シナリオ「小さな手」

〇駅ビル内にある書店
  三崎良美(28)はスポーツバッグを持って店の中に急いで入っていく。
  そして、目的の雑誌「パパスキ」を手に取り、すかさずページをめくる。
  良美の手が止まる。
  良美が開いたページは読者モデルのページで良美と萩野良経(8)がお洒落な服を着てじゃれ合うように写っている。
  『第三位、良美ママ&良経くん』と書いてある。
良美(N)「やった!三位だ!先月は十六位だったのに、やっぱり私って凄い」
  良美の顔は自信に漲っている。
良美(N)「もしかしたらこれは、私に巡ってきた最後のチャンス?私の狂った人生の歯車を元に戻すラストチャンスかもしれない」
  良美は暫くページをジッと見ている。
良美(N)「そう、私の人生は見えない運命に翻弄されている。そう感じずにはいられない。では、一体どこかで歯車が狂ったのだろうか?」
  良美はページを前(過去)に戻す。
  そこに良美の過去が映し出される。

〇過去・高校の体育館
  女子バレー部の練習風景。
良美(N)「私は高校のとき、バレー部のエースアタッカーだった。『このチームは良美で持つ』と言わしめるほどで、私もそう言われることにまんざらでもなかった」
  良美(18)は背番号1のエースナンバーをつけている。
  そして、セッターのあげたトスをブロックをかいくぐって、相手コートにスパイクを叩きつける。
  良美がコートから汗を拭きにベンチに引き上げてくる。
  監督が笑顔で良美に寄ってくる。
監督「調子良いな」
良美「絶好調です」
監督「これで県大会が楽しみだ」
良美「任せてください」
監督「おいおい、あんまり調子にのるなよ」
  二人は笑う。

〇過去・登校途中
良美(N)「別に調子に乗っていた訳じゃない。県大会当日、いつものように学校まで自転車で登校していると、丁度曲がり角で猛スピードで突進してきた自転車と激突。利き足である右足を複雑骨折し、大会に出られなかった」
  良美は悲痛な表情を浮かべ救急車で運ばれていく。

〇過去・大会会場の体育館
良美(N)「しかし、バレー部は私が出られなくなったにも拘わらず、県大会を勝ち抜き、悲願の全国大会への出場を手にした。どうやら、私の控えに甘んじていた選手が大活躍したらしい」

〇過去・病院の一室
  良美はベッドの上で右足を固定され、外を見ている。
良美(N)「しかし、歯車が狂ったのはこのときだけじゃない。大学のときもそうだった……」

〇過去・大学構内特設ステージ~大学構内
良美(N)「私は同じ大学の男子学生たちの推薦でミスキャンパスクイーンコンテストに出場し、二位以下に大差をつけて優勝した。そして、全国大会に準ミスの人と共に出場した。そこでも前評判では、私がぶっちぎりで優勝するだろうと言われていた。しかし、そこに落とし穴があった。たまたま全国大会を仕切るスポンサーの偉い人との会食をすっぱ抜かれ、根も葉もない噂が立ち、ゴシップが流れた。そして、私は自ら全国大会を辞退する羽目となった……。ちなみに、その大会で優勝したのは私の二位に甘んじた準ミスだった…私はまたしても私の控えだった人に栄冠を持って行かれたのだ。しかし、持って行かれたのはそれだけにとどまらなかった……。私には幼なじみの親友がいた。その親友は、バレー部での不運な事故のときも、全国大会で根も葉もない噂が立ったときも、いつも私の傍にいて私のことを慰めてくれた。励ましてくれた。彼女は野心家の私とは違い、本当に気の優しい可愛らしい女の子だった。彼女は自分には持っていない私のバイタリティに憧れていた。私の一番のファンだった。そんな彼女が私の彼氏と陰で親しくなり、彼は私を捨てて彼女とデキてしまったのだ。彼は彼女に私には持ち合わせていなかったもの。周りへの心配り、気の優しいところに惹かれていったのだ。私は恋人までいつも私の傍にいた親友に奪われてしまったのだ」
浩平「君の頭の中に僕の居場所はない。君はいつも上ばかり見ている。はい上がることばかり考えている。僕の入る余地はないよ」

良美(N)「私は欲しいものは何でも手に入れられると思っていた。自分で言うのもなんだけど、美貌も肉体美も兼ね備えている。ケチの付け所のないパーフェクトな人間だと思っていた。けど、人生は決してパーフェクトにはいかなかった。私の思い通りになるどころかケチばかりついた。結局、私の手に入れたかったものは、みな、砂のように手の隙間からこぼれ落ちていった」

〇元にもどる・駅ビルないの書店
  良美は自分たちが写っているページを開いて、
良美(N)「これだってそうだ。今は雑誌に載っているもはじめは違っていた」

〇過去・事故現場~小学校~三崎家
  車と車が正面衝突し、見る影もないほど大破している。
良美(N)「一年前。突然姉夫婦が死んだ。姉夫婦は二人とも歯科医をしていて、学会の帰りに事故に遭い即死だった。一人息子の良経を残して…残された良経は両親が引き取り、育てる事となった…私も両親と同居していたので良経の遊び相手になったりして、良経も段々明るさを取り戻し元気になっていった……。しかし、そんな良経にも隠し事があった。良経は授業参観日を両親に教えなかったのだ。そのことを良経に問うと、良経は小声で涙を流しながら、言いづらそうに言った」
良経「友達はみんな若いパパとママが来るのに、ボクは…」
良美(N)「それを聞いた両親は、良経を慰め、そして私にこう命じた」
義文「これから良経の授業参観にはお前が行け。授業参観だけじゃない。良経の学校行事、全てだ」
良美「どうしてそうなるの!?」
義文「仕方ないだろ!うちで若いのっていったらお前しかいないんだ。それにお前に良経ぐらいの子がいてもおかしくないだろ」
良美「何それ?それって遠回しに早く結婚しろって言ってるわけ?」
美代子「よっちゃん。別にそうじゃないの」
義文「兎に角、良経の学校行事は必ずお前が行け。大体いい歳こいて家に一円の金も入れず好き勝手やってるんだからそれぐらいやれ」
良美「何それ」
美代子「(オロオロしながら)いいのよ、そんなこと気にしないで。お母さん全然気にしてないから」
  良美はテーブルを叩いて立ち上がり、
良美「あったま来た!」
  義文もテーブルを叩いて立ち上がり、良美に指さしながら
義文「うるさい!いいか、良経のことはお前がやれ。全部やれ!それが親孝行だと思ってお前がやれ!これは命令だ!」
美代子「(オロオロしながら)ちょっと二人とも冷静になって、ね。まず座りましょう」
  美代子は良美の手を取り、引っ張る。
  良美と義文はにらみ合っている。
良美(N)「それから私が良経の学校行事は全て私が出るようになった。スポーツジムでフリーのインストラクターをしているも、そんなに高給取りでもないので、親と同居出来るのは、何かとありがたかった。私はその条件を渋々飲まざるおえなかった」

