シナリオ「それは桜の咲く頃のことだった。 」

〇理代子の2LDKマンションのリビング(夜)
鳴瀬理代子(28)、虚ろな表情でソファに座っている。
山本真希(28)は、当麻貴史(29)の向いに座って感情剥き出しである。
貴史、申し訳なさそうな顔をして俯いている。
  真希、腰を浮かして、テーブルを叩いて、
真希「浮気相手が妊娠したから別れたいって、ちょっと勝手すぎない!?」
貴史「……」
真希「理代子! あなたも何とか言ったらどうなの!」
  理代子、疲れ切った表情で、
理代子「私に子供が出来なかったから仕方ないのよ」
真希「何それ!? 意味わかんない!? じゃ、貴史の浮気は織り込み済みだってこと!?」
  理代子、小さく頷く。
真希「そんな、違うんでしょ!」
  真希、一人興奮して逆上している。
  理代子、虚ろな表情。
  真希、貴史を指さし、
真希「こいつは、あなたを裏切ったのよ! ただの裏切り者よ! 子供が出来なかったとか、そんなの関係ないの。いい。わかるでしょ!」
理代子、虚ろな表情で苦笑い。
  真希、そんな煮え切らない理代子を見て
真希「理代子! こんなに言っても、まだ罵声の一つも出ない!?」
理代子、無表情のまま前を向いている。
貴史「理代子を責めないでくれよ。全部僕が悪いんだ」
真希「あったりめぇだろ! そんなの百も承知だよ! 全部あんたが悪いんだよ! わかってんだったらとっとと失せろ! このバカ!」
  貴史、真希の勢いに押され、バックを持ってその場を立ち去る。
  理代子、虚ろな表情のまま。
  ドアが締まる音が聞こえる。
真希、一息ついて、腰を下ろす。
そして、理代子を見る。
理代子、涙一つ流していない。
真希、そんな理代子を見て呟く。
真希「理代子……」
  理代子、終始、虚ろな表情のまま前を向いている。
真希M「このとき、理代子は生気を失った」

〇街路(夜)
  雨。
  傘をさして歩く貴史。
  道路には散った桜の花びらが落ちている。
  貴史、夜の闇に消えていく。
真希M「それから五年が過ぎた」

〇中央公園
  桜並木の桜が満開である。


タイトル「それは桜の咲く頃のことだった」

〇理代子のワンルームマンションのベランダ
  空から一枚の桜の花びらがヒラヒラと理代子の部屋のベランダに落ちる。

〇同・部屋
  部屋は質素で狭くベッドがある。
  目覚ましが鳴る。
  理代子(33)、ベッドの上で目を覚ます。
  理代子、体を起こし、窓の方を向く。
カーテン越しに薄日が見える。

〇茂原製作所・外観
  古びた町工場。
  プレス機の「ドシン」と鉄板をプレスする地鳴りのような音が建物から漏れて聞こえる。

〇同・工場
  鉄板の型を取るプレス機が並んでいる。
  年配の工員がプレス機を操作している。

〇同・事務所
  事務所の奥に茂原敦夫(44)社長が座り、その周りに年配の男性社員が二人。
  そして、事務所の入り口の傍の席に理代子が座っている。
  各々、パソコンを使って事務仕事をしている。
  突然、入り口のドアが開く。
  社員全員、入り口のドアを見る。
  梶原翔子(27)、薄手の毛皮のコートを羽織って、赤ん坊を抱いて無言で入ってくる。
  翔子、女王の風格を醸しだしていて、近寄りがたい。
  社員、あっけにとられる。
  理代子、立ち上がり、
理代子「あの、何か?」
  翔子、理代子をチラッと見る。
  翔子、奥に座っている茂原社長を睨み、
翔子「この子、あなたの子だから」
茂原「……」
翔子「置いてくから責任とってください」
  翔子、だっこひもをつけたまま赤ん坊を理代子に押しつける。
理代子「えっ!?」
翔子「じゃぁ」
  翔子、踵を返して事務所から出て行く。
  呆然としていた茂原、急いで立ち上がり、
茂原「おい! 翔子! ちょっと待て!」
  茂原、翔子を追いかけ、急いで事務所を出て行く。
  残された社員と理代子、どうしたらいいか動揺するも赤ん坊はスヤスヤ眠っている。
社員A「どうする?」
社員B「どうするって」
  社員B、理代子を見る。
理代子「……」
    ×    ×    ×
  理代子、赤ちゃんを抱いてあやしながら座っている。
事務所のドアが開き茂原が入ってくる。
社員全員、茂原を見る。
茂原、理代子の隣に座ってきて、
茂原「申し訳ない。暫く、その赤ん坊、預かってくれ」
理代子「え? 私がですか?」
茂原「そうだ。他にいないだろ。うちの会社に女性は君と経理の中田さんだけだ。中田さんには受験生のお子さんがいる」
理代子「じゃぁ、ほかの男性の人に」
茂原「いや、頼めるのは君しかいない」
理代子「この子を私が育てるんですか?」
茂原「話しがつくまでだ。(手を振りかかげ)あの翔子と、話しをつけるから。それまでその赤ん坊を預かってくれ」
  理代子、解せない顔。
  茂原、理代子にとりつく島を与えずたたみかけるように、理代子を立たせて、
茂原「その間、会社に来なくていいから」
  茂原、財布を取り出し、理代子の抱いている赤ん坊のだっこひもの隙間に八万円を挟む。
  茂原、赤ん坊を見て他人事のように、
茂原「よしよし。可愛い可愛い」
理代子「……」
茂原「足りなかったら言ってくれ。金は出すから」
  茂原、事務所から理代子と赤ん坊を追い出すように理代子の背を押す。
茂原「おそらく三日。遅くても一週間ぐらいで方(かた)付けるから」
  理代子、解せない顔のまま事務所を出される。
茂原「方(かた)付いたら電話するからそれまで家にいなさい」
  茂原、事務所のドアを閉める。
  工場はプレスの音がする。
  赤ん坊、目を覚まし、泣き出す。
  理代子、慌てて赤ん坊をあやしながら二階の更衣室へ。

