シナリオ「残された世界」

〇富士山の西湖のほとり(夜)
  男三人(山田、織田、上杉)、女二人(尚子、真紀)の大学生たちがキャンプをしにきている。
  学生たちは焚き火を囲んでいて、尚子が携帯用カラオケで歌を歌っていて、皆、盛り上がっている。
  夜空には月が見え、西湖は月明かりをあびてキラキラ輝いている。
  尚子が、歌い終わる
織田「ねぇねぇ、これから肝だめしに行かない」
真紀「え、肝だめし?」
尚子「どこに」
  織田は樹海の方を指さして
織田「樹海だよ、樹海」
真紀「えー、大丈夫なの!樹海って、確か自殺の名所でしょう。一度入ったら迷って出られないんじゃなかったっけ」
尚子「私嫌よ!そんな所で死にたくないわ」
織田「大丈夫だよ。樹海の中を通る散歩道を歩くだけなんだから」
真紀「本当?」
上杉「大丈夫だよ、行こう行こう!」
  と言って尚子の肩を抱き歩き出す。
  織田も真紀の手を取って歩く。
  山田俊介(19)が、つまらなそうに座って焚き火をいじくっている。
  そして、上杉が、俊介の方を振り返り
上杉「おい、俊介、行くぞ」
俊介「ああ・・・」
  俊介は、焚き火に缶ビールの残りをかけ、火を消して織田たちの後を追う。

〇青木ヶ原樹海(夜)
  月夜に照らされる青木ヶ原樹海が不気味に見える。
  その樹海の向こうに富士山が見える。

〇武田重虎(たけだしげとら)の居城(夜)
  樹海の中に重虎の館がある。
  大きな館である。
  館は戦国時代風のものである。

〇同・寝室
  障子戸の奥に葵美早貴(あおいみさき)(17)が、白い着物を着て床の上に横向きに寝ている。
  ろうそくの明かりが、美早貴を照らす背中まである長い髪が印象的だ。
  美早貴は、床の中で目をつぶり、父に言われたことを思い出している。

〇回想・広間
  美早貴は、父、葵十造(あおいじゅうぞう)(58)の前に正座している。
  美早貴は女武士のかっこをしていて、刀を自分のわきに置き、髪はポニーテールのようにしている。
  十造は、立派な髭をたくわえ、いかにも戦国武士という感じだ。
十造「重虎殿は、お前をたいそう気に入り、お前を嫁に迎えたいとのことだ」
美早貴「父上、私は嫁になど行きません。まして、姉上を殺し、葉也多(はやた)様を切腹させたあいつの所になど死んでも行きません!」
十造「口をつつしめ、美早貴!かりにも重虎殿は領主様の兄上であられるぞ!」
美早貴「でも、領主になれなかったのは、奴に領主としての人格が無いためでしょう。その人格に姉上は苦しめられ、殺されたんだ!(すかさず、美早貴は両手を床につき身を乗り出し)父上、悔しくないのですか!」
十造「黙れ!」
美早貴「それに、愛弟子である葉也多様まで殺され」
十造「葉也多が切腹するのは当然だ。重虎殿の目を盗んで静(しず)と内通していたのだからな」
美早貴「でも、あいつは!」
十造「黙れ!信玄公の血を受け継ぐ者は、我々にとって絶対なのだ!(自分に言い聞かせるように)それに、静はまだ死んだわけではない。どこかで生きているやもしれん」
美早貴「なら私が嫁ぐ必要は無いでしょう」
十造「そうはいかん。静のしたことは、妻にあるまじきこと、夫に対する裏切り行為だ。重虎殿の面目をつぶしたことになるのだからな。本来なら、我々も何らかの処罰を受けるところを、重虎殿は、寛大にも静のしたことを許し、我々との絆をいっそう深くするために、お前を温かく迎えると言っておるのだ」
美早貴「父上!」
十造「これは命令だ!」
美早貴「・・・私は姉上のようにはなりませんよ」
  二人はにらみ合う
美早貴「・・・わかりました」
  美早貴は、脇に置いていた刀を持ち、十造に深々と頭を下げ
美早貴「失礼します」
  美早貴が十造に背を向けると
十造「美早貴」
  美早貴は立ち止まる
十造「お前を男として育てたこと・・・憎んでいるか?」

〇元の寝室
  美早貴は横向きに寝ていて、つぶっていた目を見開き
美早貴「いいえ、父上」
  と言って布団の下から刀をのぞかせ
美早貴「いいえ」

〇青木ヶ原樹海遊歩道の入口
  俊介と織田と真紀が入口の所に入る。
  織田と真紀は手をつないでいる。
  俊介はつまらなそうな顔をしている。
織田「しょうがねぇだろ、女の子二人しかいねえんだ。それとも、三人で行くか?」
俊介「いいよ、そんな野暮なことはしねぇよ。一人で行くよ」
織田「だったら、そんな顔するなよ!」
俊介「わかったよ」
真紀「ごめんなさいね。今度はちゃんと連れてくるから」
  俊介はうなずく。
  織田と真紀は遊歩道へ歩きだしながら
織田「15分たったら来いよ、いいな」
俊介「ああ、いってらっしゃい。お気をつけて」
  と言って手に持っている懐中電灯をふる。
織田「お前もな」
  と言って織田も懐中電灯をふる。
俊介「あーあ、つまんねぇの」
  織田と真紀は樹海の中に消えていく

〇武田重虎の居城(夜)

〇同・寝室
  美早貴は、床に横向きになって寝ているろうそくの明かりが、美早貴の背を照らす。
  すると、障子戸が開き、ろうそくの火が揺れる。
  武田重虎(36)が入ってくるのを美早貴は背中越しに感じる。
重虎「とうとう、わしの所に来たな、美早貴。静は、ほんに色っぽいおなごだったが、さて、お前はどうかな」
  美早貴は目を閉じて機会をうかがっている