〇過去・小学校・会議室(夕方)
良美(N)「そんなある日、PTAの集まりのとき、転機がやってきた」
議長「本日の議題は、芸能活動について。そもそも我が校では子供の芸能活動は原則、校則で禁じられています。それを雑誌の読者モデルと称して活動している子供がいます。私たちの調査によると、なんでも母親が子供を連れ出して、一緒に雑誌の読者モデルになって楽しんでるとか。これはいかがなものでしょうか」
  議長は、意味ありげに杉田純子(30)を見る。
  一同、沈黙する。
  出席者の視線は純子に向けられる。
  純子もその視線を感じ居ても立ってもいられず、その場で立ち上がり訴える。
純子「でも、お金はもらっていません。趣味としてやっているだけです。それをはじめてから家族の会話も増えました。家の中が今まで以上に明るくなりました。職業としてではなく親子のスキンシップの一環として捉えていただけないでしょうか?」
議長「スキンシップねぇ」
ママA「スキンシップなら他にもいろいろあるでしょ」
ママB「あんまり勝手なことしてくれると周りの子供に悪影響を与えかねないんですけど」
良美(N)「何これ?くっだらない」
ママC「そうそう、うちの子も雑誌に出たいというから、何事かと思いましたわ」
良美(N)「アホらしい」
ママB「校則でも芸能活動は禁じているのだから、親が校則を破るようなこと、してほしくないんですけど」
純子「そんなつもりじゃ」
良美「(吐き捨てるように)別にいいんじゃないんですか?」
  一同、良美を見る。
良美「人の家庭にそこまで干渉する筋合いはないでしょ?それで家族円満ならいいじゃないですか」
議長「あなた、学校には校則というものがあってね」
良美「校則、校則って、軍隊じゃあるまいし。だったらあなたもやればいい。そしたら文句ないでしょ」
ママA「そういう問題じゃないのよ」
良美「(苛立ちながら)たいした問題じゃないね。PTA会議だなんていうから、一体何を話すのかと思えば、こんなこと?こんなくだらないことで、いちいち呼び出されなくちゃいけないわけ?私もそんな暇人じゃないのよね。こんなことを話す会なら呼び出さないでくれる?付き合ってられない
 わ」
  良美は、そのままバックをもって、
良美「ああ、アホらしい(会議室を出る)」

〇過去・スポーツジム内(翌日)
  インストラクター姿の良美と純子。
純子「昨日はありがとう。あの後、その件に関して公の許可は出なかったけど保留ということで様子を見ることになったわ」
良美「そうですか。よかったですね」
純子「これもみんなあなたのおかげよ」
良美「いえ、私はただ、人呼び出しといて、やってることがあまりにもくだらなかったから」
純子「ほんとありがとう」
良美「(微笑み)どういたしまして」
純子「もしよかったらあなたもやってみない」

良美「何を?」
  純子は、カバンから雑誌を取り出す。
純子「これなの。知らない?」
良美「(雑誌の表紙を見て)知らないなぁ」
純子「これ、親子専門のファッション誌で読者モデル中心で作られているの。『パパスキ』という名前のように、パパに好かれるファッションがコンセプトになっているのよ。そして、読者モデルのランキングがあって、ベスト3に入るとパパスキの専属モデルになれるのよ」
  純子は、読者モデルランキングの載っているページを良美に見せる。
  純子が息子と一緒に載っていて『第九位、純子ママ&尚人くん』と書いてある。
純子「私はこないだはじめてベスト10入りしたの」
  純子は、照れくさそうに微笑む。
純子「でも、ここから芸能界デビューした母子もいるのよ。実は私も結婚するまでは芸能界にずっと憧れていたんだ。でも、ダメだったけど、このパパスキは結婚して芸能界を目指すことが出来る最後の砦とも言われているの」
  良美は、雑誌をめくる。
純子「どお、興味ない?あなたなら私なんかより、きっともっと上に行くと思うけどな」

良美(N)「芸能界への憧れはおそらく彼女よりも上だろう。私は子供の頃から目立ちたがり屋の性格もあって、ずっと華々しい世界に憧れていた。その最終目標が芸能界だった」

〇元に戻る・駅ビル内にある書店
  良美は雑誌を閉じてレジに持って行く。

〇パパスキ編集部
  『第三位、良美ママ&良経くん』のページを森山理紗代(45)が見ている。
  その傍に大庭夏(33)がいる。
理紗代「凄いわね、この人。たった三ヶ月でベスト3に入ってくるなんて驚きだわ」
夏「でも、凄く綺麗ですよ。スポーティで、とってもアクティブな感じが出ていて爽やかです」
理紗代「そうね。この分だと、来月一位になってもおかしくないわね」
夏「ついに恵理さんの牙城を崩しますか」
理紗代「崩してもらわないと困るわ。そうでしょ」
夏「今じゃ、編集にまで口出してきて困ってます(苦笑)」
理紗代「初めはそんな人じゃなかったのにね。牧野さんと付き合うようになるから勘違いするのよ。自分の後ろにはスポンサーがついているんだってね」
夏「じゃ、この人にも目をつけてるですか?」