〇同・更衣室
  赤ん坊、床に置かれている。
理代子、赤ん坊に目をやりながら着替えている。
そして、着替え終わると赤ん坊をだき、だっこひもを体に装着する。
胸元で赤ん坊が目を開けている。
理代子、何か微笑ましくなる。
理代子「あんたは、悪くないもんね」
更衣室を仕切るカーテンが開き、中田芳子(47)が現れる。
芳子「迷惑な話ね」
理代子「……」
芳子「安月給で働いてるっていうのに、(赤ん坊を見て)そんなの突き返せばいいのよ!」
理代子「……」
芳子「ほんとあの社長、いい加減にしてほしいわ。二代目だから何の苦労もしらないのよ。ただのボンボンよ、ボンボン」
理代子「はぁ」
芳子「でも、女も女よね」
理代子「?」
芳子「今まで社長の女性トラブルはいくつかあったけど、まさか当てつけに赤ん坊を産んでくるとはね。こんなのはじめてよ」
理代子、苦笑い。
芳子「で、どうするの? あなた、引き取るの?」
理代子「引き取るって、相手と話しがつくまでですし、それにそれまで会社休めるから」
芳子「子供、育てたことあるの?」
理代子「ありませんが、わからなければネットで調べます」
芳子「そう。まぁ、何かあったら私に電話して」
理代子「ありがとうございます。そのときは電話します」
  芳子、出て行く。

〇同・事務所
  理代子、赤ん坊を抱いて事務所に顔を出す。
理代子「社長、失礼します」
茂原「おう。頼むな」
  と、片手をあげて頼むの仕草をする。

〇同・外観
  理代子、赤ん坊を抱いて入り口を出る。
  理代子、赤ん坊を見て、
理代子「とりあえず最小限必要なものだけ、買って帰るか」

〇スーパーのレジ
  理代子、レジでミルクと哺乳瓶とおもつを買う。

〇同・外観
  理代子、スーパーから出てくるも胸元に赤ん坊、両手は鞄と買い物袋でふさがっている。
  理代子、思わずため息をつく。
  胸元で眠る赤ん坊を見て、
理代子「まぁ、仕方ないか。私が好んで入った会社だし……」

〇茂原製作所・外観
テロップ「半年前」

〇同・事務所
  スーツ姿の理代子、事務所のドアを開けて顔を出す。
理代子「すみません。表の求人広告見て面接に来た鳴瀬です」
茂原「おお、来たか」

〇同・社長室
  茂原、ソファに座り、その前のソファに理代子が座っている。
  茂原、理代子の履歴書を見て、うなり声をあげて渋い顔をしている。
茂原「う~ん。これじゃねぇ……」
理代子、神妙な面持ち。
茂原「うちは、こんな高いキャリアの持ち主。求めてないんだよね。簡単な事務が出来て、電話がとれればそれでいい」
理代子「それで構いません」
茂原「いや、構わないって言われても、給料も応相談って書いてはいるが、俺の口から言うのも何だが、安いよ。手取り十六万ぐらいだ。それでもいいの?」
理代子「(きっぱり)いいです」
  茂原、困惑した表情を浮かべ、理代子を 見る。
理代子、平然としている。
茂原「う~ん……。これだけのキャリアがあれば、うちより好条件で高給がとれるのに」
理代子「それでもいいんです」
茂原、理代子の熱意に押される形で、ため息をつき、
茂原「まぁ、それでもいいっていうなら、うちとしても別に構わないんだけどね」
理代子「宜しくお願いします」
  理代子、立ってお辞儀をする。
  茂原、何か腑に落ちない顔。

