シナリオ「夢を履き違えぬように、友よ、灯をともせ」

〇秋葉原の夜。
ネオンの灯り。
大勢の人の波。
  夜空には、満月。

〇小さな劇場が入ってるビルの前(夜)
  矢代弥生(20)、スマホを見ながら、ビルの前まで歩いていく。
弥生はリックを背負っている。
弥生、ビルの前にある立て看板に貼ってあるポスターを見る。
そのポスターに、「スーパームーン単独ライブ! 満月の夜に歌え!」と見出しがあり、メンバー紹介の写真に渡辺阿古(20)が写っている。
弥生、阿古の写真を見てから、ビルの中に入っていく。

〇同・劇場内
  弥生、劇場の中に入る。
ステージが煌々と照らされていて、その壇上でスーパームーンが歌っている。
男性客がスーパームーンの歌に合わせて、合いの手のような掛け声とヲタ芸が繰り広げている。
  凄まじい熱気。
  弥生、その熱気に圧倒される。
  弥生、ステージのスーパームーンを見ると、前列中央に阿古が歌って踊っている。
  弥生、思わず笑みが浮かぶ。
  阿古、長い髪をなびかせて歌って踊っている。
  弥生、両手を握り、感動の面持ちで阿古を見ている。
    ×    ×    ×
  ライブが終了した劇場内では、スーパームーンのメンバー8人が売り子になって、CDやTシャツなどのオリジナルグッズを売ったり、ファンと一緒に写真撮影、握手、談笑している。
  その中に阿古もいる。
  阿古も笑顔で接客している。
  弥生、男たちをかき分け、阿古の前にやってくる。
  阿古、ポスターを買ってくれたファンと握手している。
弥生「阿古!」
  阿古、声の方を見て驚く。
  弥生、屈託ない笑顔。
阿古「……」

〇ファミレス店内(夜)
  阿古と弥生、ファミレスの窓際の席に座っている。
  弥生、目を輝かせて、
弥生「阿古、凄い! ほんとびっくりしたわ。ほんとアイドルになったんだね」
  阿古、弥生とは目を合わさず、冷めた言い方をする。
阿古「そんな簡単にアイドルになれるわけないでしょ」
弥生「そんなことないよ! ステージの阿古はアイドルそのものだった!」
  阿古、弥生を睨み、
阿古「何、からかってるの? アイドルになんかなれないって言ったの、あなたじゃない! もっと現実見なって!」
弥生「あのときは……」
(回想映像挿入)

〇(回想映像)矢代美容室店内。
  カットモデルをした阿古の写真が壁に貼ってある。
阿古、美容イスに座っている。
矢代晶子(44)、驚いた表情をしてハサミを持つ手が止まっている。
弥生、壁のところにある椅子に座り、驚いた表情をして阿古を見る。
弥生の声「ほんと、そう簡単になれるものじゃない、と思ってたのよ」
阿古は、真顔で鏡を見ている。
            (映像挿入終わり)

〇元に戻る・ファミレス店内
弥生「でも今夜、阿古を見て思ったわ。阿古はアイドルになったんだって。お客さんも阿古に声援送ってた」
  阿古、弥生から顔をそむける。
  弥生、自分のことのように楽しそうに、
弥生「阿古のグッズもこんなに!」
  弥生、劇場で買った阿古のTシャツ、タオル、ポスターをテーブルの上に広げる。
  弥生、阿古が写っているTシャツを手で広げながら、
弥生「おばさんに、いいお土産が出来たわ」
  弥生、屈託ない笑顔。
  阿古、「おばさん」という言葉に表情が曇る。
阿古「(小声で呟く)よしてよ」
  弥生、阿古と一緒に写っている写真を手に持ち、
弥生「でも、この阿古、笑ってない(微笑む)」
阿古、弥生の手から写真をもぎ取り、
阿古「笑える訳ないでしょ!」
  阿古、写真をビリビリに破く。
弥生「ちょっと!」
  阿古、弥生を睨み、吐き捨てるように、
阿古「もうやめてよ! 一体、何しに来たの? どうせ笑いに来たんでしょ! アイドルったって、メジャーデビューもしてないアマチュアよ! ただの素人の集まりの地下アイドルよ! お金だって月十万円も稼げないんだから!」
  一瞬、沈黙が過る。
  阿古の方から顔を逸らす。
弥生「(説き伏すように)でも、ほら、下積みって、そんなもんでしょ。歌手だって最初は路上で弾き語りしてたっていうじゃない」
阿古「……」
弥生「でも、ほんと、ステージの阿古を見て、感動したんだ」
阿古「(吐き捨てるように小声で)よしてよ!」
弥生「ほんとだよ」
阿古「……」
  弥生、阿古を見ている。
  阿古、弥生の視線を感じるもそっぽを向いたまま。
  沈黙が流れる。