理紗代「今頃、見てるんじゃないの(苦笑)」

〇高級ホテルのプール
理紗代の声「でも、牧野にこれ以上好き勝手にさせない。パパスキは牧野に女性を紹介する風俗誌じゃないのよ」
  牧野清治(52)はプールサイドのテーブル席で雑誌パパスキを見ている。
牧野「(独り言)いい女だなぁ」
  良美が写っているページを見ている。
恵理「何さっきから真剣な顔していると思ったら、そんなとこ見てるんだ」
  プールから上がった神尾恵理(31)に声をかけられる。
恵理「そんなに気になる。今月の第三位が」
牧野「いや、別に」
  牧野はページをめくると『V9達成!第一位、恵理ママ&悠くん』と書いてある。恵理「ウソ、気になっているくせに」
  恵理は牧野の隣に座り、牧野の腕を掴みワザと胸に押しつける。
恵理「もう、やけるわ」
牧野「(笑う)」

〇三崎家・居間
  祖父母の義文と美代子に孫の良経が、雑誌パパスキを見て、はしゃいでいる。
義文「こりゃ一位になる為に、もっといい服買ってやらんとな」
  三人とも笑う。
良美「ただいま」
義文「やったな良美。三位じゃないか」
  テーブルの上にあるパパスキを見て、
良美「いやだ、また買ってきたの?」
義文「そりゃ買うよ。お前は買わなかったのか?」
  良美は素知らぬ顔で、
良美「買わないわよ。立ち読みで十分」
  良美は2階の自分の部屋に行く。

〇同・良美の部屋
  部屋に入ると、良美の顔がにやける。
  カバンからパパスキを出す。
良美「三位か。こんなに大きく載ればきっと目につくはずだわ。芸能界入りも夢じゃない。でも、親子でもないのにいいのかな(いたずらっぽく笑う)」
良美(N)「それから暫くして、パパスキ編集部からスポンサーが提供する新作服の写真撮影をしたいという電話が入った。これはベスト3に入った特典であり、勿論、願ったり叶ったり。私はそれを待っていたのだ」

〇出版社・撮影現場
  恵理親子が撮影をしている。

〇同・控え室
  良美と良経は出番待ちをしていた。
良美「今日は、道場の日じゃなかったの?いかなくてもいいの」
良経「うん。先生に言ったら、OKしてくれたよ。それにボク、道場よりもこっちの方がいいな」
良美「どうして?」
良経「(笑いながら)だって、道場に行かなくていいんだから」
良美「柔道、嫌い?」
良経「嫌い」
良美「なんで?」
良経「だって、投げられて痛いばっかで、全然勝てない」
良美「なんだ、良経は勝てないのか」
良経「勝てない。っていうか、ボク、運動ダメなんだよね。でも、パパがどうしてもスポーツやらせたかったから」
良美「パパはスポーツ出来たの?」
良経「うん」
良美「(鼻で笑って)じゃぁ、良経はママに似たんだね。文美も頭は良かったけど、運動はからっきしだったから」
良経「そうなの?」
良美「そうよ。全然よ。私とはまるっきり正反対。運動はダメだけど頭を良かった。私は運動はバッチリだけど頭の方がね」
良経「じゃ、なんで道場にいれたのかな」
良美「まさか、ママ似とは思わなかったんじゃない」
良経「でも、ママも一生懸命だったよ」
良美「じゃ、自分のようにはなって欲しくなかったんじゃないの。スポーツの出来る男の子になって欲しかったんじゃない」
良経「でも、ボクは嫌だなぁ。こっちの方が全然楽しい」
良美「そう」
  控え室のドアを開けて牧野がやってくる。

牧野「こんにちは」
良美「(牧野を知らないが)こんにちは…」
牧野「はじめまして。牧野といいます。今回、うちの新作の服を着ていただけるそうで」
  良美は、「あっ」と言って立ち上がり、
良美「はじめまして、三崎良美です」
  良美はお辞儀すると、良経もお辞儀する。牧野「知ってますよ。なんでもモデルランキングに、たった三ヶ月でベスト3に入ったとか。凄いですね。でも、それもわかるような気がします。写真より実物の方がいい(高笑い)」
良美「(愛想笑い)」
牧野「これから長いおつきあいになると思いますがよろしくお願いしますよ」
良美「こちらこそ、よろしくお願いします」
牧野「今回の服は、スポーツを一緒に楽しむ親子がテーマですが、私はあなたたち親子がこのイメージに一番近いんじゃないかと思っているんですよ。お母さんは何かスポーツをしてるんですか?」
良美「私ですか?私はスポーツジムでインストラクターをしています」
牧野「そうですか、プロの方ですか。それなら似合うわけだ。じゃ、お子さんも何かしているんですか」
良美「道場に通わせています」
牧野「じゃ、親子揃ってスポーツマンですな。まさに新作のイメージ通りだ」
  良美は愛想笑いをする。
牧野「撮影の方は、おそらく最後になると思いますが、あまり緊張せずに気楽やってください。今日は撮影を楽しむ感じでやってください」
良美「ありがとうございます」
牧野「では(控え室から出て行く)」
  良美と良経は顔を見合わせながら、
良経「良美ちゃんのこと、お母さんだって」
良美「良経のことスポーツマンだって。『道場に行きたくない』なんて、泣きごと言ってるくせに」
  良美と義経は微笑む。

