員Aが箱を開けてみる。
  江戸時代に書かれた本が入っている。
  作業員A、本のタイトルを見る。
  作業員B、冷やかし半分に、
作業員B「おい、読めるのかよ!」
作業員A「俺、こう見えて古書収集が趣味なんだよ」
作業員C「で、なんて書いてあるんだ」
作業員A「忠臣蔵とじいじ、って書いてある」
作業員C「ああ!?」

タイトル「団子屋の忠臣蔵」

〇江戸城の外観(江戸時代)

〇松の廊下
テロップ「元禄十四年三月十四日」
  吉良上野介(61)と浅野内匠頭(26)が盛装でいる。
  吉良が浅野の正面を歩いてくるので、脇
にそれてしゃがみこみ頭を下げる。
  浅野、怒りを押し殺している。
 吉良、お辞儀をしている浅野の前で立ち止まり、
吉良「この田舎侍が!」
  と吐き捨て、蹴り倒す。
  そして、通り過ぎて行く。
  浅野、震えながら、脇差を抜き、吉良に叫びながら襲い掛かる。
浅野「吉良! もう許さん! 数々の狼藉、我慢できん! 覚悟!」
  浅野、振り返り驚く吉良に脇差で斬りかかる。
  吉良、額を斬られる。
  吉良、逃げようとして背中を斬られる。
  浅野、周りの武士に「おやめください」と押さえつけられる。
  武士、浅野の脇差を取る。
  浅野、押さえつけられながら、
浅野「吉良!」
  吉良、額から血を流しながら、家臣に支えられながら逃げる。

〇イメージ映像
  甲冑をかぶり武装した赤穂武士が刀を抜いて、振り上げ、
武士「吉良! 覚悟!」
  と刀を振り下ろす。

〇吉良の寝室(夜)
  吉良、「ハッ」として目を覚ます。
  吉良、肩で息をする。
  夢を見ていた吉良、寝床から体を起こす。
吉良「またか……。あれから一年以上もたつというのにまた同じ夢ばかり見る。もういい加減にしてくれ!」
  吉良、布団を叩く。

〇吉良邸内
  吉良、池の鯉にえさをあげている。
  そこへ村田孝蔵(42)がやってきて膝まづく。
村田「お呼びですか?」
吉良「お呼びですかじゃない! 影武者はまだか! まだ見つからぬのか!」
村田「は、只今、諸国に探させに行かせております」
吉良「赤穂の浪人どもが、いつ主君の敵討ちにやってくるやもしれん。一日も早く探すのだ!」
村田「はは」
  村田、深くお辞儀をして、立ち去る。
  池の鯉がエサ欲しさに口をパクパク、開けている。

〇(回想)広間
  食事をしていた吉良が、お椀を村田に投げつけ、
吉良「わしは余生を赤穂に憎まれて生きるのは嫌じゃ!」
村田「しかし、浅野内匠頭は切腹、お家は断絶、もう、どうにもなりません!」
吉良「だから、わしが憎まれるのは当然と申すのか!」
村田「いえ、そのような!?」
吉良「では、どうすればいいと思っているのじゃ!?」
村田「いえ、わたくしには!?」
吉良「何も浮かばぬのか!?」
村田「はぁ」
吉良「わしは、かすみ姫と余生を楽しく暮らしたいのじゃ!」
  吉良、庭を見る。

〇同・庭
  かすみ姫(4)と女中の母(25)が仲良く花を眺めている。
河合(N)「かすみ姫とは吉良上野介が女中に産ませた子。吉良上野介が赤穂浪士の討ち入りにあった時の年齢が六十一才。吉良上野介はイメージとして相当なじいさんと思いがちだが、かなり若い。ほかにも隠し子がいても何らおかしな年齢ではない」

〇同・広間
吉良「なんか、いい妙案はないのか!」
村田「はぁ……」
  村田、汗を拭く。
吉良「何も浮かばぬのか! このうつけもの!」
村田「はぁ……」
  村田、汗を拭く。
  吉良、何か思いついたのか、自分の太ももを叩いて、
吉良「そうじゃ! いいことを思いついた!」
村田「いいことでございますか?」
吉良「影武者じゃ! 影武者を作ればいいのじゃ!」
村田「影武者でございますか?」
吉良「そうじゃ。影武者を作って、わしの代
わりに、ここに住まわせるのじゃ。そうすれば赤穂の浪人どもはわしの影武者に復讐することになり、わしは死ななくて済む。安泰に暮らせる。どこか暖かいところで、かすみ姫と楽しく余生を過ごすことが出来る。どうじゃ、妙案とは思わぬか!」
村田「はぁ、確かに」
吉良「よし! これで行こう! さっそくわしの影武者を探してこい!」
村田「はは」
  村田、頭を下げる。

〇(元に戻る)吉良邸内
  吉良、かすみ姫を見る。
  日の当たる桜の木の下で敷物をして、かすみ姫が女中たちとお手玉をしている。
女中「姫様、おじょうずですよ」
  かすみ姫、真剣にお手玉をしている。
吉良「影武者が見つかれば、何もかもうまくいく」
  吉良、ほくそ笑む。