〇青木ヶ原樹海遊歩道の中(夜)
  俊介は、一人樹海の中でグチをまき、イライラしながら歩いている
俊介「気味わりいなぁー、まったく何が楽しくてこんな所を一人で歩かにゃならんのだ!去年の夏は受験勉強にあけくれて、やっとのことで今年大学生になったっていうのに、何が楽しくてこんな所を歩かにゃならんのだ!あーあ、畜生!」
  と言って足元の草をけとばすと、俊介は自分が道のない所を歩いているのに気がつく。
俊介「(動揺しながら)あれ、変だな、道がないぞ?あれ、俺いったい、どこ歩いてんだ?・・・・あれ」
  辺りを照らす俊介の姿が孤独である。

〇武田重虎の居城・寝室
  重虎、美早貴の隣に寝る
重虎「美早貴、こっちを向け、恥ずかしいのか」
  と言って美早貴の肩を抱く。
  美早貴は、寝返りながら重虎めがけてひじを入れ、すかさず刀を持って立ち上がる。
美早貴「(叫ぶ)姉上の仇!」
  と言って刀を重虎めがけて振り下ろす。
  重虎は、横に一回転してかわし、壁にかけてある槍をもつ
重虎「やはり、そうとうなじゃじゃ馬のようじゃな。俺が飼いならしてやる」
  重虎は、満面に笑みを浮かべ美早貴とのことを楽しんでいる。
  美早貴は、懐から目潰し玉を出し、重虎の顔にぶつけ、重虎がひるんだすきに斬りかかる。
美早貴「覚悟!」
  重虎は、目潰しの粉をあびながらも、槍で美早貴の刀をかわして、美早貴の肩を槍でいる。
  美早貴は苦痛に顔を歪めながらも、槍からのがれ、重虎の次の一撃をかわして、着ていた着物を重虎に投げつけ、そして、館を出て樹海のなかに走り去っていく。
  美早貴は、着物の下に甲冑の下に着るような服を着ている。
重虎「(叫ぶ)誰か、美早貴を追え!」
  重虎は、槍を床にさし、目に手をあててうずくまる。
  三人の武士が、たいまつを持ち、美早貴の後を追って樹海の中に消えていく。
重虎「あのじゃじゃ馬め!」
  重虎の口許は笑っている。

〇樹海の中
  樹海の中に迷い込んだ俊介は、地面に足組みしてすわり込んでいる。
  内心、かなりあせっている。
俊介「動くな、動くとどんどん迷って、ここから抜けられなくなるぞ!落ち着け、こういう時こそ落ち着くんだ。俺が帰らなければ、あいつら必ず気がつくはずだ。そしたら、奴ら警察に行って俺を探しに来るはずだ。それまで、ここを動くな。動かなければ体力も温存できる。動くんじゃない。ここを動くんじゃない!必ず来る。俺を助けに必ずやって来る!畜生、なんてこった、 せっかく大学生になったのに、これから4年間、思いっきり遊ぶつもりだったのに!畜生、なんで俺がこんな目にあわなきゃいけないんだ!絶対生きて帰るぞ!帰ってやるぞ!」
  俊介は足組みをしながら体を揺さぶっている。
  静寂が俊介をつつむ。
  すると、草木を踏みつける足音が聞こえ  てくる
  その音の方角を見て明かり照らすと突然、明かりの中に一人の少女が入ってくる
美早貴「何者!」
  少女は美早貴である。
  美早貴は、刀の鞘を握る。
  俊介は、人に出会いホッとし、その顔から安堵の表情がうかがえる。
  美早貴は俊介を見つめる。
美早貴「(口ごもる)はやたさま?」
俊介「いやぁ、助かった!俺このまま死ぬかと思ったよ!いや、よかった、ほんとによかった。助けに来てくれたんだね」
  と言って笑いだす。
  俊介は美早貴の手を両手で握り
俊介「いゃぁ、ありがとう。ほんとにありがとう」
  そして、改めて美早貴の姿を見る。
  美早貴の腰に刀がある。
俊介「それにしても、ずいぶん変わったカッコしてるんだね。まるで時代劇みたい」
  美早貴は、俊介の手を振り払い、
美早貴「なに言ってんの、あんた」
俊介「なにって」
美早貴「私、あんたなんか知らないわよ」
俊介「なに言ってんだよ、俺を探しにきたんだろ。皆のところに連れてってくれよ」
  美早貴は、自分が走ってきた方角に目をむける。
美早貴「・・・まずいな」
俊介「え、何が?」
  俊介も美早貴が見ている方角を見る。
  美早貴は、俊介をおいてこの場を立ち去ろうとする。
  俊介、それに気がつき、美早貴の肩をつかむ。
俊介「おい待てよ」
  美早貴は、槍でさされた肩をつかまれたために、痛みで顔を歪める。
美早貴「さわるな!」
  と言って、俊介の手を払いのける
俊介「な、なんだよ!どうしたんだよ」
  美早貴は、地面にひざを落とし、肩をかばう。
  肩には、一応出血止めとして布が巻かれてある。
美早貴「(顔を歪めながら)あぁ、畜生!」
俊介「おい、どうしたんだよ」
  と言って、手を出そうとすると
美早貴「私にさわるな!」
俊介「な、なんなんだよ、いったい」
  俊介は、何気なく、さっき美早貴が見ていた方角を見ると、たいまつの明かりが木々の間からチラチラと見え隠れするのが見える。
俊介「(笑顔で)お、明かりが見えるぞ」
  美早貴は、ハッとして視線を向ける。
  すると、俊介は、たいまつの明かりの方へ合図をするかのように懐中電灯をぐるぐる回しながら、
俊介「(大声で)おーい!」
美早貴「なにしてるの!」
俊介「なにって」
美早貴「あ、あぶない!」
  と言って、俊介を倒すと同時に、たいまつの明かりの方角から放たれた弓矢の矢が、二、三本、木に突き刺さる。
俊介「(驚きながら)おお、な、なんなんだよ、いったい!」
美早貴「逃げるのよ!」
  と言って、美早貴は、俊介の腕をつかみ走りだす。
  二人のゆくてめがけて放たれた矢が木々に突き刺さる。
  二人は、樹海のなかに消えていく
    ×    ×    ×
  俊介と美早貴は、樹海の中をただひたすら走る。
  美早貴は、後ろを振り返る。
俊介「もう駄目、もう駄目だよ!」
美早貴「なに言ってんの、殺されたいの」
俊介「え、なんで?なんで殺されるんだよ。俺が何をしたって言うんだよ」
美早貴「あんた男でしょ、ぐだぐだ言って無いで走るのよ」
俊介「まったく、あんたら一体何者なんだ」
  二人は走る。