〇同・歩道(夜)
  車道を走る車の明かり。
  ファミレスから出てくる阿古と弥生。
阿古「で、どうするの?」
弥生「阿古んち、泊めてよ」
阿古「冗談でしょ。こっちは事務所で六畳一間に四人で生活してるのよ。弥生を泊める余裕なんてないわよ」
弥生「じゃ、ビジネスホテルに泊まる。そして明日、もう一度見て、それから帰る」
阿古「……」
弥生「ライブ会場にいって阿古に投票しなくちゃ。私の推しメン(微笑む)」
阿古「……」
  沈黙。
  二人は歩く。
  車道を走る車の明かり。
  阿古、聞きづらそうに小さな声で、
阿古「……突然、なんで来たの?」
弥生「ん、まぁ~」
  弥生、夜空を見上げる。
弥生「……おばさんがね、阿古のこと心配してるんだ。それでね」
阿古「……」
            (回想映像挿入)

〇(回想映像)春江の部屋
  渡辺春江(44)、パジャマ姿にカーディガンを羽織り、布団の上で体を起こして子猫を優しく撫でている。
  布団の傍に、薬袋が置いてある。
弥生の声「おばさんに、『電話すれば?』って言ったんだけど、おばさん、『私がかけるとかえって心配かけるでしょ』って、遠慮してね……」
           (映像挿入終わり)

〇元に戻る・歩道(夜)
阿古「……」
弥生「それに、私も阿古に会いたかったら」
阿古「お母さん。悪いの?」
弥生「いや、悪くないよ。っていうか、いつもと変わりなく。ただやっぱり阿古のこと、心配してた」
阿古「……」
弥生「ずっと帰ってないでしょ」
阿古「……」
弥生、阿古のグッズが入った紙袋を前に出して、
弥生「これだけでも送ったら、おばさん、きっと喜ぶよ」
阿古「喜ばないよ」
弥生「そんなことない」
阿古「もういいよ」
  二人の間に沈黙が流れる。
  車道を走る車の明かり。
  弥生、ビジネスホテルの建物を見つける。
  弥生と阿古、立ち止まる。
弥生「明日、また見に行くからね」
阿古「……」
弥生「じゃあ」
  弥生、阿古に手をふり、ビジネスホテルがある方へ歩いていく。
  阿古、弥生を見送る。
  阿古、焦りの色が伺える。
  阿古、ポケットからスマホを出す。
  スマホの画面に「樹里」の名前と電話番号が出る。
            (回想映像挿入)

〇(回想映像)喫茶店
  阿古と樹里、向かい合って話している。
樹里「このままじゃダメだと思ってるんでしょ。このまま続けていても何も変わらない。ジレンマ、感じてるんじゃない」
阿古、返す言葉がない。
樹里「私もそうだった」
阿古「……」
樹里「地道な努力も必要だけど、ほんとに必要なのは人脈よ」
阿古「……」
樹里「そのためなら少しぐらい、我慢しなくちゃいけないこともある」
阿古「……」
樹里「私のいってること、わかる?」
阿古「はい……」
樹里「でも、人脈はともかく、少なくともお金は手に入る。あんな希望もないむさくるしい共同生活から抜け出せるし、そのお金で親にいい思いさせることも出来るわ」
阿古「……」
樹里「私もあそこで頑張った。けど、結局、手に入れたものは虚しさだけだったかな」
阿古「……ちょっと考えさせてくれませんか?」
樹里「いいわよ。いくらでも考えて」
           (映像挿入終わり)

〇元に戻る・歩道(夜)
  阿古、スマホのボタンを押して樹里に電話をかける。

〇タワーマンションの外観(夜)

〇同・樹里の部屋
  樹里の部屋は、街のネオンが一望できる高層階。
  樹里(25)、出かける格好である
阿古「突然、すみません」
樹里「気にしないで」
阿古「もう、どうしていいかわからず!」
  阿古、嘆く。
樹里「いいのよ。家出って、そういうもんだから。私もそうだった(微笑む)。で、決心がついたの?」
阿古「……」
  阿古、俯く。
  樹里、阿古が悩んでいるのがわかる。
樹里「そう、まだつかないのね」
阿古「すみません」
樹里「かまわないわ。とりあえず、決心がつくまでここ好きに使って。自分の家と思っていいから。このままじゃ、どこにも行けないでしょ」
阿古「……」
樹里「ここでよく考えて、どうするか決めればいいわ」
阿古「そんな(甘えて)」
樹里「構わないわ。可愛い後輩のためだもの」
阿古「すみません」
樹里「ほんと、ここは眺めもいいし、あなたもこういうマンションに住めるのよ」
阿古「……」
樹里「まぁ、よく考えて(微笑む)」

