シナリオ「アイキイの化学式」

〇高校正門(早朝)
  登校する生徒たちの風景。

〇同・体育館
  女子バスケ部が朝の練習をしている。
  児島舞(16)は体育館の隅からバスケ部の練習を羨ましそうに眺めている。
  舞の腕の中にノートがある。

〇同・応接室
  教頭(52)の前に皆口史乃(30)が立っている。
教頭「(イヤな顔して)あんまり生徒が囃したてるようなことは謹んで欲しい。教育者としての立場をわきまえてください」
史乃「わきまえるも何も、私はただ鳴瀬先生と一緒に靴を買いに行っただけです。ジョギングシューズにも選ぶコツがあるっていうから、付き合ってもらっただけです」
教頭「付き合ってるんですか?」
史乃「いや、そういう付き合いじゃなくて」
教頭「それがいけない。それを見た生徒は先生と鳴瀬先生が付き合っていると思ってもおかしくない」
史乃「(食い下がり)いや、おかしいですって」
教頭「(頭ごなしに)いや、おかしくない。お互いいい年なんだから」
史乃「いや、いい年も何もただ買い物に付き合ってもらっただけです」
教頭「付き合ってはいないんですか?」
史乃「付き合うも何も、そういう関係じゃありませんから」
教頭「(探るように)付き合ってないのに、二人でお買い物?」
史乃「はい」
教頭「(頑なに)いや、おかしいな、それは私にも年頃の娘がいますが、男性と二人っきりで買い物に行くなんて(と想像して)、いやおかしい。ありえない(と首を強く振る)」
史乃(N)「(げんなりした表情で)あんたの娘と一緒にしないで」
教頭「兎に角、先生も鳴瀬先生も生徒にとても人気のある先生です。それだけに生徒も先生方に非常に興味を抱いております」
史乃「……」
教頭「あまり生徒を刺激しないように。誤解されるようなマネは謹んでもらいたい。いいですね」

〇同・廊下
  仏頂面でブツブツ愚痴を言いながら歩いている史乃。
史乃「何なのよ、あれは。私が鳴瀬先生と一緒にいちゃ行けないわけ。人気者だから生徒が騒ぐ?じゃ、どうでもいい男といればいいわけ?いい加減にしてよ」
  史乃は、ふとドア越しに化学室を見る。

〇同・化学室内
  教室には戸田爽久(36)と舞がいる。
  爽久は白衣姿でチョークを持って黒板に書かれた化学式(ベンゼン環)を前に腕組みをして考え込んでいる。
  舞は机で夢中で日記を書いている。
  史乃が勢いよくドアを開けて入ってくる。

史乃「こら、先生と生徒が二人っきりで不純異性交遊?」
  爽久と舞は史乃を見る。
史乃「(笑いながら)教頭に見つかったらそう言われるわよ(といって爽久に近づき)個人レッスンですか?」
爽久「あ、いや、違います。僕のは、ただの研究です」
  史乃は舞の傍に行き、
史乃「舞は何書いてんの?勉強してるの?」
  舞は史乃に見られないようにノートを体で隠す。
爽久「(笑いながら)勉強じゃない。舞のはただの妄想です。妄想を日記に書いてるだけですよ」
舞「(カチンときて)爽久だって、出来もしないことを出来ると信じてずっとやってるじゃない!そんなの妄想と同じよ!」
爽久「(苦笑)辛辣だな」
史乃「舞、いくら叔父さんでも戸田先生と言いなさいよ。それにサボって。確か体育の授業でしょ?体育館でバスケじゃないの?あなた、バスケ好きでしょ」
舞「生理といって休んだ」
史乃「なんで?」
舞「もうバスケはいいの。やりたくない」
史乃「でもね」
爽久「皆口先生、舞の好きにさせてやってください。この子は人の忠告を聞くような子じゃありませんから」
舞「(不機嫌に)何、偉そうにカッコつけてんの?皆口先生の前だからって。ずっと卑怯な研究してるくせに」
爽久「卑怯な研究って、辛辣だな(頭をかく」