〇団子屋
山中の開けた場所にかやぶき屋根の小さな団子屋が一軒ある。
  紅葉と所々にススキが生えている。
  旅の者たちが一服している。
  おみく(6)が、お客のおもてなしをしている。
  そこに、旅の武士の多喜治(21)と弥助(21)がやってくる。
おみく「いらっしゃいませ」
弥助「お茶二つと団子をいくつか見繕ってくれ」
おみく「はい」
  おみく、団子を作っているじいじ(56)のところに行く。
多喜治「なぁ、弥助」
弥助「ああ」
多喜治「殿の影武者なんてそう簡単には見つ
からねぇぞ」
弥助「そうだな。この世にそっくりな人は三人はいるっていうが、あんな威張り腐った性悪爺は二人といないな。いたら困る」
多喜治「おいおい、あまり大きな声で言うな」
弥助「誰も聞いちゃいねぇよ。それに俺は気に入らねぇんだ! 影武者に呪わせといて自分は悠々自適に隠居生活なんて虫が良すぎるだろ! てめぇでまいた種なんだから、てめぇで刈り取れっていうんだよ!」
多喜治「おい、それぐらいにしとけよ」
  多喜治、周りを伺う。
弥助「なんか腹が立つんだよ」
多喜治「家臣にあるまじき発言だぞ」
弥助、仏頂面する。
弥助「でも、こんなこと、もうそろそろ終わりにするか?」
多喜治「……」
弥助「大体、赤穂の連中だって、殿の顔なんか知らねぇんだからさ、適当に年食ったじいさん、身代わりにすればそれでいいんだよ」
河合(N)「確かにその通りである。この時代に写真もなければテレビもない。人の顔なんてわからない。せいぜい瓦版に書いてある人相書きぐらいなもので正確に人から人へ伝えるものなどない」
  おみく、お茶と団子を持ってくる。
  弥助、お茶を飲む。
多喜治「それもそうだな。適当に爺さん捕まえて、連れて帰るか」
  弥助、団子を一口食べ、思わず唸る。
弥助「ん!? うまい! この団子、うまいな!」
多喜治、団子を食べる。
多喜治「ほんとだ! うまい!」
  おみく、他のお客にお茶を出している。
  弥助、おみくに声をかける。
弥助「嬢ちゃん。この団子うまいね!」
  おみく、自慢げに、
おみく「そりゃ、じいじの作るお団子は日本一だよ!」
  おみく、じいじのもとへ行く。
  弥助、何気なく団子屋の奥にいるじいじを見て、団子が胸につまり、胸を叩く。
多喜治「どうした。何慌てて食ってんだよ」
  弥助、手に持った団子でじいじを指す。
  多喜治、何気なく弥助が指さした方を見る。
多喜治、じいじを見て、驚く。
多喜治「殿!」
  弥助、慌てて、お茶を飲み、
弥助「いた! 影武者がいた!」

〇山に陽が沈む。

〇団子屋
  おみく、寝ている。
  弥助、多喜治、じいじの三人がいる。
弥助、腕組をしている。
多喜治「いつまでもここで暮らして生きていくわけにはいかないでしょ。どうするんです? おみくちゃんだっていつまでも子供じゃないんだ。どうだ、一緒に江戸に来てくれないか? そして、我が殿、吉良上野介の影武者になってくれないか?」
じいじ「吉良って、あの吉良でしょう」
  弥助、言い放つ。
弥助「そう、その吉良だ! 日の本一の憎まれ者だ」
  多喜治、弥助をなだめる。
  じいじ、手を膝に置いてこうべを垂れて悩む。
多喜治「だが、刃傷沙汰からもう一年と半年以上も経っているが、何も起こってない。赤穂の浪人が主君の仇討に来るという噂はあるが、一年半たっても我が主君はぴんぴんしておられる。俺は仇討はないと思っている。それにもし赤穂が攻めてきても江戸は徳川幕府のおひざ元、そのような仇討を許すわけがない。それに吉良邸には殿をお守りする武士もいる。勿論、あなたが影武者として吉良邸に住まれても守りは変わることなく続く。ここよりはるかにいい暮らしが出来る」
じいじ「しかし、嫌われ者なんですよね。吉良邸から外にはなかなか出れないんですよね。江戸の町を楽しむというようなことは出来ないんですよね」
多喜治「確かに、その点は不憫かもしれません、ですが、お孫さんの将来を思えば決して悪い話ではないと思います」
じいじ「おみくですか」
  おみく、寝ている姿。
多喜治「早くして両親に死なれ、あなたしか身寄りがないんでしょう。もしあなたに何かあったらどうします」
じいじ「……」
弥助「……」
多喜治「もし、あなたが影武者になったら、
お孫さんは吉良上野介の長男である米沢藩主上杉綱憲公がお孫さんの将来を保証するといっても過言ではありません」
じいじ「米沢藩主、ですか!?」
多喜治「こんな話、二度とあるものではありません。団子屋の娘が大名、もしくは家老の家に嫁ぐことも可能です」
弥助「……」
じいじ「もし吉良邸に行ったとして、おみくも一緒にいるのでしょうか?」
  弥助、ぶっきらぼうに、
弥助「それは無理。もし吉良上野介が見ず知らずのお嬢ちゃんと仲良しだったらおかしいでしょ? その姿を赤穂の密偵が見ていたら、確実にばれる」
じいじ「……離れ離れですか」
  おみく、寝ている姿。
多喜治「お孫さんは、米沢藩で大切に育てられます」
じいじ「米沢藩……」
多喜治「一緒に行きましょう。考えるより行ってみた方が案外いいかもしれません」
じいじ「……わかりました。どのみち、身寄りが私しかいませんので、あの子のためを思えば、いい話なのかもしれません」
多喜治「そうです! 行きましょう!」
弥助「……」