〇CLUB・OZ内
  ミュージックがかかり、フロアのお客はノッテいる。
  その一角のテーブル席に樹里とリナ(26)が話している。
リナ「いつまでいさせるき?」
樹里「(微笑み)そう時間はかからないと思う」
リナ「なんで?」
樹里「今、私のマンションにいるのよ。あのクソ狭い六畳一間じゃないのよ」
リナ「……」
樹里「私の部屋をたっぷりみてもらうの」
  樹里、にやける。
             (映像挿入)

〇(映像挿入)タワーマンションの樹里の部屋(夜)

〇同・リビング
  60インチはあるテレビにソファ。

〇同・キッチン
  オシャレなシステムキッチン。
樹里の声「いい暮らしをしれば、人は変わる」

〇同・寝室
  大きなベッドと可愛らしい飾り。
  阿古、何気なく見ている。

〇同・リビング
  阿古、窓の傍まであるいていく。
そして、窓に両手をついて、眼下に広がるネオンを見る。
樹里の声「そしたら、躊躇いなんて一瞬で吹き飛ぶわ」
ガラスに阿古の顔が反射して映る。
         (映像挿入終わり)

〇元に戻る・CLUB・OZ内
リナ「なるほど」
樹里「この世界、いかに人脈が大切か、あの子はわかってる。そのためなら多少の覚悟も必要なことも」
  クラブのお客は踊っている。
樹里「このまま、地下アイドルを続けていてもメジャーになんかなれっこない。地下に埋もれて終わるだけよ。それなら、せめてお金だけでも手に入った方がいいでしょ。夢かなわずともお金がきっと慰めてくれる」
  樹里、それを信じているように言う。
  リナ、他人事のように、
リナ「そうかな」
樹里「そうよ! そんなものよ! 堀田の言葉に踊らされて、いつまでも見果てぬ夢を追い続けているだけじゃダメなのよ! 現実も見なくちゃいけないのよ!」
  リナ、手を前にかざし、樹里の気勢を制するように、
リナ「ようは『ケアーが大切』ってこと、でしょ」
樹里「そう! 私はね、可愛い後輩に私が味わった苦い思いをさせたくないの。堀田の甘い言葉に踊らされて、虚しい思いをさせたくないのよ」
  そこへ、いかにも金持ち風の紳士の脇田(52)がやってくる。
脇田「樹里」
  樹里、リナの肩に触れて、脇田の元へ行く。
  脇田、樹里の腰に手を回す。

〇タワーマンションの樹里の寝室(夜)
  阿古、ベッドに寝ているも眠れず、寝返りをうつ。

〇事務所建物の外観(朝)
  一階が事務所とレッスン場。
  二階、三階が居住スペース。

〇同・レッスン場
  レッスン場にスーパームーンのメンバーが「おはよ」と挨拶しながら集まってくる。

〇同・事務所内
  こじんまりした事務所。
  メンバーの出欠を確認する出欠表がある。
  「いる」と青、「いない」と赤。
  阿古の札だけ赤になっている。
  堀田裕司(29)、それを立って腰に手をあて見ている。
  すると事務所にスーパームーンのメンバーの真帆(22)がジャージ姿で入ってくる。
真帆「おはようございます」
堀田「真帆、阿古はどうした?」
真帆「阿古ちゃんなら、昨日、田舎から友達が来て」
  真帆、出欠表を見て、
真帆「あれ、帰って来なかったんですか?」
堀田「ああ。まぁいい。あとで電話するわ」

〇イタリアレストランの外観(昼)
  阿古と樹里、ランチをとっている。
樹里「堀田さんのやり方は甘いわ。チャンスなんて待っててくるものではないわ。自分で掴みに行かなきゃ手に入らないものよ。中でも一番大切なのは人脈。出会いよ! それを女である以上、女の武器を使わない手はないでしょ。過程よりも結果なのよ」
阿古「……」
樹里「それが全てだと思う」
阿古「……」
樹里「まぁ、それでダメだったら、ほんとダメだと思う。でも、最低でもお金は手に入るわ」
阿古、一度、俯き、意を決したかのように顔をあげ、樹里を見て、
阿古「私、やります。樹里さんの言う通りにします」
樹里「そう! よく決心してくれたわね。ん、その方がいい。決断は早いに越したことないから」
阿古「……」
  阿古、一抹の不安が過る。
樹里「任せて」