史乃「卑怯な研究?」
舞「そうよ。この男は薬の力で女を惚れさせようとしてるのよ!女の敵よ!」
  舞は、机に処狭しと置いてある実験道具や薬品をチラリと見る。
爽久「(苦笑いして)いや、そんなぁ」
史乃「(爽久を見て)そうなんですか?」
爽久「(頭をかいて)いや、そのぉ」
史乃「薬でそんなこと出来るんですか?」
爽久「いやぁ、出来るかどうかは定かではないんですけど、アイキイの惚れ薬って知りませんか?O・ヘンリーの短編小説に出てくる?」
史乃「ああ知ってます」
爽久「その化学式があるんですよ。O・ヘンリーの父は医者でO・ヘンリーも薬剤師をしていたことがあるんです。そして、そのO・ヘンリーが一つの化学式を残した。それがアイキイの化学式と言われ、それを解読するとアイキイの惚れ薬が出来るとまことしやかに言われているんですけどね」
史乃「出来たんですか?」
爽久「出来ません」
舞「(笑って)いくらやっても駄目なんだからやめちゃえばいいのよ」
爽久「いや、だいぶ近づいていると思うんだ。ここにきてそう思う。なんか考え方が広くなったというか視野が立体的になったというか、なんか、いい感じだと思う」
  爽久は、実験道具と薬品が置いてある机の前に座る。
史乃「(不思議なものを見るような目で爽久を見る)」
舞「まぁ、もし薬が出来たとしても、そのときはもうヨボヨボのお爺ちゃんよ。今度は若返りの薬が必要になるわ」
爽久「ほんと、相変わらず辛辣だなぁ(頭をかく)」

〇繁華街(夜)
  史乃と鳴瀬光(24)が歩いている。
光「友人の働いているレストランが2つ星もらったんですよ」
史乃「誘ってくれるのは嬉しいけど、こんなとこ生徒にでも見られたら、きっとまた教頭に嫌み言われるわ」
光「なんか言われたんですか?」
史乃「こないだ一緒にシューズ買いにいったでしょ。それをうちの生徒が見て、教頭の耳に入ったのよ。それで今日言われたわ」
光「なんて?」
史乃「生徒が騒いで風紀が乱れるから軽率な行動はとらないで欲しいって」
光「軽率も何もただ一緒に靴買いにいっただけじゃないですか?」
史乃「それが気に入らないのよ」
光「どうして?」
史乃「(呆れ気味に)付き合ってもいない男と女が一緒にいるのが気に入らないらしいの」
光「なんですか、それ?」
史乃「さぁ」
光「ハ、(鼻で笑い)教頭も大人げないな。今度言ってきたら、僕がはっきり言ってやりますよ(笑う)」
敏子「(強い口調で)光ちゃん!」
  光が後ろを向くと、着物姿の母、鳴瀬敏子(67)が毅然とした態度で立っている。
光「(思わず)ママ!」
史乃(N)「(驚いた顔して)え、ママ?」
敏子「(毅然と)何してるの?」
光「(子供っぽく)これからご飯食べに行くところだよ」
史乃「(目が点)……」
敏子「(史乃を睨み)この方は誰?」
光「(子供っぽく)同じ学校の先生だよ」
敏子「あなた、名前は?」
史乃「皆口史乃です」
敏子「お幾つ?」
史乃「30才です」
敏子「(驚き)まぁ、光ちゃんより六つも年上!一体どういうつもり?」
史乃「どういうつもりって?」
敏子「光ちゃん」
光「(怖じ気づき)なんだよママ」
敏子「私は反対ですからね。六つも年が上なんて」
光「何言ってんだよママ。そんなんじゃないよ」
敏子「じゃぁなんなの?」
光「だから、同じ学校の先生だって」
敏子「それだけ?」
光「それだけだよ」
敏子「それでご飯食べに行くの?」
光「そうだよ」
敏子「それだけ?」
光「それだけだよ」
敏子「ほんと?」
光「ほんとだよ」
敏子「何もないのね?」
光「何もないよ」
  敏子を前に子供っぽい光。
光「ママ、もういいよ(タジタジ)」
史乃(N)「なに、マザコン!?」
  口をあけて幻滅する史乃。
  その三人が見えるビルの二階の喫茶店に爽久と児島佳織(42)が座っている。