〇同・外
  弥助、煙管を吸っている。
  多喜治、やってくる。
多喜治「とりあえず、おみくちゃんは知り合いに預かってもらうことになった」
弥助「そうか。なら、これで帰れるな」
多喜治「どうも、気分が悪い」
弥助、多喜治を見る。
多喜治「罪悪感を感じる」
弥助「爺さんにあんなに勧めといて、今頃、気づいたのか?」
多喜治「見つけたのはお前だぞ」
弥助「……」

〇吉良邸の外観
  吉良邸に弥助、多喜治と商人のカッコをし、手ぬぐいを顔に巻いているじいじが吉良邸に入っていく。

〇同・広間
  弥助、多喜治が下座で正座している。
  村田が上座に座る。
  弥助、多喜治が頭を下げる。
弥助「只今、戻りました」
多喜治「殿にご満足いただける影武者を連れてまいりました」
村田「そうか。ご苦労であった。だが、それどころではない」
弥助「といいますと?」
村田「殿はもうもたない」
弥助「はぁ!?」

〇同・吉良の寝室
  吉良、床に伏している。
  吉良の身内、かすみ姫も傍にいる。
吉良「姫はいるか」
  身内が、かすみを吉良の傍に出す。
  かすみ姫、よくわかってない。
  吉良、かすみ姫の手を握る。
  そこへ、村田が入ってくる。
  村田、吉良に耳打ちする。
村田「殿、さきほど使いの者が影武者を連れてまいりましたが、いかがいたしましょう」
吉良「(鼻で笑い)影武者か、もうわしには不要のものだ」
村田「では」
  村田、立ち上がって出ていこうとする。
吉良「あ、いや、待て!」
  村田、吉良を見る。
吉良「わしに不要でも姫には必要なのものだ。それに我が子供たちにも」
村田「……」
吉良「わしの子が赤穂に殺されるようなことがあってはならんのだ!」

〇同・吉良邸内
  弥助と多喜治の二人。
多喜治「殿が死ぬんじゃ、影武者はいらんな」
弥助「浅野内匠頭の呪いだ。報いってやつかな」
多喜治「おいおい、言葉が過ぎるぞ」
弥助「これで良かったんだよ。俺たちも赤穂の復讐に怯えることもなくなる。平和に暮らせるようになる」
  家臣が入ってきて、弥助と多喜治に声をかける。
家臣「おい、お前ら。村田様が呼んでるぞ」

〇同・広間
  上座に村田、下座に弥助と多喜治がいる。
村田「お前たち、本当に殿の影武者を連れてきたんだな」
弥助「はい。ですがもう影武者は不要だと」
村田「誰がそんなことを言った」
弥助「いえ。ただ殿のご容態が」
  村田、人差し指を立てて、シーという仕草をする。
弥助・多喜治「……」
  村田、声のトーンを低くして、
村田「これから言うことは全て内密だ」
  弥助と多喜治、頷く。
村田「殿はご自分の死後、ご家族に危害が及ぶことを危惧しておられる」
弥助「危惧するとは誰に?」
村田「赤穂に決まってるだろう」
弥助「赤穂がですか? 主君の仇が死ぬのになぜです」
村田「弥助、あまりそのような口の利き方はするな。ま、今は見逃してやる」
弥助「すみません。ですが」
村田「たとえ、主君の仇がなくなったからと言ってそれで収まるか? なかには収まらない跳ね返り者もいるだろう。そういう者たちがご家族を襲わないと言い切れるか?」
多喜治「復讐の矛先をどこかに向けたいと思う者もいるかもしれない」
村田「そういうことだ」
多喜治「では?」
村田「殿の死を隠し、影武者に生きてもらう。そして、影武者に復讐の的になってもらう」
弥助、絶句。
    ×    ×    ×
  弥助と多喜治、じいじを連れてくる。
  村田、じいじを見て、
村田「おお。殿そっくりだ! まさに瓜二つ! これ以上ない!」
弥助・多喜治「……」
  じいじは緊張して真顔のまま。
村田「しかし、これではダメだ」
多喜治「ダメと言いますと?」
村田「このままでは影武者ではない」