〇事務所建物の外観(午後)

〇同・事務所内
  堀田、デスクに座り、机に置いてあるスマホを見ている。
  スマホの画面には、「阿古」を電話で呼び出しているが、繋がらない。
  堀田、頬に手を当て、ため息をつく。

〇同・レッスン場
  レッスン場に曲が流れる。
  スーパームーンのメンバーが、鏡に映る自分たちを見ながら振付の練習をしている。
  堀田、曲が終わるまで見ている。
  そして、曲が終わる。
  メンバーは、深呼吸している。
堀田「振付だけど、ちょっと阿古がいないのを想定して、やっておいてくれるか?」
みさき「阿古、休みですか?」
堀田「いや、さっきから阿古に電話してるんだが全く出ない」
メンバー「……」
  メンバーの一人、花蓮(20)が訳ありげな顔をする。
堀田「兎に角、もしものことを考えて、阿古なしもやっておいてくれ」
みさき「はい」

〇小さな劇場が入ってるビルの前(夜)

〇同・劇場内
  ステージには、「あきば小町」というアイドルグループが歌っている。
  弥生は阿古の出番を今か今かと待っている。
  あきば小町のステージが終わる。
小町A「みんな、明日は新曲やるよ! 絶対来てね!」
あきば小町のメンバー、客席に手を振って舞台からはけていく。
そして、一瞬暗くなり、光とともに、スーパームーンのメンバーが現れる。
  歓声が上がる。
  弥生、背伸びして、阿古を探す。
弥生「阿古……」
  しかし、阿古の姿が見つからない。
  それでも弥生は探す。
  メンバーのリーダーみさき(24)が、一歩前に出て、
みさき「ステージの前に」
  客席がざわつく。
みさき「今夜、阿古は急用があっていません。みんな、ごめん」
弥生「!?」
  客席から残念がる「え!」の声。
みさき「でも、阿古の分まで、限界いっちゃいますから、みんなもついてきてください!」
  客席から、「おー」と掛け声があがる。
  スーパームーンのステージが始まる。
弥生「……」
    ×    ×    ×
  ライブが終了した劇場内では、スーパームーンとあきば小町のメンバーが売り子になって即売会が開かれている。
  弥生、スーパームーンのコーナーに行き、メンバーのマヤ(20)に尋ねる。
弥生「なんで阿古さんいないんですか?」
マヤ「阿古ちゃん? 阿古ちゃんはちょっと田舎から友達が来て、どうしても来れなくなっちゃったの」
弥生「え!? ちょっと! その田舎から来た友達って私なんですけど」
マヤ「え?」
  弥生とマヤの話をメンバーの花蓮が聞いてしまう。

〇同・舞台裏
  弥生、マネージャーの堀田と立ち話をしている。
堀田「いや、ずっと阿古と一緒にいるものかと」
弥生「いえ、阿古とは昨晩、別れてからは会ってません」
堀田「そう……。実は今日、事務所にも帰ってこなかったから、ずっと電話したんだけど、繋がらないんだよね。悪いけど、阿古に電話してくれる?」
弥生「はい」
  弥生、スマホを手に取り、阿古に電話をする。
  すると「電源をおきりか、電波の届かないところにいます」というアナウンスが流れる。
弥生「あ! ダメだ! 繋がらない!」
堀田「(舌打ちして)まいったなぁ」
弥生「今夜、阿古の元気な姿を見てから、帰ろうと思ってたのに!」
堀田「……」
  そこへ、リーダーのみさきと一緒に花蓮がやってくる。
みさき「堀田さん」
花蓮「阿古に内緒にしてって言われてたんですけど、こないだ偶然ショップから阿古と樹里さんが出てきて……。なんかたまに会ってるみたいで……」
堀田「……」
  堀田の表情が険しくなる。
みさき「私も、最近、阿古がなんか一人でいることが多かったんで、それとなく何か悩みがあるのか聞いたんですけど、そんなことないって言われて……」
堀田、腕を組む。
堀田「そうか……」
  一瞬、沈黙。
弥生「……」
  弥生、不安げな顔。
             (回想映像挿入)