〇喫茶店の窓側の席(夜)
爽久「なんだ。姉さん、そんなこと気にしてたんですか(笑う)」
佳織「気にするわよ。学校でいじめられてるんじゃないかって」
爽久「大丈夫ですよ。そんなことないから」
佳織「でも、あんな活発だったのに、段々うちに籠もりがちになっているし…。部屋で妄想ばかり書いて、ニタニタ笑って、なんだか気味が悪くて…」
爽久「そういう時期なんでしょ。夢見る年頃ってやつですよ」
佳織「でも中学のときはずっとバスケ一筋だったのに、高校入った途端、やる気なくしちゃうし」
爽久「それはうちのスカウトのせいかな。学校の方針で運動部を強くするために全国から有望な選手をスカウトするようになったから。それでレギュラーになれないと思った生徒がいっとき、かなりやめていったから」
佳織「それにしてもね。ちょっとヘンよ。だから、ちょっと気になって、こないだノート見たのよ。そしたら男の子の名前が書いてあるじゃない。初めはびっくりしたけど、付き合っている形跡もないし、きっとあれも妄想よ。妄想の子と付き合っているんだわ」
爽久「(驚き)読んだんですか?」
佳織「読んだわよ。ちょっと生々しかったから。相手の男の子の名前は真野伊緒っていうんだけど、学校にそんな子いる?」
爽久「ああ、いますよ」
佳織「そう、じゃぁそれは実在するのね。で、舞と付き合ってる?」
爽久「いや、舞とは付き合ってないんじゃないかな」
佳織「じゃ、やっぱり妄想なのね。(ため息して)ちょっと安心したけど、でも、なんか虚しいわ。はじめての付き合いが妄想の中での付き合いなんて」
爽久「でも、そこまで心配することないんじゃないかな。それに日記を読むなんて、ちょっと干渉しすぎだよ。それじゃまるでストーカーだよ」
佳織「(怒って)ちょっとあんた、それ酷いんじゃない!母親が真面目に娘の心配をしているのに、それをストーカー呼ばわりするなんて」
爽久「(タジタジ)いや、ほんのたとえだよ」

佳織「(熱弁)私はね、あの子に前のように活発になって欲しいの!もっと積極的に行動出来る子になって欲しいの!」
爽久「(タジタジ)はい」
佳織「そんな妄想で自己完結してしまうような子に育って欲しくないの!わかる?」
爽久「(タジタジ)わかります」
佳織「じゃ、自信をつけさせてやって。舞に妄想じゃなく現実の喜びを教えてやってよ」
爽久「(頭をかいて苦笑いして)いやぁ、それは俺がもっとも苦手なことだなぁ。俺も自信がもてるような人間じゃないからなぁ」
佳織「あなた、先生でしょ!」
爽久「(頭をかいて)一応」
佳織「舞もあなたには懐いているみたいだし、あなたからなんとかしてやってよ」
爽久「努力します」
佳織「で、その真野って子、一体どういう子?」
爽久「え、それは…(惚ける)」