〇同・お風呂場
  じいじ、薄手の着物を羽織っている。
  そこへ、村田と家臣たちが入ってくる。
じいじ「……」
村田「おぬしには殿になってもらう。だが、今のおぬしは殿ではない」
  村田、家臣に顎で指示する。
  二人の家臣がじいじの両脇を抑え、もう一人の家臣が目隠しをする。
じいじ「何!? 何も見えん! 一体、何をするきだ!」
村田「殿になるにはしなければいけないことがある」
じいじ「何をですか!?」
村田「殿には額と背中に刀傷がある。その刀傷をつけてこそ影武者になる。吉良上野介になる」
じいじ「そんな!? そんなの聞いてないぞ!」
  じいじ、暴れるも家臣に両脇を掴まれ、
抑えられる。
村田「大丈夫だ。すぐ終わる」
村田、侍に目で指図する、
じいじ「嫌だ! 離せ!」
二人の家臣がじいじの両脇に立ち、動きを封じている。
村田「暴れると大けがするぞ」
じいじ「大けが? わしを斬るんだろ!?」
  じいじ、暴れて無駄な抵抗をする。
村田「ジッとしてればすぐ終わる」
  村田、侍Aに合図する。
  侍A、脇差しを振り上げる。
  じいじ、それを察して、
じいじ「斬るんだな! 俺を斬るんだな!」
村田「落ち着け。ジッとしてないといらぬところまで斬ることになるぞ」
  じいじの動きが一瞬止まる。
  侍A、脇差しを振り下ろす。
  じいじの額が切れ、目隠しも切れて落ちる。
じいじ「ウギャー! 斬ったな!? わしのこと斬ったな!?」
  じいじ、自由になった手で額を触り、そして、血の付いた手を見る。
じいじ「うわぁ! 斬った! ダメだ! もう死ぬ!」
  じいじ、頭を押さえて、うずくまってもがく。
村田「手当しろ」
家臣「はは」
村田「今日はここまでにしよう」
    ×    ×    ×
河合(N)「そして、翌日、背中も切られる」
  じいじ、両脇を家臣につかまれて、侍Aに背中を向けて、もがいている。
じいじ「わしを殺す気か!」
  侍A、脇差でじいじの背中を斬り付ける。
じいじ「うわぁ! 斬った! ほんとに斬った!」
  じいじ、うめきながら床に倒れる。
侍A「大丈夫、浅く斬った」
  一人の家臣が手当てをする。
  もう一人の家臣が、じいじに話しかける。
家臣「大丈夫か?」
じいじ「大丈夫じゃないよ。影武者になる前に、殺される!」
そういって失神する。

〇同・吉良の寝室
  吉良上野介の遺体。
  顔に白い布がある。
河合(N)「こうして、じいじが吉良上野介になったとき、本物の吉良上野介は死んだ」

〇同・吉良邸の外観(夜)
  月が見える。

〇吉良邸の外観

〇同・吉良の寝室
  じいじが床で体を起こしている。
  額に包帯を巻き、女中が背中の傷の布を変えて、治療している。

〇同・吉良邸内
  弥助と多喜治の二人。
弥助「むごい」
多喜治「なんか、申し訳ないことしたなぁ」
弥助「そんなの初めからわかっていたことだ」
多喜治「殺されるための影武者なんて、俺、聞いたことないよ」
弥助「バカだな。影武者っていうのは、敵を欺くためのものだ。本物の身代わりとなって殺されるようなものだ。でないと敵を欺けないだろ」
多喜治「それじゃ、生贄と一緒じゃないか!」
弥助「生贄だよ」
多喜治「なんか、物凄く、悪いことしたな」
弥助「良い知らせもある」
多喜治「?」

〇同・吉良の寝室
  じいじ、寝床で体を起こしている。
傍に多喜治がいる。
多喜治「お孫さん、無事、米沢藩に着きましたよ。そして、お城でお姫様のように、女中が付けられ、大事にされているそうです」
じいじ「そうですか! よかった!」
多喜治「だから、爺さんも、いや殿も元気になってください」
じいじ「ありがとうございます」

〇吉良邸
  じいじ、巻き割りをしている。
河合(N)「しかし、刀傷もよくなり、元気になると屋敷の中だけでは物足りなくなってきていった」
  家臣がやってきて、
家臣「殿! 何をやられているのですか」
じいじ「いや、ちょっと体がなまって」
家臣「お辞めください!」
じいじ「いや、ちょっと汗をかくだけだから」
家臣「おやめください!」
  家臣、じいじから斧を取り上げる。
じいじ「……」
家臣「殿はジッとしていてください」
じいじ「わまりました」
  じいじ、家臣が去っていく。
じいじ、腹に一物ある顔をして、
じいじ(心の声)「体力さえあれば……」

〇同・広間
  上座に村田、下座に弥助、多喜治。
村田「お前たちが連れてきた影武者は元気がありすぎて家臣を困らせている」
弥助「まだ五十六才。それに団子屋の商売人でしたので」
村田「私の考えている殿の影武者とはだいぶ違いがあるのだがな」
弥助「そのことでお話が」
村田「ん?」
弥助「もしかしたら、私たちはありもしないことに怯えているのではないでしょうか?」
村田「それは赤穂の仇討のことか?」
弥助「刃傷事件から一年と半年以上も経って、主だった動きは、何一つありません」
村田「……」
弥助「影武者の殿も、いつ赤穂の仇討があるかより、いつ孫に会えるのか、の方が気になっています」
村田「……」
弥助「いつ起こるかわからない仇討を待つよりも、いつ孫に会わせてやるかを伝えた方がこちらのいうことに従うようになるのではないでしょうか?」
村田「んん。確かに。それもそうだな。それに、こちらがずっと怯えて普段の生活に支障をきたしていては、世間の笑いものになってもおかしくない。よし! 殿を呼べ」
弥助「はは」
多喜治「私が呼んでまいります」
  多喜治、お辞儀をしてから出ていく。
    ×    ×    ×
  上座にじいじ、下座に村田と弥助、多喜治。
村田「殿。雪が降る前の十月に米沢へ行きましょう」
じいじ「米沢へ?」
村田「はい。米沢でございます」
じいじ「それは、おみくに会いに行くと思っていいのですか?」
村田「はい。家臣総出で行きましょう」
じいじ「ありがとうございます! 本当にありがとうございます!」
村田「いえ、例には及びません」
じいじ「おみくに会える! おみくに会える! こんなにうれしいことはない!」
  村田、弥助、多喜治、深々とこうべを垂れる。
  弥助と多喜治、ほっとしてどこか笑顔。