〇同・控え室前の廊下
  牧野は控え室前でほくそ笑んでいる。
  森山編集長が牧野に声をかける。
森山「あら、珍しい。こんなところで牧野さんに会うなんて」
牧野「そうか」
森山「(下心を見透かしたように)ええ」
牧野「新作の服を着てもらうんだから、ちょっと挨拶しただけだよ。それより森山女史こそ」
森山「そんなことないですよ。時間が取れれば顔を出すようにはしていますから。それにこの控え室にいるモデルは、いずれうちの雑誌の看板になる可能性を秘めている親子ですからね、モデルとしての気構えなどアドバイスしておいた方がいいかなと思いまして。それに場合によっては、ヘンな虫が近寄ってくることもあるってことも教えておかないと(牧野に冷ややかな視線を送る)」
牧野「(ばつ悪そうに)さて、撮影はどこまで進んだかな(と言って去る)」

〇同・撮影現場
  夏が、良美と良経を連れて入ってくる。
夏「リラックスして楽しんでやってください」

良美「はい」
夏「モデルさん入ります」
  夏は、良美と良経をカメラマンの松本浩平(28)のところに連れて行く。
夏「浩平さん。こちらはじめて撮影に参加する良美さんと良経君」
良美・浩平「(目が合い同時に)あっ」
夏「あれ、知り合いか何か?」
浩平「あ、いえ、まぁ」
良美「学生時代の友達です」
夏「そうなの?それは良かった。じゃ、お互いやりやすいでしょ」
浩平「(歯切れの悪い返答)ええ、まぁ」
    ×    ×    ×
  良美と良経の写真撮影。
  愉しそうにポーズを取る二人。
  それを遠目から見ている夏。
  夏の傍に森山が来る。
森山「いいわね」
夏「はい。これを載せたら、次号は間違いなく一位確定です」
森山「(微笑む)」
夏「そういえば、浩平さん、モデルさんと知り合いだそうです」
森山「(夏を見る)」
夏「なんでも学生時代の友人とか」
森山「そう…(閃き)じゃ、浩ちゃんに頼もうかな」
夏「何をです?」
森山「牧野さんのこと。私たちがスポンサーの悪口言うわけにはいかないでしょ(笑う」

夏「(微笑み)そうですね」
    ×    ×    ×
  撮影も終わる。
良美「(スタッフに)ありがとうございました」
  良経も良美の隣でお辞儀をする。
  機材の後片付けをしている浩平の傍に森山が来る。
森山「浩ちゃん、良美さんと知り合いなんだって」
浩平「ええ、まぁ」
森山「ちょっと、いいかな」
  浩平と森山は人のいない撮影所の隅に行き、浩平に話をしている。
  良美はその姿を見ている。
  そこへ夏がやってくる。
夏「良美さん、良経君、良かった。最高だったよ」
良美「ありがとうございます。とっても愉しかったです」
  浩平が来て、良美に声をかける。
浩平「どうお、これから少し時間ある」
良美「え」
浩平「久しぶりに会ったんだ。お茶でも飲まない?それとも、マズイ?」
良美「まずくはないけど(良経を見る)」
夏「(気を利かせて)あ、じゃ、二人の話が済むまで、私が良経君預かろうか?」
良美「いいんですか?」
夏「ええ、良経君さえ良ければ(夏は、しゃがんで良経に)お姉ちゃんとこの建物の中、見て回らない?マンガ作っているところとか特別に見せてあげる」
良経「ホント!」
夏「よし。じゃ行こう。(浩平に)終わったら携帯に電話ください」
浩平「すみません」
良美「良経。良い子にしてるんだよ。(意味ありげに)あんまりヘンなこと言ったりしたらダメだよ」
良経「わかってるって(微笑む)」
夏「じゃ行こうか」

〇同・喫茶店
良美「何年ぶり?」
浩平「さぁ、七年ぶりぐらいじゃないか」
良美「もうそんなになるのか」
浩平「良美はやっぱり出てくる人なんだな」
良美「何が」
浩平「いや、こうやって華やかな世界にさ」
良美「そうお」
浩平「そうさ。今も変わりはしない。あの頃と同じ。君はいつも上ばかり見ていた」
良美「(ニヤッと笑い)上じゃないわ。夢よ」