〇道路(夜)
  道路の脇に一台のバイクが止まっていて、そこから離れたところで、若いカップルが抱き合い、男が女の上になってやっている。
カップル女「こんなところで駄目よ、誰か来たらどうするの」
カップル男「大丈夫だよ、誰も来ないよ」
  すると、美早貴と俊介は、道路に飛び出る。
俊介「(喜ぶ)いやった!道路だ」
  カップルは俊介たちに気がつかない。
俊介「よし、あれに乗ろう」
  俊介と美早貴はバイクに乗ってエンジンをかける。
  すると、若いカップルは、エンジン音に気がつく。
カップル男「おい!それ俺のバイクだぞ」
俊介「しっかりつかまれよ」
  美早貴は俊介の体に身を預ける。
カップル男「おい、ちょっと待て!」
  と女の上に重なったまま言う。
  バイクが、走り出すと、その前方に三人の武者が道路に飛び出してくる。
  武者は刀を抜く。
俊介「まったく、死人が俺に取りついて、悪い夢をみせてるんじゃないだろうな」
  バイクのライトの中に武者が照らされひるむ。
  俊介は、バイクで武者を威嚇するように走り抜ける。
  武者たちは、バイクをよけるのに精一杯である。
俊介「まったく、あんたらいかれてるぜ!」
  バイクは俊介と美早貴を乗せて走り去っていく。
  武者たちは、俊介たちを見送る。

  武者の一人がカップルの方に歩いて行きカップルたちをマジマジと見る。
  そして、樹海の中に引き上げていく。
カップル男「いっちゃったよ」

〇道路(夜)
  バイクは、俊介と美早貴を乗せて走る。
  美早貴は、俊介につかまりながら、風を体に感じている。
  美早貴は俊介の背に顔をうずめて、
美早貴「・・・姉上」

〇回想・道場
  美早貴(10)は、父、十造(51)に木刀で剣の稽古をつけられている。
  美早貴は、気勢をあげて、父に向かっていくが、十造は、美早貴の剣をかわし、その勢いで美早貴にぶつかり倒す。
  美早貴は、しりもちをつき泣き出してしまう。
十造「立て美早貴!泣いてたって仕方ないだろう!」
美早貴「駄目だよ!」
十造「なにが駄目だ!立て美早貴!」
  と言って、木刀を振り上げると、美早貴はおびえながら、両手で頭を守ろうとする。
  そこへ、静(17)が割ってはいる。
  静は、美早貴を抱きよせる。
美早貴「姉上」
  美早貴は、十造の視線から隠れるように静にしがみつく。
静「父上、もういい加減にしてください。これ以上なにがお望みですか?これでも美早貴は子供たちの中では一番強いのですよ。それに、ただ、しごけばいいというものではないでしょう」
  静は、美早貴の頭をなでる。
  十造は、振り上げている木刀を、ゆっくり下ろす。
  美早貴は、いっそう静の胸に頭をうずめる。

〇元の道路(夜)
  美早貴は俊介の背に顔をうずめている。
俊介「あ、そうだ」
  美早貴は俊介の背にうずめていた顔を起こす。
俊介「名前聞くの忘れてた(後ろに振り向いて)名前は」
美早貴「わたし、私は葵美早貴です。あなたは?」
俊介「おれ、俺は山田俊介。歳はいくつ?」
美早貴「十七よ」
俊介「じゃぁ、高校生か」
美早貴「え、高校生?高校生ってなに!」
俊介「え、なにって?」
  俊介、困り果てた顔をしている。
  二人を乗せてバイクは走っていく。

〇葵十造の館(夜)
  館の前には、たいまつがたかれ、数人の武士が立っている。


〇同・広間
  ろうそくの火が揺れる。
  十造の前に、由良(ゆら)(53)が、二人の武士を従えて対面している。
十造「こうなることは初めからわかってました。でも、重虎殿が望むものをどうして断れましょうや。美早貴を送りだしたときからもう覚悟は出来ています」
由良「いや、十造殿。このたびの件で領主様はそなたを処罰するつもりはないそうだ。それどころか、二度にわたって、そなたを苦しめたこと、済まないと思っておられる。ただ、周りの者に一族ぐるみの暗殺計画ではないのかと言う者もおるので、事がすむまでここに軟禁させていただきますぞ」
十造「わかりました。しかし、美早貴はどうなるのですか」
由良「心配ご無用。領主様は美早貴殿を処刑するつもりはもうとうないそうだ。ただ何らかの処罰はあるやもしれんが・・」
十造「・・・」
由良「心配めされるな、拙者が必ず美早貴殿を無事連れてきますから」
十造「なにとぞ、よろしくお願いします」
由良「ただ、美早貴殿が下界に行ったという知らせがあるのですが、そのことに関して、十造殿のご意見を伺いたいと思いまして・・・」
十造「戻ってくると思います・・・必ず戻ってくると思います。あの子にとって静は母親のようなものですから・・・」