〇江戸の町の風景(夜)

〇宿屋の外観(夜)
  与力たちが取り囲み、
与力「御用だ! 御用だ!」
  と、宿屋の中に数人の与力がなだれ込んでいく。

〇吉良邸の外観
  家臣とお奉行が門から出てくる。
家臣「ご報告、ありがとうございました」
お奉行「では、くれぐれも用心してください」
  家臣、お辞儀をする。

〇同・広間
  上座にじいじ、下座に村田、弥助、多喜治。
村田「赤穂の浪人、数名が集まっていたという報告を受けました。米沢行きは取りやめ
ることにいたしました」
  じいじ、落胆ぶりが見える。
じいじ「そんな!? 何も取りやめることなくともいいんじゃないんですか?」
村田「いえ、念のため、用心しなくてはなりません」
じいじ「せっかく、おみくに会えると思ったのに!」
村田「生きていれば会うことが出来ます」
じいじ「じゃぁ、それはいつになるんですか?」
村田「わかりません」
じいじ「いつ会えるのかもわからないのですか!」
村田「焦ることはありません。今は用心しましょう」
  じいじ、落胆ぶりが見える。
弥助・多喜治「……」
じいじ「……わかりました。今はおとなしくします」
  村田、弥助、多喜治、深々とお辞儀をする。

〇同・廊下
  弥助と多喜治の二人が歩いている。
多喜治「爺さん。えらく落胆してたな」
弥助「仕方あるまい」

〇吉良邸の外観(夜)

〇同・吉良邸内
  じいじ、一人、物陰に隠れながら様子を伺っている。
  見張り場所らしきところに武士がいる。

〇同・吉良邸の裏
  じいじ、はしごをかける。
じいじ「(呟く)わし、一人でも会いに行くぞ!」
  すると、見回りの家臣が来て、
家臣「誰だ!」
  提灯で明かりを当てるとじいじ。
家臣「殿!」
  家臣、はしごを登ろうとしているじいじを捕まえる。
じいじ「離せ! 俺はおみくに会いに行くんだ!」

〇同・吉良邸内の牢屋
  じいじ、牢屋に叩き込まれる。
  村田、弥助、多喜治がいる。
村田「おとなしくするっていったじゃないですか!」
じいじ「あんたたちと同じ手を使っただけだ!」
村田「同じ手?」
じいじ「敵を欺くんはまず味方から。あんたちだってわしを影武者にして世を欺いてるじゃないか!」
村田「……」
じいじ「わしはおみくに会いたいだけなんだ!」
  村田、厳しい顔つきで、
村田「今は米沢へは行きません! お孫さんには会えません! それはわかるでしょう!」
じいじ「わからん!」
村田「(ため息をついて)一晩、牢の中でよく考えてください」
じいじ「わしは吉良上野介だぞ! そのわしを牢に入れておくのか! この狼藉者が!」
村田「そんなときだけ、吉良上野介になられても困ります」
  村田、弥助と多喜治を見て、
村田「お前たち。そもそも、ちゃんと納得させて連れてきたのか?」
多喜治「勿論でございます」
  村田、腑に落ちない顔をし、ため息をついてから、
村田「今一度、しっかり説き伏せておけよ」
多喜治「はは」
  多喜治、頭を下げる。
弥助「……」
  弥助も頭を下げる。
  村田、出ていく。
じいじ、項垂れている。
多喜治「爺さん。頼むからおとなしくしてくれ。必ずおみくちゃんには会わせるから」
じいじ「会えるものか!」
多喜治「会える。必ず会える」
じいじ「俺は影武者だぞ。赤穂が仇討に来れば、俺は殺されるんだ!」
多喜治「殺させはしません! そのために俺たちが守ってるんです! なぁ」
  多喜治、弥助に相槌を求める。
弥助「ああ。もし仇討があっても爺さんは必ず俺が守る。だから、俺たちを信じてくれ。何があっても命を懸けて守るから!」
多喜治「それに、そもそも、この徳川のおひざ元のこの江戸で、そんな仇討なんて出来るわけがない。大船に乗った気でいてください」
じいじ「……わしは、おみくに会いたい」
弥助「……」