〇(回想映像)渡辺家・キッチン(冬)
  窓から雪が積もっているのが見える。
  ストーブがついていて、ストーブの上に置かれたやかんから湯気が出ている。
  阿古と弥生と春江がキッチンのテーブルで談笑しながら、餃子の皮に具を入れている。
  弥生は手つきが悪く、不格好の餃子が出来る。
阿古「そんな不器用で美容室、継げるの?」
  阿古と春江が微笑む。
弥生「大丈夫よ。髪の毛包むわけじゃないから」
  三人は微笑む。
  阿古の屈託ない笑顔。

〇(回想映像)渡辺家・居間(弥生が出てくる前)
  弥生と春江は縁側にいる。
  春江はパジャマにカーディガンを羽織っている。
  その傍で、子猫がエサを食べている。
  春江、優しい眼差しで子猫を見ながら、
春江「元気で楽しくやってるならそれでいいいの」
弥生「……」
           (映像挿入終わり)

〇元に戻る・舞台裏
  弥生、沈黙を破るかのように、不安をぶちまける。
弥生「私、このままじゃ帰れない!」
堀田、みさき、花蓮が弥生を見る。
弥生「阿古に会うまでは帰れない! 一体、阿古のお母さんになんていえばいいの!?」
みさき・花蓮「……」
堀田「探そう」
みさき「心当たりあるんですか?」
堀田「おそらく、樹里のところにいる」
みさき「じゃ、私も」
堀田「お前たちは帰れ」
みさき「でも」
堀田「大丈夫。必ず連れて帰る」
みさき「わかりました」
弥生「私は連れてって。阿古に会うまでは居ても立っても居られないわ!」
堀田「わかった」

〇タクシー車中(夜)
  堀田、目をつぶっている。
弥生「樹里さんってどういう人なんですか?」
堀田「以前、スーパームーンのメンバーで一緒に活動していた」
  堀田、遠くを見るような目で過去を思う。
            (回想映像挿入)

〇(回想映像)劇場のステージ
  スーパームーンのメンバーのセンターに樹里がいる。
  お客さんの半数が樹里ファン。
  樹里への声援、ハッピ姿が多い。
堀田の声「樹里は別格だった。それはスーパームーンの中だけじゃなく他のグループも含めて一番人気もあったし、実力もあった」
  ステージのセンターで躍動する樹里。
           (映像挿入終わり)

〇元に戻る・タクシー車中   
弥生「……」
堀田「俺は樹里なら一人でも間違いなくメジャーデビュー出来ると思っていた。けど樹里は、どんなに活動しても一向に変わらない現状に嫌気がさして、彼女はあやまった道を進んでしまった」
弥生「あやまった道?」
堀田「業界人と名乗る男に体を売ったんだ」
弥生「……(絶句)」
堀田「結局、メジャーデビューも出来ず、出ていったよ」
弥生「じゃ、阿古は?」
堀田「同じようなジレンマを感じていたのかもしれない」
弥生「……」
堀田「確かに、現状を変えるのは難しい」
弥生「……」
堀田「グループを辞めたり、卒業していく人を見て、何も変わらないことに焦りを感じ、自分を追い詰めてしまうこともある。メジャー志向が強い子は特にね」
弥生「じゃ、阿古も!?」
堀田「おそらく、樹里に相談したと思う」
阿古「そんな!?」
堀田「そうならないようにしないと」
  弥生、両手を握り、祈るように、
弥生「そんなことない! そんなことないよね、阿古」
  弥生、両手を握り祈る。
  前を走る車の明かり(ブレーキランプ)

〇CLUB・OZ内
  フロアは客でにぎわっている。
  その一角にあるテーブル。
樹里「よく、ここが分かったわね」
堀田「君のことは特にね」
樹里「要注意人物ってこと?」
堀田「そんなんじゃない」
弥生「……」
堀田「さっそくだけど、阿古はどこにいる?」
樹里「そんなこと、なんで私に聞くの? 私が知るわけないじゃない」
堀田「そうかな」
  樹里、堀田を睨む。
樹里「……どうして?」
堀田「阿古は、君に似てるからな」
樹里「(微笑みながら)似ている? どこが?」
堀田「この世界にいる者なら大概そうだが、特に阿古は君と同じでメジャー志向が強い。それがハッキリわかる、わかりやすい子だからね」
樹里「……」
            (回想映像挿入)

〇(回想映像)劇場のステージ
  ステージの上で、スーパームーンのセンターで躍動する樹里。
  樹里の笑顔がこぼれる。
樹里の声「私もあなたの言葉を信じて一生懸命やって来たけど、結局、何も手に入れられなかった」
    ×    ×     ×
  誰もいなくなった劇場に一人、立ち尽くす樹里。
  祭りの後。
  樹里の姿が、阿古に変わる。
            (映像挿入終わり)