〇富士山の西湖のほとり(夜)
  織田たち学生四人は、額を集め、
上杉「おい、もうあれから二時間すぎたぞ」
尚子「やっぱり、警察に行ったほうがいいわよ。だって、後戻りして会わなかったんだから絶対迷ってるわよ」
織田「そうだな、これだけ待っても来ないのだから、警察にいったほうがいいか」
尚子「そうよ、早く行ったほうがいいわ。でないと取り返しのつかないことになるわよ!」
真紀「やっぱ、あの時、三人一緒に行くべきだったのよ」
織田「今さらそんなこと言っても、しょうがねぇだろ」
  そこへ、一台のバイクがやって来る。
  皆、バイクのほうを見る。
真紀「あれ、山田君じゃない」
  バイクを止めて、俊介と美早貴がバイクからおりる。
上杉「おい、あいつ女つれてるぜ!」
織田「(呆れて)なんだよ、あいつわ!」
  俊介は、美早貴を連れて皆のところにやって来る。
俊介「いやぁ、おそくなってごめん」
織田「なにやってんだよおめえは、えー!俺たちがいったい、どんなにお前のこと心配してたと思ってんだよ!」
俊介「(軽く笑い)あっ、心配してたんだ」
織田「あたりめえーだよ。俺たちはてっきりお前が樹海の中に迷い込んだものだとばっかり思っていたのに。それがなんだお前、女なんか連れて。いったいお前、どこ行ってたんだよ!」
俊介「どこもいってねぇよ。樹海の中で迷子になってたんだよ」
織田「てめえー、冗談言うのもいい加減にしろよ!」
  と言って、俊介の胸ぐらをつかむ。
俊介「冗談じゃねぇよ、ほんとだよ!」
  と言って、織田の手を払いのける。
  真紀が俊介と織田の中に割って入り、
真紀「よしなよ!もーいいじゃない、こうやって何事もなく無事に帰ってきたんだから、ね」
織田「よかねぇよ!俺たちがこうして心配している間にこいつは女とよろしく楽しくやってたんだ」
俊介「楽しくなんかやってねぇよ」
真紀「まあまあ、山田君も落ち着いて」
  織田、美早貴をジーと見て、
織田「だいたいなんだよ、この女は(吹き出し)ずいぶん古くせえカッコしてるなぁ」
  俊介以外、皆、笑う。
織田「いっちょ前に刀なんか持っちゃって。それでも侍かなんかのマネしてるのか」
  織田が美早貴の刀を触ろうとすると、美早貴はその手を払いのけながら、
美早貴「触るな!」
織田「(呆気に取られ)なんだこのアマ」
俊介「織田、やめろ、その子にかまうな!」
美早貴「おだ(眉を細める)」
  織田は、美早貴を捕まえようとするが、美早貴が軽くかわし、刀を抜き、織田の面前に突き出す、
織田「(笑いながら)なんのまねだ。俺がこんなおもちゃで、怖がるとでも思っているのか?」
  と言いながら指で刀の刃をなぞり、手のひらを返すと、指から血がものすごい勢いでしたたり落ちる。
  織田はその手の手首をつかみ頭上にかかげあげながら、
織田「(驚き)おおー、血だ!血が出ている!」
  上杉たちは、織田の手を見る。
上杉「おい、その刀ほんものじゃねぇのか」
織田「(動揺している)血が!血が!」
尚子「確か、車に救急箱があるわ」
  と言ってワゴン車の方に行く。
  美早貴は、血をぬぐい刀を鞘におさめる。
上杉「(俊介の方を振り向き)なんなんだよその女は!」
俊介「お前らが、笑ったりするからだよ。もうこの子にかまうなよ」
上杉「わかったよ、わるかったよ」
  織田は、傷の手当てをしている。
織田「アーしみる!」
尚子「駄目よ、ぬったほうがいいわ」
俊介「(ため息をして)よかった。ただの山田で」
    ×    ×    ×
  織田たちは、テントの中に行き、焚き火の前には、俊介と美早貴だけがいる。
  俊介が、美早貴に薬の説明をしている。
俊介「この薬を傷口にぬって、その後に、このガーゼをその上に当てて、この包帯で肩を巻く。わかった」
美早貴「なんとなく」
俊介「やっぱり、俺やってやろうか?」
美早貴「(軽く首を振り)いい!」
俊介「別に、遠慮することないよ」
美早貴「(強く断る)いいったら!いいから向こう行ってて」
俊介「わかったよ。そうむきになるなよ」
  俊介は西湖のほとりの方に歩きながら、
俊介「(独り言)あんまりしつこいと、嫌われる前に斬られるかな?(吹き出し)なんか変だよな」
  と言って、美早貴の方を見ると、上半身裸になっている美早貴の背中が見える。
  美早貴は俊介の視線を感じて俊介の方を振り向き、
美早貴「こっち見るな!」
  俊介は、顔をそらし、岸辺にすわる。
  美早貴は肩の傷を治療している。
俊介「(独り言)あの子はいったい、なんなんだろうな?樹海の中から突然現れたかとおもえば、三人の変な奴らに追われていて、どうみても変なんだよな。時代錯誤なんだよな・・・それとも、やっぱり俺が亡霊にでも取りつかれていて、悪い夢でも見てるのかな」
美早貴「なにが悪い夢だって」
  いつの間にか美早貴は俊介の側に立っていた。
俊介「え、あ、いや別に」
  美早貴は俊介の側に座り、