〇米沢城の外観
河合(N)「会いたい思いは、じいじだけじゃなかった。おみくもまた、じいじに会いたかった」

〇同・おみくの部屋
  おみく、お姫様が着るような着物を着ている。
  女中のふみ(16)が、やってきておみくのお膳を見る。
  おみく、お膳にほとんど手を付けてない。
  ふみ、おみくの前に座り、
ふみ「最近、あまり食べませんね、好きなおかずはありませんか?」
おみく「そういうわけじゃないけど」
  ふみ、ため息をついて、
ふみ「では、何が食べたいですか?」
おみく「お団子が食べたい」
ふみ「お団子、ですか?」
  おみく、頷く。
    ×    ×    ×
  ふみと家臣がおみくの前にいる。
  家臣が団子を差し出す。
家臣「このお団子は、城下で人気の団子屋のお団子です」
  そういっておみくに差し出す。
  おみく、一本、手に取り食べる。
家臣「どうです? うまいでしょう」
おみく「んん。まぁまぁかな」
家臣「まぁまぁ!?」
  おみく、お団子の入った包みをもって、
おみく「ふみ姉ちゃん」
ふみ「はい」
おみく「これ、あげます。弟さんにあげてください」
ふみ「あ、ありがとうございます」
  家臣、メンツが潰れ怒りで震えている。
    ×    ×    ×
  ふみと家臣がおみくの前にいる。
  家臣が団子を差し出す。
家臣「このお団子はお殿様しか食べることが出来ない献上品でございます。お殿様の許可を頂いてもってきました! これ以上のものはございません!」
  そういっておみくに差し出す。
  おみく、一本、手に取り食べる。
家臣「どうです? 最高でしょう!」
おみく「ん~ん」
  おみく、煮え切らない。
家臣「おいしいでしょ!」
おみく「悪くはないけど、まぁまぁかな」
家臣「まぁまぁ!? そんなわけないでしょ! もう一口、しっかり食べてください!」
  おみく、食べる。
  おみく、小首を傾げる。
  おみく、お団子の包みをもって、
おみく「ふみ姉ちゃん」
ふみ「はい」
おみく「あげます」
ふみ「え!?」
家臣「これは、お殿様しか食べられない献上品ですよ!」
おみく「でも、いいです」
  家臣、団子を一本もぎ取り頬張る。
おみく「……」
ふみ「……」
家臣「うまい! こんなもちもちしておいしい団子、食えるもんじゃない! これよりうまい団子があるわけがない!」
おみく「じいじの団子が食べたい」
家臣「それは、これよりうまいのですか!?」
おみく「じいじの団子がいい!」
  おみく、頑として言い張る。
家臣(心の声)「団子屋の小娘のくせに、生
意気言いやがって」
ふみ「では、文を書きましょう」
おみく「文?」
ふみ「じいじさんにお団子の作り方を書いて送ってもらうのです。それならじいじさんのお団子が食べられます。いかがですか?」
家臣「そうだな。殿に上申してみよう」
ふみ「お願いします」

〇吉良邸の外観

〇同・広間
  上座にじいじ、下座に村田、弥助、多喜治。
村田「米沢から手紙が届きました」
じいじ「……」
  弥助、上座のじいじに手紙を渡す。
村田「内容は、お孫さんが殿のお団子を食べたいとのこと。ぜひ作り方を書いて送ってほしいとのことです」
  じいじ、笑顔がこぼれ、
じいじ「おみくが、わしの団子を食べたいって言っているのですか!」
村田「はい」
じいじ「嬉しいな! おみくがわしの団子を!」
村田「それと一緒にお孫さんに文をしたためてもかまいません。会うことは出来ませんが、文通なら構わないでしょう」
じいじ「良いんですか?」
村田「はい」
じいじ「ありがとうございます」
  村田、弥助、頭を下げる。

〇同・廊下
弥助「村田様、ありがとうございます。文だけでも許していただければ、影武者としての務めを果たしてくれると思います」
村田「そうだな。また、何か気が付いたことがあったら遠慮なく言ってくれ」
弥助「はは」
  弥助、村田にお辞儀をする。
  村田、去っていく。
  弥助、外を見ると小雪がちらちら降ってくる。
弥助「そうか、もう師走か」
  弥助、雪がちらつき始める空を見上げる。

〇吉良邸の外観(夜)
テロップ「元禄十五年十二月十四日」
  しんしんと雪が降る。
  吉良邸の周囲は静まり返っている。

〇同・吉良の寝室
  じいじ、寝ている。

〇同・部屋
  弥助と多喜治、火鉢で暖を取っている。
多喜治「今夜はやけに冷えるな」
弥助「こういう夜は一杯ひっかけて、中から
暖めたいものだな」
  弥助、火鉢を火かき棒でつつく