〇元に戻る・CLUB・OZ内
樹里「そのことに彼女は気が付いたのよ。いつまでも地下アイドルで終わりたくないってね」
堀田「俺だって彼女たちを地下アイドルで終わらせるつもりはない。彼女たちがメジャーデビューして活躍するところが見たい、そう思ってる」
樹里「(鼻で笑い)無理よ。どんなにあんなところで頑張っても」
堀田「それでも頑張れるところがあるなら、頑張るしかないだろ。そう簡単にメジャーになれる近道はないんだ! ステージで頑張って、地道にお客さん増やして、大きくなっていくしかないんだ! そうやって、大きくなって、世間がほっとかなくなるようなアイドルになるしかないんだ!」
樹里「そんな悠長なこと」
堀田「なら、お前はアイドルになったのか? お前のいうメジャーデビュー出来る人脈は手に入ったのか?」
樹里「……」
堀田「お前は、一人で焦り、狼狽して、興味本位で近づいてきた男に、美味しい話をチラつかされ、男の口車に乗っただけじゃないのか?」
樹里「でも、それでも、お金は手に入ったわ」
堀田「金でお前の心は満たされるのか? その金で夢を捨てることが出来たのか?」
樹里「……」
  樹里、堀田の言葉が胸に刺さる。
堀田「樹里、お前の夢は一体何だったんだ!?」
樹里「……」
  樹里、何も言い返せない。
堀田「彼女たちには応援してくれるファンがいる。阿古にも阿古のファンがいる。そのファンの期待に応えるためにも、俺たちは続けなくちゃいけないんだ! 頑張らなくちゃいけないんだ!」
樹里「……」
堀田「樹里、阿古はどこだ?」
  樹里、下唇をかみ、頭を少し傾げる。
樹里「……」
  堀田、樹里を諭すように、
堀田「俺は阿古を妹のように思ってる。いや、阿古だけじゃない。メンバーのみんなのことも。それに、お前のことだって、今でも心配だよ」
樹里「(小声で)何言ってんのよ」
堀田「ほんとのことだ。俺は今でも、あのとき、お前が一人で考えないで、俺に相談してくれたら、と思ってる。もっと俺に信頼があれば、と。今でも悔やんでるよ!」
  堀田、真剣な眼差しで樹里を見る。
樹里「……」
堀田「阿古の居場所を教えてくれ!」
樹里「……今夜、シーザスターズホテル、903号室で男と会うわ」
堀田「ありがと」
  堀田、樹里の手に手をのせる。
樹里「もう遅いかもよ」
堀田「迎えに行くよ」
  堀田、弥生の腕を掴み、クラブを出る。
  それを見送る樹里。

〇車道(夜)
  タクシーに乗ってる堀田と弥生。
弥生「どうするの?」
堀田「連れ戻すよ」
弥生「どうやって?」
堀田「考えはある。これでも演出家志望だったんでね(微笑む)」
弥生「……」

〇シーザスターズホテルの外観(夜)

〇同・903号室内
  日野(56)、ワイシャツ姿でソファに腰かけ、上機嫌にビールを飲んでいる。

〇同・浴室
  阿古、シャワーを浴びている。
  顔にシャワーが降りかかる。

〇同・903号室前
  堀田と弥生がいる。
  堀田、ドアの傍にある呼び鈴を押す。
  しばらくすると、ドアが開き、日野が訝しげに堀田を見る。
日野「なんです?」
堀田「警察ですが、こちらにこの少女、いませんか?」
  堀田、阿古の写真を日野に見せる。
日野「……」
  堀田、弥生の腕をとって、
堀田「この少女が、仲間がこの部屋にいるっていうもんですから」
  弥生、堀田に促され頭を下げる。
日野「いますが……」
堀田「実は、この少女と写真の少女は、睡眠詐欺の常習者なんですよ」
日野、困惑し、目をしばしばさせる。
堀田「行為に及ぶ前に、事前に睡眠薬入りのお酒を飲ませて、金を盗む」
  堀田、日野の酔って少し赤くなっている顔を見て、
堀田「どうやら飲まされてますね」
日野「あ、いや」
堀田「いやぁ、良かった。まだ被害には会ってないみたいですね。じゃ、少女を連行します」
  堀田と弥生、部屋の中に入っていく。
  日野、何が何だかわからず、ボー然とし、ドアの傍で立ち尽くしている。
  堀田と弥生が部屋に入ると浴室から体にタオルを巻いた阿古が出てくる。
  弥生、阿古を見るなり、
弥生「阿古!」
  弥生、阿古に抱きつく。
阿古「え!?」
  阿古、訳が分からず戸惑う。
弥生「阿古! よかった!」
  弥生、阿古を強く抱きしめ、阿古の肩に顔をくっつける。
    ×    ×    ×
  堀田と弥生と私服を来ている阿古。
日野「……」
日野、ずっと立ち尽くしたまま。
  堀田、日野の前に出て、
堀田「よかったですね。もう少しで騙されるところでした。ご協力感謝します」
  堀田、お辞儀する。
  そして、堀田、阿古と弥生をいかにも連れていくように、
堀田「ほら、行くぞ!」
  と、阿古と弥生の背中を押す。
日野「……」
  日野、一人残される。