美早貴「もしかして、あなたもとまどってるの?私たちに」
俊介「え、どう言うこと」
美早貴「私は、外には別の世界があるって事は聞いていたけど。でもこうやって、外の世界に出てくるのは、今日が初めて」
俊介「・・・君はいったい、何者なの」
美早貴「私、私は武田信玄公の家来よ、と言っても正確に言うと少し違うけどね」
俊介「(笑いながら)ええ、まいったなぁ、武田信玄って、戦国時代の武将でしょう。確か天下を取る前に死んだ」
美早貴「そうよ」
俊介「今から、四百年以上も昔のことだぜ」
美早貴「そうよ」
俊介「(呆れ果て)そんなバカな!それじゃ君はなにか、タイムスリップでもしてこの世にやって来たのか?」
美早貴「タイムスリップ?なにそれ」
俊介「え、タイムスリップ知らないの」
美早貴「知らない」
俊介「タイムスリップと言うのは、過去や未来に飛んでいくことをいうんだ」
美早貴「私たちに、そんなきよなこと出来るわけないじゃない」
俊介「じゃ、どうして、どうしているの」
美早貴「私たちは、ただ、あの森の中にずっと隠れていたのよ」
俊介「(呆気に取られ)えー!まさかそんな、そんなバカな話が」
美早貴「あるわよ!現に私がここにいるということが、何よりその証拠よ!」
俊介「(圧倒される)でも・・・」
美早貴「そもそも、あの樹海は、信玄公の時代に最強の兵士を育成する領地だったのだけれど、信玄公は天下を取る前に死に、勝頼様は長篠の合戦で織田信長に敗れ、その後、武田家が滅亡してしまったために、樹海にいた者は出るに出られず、四百年もの間ずっと隠れていたのよ。とても敵である織田や徳川の世に出ていくわけにはいかないもの。出ていけば当然、命も財産も奪われるのは間違いないわ」
俊介「・・・それで、出るに出られず今もあの樹海の中にいるの」
美早貴「そう。あの樹海は知っているとは思うけど、一度入ったら二度と出ることの出来ない、人を寄せつけない世界だから、誰にも知られず今まで生きてきたのよ」
俊介「うーん・・・第2次世界大戦で戦後二十年ぐらい隠れていた人がいたけど。武田信玄が死んで四百年・・・うーん」
美早貴「あなたには、信じられないかも知れないけど。私だって、うわさには聞いていたけど、まさかほんとに、あの樹海の外に、こんな世界があるなんて思ってもみなかったわ」
俊介「うわさって、誰から聞いたの?」
美早貴「あの森に死にに来た人」
俊介「うーん・・・なんか、俺には、とても理解できないような、やっぱり夢を見ているみたいだ」
  美早貴は微笑みながら、
美早貴「お互いさまね」
俊介「(唸る)・・・でも、さっき、財産があるって言ったけど、戦国武将の、しかも天下を取ろうとした武田信玄の財産っていったら相当なものだよね。財産って何?」
美早貴「それは・・・」
俊介「それは、なに、教えてよ」
美早貴「駄目よ」
俊介「いいじゃねぇか。別に教えたってへるもんじゃないし」
美早貴「盗みにくる」
俊介「誰もいかねぇよ。死にたくねぇもん」
美早貴「でも・・」
俊介「いいじゃんよ、教えてよ」
美早貴「・・軍資金よ」
俊介「軍資金って?なに」
美早貴「・・・金よ」
俊介「金!」
美早貴「そう。私も見たことはないけど莫大な金がどこかに隠してあるという話よ」
俊介「すごいなぁそれは」
美早貴「なまじ、金があったから出るに出られなかったのかもしれない」
俊介「そうだね、そうかもしれない」
美早貴「(話したことを後悔して)ああ、今言ったことは忘れて。ああ、こんなこと人に言ってはいけないのに、どうして話したんだろ」
俊介「どうして?」
美早貴「どうしてって、それはたぶん・・・(俊介を見つめる)たぶん、あなたが葉也多様に似ているからかな。葉也多様に聞かれているみたいで。でも、雰囲気は全然違うんだけどね。着ている服も違うし、それに葉也多様はそんなに子供っぽくないし」
俊介「ああ、どうせ俺はガキだよ」
美早貴「べつにそういうことじゃなくて」
俊介「一応、俺は君より年上なんだけどな」
美早貴「ごめんなさいね」
  美早貴は俊介に親しみを感じている。
俊介「それより、俺に似ていて大人の葉也多様って何者なの」
美早貴「葉也多様、葉也多様は私の兄弟子で、剣の腕は若手で一二を争う腕前で、なによりも、私の姉上の許嫁だった人よ」
俊介「へー。俺に似ている武士か。一度会ってみてみたいもんだなぁ」
美早貴「(首を振り)うんん、もう会えないわ」            俊介「会えないって?どうして」
美早貴「それは、殺されたからよ」
俊介「殺された!」
美早貴「重虎の陰謀によって切腹させられたのよ!」
俊介「切腹!」
美早貴「そう。それに姉上も、重虎に殺されたわ」
俊介「お姉さんも」
美早貴「(頷く)」
俊介「どうして」
  美早貴は刀の先で、地面に静という字を書く。
  俊介はその字を見る。
美早貴「私の姉上はとてもきれいな人で、樹海に住む者なら誰もがみんな知っていたわ」
  と言って樹海の方を見る。