〇同・吉良邸の外観
  しんしんと雪が降っている。

〇同・部屋
多喜治「それにしても、最近、爺さん、随分おとなしくなったな」
弥助「部屋にこもって、ずっと考え事をしている」
多喜治「ああ?」
弥助「おみくちゃんが何か喜びそうな、面白いことを書きたいんだとよ」
多喜治「そうか。そりゃ殊勝なことだな」
弥助「でも、喜んでたよ」
多喜治「?」
弥助「今日、村田様に、年が明けて暖かくなったら米沢に行くのを許してくれませんか、と尋ねたら、構わないって言われた。そのことを爺さんに伝えたら、飛び上がって喜んでいたよ」
多喜治「へぇ、でも、そんな安請け合いしてもいいのか? 赤穂の仇討だってあるかもしれんし」
弥助「それだよ。俺は年が変われば仇討はないと思う」
多喜治「なぜ?」
弥助「刃傷沙汰があった年には仇討はなかった。そして、今年もまだ何も起こってない。このまま何もなければもう仇討はないと思う」
多喜治「そうかぁ?」
弥助「じゃ、あるというのか? 今年なければ来年で三年目だぞ。それでもなければ五年後か? それとも十年後か? 一体いつになったら仇討するつもりだ?」
多喜治「それは……」
弥助「もう終わってるんだよ。赤穂の浪士にだって生活がある。いつまでも仇討にこだ
わって生きていくわけにはいかないだろ」
多喜治「……」
弥助「それに江戸の庶民だって、関心ごとは常に新しいことに向く。年が変われば人の心も変わる」
多喜治「そんなもんか?」
弥助「そんなもんだよ。そうやって刃傷沙汰も歴史の片隅に消え、時は流れていくんだ」
  弥助、火かき棒で火鉢をつつく。
多喜治「熱しやすく冷めやすいのは世の常ってことか」
弥助「それに、肝心の大石内蔵助も芸者遊びにうつつを抜かしてるっていうじゃないか」
多喜治「まぁ、良い話は聞かんな」
弥助「なんだかんだ、もう終わってるんだよ」
多喜治「じゃ、この役目も」
弥助「今年が最後。年が明ければおしまいだ。こんな大掛かりな備えも今年までだ」
多喜治「……」
弥助「そして、やがて殿の影武者もバレ、爺
さんとおみくちゃんはまた一緒に暮らせるようになる」
多喜治「それじゃ、お前」
弥助「めでたし、めでたしってことだ」
多喜治「そうか! それじゃ、来年はいい年になりそうだな」
  多喜治、微笑む。

〇同・吉良邸の外観
  雪がしんしんと降っている。
  静まり返っている。

〇同・部屋
  弥助と多喜治、うとうと舟をこいでいる。
  すると突然、赤穂の山鹿流の陣太鼓が聞こえてくる。
  弥助と多喜治、目を覚まして、
多喜治「なんだ、この音は!」
  弥助、耳を澄ませて、
弥助「これは! 赤穂の山鹿流、陣太鼓だ!」
  弥助、傍に置いてある刀を手に持つ。

〇同・吉良の寝室
  じいじ、体を起こして、訳も分からず太鼓の音を聞いる。
じいじ「なんだ?」
  いきなり弥助が入ってくる。
弥助「爺さん、逃げるんだ! 赤穂が来た!」
  弥助、じいじの腕を掴み、起こし上げる。
じいじ「逃げるってどこへ?」
弥助「いいから! 早く!」

〇同・吉良邸内
家臣「敵襲だ! みなのもの、であえであえ!」
  吉良邸に武装した赤穂浪士が入ってきて、吉良邸家臣と斬りあいになる。
河合(N)「吉良邸は一気に戦場と化した。そして、戦いの末、四十七の赤穂浪士は主君、浅野内匠頭の仇、吉良上野介を見事、討ち取った。それは十二月十四日未明のことだった」
    ×    ×    ×
  斬りあいは終わり、吉良家臣が傷を受けて、所々に倒れている武士、呻いている武士がいる。
  弥助、死闘の末、折れている刀をもって、頭から血を流し、絶命している。
  多喜治、腹を刺され絶命している。

〇江戸の町(早朝)
  四十七の赤穂浪士が列をなして歩いている。
  二列目に槍を担ぎ、槍の穂先に吉良上野介のみしるしを白い布に巻いてぶら下げている浪士があるいている。
  見物客から拍手や「よくやった!」と歓声が上がっている。

〇米沢城の外観
  雪化粧の米沢城。
河合(N)「吉良邸に赤穂が討ち入った一報が届くのにそう時間はかからなかった」

〇同・城内
  家臣たちが右往左往して、慌ただしくなっている。
家臣A「赤穂が大殿様を討ち取った!」
家臣B「我々はどうすればいいのだ!」
  その中をふみが真顔でおみくの部屋に向かっている。

〇同・殿の部屋
  上杉綱憲(38)と傍で膝まづく家老。
綱憲、外を見て、
綱憲「そうか、父の影武者が全ての憎しみを一身に背負ってくれたのだな」
家老「はい」
綱憲「あの娘には、報いてやらなければいかんな」

〇同・おみくの部屋
  おみくが、城内の騒がしさが気になり、廊下に出てる。
  ふみ、おみくを見る。
  おみく、ふみを見つけて、
おみく「ふみ姉ちゃん」
  ふみ、涙がこみあげてくる。
  ふみ、しゃがみこんでおみくを抱きしめる。
おみく「どうしたの?」
  おみく、ふみが泣く理由がわからず、ポカンとしている。
  ふみ、おみくを強く抱きしめ、泣き続ける。
おみく「ふみ姉ちゃん!? なにがあったの?」
  ふみ、ただただおみくを抱きしめて泣く。