〇同・外観
  理代子、満足そうな顔で出てくる。
  理代子、ポツリと呟く。
理代子「これでいい。家から歩いて来れるし、いっぱい眠れる」

〇理代子のマンション・外観(現在)
  理代子、赤ん坊を抱いて、両手が塞がったまま家に到着する。

〇同・部屋
  理代子、玄関のドアを開けて、手荷物を置く。
  そして、ベッドに向かい、赤ん坊をベッドに寝かす。
  理代子、ため息をつく。
理代子「これで一段落かな」
  理代子、ベッドの上で眠っている赤ん坊を見る。
理代子「まぁ、いいか、暫くだもんね。赤ちゃんが寝ているときは一緒に寝て、泣いたら世話すればいい。あなたと同じ生活すればいいんだから……。それに、その間は会社も休めるし、良い方向に考えよう」
    ×    ×    ×
理代子、段ボールに折りたたんだ毛布や クッションを敷き詰め、即席のベビーベッドを作る。
理代子、ベッドで眠る赤ん坊を、即席のベビーベッドに入れてみる。
理代子、声を出して笑い、
理代子「これじゃ、まるで捨て子だわ」
  理代子、赤ん坊の頬を人差し指で軽く突いて、
理代子「でも、イエスキリストも聖徳太子も馬小屋で生まれたのよ。それに比べればマシな方よ」
  理代子、赤ん坊に毛布を掛けて、
理代子「暫くの辛抱。社長と愛人があなたの将来を決めてくれるわ」
  理代子、赤ん坊をジッと見る。
理代子「……あなたに人生を決める力があれば良かったのにね。そうだ、あなたの名前、聞いてなかったわ。一体なんていうの? と聞いてもわかんないよね。どうしようかな……」
  理代子、部屋を見渡す。
机に読みかけの小説が置いてある。
小説のタイトル「新米弁護士、美亜の事件簿」と書いてある。
理代子「じゃ、あなたの名前は美(み)亜(あ)にしよう。美亜はね、私が寝る前に読んでいる小説の主人公の名前よ。困った人を助ける新米弁護士。その名前をあなたにあげるわ。(クスッと笑い)困った人を助けるなんて今のあなたには出来ないけどね」
 理代子、美亜のまるまるとした柔らかな頬を指で突く。
理代子「やっぱ、赤ちゃんって可愛いな」
  理代子、自然と慈愛に満ちた表情で美亜を見続ける。
理代子「もし、貴史と別れなかったら、今頃どうなっていただろう。私はママになれただろうか……」
  理代子、首を振り、
理代子「よそう。もう、昔のことだ」
  美亜、体をもぞもぞさせて泣き出す。
理代子「どうしたの?」
  理代子、美亜を抱く、
理代子「どうしたのかな? おむつかな……」
  理代子、ふと時計を見る。
  時刻は12時過ぎ。
理代子「あ、そういえば、何もあげてないや。(美亜を見て)ミルクか? そうかミルクか」
  理代子、キッチンに行ってミルクの準備をする。
  美亜の鳴き声が聞こえる。
    ×    ×    ×
  理代子、美亜に哺乳瓶でミルクを飲ませる。
    ×    ×    ×
  理代子、ベッドで寝ている。
  美亜、即席ベビーベッドで寝ている。
    ×    ×    ×
  美亜、泣いている。
  理代子、ミルクをあげるも、飲もうとしない。
理代子「どうした? 今度はおもつか?」
  理代子、美亜のおもつを変える。