〇回想・樹海
  葉也多と静がよりそいながら森の中をデートしている。
  こもれびが二人を照らす。
美早貴(N)「その姉上と父の弟子である葉也多様は、共に将来を誓い合った仲だったの。私にとっても憧れである姉上と私の兄弟子である葉也多様が結婚するなんて、なんだか自分のことのように嬉しかったし、それに父上も二人の仲を喜んでいたわ」


〇回想・重虎の居城・広間
  重虎は、広間の一段高いところに、ムチを片手にもってあぐらをかいている。
  重虎の後ろの壁には風林火山の掛け軸がかけてある。
美早貴(N)「なのに突然、重虎が、姉上をよこせといってきたのよ。本来なら、先代の領主様の長男である重虎が領主になるはずなのに、重虎という男は戦国時代にこの地が作られた弱肉強食の考えそのもの。力が全て。力さえあれば何をしても構わないという男なのよ。だから、先代の領主様は、重虎に地位を譲らず、体は弱いが情け深い弟君に領主の地位を譲ったのよ・・でも・・それでも、重虎が信玄公の血をひく者である事に変わりはないのだから、私たちはどうしても重虎の言うことに逆らうことは出来ないのよ」

〇回想・葵十造家・広間
  静が、十造の前で泣きながら首を横に振っている。
美早貴(N)「そして、父上は無理やり、姉上と葉也多様との仲を引き裂き、姉上を重虎のもとに嫁がせたの」
  十造は、静の言うことを聞かず、退席してしまう。
  静は、十造に手を差し延べるが、十造は見向きもしない。
美早貴(N)「父上にとっては、信玄公の末裔と親戚関係になったのだから、名誉なことだと言ってとても喜んでいたわ。でも、姉上と葉也多様にとっては、どんなに辛いことだったか」
  静は、床に泣き崩れている。

〇元の西湖のほとり
  美早貴は地面に書いた静という字の隣に今度は重虎という字を書きはじめる。
美早貴「重虎は、姉上と葉也多様が恋仲だったことを妬き、姉上に暴力を振るっていたわ。それでも、姉上は耐えていたのよ。でも、いつしか、重虎の側から姉上の姿が消え(地面に書いた静という字を消す)行方がわからなくなったのよ。重虎は葉也多様が姉上と内通していて姉上をさらったと言い、姉上と葉也多様が交わしていた手紙をたてに、葉也多様に切腹を命じたの」
  と言って、地面に書いた重虎の字を刀で突く、何度も突く。
俊介「じゃ、もしかしたら、君の姉上はどこかで生きているかもしれないんだね」
美早貴「(首を振り)うんん、たしかに、姉上が死んだという事実はないのだけれど葉也多様の覚悟を見れば。それに、もし生きてたら、姉上は決して葉也多様を切腹させたりしないわ。私が思うに、姉上は葉也多様が切腹する前に、もう重虎に殺されたのよ。だから、葉也多様はなんの反論もせず腹を切ったのよ」
  地面に書いた重虎という字は跡形もなくその所だけ、ボコボコに凹んでいる。
俊介「(理解しようとするが)駄目だ。今の日本を生きる俺には、君の言うような世界があの森の中にあるなんて、俺にはとても信じられない。少なくとも僕の生きている世界は、お互いに愛し合っていれば、親の同意なしに結婚することもできるし、腹を切るようなこともしなくていいし」
美早貴「私だって(悔しみながら)あなたの言うような世界があるなら、姉上も葉也多様も死なずに二人で逃げてくれば良かったのよ!」
  俊介は美早貴の横顔を見る。
美早貴「死んで結ばれるより、生きて結ばれて欲しかったわ」
  美早貴の頬に涙が伝わる。
    ×    ×    ×
  織田たちは、テントの中で寝ている。
  美早貴は、焚き火の近くに置いてあるサマーベッドで刀を抱きながら眠っている。
  俊介は、美早貴の向かい側に置いてあるサマーベッドに腰掛け、ひとり眠れず消えかかっている焚き火の火を棒でつついている。
  美早貴が、俊介の方に寝返りうつ。
  焚き火の火が、美早貴の顔を微かに照らす。
  美早貴は、とてもすこやかな寝顔をしている。
  俊介は美早貴を見ながら、
俊介「まいったよな。たしか十七才っていってたよな。俺の妹と同い年か。普通なら今ごろ高校に通うただの女子高生だよな。セーラー服なんか似合いそうだけどな。そしたら、たぶん、普通の女子校生にしか見えないだろうな。なんだかとても違いすぎるよな」
  俊介は仰向けに寝る。
  空には満天の星が見える。


〇富士山の西湖のほとり(夜明け)
  夜が明けてくる。
  美早貴は、そっと目を開け、サマーベッドから体を起こす。
  そして、向かい側のサマーベッドに寝ている俊介を見る。
  俊介は美早貴に背を向けて寝たふりをしている。
  美早貴は俊介に悟られぬように、そっと立ち去ろうとする。
  俊介は、ベッドの上で目を開ける。

〇朝焼けの富士山

〇富士山の西湖のほとり(夜明け)
  サマーベッドには、誰も寝ていない。

〇樹海の中
  樹海の中を歩いている美早貴と俊介。
  俊介は、美早貴の後を少し離れて歩いている。
  俊介は、リュックサックを背負い、腰には、懐中電灯がぶら下がっている。
  美早貴は立ち止まり、俊介の方を見る。
美早貴「どうしてついてくるのよ。帰りなさいよ」
俊介「ここまで来て、引き返せるわけないだろう」
美早貴「じゃ、私が送り返してあげるわよ」
俊介「もういいよ」
美早貴「よくないわよ。私について来たってしょうがないのよ」
俊介「しょうがなくないよ。あんな話聞かされて、『ハイそうですか、さようなら、バイバイ』というわけにはいかないよ。もう引き返せないよ」
美早貴「じゃ、忘れてよ」
俊介「忘れられるわけないだろう!」
美早貴「確かにあなたに助けられた事、とっても感謝しているわ。でも、私は、あなたの恩にむくいることはなに一つ出来ないのよ」
俊介「別に、恩を売ったつもりもないし、恩返しなんかしなくていいよ。ただ、君の後についていくのを許してくれれば」
美早貴「それが困るのよ!私は、あなたのように物見遊山の遠足気分で行くのではないのよ」
俊介「じゃ、なんで」
美早貴「な、なんでもいいでしょ!あなたには関係のないことよ」
俊介「じゃ、べつにいいじゃん。俺に構わないでいいから早く行こう」
美早貴「もぉー、ここは、あなたがすんでいたような世界じゃないのよ」
俊介「ああ、わかってる」
美早貴「どうなっても知らないよ」
俊介「ああ、大丈夫」
美早貴「後で、泣き言いわないでよね」
俊介「ああ、まかしとけ」
美早貴「もぉー、わからず屋!」
  美早貴は、少し呆れて歩きだす。
  俊介は、そんな美早貴を見て、
俊介「(独り言)でも、心配なんだよ」
  と言って、美早貴の後を歩いていく。
    ×    ×    ×
  二人は、ずいぶん歩いている。
  俊介は、棒きれを持って歩いている。
  美早貴は思い詰めたように歩いている。
美早貴(N)「重虎め、必ず復讐してやるぞ!姉上や葉也多様の仇を必ずとってやる!必ず!」
俊介「おい」
  美早貴は、我に返って俊介の方を見る。
  一瞬、俊介が葉也多様に見える。
美早貴「・・・」
  美早貴は、もう一度、俊介を見ると俊介がいる。
俊介「俺たち迷子になってないか?なんだか心配になってきたよ」
美早貴「もぉー、なに言ってんのよ」
俊介「だってよ、さっきからあんまり変わってないように見えるんだけどよ。いったいここはどのへんなんだ」
美早貴「あなたに言って分かるの?」
俊介「いや、わかんないけど。大丈夫かな」
美早貴「大丈夫よ(苦笑いして)まったくもぉー、ついてこなくてもいいのに」
  美早貴の顔から笑みがこぼれる。
  しばらく、歩くと二人の行く手が開けてきて、
俊介「なんだ、あの木は!」
  二人の目の前に樹齢五百年はあろうかという、とてつもなく大きな木が見えてくる。