〇アパートの前(夜)
  爽久はコンビニの袋を持っている。
爽久「真野伊緒、か…。格好はいいけど、学校一の女ったらし…。そうか、舞は真野が好きなのか」
  隣の家の主婦が犬と散歩から帰って来て、爽久に挨拶をする。
  犬は毛並みがフサフサのオールドイングリッシュシープドッグのジョンという名の犬。
主婦「こんばんは。今お帰り?」
爽久「ええ」
  ジョンは爽久のコンビニ袋の匂いを嗅いでいる。
爽久「なんだジョン、これが欲しいのか?しょうがないな」
  爽久はコンビニ袋からチキンを取り出してジョンに食べさせる。
  上手そうに食べるジョン。
主婦「スミマセン」
爽久「いえ、いいんですよ」
  爽久は閃く。
爽久「そうだ、ジョン。喉が渇いただろ。お前にいいもの飲ませてやる」
  爽久はリックからペットボトルを取り出す。
  ペットボトルの中身は真っ青で泡が出ている。
  ジョンの口にボトルを入れて飲ませる。
爽久「これは、今日俺が作った出来たての飲み物だ。きっと俺のことが大好きになるぞ」

  すると、ジョンが急にもがき吠え出す。
主婦「(動揺して)ジョン、どうしたの!?」
  するとジョンが爽久に飛びついて爽久の腕に噛みつき暴れ出す。
爽久「(悲鳴を上げる)うわぁ、イテテテ!」

主婦「きゃ、ジョン、やめなさい!」
  ジョンは爽久の足にも噛みつく。
爽久「(悲鳴)アイタタタ!」
主婦「(動揺して)ジョン、やめなさい!ごめんなさい!どうしたのかしら、いつも大人しいジョンが!」
  爽久は倒れ、ジョンが馬乗りになって爽久に噛みつき吠える。
爽久「(悲鳴)助けて!」

〇高校・応接室
  爽久は、顔に絆創膏を貼り、腕に包帯を巻いている。
  そして、教頭の前に立って怒られている。

教頭「(呆れて)またですか?今度は何をや ったんですか?」
爽久「すみません」
教頭「最近、静かになったと思ったら。先生が怪我して来ると、学校としてもイメージが良くないんですよ。校内暴力でもあるんじゃないかと」
爽久「すみません」

〇同・廊下
  出勤してきた史乃。
  史乃は、怖い顔して頬を膨らませている。

史乃「鳴瀬先生はマザコンだし、全くどいつもこいつも、一体なんなの!?ほんとストレスたまるわ」
  応接室から出てきた爽久とばったり会う。史乃は爽久の姿を見て驚き、
史乃「先生、どうしたんですか?また階段から落ちたんですか?」
爽久「(苦笑い)」

〇同・化学室内
  爽久と史乃が座っている。
史乃「(大笑いして)それで噛まれたんですか」
爽久「いや、今度こそ出来た、と思ったんですけどね(苦笑い)」
史乃「それでいつも包帯巻いていたんですね」

爽久「仕方ありません。私の実験に付き合ってくれるのは犬か猫しかいませんから(苦笑)」
史乃「人に試したことはないんですか?」
爽久「ありません。試そうとしましたが断られました(笑う)」
史乃「じゃぁ、私が試しましょうか?」
爽久「え!?」
史乃「犬や猫じゃ、わからないでしょ」
爽久「(ちょっと驚き)いいんですか?」
史乃「(笑顔で)惚れ薬なんて、ちょっと興味あるし、それに面白そうじゃない」
爽久「(笑顔で)そうですよね」
史乃「いいわ。私が試してあげる」
爽久「ほんとですか!ありがとうございます。

  爽久は笑顔で、リックからペットボトルを取り出し机に置く。
  ペットボトルの中身は真っ青で泡が出ている。
  史乃は、それを見て少したじろぐ。
史乃「出来てるんですよね?」
爽久「そう思ってるんですけど」
史乃「……」
爽久「……」
史乃「まぁいいわ。飲めばわかる」
  史乃は、ペットボトルのキャップを外して、一息ついてから、目を瞑って一気に飲む。
  爽久は、マジマジと見ている。
  すると史乃の表情が歪み、喉を押さえて唸り声を上げる。
爽久「(驚き)先生!?」
史乃(N)「(鬼の形相)マズ!」
  史乃は、イスから崩れ落ち、悶絶しながら床を右に左に転がる。
  そして、机の脚に勢いよくおでこをぶつける。
  史乃は、失神寸前。
史乃(N)「何なの、この不味さ!何が惚れ薬よ!ただのドブ薬じゃない!全くこんな不味いもの飲ませやがって!畜生、あったま来た!もうこなったら思い知らせてやる」