〇夜空に月と電柱に外灯の明かり

〇理代子のワンルームマンションの部屋(夜)
  部屋は暗い。
理代子は、ベッドで眠っている。
  すると、突然、けたたましくチャイムがなる。
  理代子、気怠そうにベッドから起き上がり、部屋の明かりをつけ、玄関へ向かう。
  理代子、けたたましくチャイムが鳴り続ける中、ドアを開ける。
  真希が凄い形相で玄関に入ってくる。
真希「なんで合コンに来なかったのよ!」
理代子、真希の勢いに押される。
理代子「……」
真希「電話かけても出ないし、あんたのためにやったんだからね! そのあんたが来なかったらなんの意味もないじゃない! もう台無しよ!」
  理代子、人差し指を立てて、「シー」と言って部屋の奥をチラリと見る。
  真希、そんなのお構いなしにまくし立てる。
真希「もう、いつまで昔のこと引きずるつもり! もういい加減にしなよ!」
理代子「(小声)そう、怒鳴らないで」
真希「怒鳴りたくもなるわ!」
  理代子、恐縮するように顔を歪める。
  すると、部屋の奥から赤ん坊の泣く声が聞こえてくる。
  真希、黙る。
理代子「あ、泣いてる」
真希「え、何?!」
  理代子、美亜のところに行き、美亜を抱き上げて、あやす。
  真希、勝手に部屋に上がり込んで、美亜をあやす理代子を驚きの眼差しで見る。
  理代子、美亜をあやし続ける。
真希「どういうこと? えっ!? まさか、理代子」
理代子、苦笑して、
理代子「まさか」
真希「じゃぁ」
理代子「ただ預かってるだけよ」
真希「そう。だよね。いやぁ、びっくりした」
  美亜、理代子にあやされ、静かになる。
  真希、美亜をあやす理代子の姿が神々しく見える。
真希「……今回は、仕方ないわね」
  真希、美亜をあやす理代子が微笑ましく見える。
真希「ねぇ、私にも抱かして」
  理代子、真希に美亜を渡す。
  真希、慣れない感じに美亜をあやす。
  理代子、微笑む。
  真希、美亜のグーにしている手を見て、
真希「あ、これなんていうか知ってる?」
理代子「?」
真希「ほら、この手よ。赤ちゃん、何か握ってる手、してるでしょ」
理代子「……」
真希「知らない?」
理代子「うん」
真希「これ、原始反射っていうのよ」
理代子「原始反射?」
真希「この手の中に指を入れると握ってくるの。握り反射っていうのかな。他にも色々あるらしいけど」
理代子「へんなこと知ってるのね」
真希「この子は何を握ってるのかなぁ」
  理代子、美亜の手を開く。
  すると、綿ゴミが出てくる。
  真希、思わず笑い出す。
真希「イヤだぁ、理代子ったら。この子、全然洗ってないんじゃない?」
  理代子、何気なく美亜の手を嗅ぐ。
理代子「くさい。確かに、体、洗ってないわ」
真希「じゃぁ体洗っちゃう?」
理代子「たらいとかないわ」
真希「そんなの浴槽でいいでしょ。なきゃ、ないなりにやればいいだけよ。お湯はってよ。十センチぐらいでいいから」
  理代子、浴室に行って、浴槽にお湯を入れる。
  真希、美亜をあやすのも慣れてきた。
   ×   ×   ×
  理代子と真希は、シャツもズボンもまくり上げて、浴槽で湯に入っている美亜を手で洗ってる。
理代子「気持ちいいのかな、なんか笑ってる」
真希「久しぶりに体洗えて気持ちいいんじゃない」
理代子「そうかなぁ」
真希「でも、大丈夫? 赤ちゃんなんか預かって?」
理代子「そんな二、三日だから大丈夫」
真希「そう。ならいいけど」
  理代子、美亜に語りかけるように、
理代子「どう? 気持ちいい? 今のあなたは、私がいないとお手々も洗うことが出来ないんだぞ」
  理代子、美亜の手も洗う。
  真希、美亜の体を洗う理代子を見て、微笑ましく思う。
  理代子と真希、楽しそうに美亜の体を洗う。

〇同・理代子のマンションの外観(夜)

〇中央公園(夜)
  桜の頭上に月が見える。

〇中央公園(朝)
  桜が満開。
  所々に花見客が場所を陣取っている。

〇理代子の部屋・ベランダ(朝)
  鳥がベランダの手すりに乗り、さえずっている。
  理代子、微笑みを浮かべて、美亜に哺乳瓶のミルクを飲ませている。
  するとチャイムが鳴る。
  理代子、美亜を抱いて、玄関のドアを開ける。
  ドアの前に、北見花(33)、遠藤久志(33)、今野鉄夫(33)がいて、理代子が赤ん坊を抱いているのを見て驚く。
久志「ほんとだ。赤ちゃんがいる」
  すると後ろにいた真希が顔を出し、
真希「でしょ。ウソじゃないでしょ」
花「理代子、結婚したの?」
理代子「え!?」
鉄夫「相手は?」
理代子「え!? 何のこと?」
花「結婚相手よ」
理代子「結婚なんてしてないわよ」
花「でも、赤ちゃん」
  理代子、美亜を見て、
理代子「イヤだ。ただ預かってるだけよ」
花「じゃ、結婚してないのね?」
理代子「してないわよ」
花「なんだぁ、真希が理代子が赤ちゃん産んだっていうから」
理代子「イヤだ。からかわないでよ。真希、いい加減にして」
真希「でも、まんざらでもないでしょ?」
  真希、久志と鉄夫の顔を見る。
  久志と鉄夫、美亜を抱く理代子を見て、
久志「まぁ、確かに。まんざらでもない」
鉄夫「何の違和感もないよ」
理代子「それより、みんなで一体どうしたの?」
  真希、空を見て、
真希「こんないい花見日和に部屋に籠もっている人を連れ出しに来たのよ」
  真希、理代子に近づき、理代子から美亜を抱き上げて、
真希「理代子が部屋に閉じこもってカビが生えるのは一向にかまわないけど、この子はそうはいかないでしょ。赤ちゃんも日光浴しないと」
理代子「……」