〇大木の下
  根元の太さは、六人ぐらいの大人が手をつないで囲むぐらいの太さがあり、根元にはツタが木の根元がまるっきり見えないほど巻きついている所々にツタがからまっていて、なんだか気味の悪い木である。
  俊介は大木を見上げながら、
俊介「でけぇなぁ!俺こんな木見たことないよ。いったい樹齢何年ぐらいだろうな?」
  俊介は、大木に気を取られている。
  美早貴は、人の気配を感じて辺りを見回す。
  すると、三人の武士が木々の影から現れる。
由良「(敵意は無く)美早貴、待っていたよ。お前が戻ってくるのを」
美早貴「由良様」
  美早貴は刀に手をそえる。
由良「待て美早貴!私はお前を捕まえに来たのではない。迎えにきたのだ」
  美早貴は刀に手をそえたまま、
俊介「な、なんだ」
由良「領主様は、この度の件でお前をとがめぬと言っておられる。お前のしたことを許すと。だから、私が迎えにきたのだ。おとなしく私と一緒に帰ろう。父上もお前の身を案じておられる。こんなことで私たちはお前を失いたくないのだ。もうこれ以上、誰も失いたくないのだ」
美早貴「でも、私は一番大切な人を二人も失いました。なのにあいつは、未だ権力をふるい平然としている。由良様、そんなことが許されるのですか!姉上や葉也多様を死に追いやって、それでも、あいつは許されるのです!」
由良「葉也多はともかく、重虎殿が静を殺したという証拠はない。証拠がないのにどうして重虎殿を処罰できるか!」
美早貴「でも、現に姉上の行方がわからないではありませんか。それは、あいつが姉上を殺して隠したからです。それに、切腹の際の葉也多様の覚悟を見れば、それぐらい想像がつきます」
由良「そんなお前の想像や疑いだけで重虎殿を裁くことは出来ん。いやしくも重虎殿は領主様の兄上で、武田信玄の血を受け継ぐ者。確かな証拠が無ければ、裁きにかけることさえも、とうてい出来やしない」
美早貴「べつに、他人に奴を裁いてほしいとは思ってません。私は自分の手で姉上と葉也多様の仇を取ります。必ずやこの手で重虎の首を取ってみせ」
由良「どうしてもやるつもりか?美早貴」
美早貴「やる!かならずやる!でなければ、姉上が可哀相だ」
由良「よし!それだけの覚悟があるのなら、私を倒してからにしろ。私を倒さなければ、重虎殿を斬ることなど夢のまた夢。とうてい出来んぞ、美早貴」
  由良は剣を抜く。
  二人の武者も剣を抜く。
由良「(二人の武者に)お主らはさがってみておれ」
武者A「しかし!」
由良「いいから、ここは私にまかせろ」
  美早貴も剣を抜く。
俊介「おいおい!」
由良「美早貴、手かげんしょうと思うな!本気でかかってこなければ、私を倒すことはできんぞ」
  美早貴と由良は互いの間合いをつめ、そして、互いに気合とともに剣と剣がぶつかり合う。
  二人とも奥歯を噛みしめている様な顔をしている。
  剣がぶつかりあうごとに、火花が散るほどだ。
  真剣勝負が続く。
  そして、剣と剣が頭上で激しくぶつかり、重なりあったまま横に持っていき、美早貴の体と由良の体が密着する。
由良「惜しいの。これだけの力がありながら、なぜ男に生まれてこなかった!」
  美早貴は、額に汗をかきながら由良を睨む。
由良「十造殿は、さぞ悔しい思いをしているだろうな」
  美早貴は、由良から離れるとすぐ、すかさず、由良の頭上に一撃をおみまいしょうとするが、かわされ、そして刀をはじき飛ばされてしまう。
  美早貴は、刀を取ろうと手を延ばすと、美早貴の目の前に由良の刀の矛先が向けられ、美早貴の動きが止まる。
由良「美早貴殿、私と一緒に帰りましょう」
  しかし、次の瞬間。美早貴は、手の甲で刀をかわして、気合とともに由良に殴りかかるが、かわされて腕をつかまれ背中にまわされ動きを封じられてしまう。
美早貴「ちくしょう!」
由良「(微笑みながら)まったくお前って奴は・・・」
  美早貴は、悔しい表情をしている。
  由良は美早貴の刀を拾う。
  俊介は、ただ大木の所に呆然と突っ立っている。
  由良は俊介を見る。
俊介「(目が合い)な、なんだよ」
由良「その者も連れていく」
  と二人の武者に言う。
  二人の武者が、俊介に近づく。
  俊介は、棒っきれでかまえる。
美早貴「その人は私と全く関係のない人よ」
  二人の武者が、俊介に近づく。
俊介「な、なんだよ」
由良「なにもしない、ただ我々の言うことを聞いてくれれば」
俊介「なんなんだよもぉー」
  俊介が、後ずさりして大木に寄りかかった瞬間。俊介は叫び声を上げて、大木の根元をおおっているツタの中に、のみこまれていくように落ちていく。
  皆、呆然としている。
由良「どうしたんだ、いったい!」
  美早貴は、由良の手をほどく、
由良「待て美早貴!」
  俊介の後を追うようにツタの中へと入っていく。