〇シーザスターズホテルの外(夜)
  弥生と堀田と阿古、ホテルを出る。
  歩道に出るなり、弥生が阿古に向き合う。
  弥生、憤りを抑えきれず、阿古の両腕を掴み、
弥生「阿古、なんであんなことしたの!」
  阿古、弥生に見られたくないところを見られ、弥生の目を見ることが出来ない。
弥生「私の目、見なさいよ!」
  阿古、顔をそむけたまま、小声で、
阿古「どうして……」
弥生「何?」
阿古「どうして来たのよ」
弥生「あなた、自分がやろうとしたことわかってるの!?」
阿古「わかってるわよ。わかってるからここに来たのよ。決心したからここに来たのよ」
弥生「阿古! 一体、何を決心したっていうの!」
阿古「アイドルになるチャンスをつかむためよ」
弥生「チャンスって何よ! なんで男と寝ることがチャンスにつながるのよ!」
阿古「そういうことが必要なときもあるのよ。弥生にはわからないわ」
弥生「わからないよ! そんなの全然わからないし、わかりたくないわよ!」
阿古「……」
弥生「どうして? どうしてそうなっちゃうの? そんなことしておばさんが喜ぶと思うの?」
阿古「有名になれば、喜んでくれるわ」
弥生「喜ぶわけないでしょ! そんなんで、有名になって、一体誰が喜ぶのよ!」
弥生、口を真一文字にして、阿古の頬を叩く。
  堀田、驚く。
弥生「バカにしないでよ!」
  阿古、叩かれたまま。
弥生「もう、おばさんを悲しませるようなことしないでよ!」
  弥生、悔し涙を流す。
阿古「……」
  阿古、弥生とは逆に終始、虚脱状態。

〇タクシー車内(夜)
  後部座席に、堀田を真ん中に阿古と弥生が座っている。
  沈黙が流れる。
堀田「なぁ阿古」
阿古「……」
堀田「樹里を頼らず、まず俺を頼ってほしかったなぁ。俺だって現状に満足なんかしてないぞ。お前たちがいつかアリーナや武道館で大勢の観客を前にライブが出来るようになる姿を心待ちにしてるんだ」
阿古「……」
弥生「……」
堀田「俺だって考えてるんだから、もっと信頼してほしいな」

〇事務所建物内(夜)
  堀田に連れられ阿古と弥生が入る。
  メンバーのジャージ姿の仲間たちが阿古を出迎える。
メンバーたち「阿古おかえり」
  阿古を囲むメンバーたち。
みさき「些細なことでもいいから私たちに相談してよ。仲間じゃない!」
真帆「阿古、お腹すいてるでしょ」
  弥生、仲間がいる阿古を羨ましそうに見る。