〇中央公園
  快晴。
  公園は広く桜並木が続いている。
  そして、桜が満開で花見客で賑わっている。
  その一角に、理代子たちも陣取っている。
  理代子はジュースを飲み、他の人はみな
缶ビールを飲んでいる。
花が美亜を抱いている。
真希、一人飲むペースが早く、周りには空き缶の山、相当酔いが回っている。
真希、理代子を強引に抱き寄せ、
真希「大体、理代子が大人しすぎるのよ! カッコつけてるのかなんだか知らないけど。もっと感情剥き出しに、ガツガツ噛みつきなさいよ!」
  と真希は、拳を突き上げる。
  理代子、苦笑い。
久志「おいおい真希、今日は飛ばすな」
  真希、挑発的に久志を指さし、
真希「そうよ、飛ばすわよ。今日という今日は腹に据えかねてること、全部吐き出させてもらうわ!」
  真希、一層理代子を抱き寄せる。
理代子「ちょっと真希、ジュースが零れる」
鉄夫「おいおい」
  理代子、真希の手から、なんとか離れる。
  久志、そんな理代子と真希を見て、
久志「逆上真希に絡まれたんじゃ、貴史も気の毒だったろうな」
真希「何言ってんの。浮気男のどこが気の毒よ!」
  と言って、久志に手元にあった柿の種を投げつける。
  久志、手でよける。
真希「それにね。あんときは言いたいこと、山ほどあったけど相当ガマンしたわ!」
  久志、真希が投げた柿の種を片付けながら、
久志「どうだか」
鉄夫「真希は気性が荒いんだよ」
真希「何言ってるの。私のどこが気性が荒いのよ! 私は誰よりも素直なだけ!」
  鉄夫、苦笑い。
真希「理代子があまりにも何も言わないから、私が言ってやったのよ! それの何がいけないっていうの! ケンカ売ってんのかコラ!」
  鉄夫、真希をなだめようと遠慮気味に、真希に手をかざして、
鉄夫「いや、真希が正しい。真希が一番」
真希「そうよ。私が一番よ! 私が一番いい女よ!」
  みな苦笑いする。
理代子、真希の言うことに耳を貸さず、静かにジュースを飲む。
真希、理代子に体を寄せて、花が抱く美亜を指さして
真希「ねぇ、この子連れて、貴史に会いに行かない?」
理代子「え!?」
真希「貴史に会って、『あなたの子よ! 責任とってください』っていうの。この子を置いていった女と同じように」
  真希、にやつく。
理代子「変なこと言わないで。もう昔のことよ」
真希「その昔を今でも引きずってるくせに!」
理代子「……」
真希「ねぇ、そうしよう。この子連れて、貴史、メチャクチャにしてやろう」
  真希、理代子にもたれて言う。
  理代子、真希に付き合いきれず、立ち上がり、
理代子「ちょっと、美亜とその辺散歩してくる」
  理代子、花から美亜を受け取り、ポツリと呟く。
理代子「この子より真希の子守の方がよっぽど疲れるわ」
真希「何!?」
理代子「あ、聞こえた?」
真希「理代子!」
花「まぁまぁ」
理代子「怖い怖い」
  といって、美亜を抱いて足早に立ち去る。
真希「待て! このクソ女!」
  といって、手元にあるお菓子を投げる。
久志「おい、よせよ」
真希「あの女、逃げたな」
久志「逃げたくなるわ」
鉄夫「でも、貴史の奴、妙に子供に拘っていたからな」
久志「あいつ、実家が造り酒屋で、何でも跡継ぎの長男に子供が出来なくて困ってるっていってたからな」
  真希、血相変えて、
真希「そんなの関係あるかい! そんな理由で浮気されたらこっちがたまらんわ!」
久志「でも、理代子は浮気を認めて、すんなり別れたんだろ?」
真希「だから、それが気にくわんとね! なんで浮気を認めるのよ! そんな女、いる?」
花「……」
真希「しかも、その浮気を理代子は自分のせいだと思っているから余計腹が立つのよ! そんなこと思わず裏切り者とか最低な男とか言ってやればよかったのよ!」
鉄夫「そう言わなかったのは理代子が優しいからだよ」
  真希、驚愕な顔をして久志を指さし、
真希「ああ、そういうこと言う!? それは良くない! それは男のエゴだ! そういうこという奴がいるから女が泣きを見るのよ!」
  真希、手当たり次第、鉄夫にモノを投げつける。
鉄夫「わかった、わかった」
真希「お前に何がわかるか! 私はね、貴史のことなんて忘れて立ち直って欲しいの! また元気な理代子に戻って欲しいのよ! その気持ち? わかる?」
鉄夫「わかった。わかったからもうそんなに熱くなるなよ」
真希「熱くもなるわ!」
  真希、悪酔いしすぎて暴れる。
  それを抑える久志と花。
花「真希、もういいよ。恥ずかしいよ」
真希「何が恥ずかしいじゃ! ボケ!」
  すると突然、真希の動きが止まる。
久志「ん!? どうした?」
  真希、吐き気をもよおし、吐き出す。
花「真希!」
    ×    ×    ×
  理代子、だっこひもで美亜を胸元で抱いて、ゆっくり歩いている。
  そして、美亜に語りかける。
理代子「ほら、見て。桜がこんなに咲いているよ」
  理代子、満開に咲いている桜を見ながら、リズム良く体を揺すっている。
  美亜、気持ち良さそうに理代子の胸元で眠っている。
  花びらが数枚、理代子たちの方に舞い落ちる。
  花見客は盛り上がっている。
静かな時間が流れていく。
  すると突然、確認するかのような男性の声で理代子は呼ばれる。
貴史「理代子?」
  理代子、声の方を向く。
  そこに、当麻貴史(34)が立っている。
  貴史、片手に買い物袋を持っている。
  理代子、驚いた顔をして、その場に立ちつくす。
貴史「やっぱり理代子か。何か似てる人がいるなぁっと思って……」
  理代子、驚いた顔のまま、
理代子「なんで、ここにいるの?」
  理代子、顔が強ばる。
貴史「女房の実家がこの近くなんだ。それで遊びに来てる」
理代子「そう……」
貴史「何、ここら辺に住んでるの?」
理代子「ええ、まぁ」
    ×    ×    ×
  久志、真希の吐いたビニール袋を持って、グチを言う。
久志「真希の奴、全く手がかかるな」
  久志、足が止まる。
久志の視線の先に理代子と貴史がいる。
    ×    ×    ×
  貴史、理代子の胸元にいる美亜に視線を向けて、
貴史「結婚したのか?」
  理代子、貴史の視線の先の美亜を見て、
理代子「ええ」
貴史「ほんと、あの時は悪いことしたとずっと思ってたんだ」
理代子「いいわよ、もう。昔のことだから」
貴史「そう言ってくれると助かる」
理代子「……」
貴史「幸せか?」
理代子、強がって、頷いてみせる。
貴史「そうか……」
  貴史、安堵の表情を浮かべて、また赤ん坊を見て、聞きづらそうに、
貴史「……理代子の子?」
理代子、精一杯強がって、微笑みを作って、
理代子「そう。そうよ。可愛いでしょ?」
貴史「うん、可愛い」
理代子「……」
 理代子、声が詰まる。
理代子、段々、目頭に熱いものがこみ上げてくる。
そして、今にも泣きそうになる。
 すると、突然、美亜がぐずり、泣き出す。
 美亜、今までにない大声で泣き出す。
  理代子、美亜を見て、慌てて、
理代子「ああ、ごめんごめん」
貴史「どうした?」
理代子「きっとミルクが欲しいんだわ。まだ飲ませてなかったから」
  理代子、貴史を見て、
理代子「ごめんなさい」
  理代子、お辞儀をして、美亜を抱いて、足早に貴史の前を去る。
  貴史、理代子の後ろ姿を見る。
  少年A(5)と少女B(4)が、走ってくる。
少女B「パパ!」
貴史、少年A、少女Bを見る。
少年A「ママ達が待ってるよ」
貴史「おう」
  貴史、少女Bと手をつなぐ。