浩平「しかし、驚いたな。良美にあんな子がいたなんて。いつ結婚したんだ」
良美「(白々しく)いつだったかな。まぁ、いいじゃないそんなこと」
浩平「別にいいけど。あの子、年いくつなんだ?」
良美「いくつだろ。たぶん八歳かな」
浩平「(吹き出し)たぶんって、お前の子だろ。(おかしいと気付く)ん!?八歳!?すると二十歳に産んだ子か?」
良美「(白々しく)そうかな」
浩平「そうかなって。お前、二十歳に子供なんて産んでないだろ」
良美「(惚けてスプーンで珈琲を回す)」
浩平「あの子、お前の子じゃないな」
良美「(何も答えず珈琲を飲む)」
浩平「お前、結婚してるのか?」
良美「(珈琲を飲み)美味い」
浩平「結婚もしてないんだ。じゃ、あの子は他人の子か?もしかしてお前、他人の子となりすまして読者モデルに応募してきたのか」
良美「美味いな、ここの珈琲」
浩平「呆れたな。そこまでやるのか」
良美「(笑って惚けるのをやめて)確かに私の子じゃない、でも他人の子でもないわ。これでもちゃんと親代わりはしてるし、学校の行事にもちゃんと出てる。子供たちの間で『良経の綺麗なママ』で通ってるんだから」
浩平「でも、パパスキの読者モデルの応募規定ぐらい知ってるだろ」
良美「でも遊びだから」
浩平「遊びじゃすまないよ。お前、読者モデルの三位なんだぞ。雑誌の看板モデルになるんだぞ。それ、わかってやってるのか?もしバレたらどうすんだよ」
良美「大丈夫よ。バレやしないわ。あなたがチクらなければ(不敵に微笑む)」
浩平「(呆れて)全くお前って奴は。相変わらずだな」
良美「相変わらずって?」
浩平「大胆というか、度胸が据わっているというか、後のこと考えないよな」
良美「それが私の良いところだから」
浩平「(心配そうな顔をする)」
良美「大丈夫よ。上手くやるから」
浩平「知らないからな」
良美「それより、私に何か話したいことあったんじゃないの。編集長さんとなにやら隅っこで神妙な顔して話してたじゃない。あれ、私の事じゃないの?それに夏さんまで良経の子守を買って出るなんて、私に何か話すことがあるんじゃない?」
浩平「鋭いな。じゃ単刀直入に言うよ」
良美「(乗り出して)ん、何々」
浩平「牧野には気をつけろ」
良美「…」
浩平「牧野は、パパスキを私物化している。自分好みの女を斡旋をしてくれる都合の良い雑誌と勘違いしている」
良美「女って、みんな主婦でしょ?」
浩平「そこだよ。主婦には家庭がある。家庭があるから、たとえ大人の関係になっても秘密は守られる。そう思っているだよ。(テーブルにあるパパスキを指で突いて)あいつにとっては、いい遊び相手を見つける雑誌なのさ」
良美「(感心して)ああ、あったまいい」
浩平「感心している場合じゃないよ。パパスキにとってはいい迷惑だ。その悪い例が神尾恵理だ」
良美「あの9ヶ月連続一位の」
浩平「牧野の愛人だよ。不倫相手だ」
良美「そうなの」
浩平「ばれないように上手くやってはいるが、スポンサーの牧野がついているせいか、何でも強気でいちいち編集部に口を出してくる。かといって、邪険にすることも出来ない。邪険にすれば、今度は牧野が口を出してくるからな。全く編集部にとっては悩みの種だよ。金は出しても口出すなって、言ってやりたいよ」
良美「いろいろあるのね」
浩平「でも、それももう終わる。新しい看板モデルが現れたからな」
良美「あれ?それって、もしかして私のこと(と色っぽく髪をかきあげる)」
浩平「(笑い)変わらないな、良美は」
良美「そういう浩平はどうなの。あなたは変わった?麻衣子とは上手くやってるの?」
浩平「え!?(動揺)」
良美「(動揺を見て)そう、麻衣子とは上手くやってるのか。久しぶりに麻衣子に会いたいな」
浩平「それはムリだ」
良美「なんで?」
浩平「麻衣子が怖がる」
良美「そんな、もう昔のことじゃない。いつまでも拘る私じゃないわ」
浩平「お前が拘らなくても、麻衣子は拘る」
良美「浩平も」
浩平「大体こうしていることだって、俺にとっては拷問だよ」
良美「そうか。親友から男をとっていったこと。麻衣子は今でも後ろめたく感じているのか」
浩平「(そっぽを向く)」
良美「まさか麻衣子に奪われるとは思ってもみなかったからなぁ」
浩平「(そっぽを向いたまま)」

〇喫茶店
  恵理は、絢(28)と珈琲を飲んでいる。
  テーブルにはパパスキの良美のページが開かれている。
絢「この人について調べればいいんですね」
恵理「お願いね。ほんの些細なことでも、噂でもなんでもいいから」
絢「気があるんですか?牧野さん」
恵理「私の前では気のないふりをしているけど、あのおじさん、根っからのすきものだから」
絢「(吹き出してから)あ、スミマセン」
恵理「気にしなくていいわ。そんな男でも私たちにとっては大切なスポンサーだから失うわけにはいかないわ」
絢「そうですね。子供服だって、ばかになりませんからね」
恵理「そうそう。背に腹は代えられない」

〇スポーツジム内
  牧野がエアロバイクで運動している。
  良美が牧野の前を通るも気がつかない。
牧野「中々、きついですね」
良美「(良美は声の方を向く)牧野さん」
牧野「日頃の不摂生が身にしみる」
良美「どうしたんですか?」
牧野「いやぁ、スポーツウエアを売ろうとしている人間がこんなお腹じゃいけないでしょ。信憑性に欠ける」
良美「少しは運動をした方がいいかも知れませんね」
牧野「そうそう。それと今日来たのは、三崎さんに、色々デザインや機能性のアドバイスを聞けたらと思いましてね」
良美「私にですか?」
牧野「ええ。やはりプロの意見は必要ですから」
良美「でも、私は一介のジムのインストラクターですよ。有名なプロのアスリートから聞いた方がいいんじゃないですか?」
牧野「いやいや、そうとも言えんよ。購買層はジムに来る一般客なんだから、その近くにいる人の意見の方が参考になる」
良美「そうですか」
牧野「どうです、食事でもしながら色々聞かせてもらいませんんか」
良美(N)「来た」
牧野「最近オープンしたホテルに良いレストランがあるんですよ。雰囲気も良く料理も旨い。そこなら話も弾みますよ。どうです?」
良美「そうですね。時間があえば」
牧野「(微笑み)あわせますよ」

〇高級ホテル・プール
  牧野はプールサイドのテーブル席で新聞を見ながらにやけている。
  プールから恵理がやってきて、バスタオルで体を拭きながら、
恵理「今週の土曜日。こないだオープンしたホテルに行かない?あそこのレストラン、雑誌にも取り上げられて結構話題になってるのよ」
牧野「土曜日はダメだ」
恵理「なんで?」
牧野「いや、今、仕事が長引いて土曜はムリだ(と惚ける)」
恵理(N)「仕事が長引いてるって!あなたの仕事は一体なんなの?こうやって私といるじゃない」
牧野「(新聞を読んでいるふり)」
恵理「ふ~ん。忙しいんだ」
牧野「(新聞を読みながら)円高もここまで来ると大変だぞ。参ったなぁ」

〇パパスキ編集部
  電話に出る夏。
夏「編集長、内線です」
森山「誰から?」
夏「(首を傾げ)ちょっと重要な話があるとか」
森山「重要な話?いいわ。回して。(受話器を取り)はい、森山です」
女の声「パパスキの編集長さん?」
森山「そうですけど、そちら様は?」
女の声「私のことより、伝えておきたいことがあるの。今度の土曜日、牧野が誰かに会うみたいよ」
森山「……」
女の声「牧野、はしゃいでいるみたいだから、もしかしたら、そちらの有望なモデルにでも会うんじゃない」
森山「あなた、なんで牧野さんのこと知ってるの?誰あなた?」
  電話が切れる。