  史乃は、ぶつけたおでこを手で押さえて、

史乃「イテテェ」
爽久「(心配顔で)大丈夫ですか」
  史乃は爽久を見て
史乃「(うっとりした目で)先生。実は前から先生のことが好きだったんです」
爽久「え!?」
史乃「(色目)好き」
爽久「え、僕のことが」
史乃「ええ、たまらないわ。もう大好き」
爽久「ええ」
史乃「お願い、キスして」
爽久「え、いいんですか」
史乃「早く!」
爽久「じゃちょっと。スミマセン」
  爽久は史乃の肩を掴み、キスしようとする。
  史乃も唇を近づける。
  爽久の顔が迫る。
  すると突然、
史乃「(怒号)何するのよ!」
  爽久は史乃に思いっきりピンタされる。
爽久「イテェ」
  爽久はぶっ倒れ、頬を抑える。
史乃「何するつもりですか!」
爽久「先生がキスしてっていうから」
史乃「私が?ウソでしょ?」
爽久「ウソじゃないですよ。先生がキスして」

史乃「そんなこと言うわけないじゃない」
爽久「言いましたよ」
史乃「ウソ、何も覚えてない」
爽久「そんなぁ」
史乃「じゃ、もしかして、これのせい?」
  史乃は、ペットボトルを手に持つ。
爽久「えっ」
史乃「これを飲んだから」
爽久「そうなんですか?」
史乃「それ以外考えられないわ。別に先生のこと好きじゃないし。あ、ごめんなさい(笑う)」
爽久「(笑顔で)いいんですよ。(拳を握って)そうか。出来たのか!ついに出来たのか!?」
史乃「そうよ。出来たのよ。惚れ薬が出来たんだわ」
爽久「そうか!今まで人間には試してなかったから。犬に噛まれたのも、あれは愛情表現だったんだ。だから噛まれたんだ!そうだ!薬はもう成功していたんだ!」
史乃「(冷ややかな目)」
爽久「俺はやったんだ!とうとうやったんだ!(雄叫び)ウォー」
史乃(N)「私の芝居にまんまと騙されるなんて、バカな人ね」
  爽久は、喜びのガッツポーズをしている。

史乃(N)「誰に飲ませるつもりか知らないけど、そんなの飲ませたら惚れられるどころか、あんたの頬が腫れるわ(微笑む)」
爽久「(独り言)でも、効き目が短いな」
史乃「(さりげなく)飲んだ量が少なかったからじゃない?」
爽久「そうか、そうだな。まだまだ改良の余地はある。でも嬉しい。来るところまで来たってことが。よしやるぞ!」
  爽久は実験の準備をする。
史乃(N)「これで間違いなくあんたはふられるわ。自業自得よ」

〇アパートの前(夕暮れ)
  爽久がコンビニの袋をもって帰ってくる。隣の家の主婦が洗濯物を家に入れている。犬のジョンが庭にいる。
  爽久は、チキンを手に取る。
爽久「(小声で)ジョン」
  ジョンは爽久に近寄り、チキンを食べる。主婦は爽久に気がつかないまま洗濯物を家に入れている。
  爽久はリックからペットボトルを取り出す。
爽久「さぁ、ジョン、飲め。今度のは完璧だぞ」
  ジョンに飲ませる。
  すると、ジョンは悶え、凶暴になり、柵を跳び越え、爽久に飛びかかる。
爽久「(悲鳴)ウワァー」
主婦「(驚き)キャー、ジョン!」
  ジョンは爽久に執拗に噛みついている。
  爽久は噛みつかれながら、
爽久「(苦痛に顔を歪めながら)完璧だ、完璧だ」