〇同・六畳一間(居住スペース)
  部屋には、阿古、マヤ、真帆、花蓮、弥生の五人がいる。
弥生「なんか、私まで泊めてもらってごめんね」
マヤ「いいのいいの。こんな狭いところでよかったら」
真帆「気にしないで」
弥生「でも、なんか団体で一部屋に寝るなんて、なんか修学旅行みたい」
花蓮「そうね。毎日が修学旅行」
一同、笑う。
弥生「でも、みんな楽しそうだよね」
真帆「好きでやってることだから」
花蓮「でも、生活は苦しいけどね。これが地下アイドルの悲しい現実なのよね」
  真帆、頷く。
マヤ「メジャーアイドルになれれば、もっといい暮らしが出来るんだろうけど」
花蓮「少なくとも、毎日が修学旅行は、免れるわ」
  一同、笑う。
弥生「でも、そんなの関係ないよ。地下アイドルとかメジャーアイドルとか、ファンにとっては関係ないと思うよ」
  メンバー、弥生を見ている。
弥生「それに、みんな一生懸命頑張ってるじゃない。一生懸命頑張る姿に地下もメジャーもないでしょ? 頑張る姿に差なんてないよ。そんなのあったらおかしいよ。だから、みんな、胸張っていいと思うよ。恥じることなんて何もないよ」
  阿古、離れたところで弥生の話を聞いている。
マヤ「そういわれると、なんか自信がつくわ」
  マヤ、真帆や花蓮の顔を見る。
弥生「ほんとのこどだよ。ファンだってみんな、一生懸命頑張る姿を応援してるんだよ」
   ×   ×   ×
  みんな、就寝。
  真帆が部屋の明かりを消す。
  真っ暗の中、
弥生「そうだ。一宿一飯のお礼に、明日みんなの髪切ってあげるよ。もちろんタダよ」
花蓮「一宿一飯って?」
みさき「一夜の宿と食事のこと」
真帆「花蓮は、ほんともの知らずだな」
花蓮「そんなの知らないよ。そんな言葉、初めて聞いたよ」
  一同、笑う。
  弥生、微笑みながら、
弥生「兎に角、切ってあげるわ。でも、私、まだ美容学校の生徒だから」
マヤ「切ったことあるの?」
弥生「数人。そのほとんどが身内」
マヤ「危なっかしいなぁ~」
弥生「大丈夫。腕に自信はあるから。特に、毛先を整えるのはね」
マヤ「そんなの私だって出来るわ」
  一同、笑う。
  一瞬、静寂になる。
弥生「でも、仲間っていいね。みんな同じ方向、向いていてさ。なんか羨ましい」
  阿古、一番端でみんなに背を向け、背中を丸めて、薄目している。
  阿古、弥生に叩かれた頬に手を当てる。
  阿古、目を閉じ、静かに眠りにつく。

〇事務所建物の外観(朝)

〇同・レッスン場
  鏡張りの前で、弥生が花蓮の髪を切っている。
  弥生、切った髪を払い、
弥生「はい、出来上がり」
  花蓮、立ち上がって、鏡に近づき、髪を見る。
弥生「髪は自分で洗ってちょうだい。気に入らなかったらまた切るから。その代り、いつまでも気に入らないって言ってると坊主になるよ」
  花蓮、笑いながら出ていく。
マヤ「じゃ、次は私」

〇同・事務所建物の外
  真帆、みさき、花蓮、他のメンバーがお互い切った髪を見せあい、じゃれあっている。
  暖かな陽の光が少女たちを照らす。

〇同・レッスン場
  弥生、慣れた手つきでメンバーの髪を切る。
  弥生の手さばきを順番待ちのメンバーが見ている。
    ×    ×    ×
  マヤが髪を切り終え、出ていく。
  弥生、ヘアーエプロンから毛をはらっている。
  レッスン場の入口にいる阿古が鏡に映る。
  弥生、振り返り、阿古を見る。
  阿古、遠慮がちに、
阿古「私も、いい?」
弥生「勿論」
  弥生、微笑む。
    ×    ×    ×
  鏡に、弥生が阿古の髪をくしでゆっくりとかしている姿が映る。
  弥生、思わず、笑みがこぼれ、
弥生「ここに来る前、おばさんの髪、切って来たのよ」
阿古「……」
弥生「おばさん、私に切らせてくれたの」
阿古「……」
  弥生、阿古の髪をとかしながら、
弥生「あの長い髪をバッサリ切ったのよ。なぜだかわかる?」
阿古「……」
弥生「阿古が帰ってきたら、そのとき見た目だけでも元気な姿を見せたいっていってね。(微笑み)いじらしいでしょ」
  鏡に、さわやかな顔をした弥生が映る。
  弥生、手にハサミとくしを持ち、髪を切るため、阿古の俯いた頭をゆっくり両手で正す。
阿古の顔が鏡に映る。
阿古、目を閉じ、唇を噛みしめ、声を殺して泣いている。
阿古、涙が止まらない。
  弥生、母を思う阿古の気持ちに、目を細める。
  弥生、阿古の髪を切り始める。
  ハサミの音。
  二人だけの時間が流れる。

〇劇場のステージ(夜)
  真っ暗の劇場内。
  暗闇のステージから光とともに現れるスーパームーンのメンバーたち。
  そして、歌う。
  観客も盛り上がる。
  弥生、阿古を見ている。
  阿古、ステージの上でエネルギッシュに動き、ショートヘアが躍動している。
  堀田、舞台袖で満足そうに見ている。
  樹里もラフなカッコで客席の後ろで、眩しそうに見ている。
  ステージの上で輝く阿古。
  弥生、笑みがこぼれる。

             〈おわり〉

旧題「ショーマストゴーオン」

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