〇喫茶店
  携帯電話をしまう絢。
  その前に恵理が座っていて微笑む。

〇元に戻る・パパスキ編集部
  森山の傍に夏がやってくる。
夏「重要な話って、なんです?」
森山「牧野がはしゃいでいるそうよ」
夏「え!?」
森山「土曜日に誰かに会うみたい。うちのモデルと会うんじゃないかっていう忠告よ」
夏「誰から?」
森山「さぁ、でも、見当はつくわ」
夏「恵理さん一派ですか?」
森山「たぶんね。恵理も脅威に感じているのよ。自分の地位もスポンサーも失いかねないってね」
夏「良美さんに」
森山「良美さんを恵理の二の舞には出来ないわ。念には念、一応、手を打ちましょう」
夏「でも、牧野さんのことは浩平さんが話したはずですが」
森山「牧野は誰かに会うかも知れない。こうやってご忠告まで頂いたんだから、別に良美さんじゃなくても、手を打っておいた方がいいわ」
夏「わかりました。何とかします」
森山「出来る?」
夏「(微笑み)任せてください」
森山「そう。じゃ、上手くやって」
夏「はい」
森山「牧野が好き勝手出来るのは、恵理までよ」

〇高級ホテル・レストラン
  食事を終えて、ワインを飲んでいる良美と牧野。
良美「ごちそうさまでした。こんなところで食事をするの。何年ぶりかしら」
牧野「満足してくれたみたいだね。良かった。でも、このホテルの良いところはここだけじゃない。(言葉に力を込めて)ここは部屋がいいんだ。部屋からの眺めが、また格別なんだ」
良美(N)「来た来た」
良美「(素っ気なく)そうですか」
牧野「(力を込めて)そりゃもう、ここのホテルは部屋に力を入れているんだ。部屋に行かなかったらここのホテルの良さはわからない」
良美「(白々しく)そんなに素敵なんですか」

牧野「素敵なんてもんじゃない。夢心地だよ、夢心地。兎に角、ここは部屋が自慢なんだ」

良美(N)「部屋部屋部屋って、食べたと思ったら今度は部屋押しかよ。全く夢心地って、内装はラブホテルか!」
牧野「どぉ、ちょっと部屋に行ってみない?見るだけでも見てみない」
良美(N)「おっさん、積極的。でも、別にいいけどね。減るもんじゃないし。それよりも得るものの方が大きいか」
牧野「どぉ?」
良美「そうだなぁ。ちょっと見てみたいかな」

牧野「でしょう。良い機会だから見た方がいいよ」
良美(N)「おっさん、絶倫かよ」
牧野「さ、行こう(席を立つ)」
良美「(牧野にせかされ席を立つ)」
  すると、良美は声をかけられる。
雄介「あれ良美、なんでここにいるんだ?」
  良美に声をかけたのは山本雄介(22)。
良美「(雄介のことを知らず)え?」
雄介「良経も一緒か?」
良美「(状況が飲み込めず)…」
雄介「(雄介は牧野を見て良美に尋ねる)この方は?」
良美「(条件反射的に)牧野さん」
雄介「(その名を聞いて思い出したように)ああ、あのパパスキの。(雄介は両手で牧野の手を握り)あなたが牧野さんですか。いつも妻がお世話になってます。良美の夫の三崎です」
良美「え」
牧野「(動揺し)いやぁ、とんでもない」
雄介「いやいやいや。うちのがここまでこれたのも牧野さんのおかげですよ。これからもよろしく楽しみます。それより今日はここに何しに来てるんですか?(手を叩いて)あ、そうか!撮影か何かあるんですか」
牧野「いや、今日はそのぉ、これからのことについてちょっと打ち合わせを」
雄介「そうですか。打ち合わせですか。打ち合わせはこれからですか?」
牧野「あ、いや、もう打ち合わせは終わったんで。(良美を見て)それじゃ、奥さん、がんばって。それじゃ私はこれで」
  牧野は慌ててその場を去る。
  後ろ姿を見る良美。
  雄介は、イスに腰掛ける。
良美「(雄介を見て)あなた、誰?」
雄介「僕ですか?僕は先輩のアシスタントの山本雄介です」
良美「先輩?」
雄介「(指さして)あちらにいる人」
良美「(雄介の指さす方を見る)」
  少し離れた席に、浩平が料理を食べている。
  良美は浩平の所へ行き、向かいのイスに座り、
良美「どういうこと?」
浩平「どういうことって、お前を助けに来たのさ」
良美「…」
浩平「変わってないと思っていたけど、案外そうでもなかったんだな。下心見栄見栄のおっさんの誘いに乗るなんてさ」
良美「別に私は何も変わってないわよ。誘いにのったのは、あの人は利用できると思ったからよ」
浩平「いや、変わったよ。昔のお前なら、人に頼らず、なんでも自分で道を切り開こうとしてた。人の忠告も一切聞かず、強引なまでに突き進もうとしてた」
良美「今と同じじゃない。浩平の忠告も聞かず、牧野を利用しようとするところなんて」

浩平「いや、違う。お前は牧野に夢をちらつかされて、まんまと食いついたんだ」
良美「…」
浩平「お前は夢をちらつかされると見境を失う。野心が理性に勝っているからな」
良美「…」
浩平「あのままいけば、牧野に意のままに翻弄され、食い物にされて、結局傷つくのがおちだったんだよ。それでもお前は夢だけを見続け、真実が見えずに落ちていく。そして、ようやく見えたときは、身も心もボロボロだ」
良美「(不機嫌に)やめてよ。そういう言い方(席を立つ)」

〇同・ホテルの前
  道路を駆け足で横断する良美。
良美(N)「もう若くない。酸いも甘いも、それぐらい分別はついている。遅かれ早かれ、それが必要なら私はそうしていた。夢を叶えるチャンスはそう転がっていない。手段を選べる年頃じゃないのよ」
  走り去っていく良美。