〇同・公園管理建物
  理代子、美亜を抱いて、足早に公園管理建物の影に来る。
  そして、人気(ひとけ)のないところでしゃがみこむ。
  美亜、泣きやんでいる。
  理代子、肩を震わせ、むせび泣く。
  大粒の涙が美亜に零れ落ちる。
  理代子、声を絞り出すように、
理代子「言ってやった! 貴史に言ってやった!」
  理代子、泣きながら美亜を抱きしめる。
  いつまでも抱きしめる。
  理代子の後ろ姿。
  どこからともなく桜の花びらが一枚、ヒラヒラと舞い落ちてきて理代子の背中に止まる。
  久志、物陰から理代子を見守る。

〇同・公園
  夕暮れ。
  花見に来る人たち、帰る人たち。

〇電車の中
  真希、一人、グッタリと俯き、おとなしく座席に座っている。
鉄夫、真希を気遣っている。
久志「理代子、少し変わったな」
花「なんか雰囲気がね」
鉄夫「ほんとに変わってくれればいいんだけど」
久志「大丈夫だよ。理代子、変わるよ」
花「なぜ?」
久志「さぁ、なぜかな」
久志、微笑む。

〇理代子のマンションの部屋(夜)
  理代子、キッチンから哺乳瓶を持ってくる。
理代子「はい、美亜ちゃん。ミルクが出来ましたよ」
  理代子、美亜に哺乳瓶をあげると、凄い勢いでミルクを飲む。
理代子「そんなにお腹空いてたの」
  美亜、一心不乱に飲んでいる。
理代子「美亜のおかげで、嫌な思いしなくてすんだよ。貴史の前で惨めな思いをしなくてすんだんだよ。全部、美亜のおかげ。美亜が私のこと、救ってくれたんだよ」
  理代子、晴れ晴れとした表情。
理代子「美亜、ありがと」
  理代子、美亜の額に額を合わせる。
  そして、美亜の頬にキスをする。
理代子M「この子と一緒に生きていこう。前向きに、頑張って、一生懸命生きていこう」
  理代子、愛おしい目で美亜を見つめる。
  理代子の携帯電話が鳴る。
理代子「ちょっと待ってね」
  と言って、美亜をベッドに寝かせる。
  理代子、携帯電話に出る。
茂原の声「鳴瀬君か?」
理代子「はい」
茂原の声「今夜、大丈夫か?」