〇高校・外観
  生徒が下校している風景。

〇同・化学室内
  舞は教卓を叩いて、爽久に詰め寄る。
  爽久は前にも増して体中に包帯を巻いて、ミイラ化している。
舞「(怒り)どうしてそんな勝手なことするの!」
爽久「今が良いんだ。真野を呼び寄せるには都合が良いし、こういうことは躊躇しちゃダメだ。躊躇すれば不安が募る。思うより行動しろだよ」
舞「私の気持ちはどうでもいいの!?」
爽久「大丈夫だ。惚れ薬は出来たんだから安心しろ。俺を信じろ」
舞「そんな包帯だらけで。そんなの信じられないよ!」
爽久「ほんとに出来たんだって!」
  そこへ、丁度、廊下に史乃が通る。
  その姿がドアのガラス越しに見える。
史乃「(独り言)ったく、うちの高校ったら、どいつもこいつも腑抜けばかりで。ああ、ほんとむかつくわ。これじゃ、欲求不満女と囁かれてもおかしくないわ」
  爽久はドアを開けて、
爽久「皆口先生、ちょっと」
  爽久は史乃を化学室へ引っ張る。
史乃「何?」
舞「……」
爽久「先生、惚れ薬は完成したんですよね」
史乃「ええ!?」
舞「ほんと?」
爽久「ほんとだって。(ニコニコしながら自慢げに)先生はあとちょっとで俺にキスするところだったんだから。そうですよね、先生」
史乃「ええ、まぁ(頭をかく)」
舞「(史乃に疑いの眼差しを向ける)」
史乃「(視線を振り払うかのように)ところで、今日は何を?」
爽久「いや、舞の恋を成就させようと思って舞の好きな人がここに三時に来るんですよ」
史乃「え?」
舞「(怒り気味にふてくされて)私になんの断りもなく、爽久が勝手に決めたのよ、ったく…」
爽久「妄想で自己完結してしまう恋より、現実の恋の方が数倍も、いやたとえられないぐらい気分が良いってことを舞には知ってほしいんだよ。ね、先生、そうですよね」
史乃「え、ええまぁ(歯切れ悪い)」
爽久「(微笑みながら)現実に好きだと言われてみろ!妄想なんかと比べものにならないぞ」
舞「(疑いの眼差しで爽久を見る)」
爽久「大丈夫だよ。惚れ薬を飲ませて、告白させるんだから。全てうまくいくから心配するな(微笑む)」
史乃(N)「あれ、舞に使うつもりだったの?まずいなぁ…」
    ×    ×    ×
  化学室内には爽久が歩き回っている。
  時計を見ると三時を過ぎている。
  別室に史乃と舞が覗いている。
爽久「(独り言)遅い。あの女ったらし、またすっぽかすつもりか」
  ドアが開いて、真野伊緒(17)が入ってくる。
爽久「遅い!三時に来いっていったろ」
真野「これでも早く来たんだけどな」
爽久「お前だけだぞ。こないだの補習サボったのは」
真野「行くつもりだったんだけど行かせてもらえなかったんだよ」
爽久「まぁいい。それより、サボったのも含めて帳消しにしてやるから、俺の手伝いしろ」
真野「手伝い?」
爽久「お前にはこれを飲んでもらう」
  爽久は真野の前にペットボトルを置く。
  中身は真っ青で泡を吹いている惚れ薬が入っている。
真野「(怪しい目をして)何これ?」
爽久「俺が作った薬だ」
真野「(席を立ち)帰る」
爽久「(真野を座らせ)待て。いいから、大丈夫だから」
真野「(不平)先生の実験台にされるわけ?」