〇ツタの中・隠し氷穴
  ツタの中は洞窟になっていて、ツタがそれを隠しているようになっていたのだ。
  しかも、この洞窟は氷穴である。
  真っ暗闇の中である。
俊介の声「いてぇ、なんだよここは」
  と言って、腰にぶら下げてある懐中電灯をつけて落ちてきた方を照らすと、美早貴が滑り落ちて来る。
俊介「うわぁ!」
美早貴「あ、あぶない!」
  美早貴は俊介にぶつかる
俊介「いてぇ!」
美早貴「大丈夫?」
俊介「大丈夫だけど、ここはいったいどこなんだ。なんでこんなに寒いんだ」
美早貴「氷穴の中だからよ。でも、まさか大木の下にこんな氷穴があるなんて」
俊介「でも、人が入った形跡がある」
  と言って、俊介は滑り落ちて来た所を照らし、縄を持つ。縄は上から下まできている。
美早貴「本当だわ」
  俊介は奥を照らしながら、
俊介「この奥に何があるのかな」
美早貴「わからないわ」
俊介「(顔を輝かせ)もしかしたら、武田信玄の財宝があるんじゃないか」
美早貴「まさか・・」
  すると、俊介たちが滑り落ちてきた入口の所から由良が叫ぶ。
由良「美早貴!大丈夫か」
  美早貴たちは由良を見て、
美早貴「ここを逃げよう」
俊介「どこに」
美早貴「奥によ。どこかにでられるかもしれない」
  由良が、縄を伝わって入ってくる。
俊介「来た!」
  美早貴と俊介は手を握って氷穴の奥の方へ懐中電灯を照らしながら小走りで入っていく。
由良「(縄を伝わりながら)あ、待て美早貴!」
  由良は縄を伝っているのだが、その後から降りてきた武者Aが滑ったために由良も巻き添えをくらって滑り落ちる。
由良「馬鹿者!」
武者A「申し訳ありません」
美早貴の叫び声「うわあぁー!姉上!」
由良「な、なにごとだ!」
  由良と武者Aは氷穴の奥へと明かりも無く入っていく。
  氷穴いっぱいに美早貴の『姉上!』と叫ぶ嘆きの声と『あいつだ!あいつがやったんだ!』と非難する声がこだまする。
  そして、由良たちが、氷穴の突き当たりに近づくと明かりが見えてくる。
  突き当たりの所では、俊介はただ呆然と立ち尽くしていて、美早貴は突き当たりの氷の壁にひざまずいて泣き叫んでいる。
美早貴「(泣きじゃくりながら)ああぁー!姉上ー!」
由良「どうしたんだいったい?(少し見上げて)うっ!これは!」
  美早貴の頭上の氷の壁の中に、全裸の静が安らかに眠っている。
由良「・・・静!」
俊介「(独り言)夢だ!悪い夢だ!こんなことって、こんなことって!俺は悪い夢を見ているんだ」
  全裸で氷の中に閉じ込められてい静。

  氷穴の中に美早貴の泣き声が響きわたる。

〇ワゴン車・車中
  ワゴン車は道路を走っている。
  俊介は、後部座席の窓側のシートにもたれ、目をつぶっている。
  隣に座っている真紀が話しかけてくる。
真紀「あの子とはどうなったの?」
俊介「ん、べつに・・・」
真紀「(俊介をジーと見て)・・・そう」
織田「(運転しながら)でも、変わっていたよな。俊介、あの女、いったいなんだ」
  俊介は目を閉じる。

〇回想・葵十造の館・縁側
  俊介は、縁側に腰掛けていると由良がやってくる。
俊介「美早貴さんは・・・」
由良「んん、覚悟は決めていたらしいのだが、まさか、あんな殺され方をしていたのでわ・・・」
俊介「そうですね。僕もあの洞窟でのことは一生忘れることは出来ないでしょう・・・美早貴さんは、大丈夫かなぁ」
由良「大丈夫!あの子は強い子だから、必ず立ち直るさ」
俊介「(微笑んで)そうですね」
  由良は俊介をジーと見つめる。
俊介「・・・どうかしましたか」
由良「いや、別に・・・ただ、こんなことを言うのは失礼かもしれぬが、君が、私の知っている者にあまりに良く似ているんで」
俊介「美早貴さんにも言われました。ただ、私のほうがガキっぽいって」
  由良は微笑む。

〇元のワゴン車・車中
  俊介は、目を閉じたまま深いため息をする。
  俊介は目を開け、窓の外を見ながら、戦国の世に思いをはせる。
俊介(N)「確かに、四百年前、ここに戦国の世があって、武田の騎馬隊がこの地を駆けめぐっていたんだよな」
  武田の騎馬隊が大地を駆け抜けている幻影を見る。
  俊介は、深いため息を吐いてシートに深々とかけ、今度は眠りについた。
  ワゴン車は富士山を離れていく。


              おしまい

#ジャンププラス原作大賞

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