〇ホテル・玄関(夜)
  タクシーがホテルの玄関に止まる。
  理代子、美亜を抱いてタクシーから降りる。

〇同・部屋の前
  理代子、美亜を抱いて、ドアの前に立つ。
  理代子、美亜を見て、意を決してドアをノックする。
  ドアが開き、茂原が顔を出す。
茂原「おお、来たか。赤ん坊も連れてきたな。さぁ、入って入って」
理代子「……」

〇同・部屋の中
  茂原、理代子を気づかいながら、玄関から部屋の奥へ向かう通路を歩く。
茂原「大変だったろ」
理代子「いえ、あんまり手がかからなかったので」
茂原「そうか。そりゃ良かった」
  部屋の奥のリビングのソファに翔子が足を組んで腰掛けている。
  理代子、美亜を抱いたまま、翔子を見る。
  翔子、毅然とした態度で理代子を見る。
  理代子、思わず、目を逸らす。
  茂原、理代子を見て小声で、
茂原「彼女とは慰謝料を払うことで話しがすんだからもう大丈夫」
理代子「……」
茂原「さぁ」
  茂原、両手を出して、赤ん坊をよこせという仕草をする。
理代子「……」
  理代子、伏し目がちになり、寂しげな顔で美亜を見ながら、だっこひもを外す。
  そして、美亜を未練たらしく、茂原に差し出す。
  茂原、美亜を抱き寄せる。
茂原「お~よしよし」
  急に美亜が泣き出す。
  茂原、困惑して、
茂原「ほら、泣くなよ。もう泣かなくていいんだから」
理代子、思わず、両手が出るも翔子が、
翔子「貸して!」
翔子、毅然とした態度のまま立ち上がる。
理代子「……」
翔子「ほら、どうしたの? ママですよ」
  翔子、美亜をあやす。
  すると、美亜が泣きやむ。
  理代子、寂しそうな顔で美亜と翔子を見る。
翔子「それじゃ、話しも付いたことだし、もう用はないわね」
  翔子、美亜をソファにおいて、毛皮のコートを着て帰り支度をする。
  理代子、ソファにねている美亜に目が行く。
  翔子、美亜を抱き上げ、茂原を睨み、
翔子「約束はちゃんと守ってよ」
茂原「分かってるよ」
翔子「じゃぁ」
理代子「……」
翔子、美亜を抱いて玄関へ向かって歩き始める。
翔子「さぁて、おうちに帰りましょうね」
翔子、美亜を抱いて、理代子の前を通り過ぎる。
理代子、もの悲しげな顔で翔子に抱かれている美亜を見る。
理代子「(小声で)美亜……」
  理代子、美亜との過ごした時間がフラッシュバックで蘇る。

〇美亜との時間をフラッシュバックで
   ×   ×   ×
会社で翔子から美亜を押しつけらる。
   ×   ×   ×
  即席ベビーベッドで眠る美亜。
   ×   ×   ×
  ミルクを飲んでいる美亜。
   ×   ×   ×
  浴槽で美亜の体を洗う理代子と真希。
   ×   ×   ×
  理代子、美亜を抱いて桜並木を歩いている。
   ×   ×   ×
理代子、貴史と出会い大泣きする美亜。
 ×   ×   ×
公園管理建物の陰で理代子が美亜を抱いて号泣している。
 ×   ×   ×
美亜の頬にキスをする理代子。