〇同・レストラン
  浩平と雄介が座って、珈琲を飲んでいる。

雄介「これで良かったんですか?」
浩平「あいつなら、牧野の力なんてなくてもきっと自分で夢を手に入れるよ。出てくるやつは必ず出てくる。そういう女だよ、彼女は」

〇同・ロビー
  ソファに絢が座って携帯電話をかけている。
絢「恵理さんのいう通りでした。けど、牧野は手ぶらで帰りましたよ。それより良い情報が手に入りました。え?それは内緒です(笑う)。今週発売のピーピングを見てください。面白い記事が載りますよ(笑う)」

〇パパスキ編集部
  編集部は騒然としている。
  電話が鳴りやまない。
編集部員A「スポンサーが詳細を聞きたいとの事です。どうしますか」
森山「後で電話すると言って!(叫ぶ)高橋、吉岡、小沢、会議室に来て。夏、良美さんに電話して、事実確認して」
夏「あ、はい」
  机の上に写真週刊誌ピーピングが置いてある。
  記事は『人気女性誌パパスキの看板モデルは偽装ママ』『未婚で子供も産んでない、にも拘わらずママになりすまし売名行為』『疑惑のミスキャンパス。再び悪あがきか!?』『自分の夢の為なら手段を選ばない不敵な女』と書かれ、良美の写真と、良経には目にモザイクが入っている。
編集部員B「記事はどうするんですか?」
編集部員C「当然、謝罪文と一緒に差し替えだろ」
  夏は、部員の会話を聞いて呟く。
夏「(悔しさを滲ませて呟く)せっかく、パパスキを正常化出来ると思っていたのに」
  夏は、電話をかける。

〇イタリアンレストラン
  恵理と綾が笑顔で食事をしている。
恵理「(笑顔で)でも、どうやってあんな情報手に入れたの」
絢「(笑って)これでも結構顔が利くんですよ。どうです。私って、役に立つでしょ」
恵理「ええ、怖いくらい(笑う)」
絢「(笑う)」
恵理「それにしても驚いたわ。結婚もしてなければ出産もしてない。自分の子供でもなんでもないなんて。パパスキのコンセプト、全く無視してるわ。大胆不敵とはまさにこのこと。彼女、一体どこのパパからスキになられるつもりだったのかしら」
絢「(笑ってから)でも、これで恵理さんを邪魔する人が消えましたね」
恵理「消えるどころか、この業界から抹殺されたも同然よ」
絢「そうですね(と微笑む)」

〇浩平の事務所
  雄介が写真誌ピーピングを持ってくる。
雄介「先輩、これ見ました?」
浩平「見たよ。仕方ないな、おおよそ事実だからな。こればかりは、俺たちには、どうにも出来ない」
雄介「なんか残念ですね。次号のランキング聞きました?」
浩平「聞いた」
雄介「編集部も悔しいでしょうね。せっかく牧野の影響力を排除出来ると思っていたのに」
浩平「でも、彼女にとってはこれで良かったんじゃないかな」
雄介「…」
浩平「あの性格じゃ、遅かれ早かれ、野心で身を滅ぼしかねない。どうせ暴露されるなら早いほうがいい」

〇コンビニ
  良美が写真週刊誌ピーピングを立ち読みしている。
良美「(呟く)ああ、ほんとだ、親子もどきだって。案外早くバレちゃったな。そう思惑通りにはいかないか(苦笑い)」
良美(N)「いつも大切なところで降りかかってくる災い。それが私の人生。しかし、これは今までのように降りかかってくるような災いではない。なるべくしてなった。いずれはこうなることはわかっていた。なら、幕引きにはちょっと早いけど、丁度良いのかもしれない」
  良美は週刊誌を棚に戻して、コンビニを後にする。

〇出版社・会議室
  会議室では森山たちが詰めの話をしている。
森山「(高橋を見て)良美さんのところは全て差し替えということで」
高橋「はい」
小沢「取りだめしておいた写真から、いくつかあげておきます」
森山「悪いわね。(吉岡を見て)それじゃ、大至急、謝罪文の原稿書いてちょうだい」
吉岡「はい」
森山「それじゃ、至急とりかかって」
  話し合いが終わり席を立つ森山たち。
  そこへ、夏が会議室のドアを開けて入ってくる。
夏「編集長。良経君とお祖父さんが編集長に会いたいって、やって来てます」
森山「…」
夏「今、応接室にいます」
森山「そう」
吉岡「(ポツリと)この忙しいときに」
小沢「どうせ謝りにでも来たんでしょう」
夏「…」

〇同・応接室
  口を真一文字に肩を震わせ、今にも泣き出しそうな顔をしている良経。
  良経の肩に手をのせて励ましている祖父。応接室に森山と夏が入ってくる。
森山「お待たせいたしました」
祖父「いや、とんでもない。こちらこそうちの良美がとんだご迷惑をおかけして申し訳ない(深々とお辞儀をする)」
森山「いえ、いいんですよ」
祖父「でも、そのことで、この子がどうしても話がしたいっていうもんだから」
森山「良経君が(良経を見る)」
良経「(既に大粒の涙を流している)」
祖父「ほら、良経、泣いていたらわからんだろ」
良経「(鼻をすすり、両手でこぼれ落ちる涙をぬぐい続けている)」
  遠目から四人の姿。

〇駅ビル内にある書店
  店員が店先に新号のパパスキを平積みしている。
  良美は、立ち止り、店員が雑誌を並べる
  姿を眺める。
  そして、店に入らずにその場を立ち去る。

〇スポーツジム内
  スタジオではインストラクターの良美が主婦たちと一緒にエアロビをしている。

〇三崎家・玄関(夜)
  良美が玄関を開けると家の中が騒がしい。
  喜びの声と笑い声が聞こえてくる。

〇同・居間
  居間では良経と祖父母が新号のパパスキを前に興奮してはしゃいでいる。
良美「何してるの?」
祖父「(興奮して)おお良美。これ見たか!一位だぞ一位!お前と良経が一位になったんだ!」
良美「(良美は座り、パパスキを手に取り読み始める)」
  記事には良美と良経の一位の写真が載っていて、断りの文章が掲載されている。