〇公文書室内(現代)
  河合祐介(30)助手が、古文書「忠臣蔵とじいじ」を読み上げている。
  それを傍で生田茂樹(45)教授が聞いている。
河合「わたしは城内の騒ぎがなんなのか、何もわからなかった。ただ、ふみ姉ちゃんが涙を流しながら私を強く抱きしめ続けた……」
  生田、腕組をしている。
  河合、読み終えると沈黙が流れる。
  その沈黙を破るかのように、
河合「どうします?」
生田「どうしますって何を?」
河合「ここに書いてあることです」
  生田、あきれ顔で、
生田「どうするって、まさかお前、これ読んで影響されてるのか?」
河合「いや、影武者なんて、なんかありそうかなっと思って」
生田「お前は馬鹿か!? こんなのあるわけ
ないだろ! お前、泉岳寺行ったことないのか?」
河合「学生のとき、一度」
生田「そんとき、赤穂浪士の墓所に行ったか?」
河合「はい」
生田「線香、あげたか?」
河合「はい、あげました」
生田「お前、それで、何にも思わなかったのか?」
河合「思うって?」
生田「二十、三十の若い浪士がたくさんいたろ! その墓、一つ一つ線香をあげてこみ上げてくるものはなかったのか!?」
  生田、もう半べそ。
河合「……」
生田「俺はなぁ、もう、こう思うだけで、たまらなくなる! あの赤穂浪士たちがどんな思いで主君の仇を討つために我が身を捧げたのか! あの松の廊下の刃傷事件から討ち入りまでの一年十か月の間、どんな思いで浪士たちが生き、そして、本懐を果たしたとき、どんな思いで主君の前に吉良上野介のみしるしを捧げたのか! 俺はな、そう思うだけで、たまらなくなるんだ!」
  生田、号泣。
河合「……」
生田「バカな上司や、くだらん大人に泣かされる今の世の中とは大違いだ! そう思わんか! 大石内蔵助は四十五だぞ。その息子の主税はまだ十六才だぞ。俺の娘と同い年だ!」
  生田、その場に膝まづいて号泣。
河合「教授は今何歳ですか?」
生田「四十五」
河合「……」
  生田、古文書「忠臣蔵とじいじ」を見て、吐き捨てるように、
生田「こんなもん、罰当たりだ! こんなものを新説が出たと言ったら罰が当たる! 
四十七に顔向け出来るか!」
河合、古文書「忠臣蔵とじいじ」を手に取って、
河合「でも、これが折しも十二月十四日の討ち入りの日に見つかったというのが、どうも気になります。何かのお告げみたいで。それに吉良上野介がずる賢い人物なら、考えられなくもないのでは」
  生田、意地になり、間髪入れずに、
生田「全く、考えられないし、考えたくもないね! こんなモノは、ひねくれものが書いたただの座興だ!」
  生田、自分の発言に納得して、手を叩いて、
生田「そうだ! それに違いない! こんなことを考えるのは相当なひねくれ者に違いない! 当代きってのひねくれ者が書いた戯言だ! だから世に出ることが出来なかったんだ!」
河合「……」
  生田、吐き捨てるように
生田「こんな、赤穂浪士が悪く見える忠臣蔵なんて聞いたことがない。そんな本、とっとと捨てちまえ!」
河合「なら僕が預かります」
生田「お前もひねくれ者の手先か!」
河合「違いますよ」
  河合、古文書を触って、
河合「でも」
生田「でもなんだ!?」
河合「この本はショッピングモール建設現場から出てきたんですよね」
生田「だからなんだ?」
河合「ショッピングモールが出来たら、せめて、そこに団子屋を作りませんか? ここに、こうして作り方も書いてありますし、それに、万が一、これが少しでも関わりがあるのなら、何か、この人たちの供養になると思うんですよね」
生田「関わりなんてあるわけがないだろ!」
河合「教授、少しは冷静になって」
生田「俺は至って冷静だ!」
  生田、ちらっと古文書を見る。
生田「まぁ、でも、そうだなぁ。ちょっとかけ合ってやってもいいか」
河合「教授!」
生田「勘違いするな! 吉良上野介のためじゃないぞ! この影武者の爺さんと孫のためにかけあうんだからな」
河合「はい」

〇ショッピングモールの外観
  自家用車が入っていく。
  ショッピングモールにはお客が来ている。

〇同・『じいじの団子』の店
  『じいじの団子』は、フードコートの一角にあり、江戸時代の峠の麓にあるお茶屋のイメージで作られている。
  河合、店内を見て、畳の席に座る。
河合「へぇ、雰囲気あるなぁ」
すると和服姿で接客の河本未来(17)がくる。
未来「いらっしゃいませ」
  河合、メニュー表を見て、
河合「そうだなぁ。お茶と、こしあん一つと、みたらし一つください」
未来「はい」
  河合、お店の作りを見て、
河合「じいじとおみくちゃんも、こんなところにいたのかな」
  河合、未来から団子とお茶がのったお盆を持ってくる。
未来「四百円なります」
  河合、未来の胸のネームプレートに目が行く。
河合「未来(みらい)」
  未来、河合の視線に気づく。
  河合、未来と目が合い、
河合「あ、いや、みらいっていうの?」
未来「いえ、みらいと書いてみくと呼びます」
河合「みく。へぇ、そうなんだ。あ、どうもありがとう」
  未来はお辞儀して、店の奥に戻っていく。
未来の後姿が未来から小さなおみく(6)に変わる。
おみくの戻った店の奥にじいじ(56)がいる。
  河合、おみくとじいじの姿を見る。
河合「(呟く)そうか」
  河合、微笑む。
  河合、カバンを取り、
河合(心の声)「忠臣蔵は三百年たった今でも多くの人の心を震わせ、語り継がれる」
  河合、カバンから取った古文書を畳の上に置く。
河合「二人のことは、忘れないから」
  畳の席の上に古文書「忠臣蔵とじいじ」とお茶と団子が置いてある。
              〈終わり〉

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