〇元に戻る・部屋の中
  理代子、焦りの顔で翔子を見る。
  毛皮のコートをなびかせ玄関に向かう翔子の後ろ姿。
  理代子、泣きそうな顔で叫ぶ。
理代子「美亜!」
  理代子、思わず翔子へ向かって走る。
  翔子、ドアノブに手をかける。
理代子、咄嗟に後ろから翔子の毛皮のコートを掴み、その場にしゃがみ込み、
理代子「お願い! 美亜を連れてかないで!」
  翔子、理代子に後ろからコートを引っ張られ、驚き、
翔子「な、何!?」
  翔子、振り返って、縋(すが)り付く理代子を見る。
  理代子の顔に悲壮感が現れている。
理代子「お願いだから、美亜を連れてかないで!」
翔子「何なの!?」
理代子、泣きながら懇願するように、
理代子「お願いだから美亜を連れてかないで! お願い!」
  理代子、まるで母子が引き裂かれるような悲痛な面持ち。
翔子、理代子の表情に圧倒される。
翔子「……」
  理代子、翔子の毛皮のコートを掴んだまま項垂れる。
  理代子、床に女の子座りのようにベタリと座って、
理代子「お願いだから……」
  理代子、泣きながら、
理代子「お願いだから、美亜を連れてかないで……」
翔子「……」
理代子、毛皮のコートを握りしめて、
理代子「お願い……」
翔子「……」
  茂原、二人に近寄ってきて、
茂原「鳴瀬君、何言ってるんだ! もう赤ん坊の世話、しなくていいんだよ!」
  翔子、茂原を睨みつけ、
翔子「あんたは黙って! あんたは私に慰謝料払えばいいのよ!」
茂原、タジタジになり、直立不動になる。
  翔子、毛皮を掴んでしゃがみ込んで泣いている理代子の手を強く掴む。
  理代子、翔子の顔を見上げる。
翔子「来なさい」
理代子「……」
翔子「さぁ、立って」
  翔子、理代子を立たせる。
  翔子、理代子を連れて部屋の中に戻る。
  茂原、黙って見ている。
  翔子、茂原と目が合い、
翔子「もう、あんたに用ないわ。ここから出てって」
茂原「えっ」
翔子「いいから出てって!」
茂原「はい」
  茂原、テーブルに置いてある手提げ鞄を取りに行く。
  翔子、理代子をソファに腰掛けさせる。
  茂原、二人を尻目に怖ず怖ずと部屋を出て行く。
  理代子、俯き、目に涙を浮かべている。
  ドアが締まる音がする。
  翔子、隣の寝室のベッドに、美亜を置く。
  そして、毛皮のコートを脱いで、理代子の前のソファに座る。
  翔子、暫く、理代子を観察する。
  そして、穏やかな口調で理代子を尋問する。
翔子「どうして連れて行っちゃいけないの?  あなたに迷惑かけていたんでしょ?」
  理代子、首を横に振る。
翔子「……」
  相変わらず、俯いている理代子。
翔子「何? あの子と一緒にいたいの?」
  理代子、コクリと頷く。
翔子「それって、あの子を引き取りたいってこと」
  理代子、申し訳なさそうに、コクリと頷く。
翔子「あの子の母親にあなたがなるってこと?」
  理代子、コクリと頷く。
翔子「……本気? 本気で言ってるの?」
  理代子、コクリと頷く。
  翔子、体をのけぞらせて、「ふ~」とため息をつく。
翔子「でも、どうして? どうしていきなり引き取りたいと思ったの?」
  翔子、理代子を見る。
  理代子、顔を上げる。
  理代子、躊躇いながらも口が開く。
二人の姿。

〇同・ホテルの屋上
  航空障害灯が赤く点滅している。

〇同・部屋
  玄関から部屋の通路。
  翔子の声が聞こえてくる。
翔子「そう。そういうことがあったの」
理代子「……」
翔子「あなたにとってあの子は、何よりも大切な子になったってことね」
  理代子、コクリと頷く。
  薄暗い寝室のベッドの上で、美亜が目を開けたまま静かにしている。
  翔子、深呼吸をして、
翔子「そうか……」
  理代子、俯いたまま、頬に涙を流した跡がある。
  翔子、腕組みをして、考える。
翔子「よし!」
  理代子、その声にゆっくりと顔をあげる。
  そして、翔子を見る。
翔子「じゃ、私と二人であの子を育てるっていうのはどぉ?」
  理代子、翔子の意外な申し出に思わずポカーンとする。
翔子「二人であの子の母親になるのよ」
理代子「……いいの?」
翔子「構わないわ。あなたがそれでよければ。その方が私も助かるし心強いわ」
理代子「……」
翔子「それに、さっきのあなたの顔。まるで我が子を奪われるような顔してた」
理代子「……」
翔子「私はこの子を茂原の元に置き去りにした」
  翔子、足を組み、
翔子「こっちにも、色々分けがあってのことだったけど、さっきのあなたの顔見て思ったわ。私にあんな顔が出来るかって。私はただ当てつけであの子を産んだようなものだから」
理代子「……」
翔子「でも、これからは違う。二人でママになるの。二人であの子の母親になるの。いいでしょ?」
  理代子、翔子の目を見てはっきりと、
理代子「構いません! 美亜と一緒にいられるなら、十分です」
  翔子、微笑み、
翔子「よし。じゃぁ、二人であの子のママになりましょう」
  理代子、うれし涙がこぼれ落ちる。
翔子、理代子の涙を見て、
翔子「ほら、もう泣かないで。うちら、あの子のママになったんだから」
  理代子、涙を流しながらコクリと頷く。
  翔子、立ち上がり、理代子の手をとって、
翔子「じゃぁ、二人して、我が娘(こ)に改めてご挨拶に行きましょう」
  寝室のベッドの部屋へ二人して入る。
翔子「美亜ちゃんでいいのよね」
理代子「はい」
  翔子と理代子は、寝ころんでいる美亜を挟んで傍に座る。
  翔子、美亜の頬を指でチョンチョンしながら、
翔子「いいわね、美亜ちゃん。ママが二人もいるのよ。お父さんはいないけど」
  理代子、微笑む。
  翔子、ふと美亜の手を持つと、美亜の握っている手が目に入る
翔子「あれ、美亜ちゃん、何、握ってるのかな」
理代子「あ、その中はきっと」
  翔子、美亜の手を開く。
美亜の手の中から桜の花びらが数枚零れる。
翔子「まぁ、この子ったら」
  二人とも穏やかな顔をしている。
  美亜、微笑んでいる。

             〈終わり〉

旧題「ハートウォーミングの奇跡」

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