爽久「心配すんな。とっても良い気持ちになるから」
    ×    ×    ×
  別室に爽久と史乃と舞がいる。
  化学室内には真野が座っている。
  爽久はマイクを持って、真野に指示を出す。
爽久「よし、真野。ペットボトルを開けて、目を瞑って飲め」
  真野は言われたとおりにするが、飲むのを躊躇う。
真野「さぁ飲め。そしたらお前の補習はこれで終わりだ」
  意を決して真野は飲む。
  すると、真野は悶絶し始め、イスから転げ落ちる。
爽久「始まった!よし、舞、今だ」
  爽久は、舞を別室から化学室内に入れる。真野は相変わらず悶絶して右に左に転がり回る。
真野「(うめき声)ううう、マズ…」
舞「(驚きたじろぐ)……」
  別室で爽久は史乃に話す。 
爽久「確かに舞は変わった。昔はいつもニコニコしていたのに、妄想日記をつけるようになってから変わったのかな。日記の中に笑顔を隠してしまったみたいだ」
史乃「……」
爽久「(微笑んで)けど、それも今日で終わりだ。好きな人に好きだって言われたら嬉しいでしょ?妄想より現実の方がいいに決まってる。きっと一つの喜びが大きな自信に繋がる。そのきっかけになってくれれば。これを期に、また活発な子に戻ってくれれば」
史乃(N)「(神妙な顔して)……ダメだ。言えない。あれは、ただ不味いだけで、全く効き目がないなんて、とても言えない」
  そして真野は、のたうち回りながら頭を机の脚にぶつけ、うめき声を上げながら体を起こす。
  爽久はマイクで、たじろいでいる舞に指示を送る。
爽久「舞、今だ!聞け!」
舞「(戸惑い)ええ、でも」
爽久「いいから聞いてみろ!」
舞「(戸惑っている)」
爽久「よし、こうなったら」
  マイクに向かってしゃべる爽久。
爽久「真野!お前の好きな人は誰だ!好きな女の名前を言ってみろ」
真野「(ボーとしながら)女?英里子」
爽久「(動揺して)え!?」
舞「(動揺し)え!?」
爽久「もう一度聞く。お前の好きな女は誰だ? お前の前にいる女性じゃないのか?」
真野「(うめき声がちに)前にいる女?」
  真野は薄目で舞を見る。
真野「(うめき声ながら首を振り)ちがう」
爽久「(動揺して)え!?」
舞「(恥ずかしくなる)」
爽久「(意地になり)真野!もう一度聞く!お前の好きな女は舞じゃないのか!?」
真野「(うめきながら)もう、いい加減にしろよ! こんな不味いの飲ませやがって!」
爽久「舞のことをどう思ってるんだ!?」
真野「(頭を振りながら)うるせなぁ!(舞 を見て)俺はお前なんか嫌いだよ!」
舞「(口を開け、呆然とする)…」
真野「(頭を抑えながら)畜生、こんな不味いの飲ませやがって、何考えてんだよ!ったく、むかつくぜ!」
  真野は化学室から出て行く。
  呆然と立ちつくす舞。
    ×    ×    ×
  舞は大泣きして、爽久に罵声を浴びせる。爽久と史乃は舞の前で正座している。
舞「二人して、よくも私を騙したわね!何が惚れ薬よ!何が現実の素晴らしさよ!ただ恥かいただけじゃない!こんなの全くのインチキじゃない!」
爽久「(恐縮して)いや、俺は舞の背中を押すきっかけとして、一歩踏み出す勇気として」
舞「(罵声)何いってるの!自分は何も出来ず、結局薬が出来る前に好きな人はみんな他の男にとられた癖に!」
爽久・史乃「(恐縮している)……」
舞「人の心配より自分の心配しなさいよ!」
爽久・史乃「(恐縮している)……」
舞「(号泣)ったく、どうして真野君にあんなこと言われなくちゃいけないの!妄想のままだったら、妄想のままだったら、あんなこと言われることなかったのに!傷つくことなかったのに!ずっと夢見ていられたのに!」
爽久「(恐縮している)……」