〇掲載文
 『この度、写真週刊誌等で騒がれた良美さんのことについてですが、良経君から良美さんのことでお話を頂きました。良経君は両親を交通事故で亡くし、その妹である良美さんが良経君の母親代わりとなって、忙しい中、学校行事や授業参観に出席し、自慢のお母さんとなって自分を励ましてくれていると、良経君が話してくれました。パパスキという雑誌は、パパに愛されるママと子供の雑誌です。しかし、良経君にパパはいません。ですが、良美さんという素敵なお母さんがいます。ママがいます。ここにパパスキは、良美さんは良経君にとって大切なお母さんであるということを確認したため、この度の騒動にぶれることなく、良美ママ、良経君親子に頂いた投票数をそのままランキングに反映させることにいたしました。そしてまた、そんな良美ママと良経君を応援していきたいと思います。もし私の判断にご不満があるようでしたら、何なりとお申し付けください。責任を取る覚悟はできております。編集長、森山理紗代』

〇元に戻る・居間
良美「(記事を読み終える)」
祖父「さっき、編集長さんからも電話があってな、編集部にも応援の電話がかかってきているそうだ」
良経「(良美を前に少し緊張している)」
祖父「良かったな良美。良経に感謝しろよ」
良美「(素直に受け止められず)どうせ、学校でいじめられるからでしょ(と言って机に雑誌を投げる。すると祖父が間髪いれずに良美の頬を叩く)」
祖父「(怒りをあらわに)バカヤロ!良経は、お前のことを思ってやったんだ!母親代わりをしているお前がいじめられているのが辛くてやったんだよ!そんなこともわからないのか!」
良美「(叩かれた頬に手をあてている)」
祖父「お前は、母親として自覚が足りないんだ!」
良美「だって、私、子供なんて産んでないもん!」
祖父「この野郎!」
良美「なによ!」
祖母「(制するように)お父さん!良美も」
良経「(ただただ俯いている)」
  良美はそんな良経を見て、立ち上がり逃げるように自室へ行く。

〇同・良美の部屋
  良美は襖を閉め、そして、襖に寄りかかる。
良美「(苦悶の表情を浮かべ)無茶言わないでよ。自覚なんてあるわけないじゃない。良経は姉さんの子供なんだから!」

〇寝静まる三崎家(深夜)

〇同・良経の部屋
  寝息を立てて眠っている良経。
  毛布を蹴飛ばし、寝像が良くない。
  良美はそっと良経の部屋に入る。
  良経の寝顔を見る。
  布団から放り出された良経の小さな手に触れる。
良美「(良経の手をいじり)あなたのママじゃないのに、あなたは私に手を差し伸べてくれたの?過去の不運を嘆き、溺れることしか出来ない私に手を差し伸べてくれるの?(良経の手の平を広げて)こんな小さな手なのに、私を救ってくれるの?」
  良美は、良経の寝顔を見て頬を触る。
良美「私はそれに、どう答えればいいの?」
  良美は、良経の毛布を直す。

〇三崎家の外観(朝)

〇同・居間
  良経の表情は暗く、柔道着をカバンに入れている。
祖父「良経。今日試合に勝ったら考えても良い」
良経「ええ、勝ったら…」
祖父「せめて一勝ぐらいしないと。負けっ放しではダメだ。天国にいるパパもママも喜ばないぞ」
良経「…」
祖父「一勝したら、やめるなり続けるなり良経の好きにしていいぞ」
良経「(困った顔をする)」
  そこへ、良美が起きてやってくる。
  良経は、良美と目が合うと目そらす。
良経「(逃げるように)行ってきます」
祖父「おじいちゃんたちも後から行くからな」

〇同・台所
  良美は祖母のところに行って、テーブルに置いてある漬け物をつまみ食いして、
良美「今日、なんかあるの?」
祖母「体育館で柔道の試合があるのよ。あなたも見に来る」
良美「(漬け物を食べる)」

〇総合体育館・武道場
  小学生の柔道大会が開かれている。
  子供たちの気合いの入った声が聞こえる。
  良経は、道場の隅で自分の番を待っている。
  祖父母も応援にきている。
  良美は武道場に入ってくる。
  試合が終わり、良経が畳にあがる。
  相手は女子で良経より背も高い。
  一礼してかけ声をあげて組み始める。
  かけ声は女子の方が大きい。
  組み手争いも女子は本格的で、掴むと良経を揺さぶる。
  良経はへっぴり腰になっている。
  女子はかけ声をかけながら弾き手をグイグイ振り回すと、良経は膝から倒れてしまう。
祖父「全然ダメだな。かけ声からして負けてる。(大きな声で)良経、がんばれ!」
  祖父母と離れたところで良美がジッと見ている。
  良経はのそのそと立ち上がる。
  しかし、組むとへっぴり腰になって女子に振り回され、場外に吹き飛ばされる。
  もう泣きそうである。
祖父「ああ、ダメだな。やっぱ良経には運動は向いてないな」
祖母「仕方ありませんよ。文美の子ですもの。ちょっと可哀想よ」
祖父「そうだな」
  良経は、のろのろと立ち上がろうとする。
  良美が前に出て、
良美「(叫ぶ)良経!もっとシャンとしろ!ダラダラするな!」
良経「(良美の方を見る)」
良美「もっと気合い入れろ気合い!気持ちで負けるな!」
良経「(唖然と良美を見る)」
良美「私の子なら、(一旦躊躇するも)私の子なら勝て、良経!勝て!」
良経「(それを聞いて、良経は唇を噛みしめ、真一文字にする。顔に覇気が漲ってくる)」

良美「行け!」
良経「(相手に向かって気合いの入ったかけ声を出す)やぁ!」
良美「(満足げな顔をする)」
  良美の後ろ姿。
  どっと歓声が響く。
               END

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