史乃「(聞き捨てならないという顔)……」
  舞は惚れ薬の入ったペットボトルを持って、
舞「こんなくだらないことに夢中になって!こんなの飲んで人が好きになるわけないじゃない!こんなもの」
  舞はペットボトルを振り上げる。
  すると、史乃が舞の手からペットボトルを取る。
  そして、その場で一気飲みして、すかさず爽久に口づけをする。
  口づけされる硬直する爽久。
  驚く舞。
舞「(驚き)えっ」
  爽久はその場に倒れる。
史乃「(苦悶の表情を浮かべながら、ひと呼吸して)あなたは、何の努力もしない癖にただ偉そうにピーピー言ってるだけじゃない!」
舞「……」
史乃「(冷静に)そりゃ、悪いことをしたと思っている。先生も反省している」
舞「……」
史乃「(諭すように)でも惚れ薬なんて、夢みたいな話かも知れないけど、なんでも妄想で自己満足してしまうあたなと先生は違うわ。先生は夢に向かって努力するの、行動する人なの。あなたはただ妄想して喜んでるだけでしょ?」
舞「……」
史乃「私は夢に向かって努力する先生が好きよ。だって一生懸命じゃない。一生懸命がんばってるじゃない。行動してるじゃない。それがダメなことなの?いけないことなの?それって大切なことじゃないの?違う?」
舞「でも」
史乃「なんでも、行動しないで妄想で自己満足して終わりだなんて虚しいだけじゃないの?そんな人生送って楽しい?」
舞「……」
史乃「妄想で終わらしちゃダメ。舞はまだ高校生なんだから、何事にもどんどんチャレンジしなくちゃ。すぐ諦めちゃダメ。もっと前向きにガンガンがんばっていかないと(微笑む)」
舞「……」
史乃「行動するって凄く大切なことよ」
舞「……」
史乃「努力にムダなものなんて一つもないと思う」
舞「……」
史乃「私は、努力する人が好きよ。舞はどうお?舞だって妄想じゃなく現実に何かやりたいことあるんじゃない?」
  舞の脳裏に女子バスケ部の躍動する姿が映る。
舞「(俯く)……」
史乃「やりたいことがあるなら、やるべきじゃない?」
舞「一度、やめていても?」
史乃「そんなの関係ないよ。やめたってやりたければ又やればいい。躊躇う事なんて何もないよ」
舞「……」
史乃「ねぇ舞、やりたいことやらないと、きっと後悔するわよ」
舞「(ハッとして)…後悔」
史乃「やって後悔するのと、やらないで後悔するのは違うからね」
  舞は、史乃の言葉を噛みしめる。
  舞は、目が覚めたような表情で史乃を見る。
  史乃も真剣な眼差しで舞を見る。
  爽久は、史乃にキスされボーとしている。

爽久「(夢心地で独り言)皆口先生にキスされたぁ~」

〇同・体育館内
  バスケ部員の前に舞が挨拶している。
舞「前に一度入部してやめたんですが、またどうしてもバスケがやりたくて…。仲間に入れてください!お願いします!」
  舞は深々とお辞儀をする。
部員一同「(笑顔で拍手する)」

〇同・女子化粧室
  史乃は洗面台の前で鏡を見て、
史乃「(嗚咽)ああ、まだ気持ち悪いわ。ったく、なんちゅうもの作ったんや」
先生A「(笑顔で)飲み過ぎですか?顔色悪いですよ」
史乃「ああ(顔が引きつっている)」

〇同・化学室内
  爽久は黒板をボケーと眺めている。
爽久「結局、あの薬は一体なんだったんだ?。(口づけを思い出して)でも、ちょっとは効いたのかな(微笑む)」

〇同・体育館内
  バスケの練習で、パスを受け取る舞。
  そして、ドリブルしてパスを出す舞。
  真剣な眼差しで、いい汗をかいている。

             〈終わり〉

#ジャンププラス原作大賞

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