シナリオ「異世界奇譚 」

〇岩城城・見張り台(深夜)
  見張り台に一人武士がいる。
  突然、矢に討たれて見張り台から落ちる。

〇同・佐那の部屋~廊下
  敵襲を知らせる笛の音。
  岩城佐那(16)は起き上がり、「敵襲!敵襲!」という叫び声を聞く。
  佐那は羽織を羽織って、襖を開け廊下に出て、戸を開け外を見る。
  城壁の外には松明を持った大勢の敵兵がいる。
  城内に侵入した敵を味方の武士が食い止めようと戦うも負けている。
  佐那は眉間に皺をよせ鋭い目で見る。
  侍女たちが佐那に駆け寄ってくる。
侍女「(動揺し)姫様!早くここからお逃げください!」
佐那「(険しい表情で)なんなのこれは?」
  力丸(16)が慌ててやって来る。
力丸「佐那!」
佐那「力丸、敵って誰?まさか郡津の軍勢がここまで攻め入ってきたっていうの?」
力丸「違う佐那!謀反だ!依親様が謀反を起こした!」
佐那「(驚く)依親兄が!?なぜ兄がこの大事に!?」
力丸「そんなの知るか!けど、依親様が兵を率いて城を囲んでいるんだ!」
佐那「兵って!?一体何処の兵を率いるっていうの?兵はみな正親兄と共に郡津鎮圧に向かっているのよ!」
力丸「依親様に荷担しているのは昆野の軍勢だ!昆野実頼の軍勢を率いているんだ!」
佐那「(呆然と)どうして?どうして依親兄が昆野の軍勢を!?」
力丸「わからないよ!でも兎に角ここを出よう!俺たちは不意を突かれた!多勢に無勢だ!ここも時期占領される。さぁ、佐那(佐那の腕を引っ張る)」
佐那「(城を取り囲む松明を見ながら呟く)なぜ、なぜなの?兄上」

〇同・岩城城・正門前
  城門が開かれる。
  岩城依親(28)が馬上から号令。
依親「いいか、兵士たち!千草姫と佐那を捕らえよ!傷一つつけてはならぬ!そして、降伏する者も決して殺してはならぬ!刃向かう者だけ殺せ!いいか!」
兵たち「(気勢をあげる)おう!」
  歩兵が城内へなだれ込んでいく。
  依親は城を見上げる。
依親「(独り言)許せ佐那。私のわがままを」

〇回想・野山の狩猟場(昼)
  依親が弓矢でイノシシを仕留める。
  依親は仕留めたイノシシの傍に行き、弓でイノシシの体を突くも反応はない。
  そこに昆野実頼(46)が来る。
実頼「依親殿、お見事。この大イノシシを一矢で仕留めるとはさすがですな」    
依親「恐れ入ります」
実頼「時に依親殿。実は姫に縁談が舞い込んできてな」
依親「(依親の顔が険しくなる)」
実頼「鵜鎧城の城主、鵜鎧勝重殿が嫡男勝正殿の嫁にとおっしゃっていてな、どうしたものかと返答に苦慮しておるのだ。依親殿と姫のことはよく知っているからな(笑う」

依親「(伏し目がちになる)」
実頼「しかし、依親殿。私は姫を嫁がせるのは、一国一城の主であって、家臣ではない。それがたとえ主の弟であっても家臣は家臣だ。主ではない」
依親「(表情が険しくなる)」
実頼「(弓で死んでいるイノシシの突きながら)姫が欲しくば主になるのだな(といって依親を見てニヤリと微笑む)。そなたにその気があるのなら、手を回してやってもいい。たとえば、郡津に反乱を起こさせる。さすれば、それを抑えるために正親殿は出陣するだろう。そなたは国に留まり気を見計らって城を攻め、奥方様を捕らえて占拠すればいい。その後のことは、兄弟同士だと何かと躊躇いや、やりづらいこともあるだろう。それを変わりに、私がやってもいいぞ(と真剣な眼差しを向ける)」
依親「(神妙な面持ちになる)」
実頼「(はぐらかすように笑いながら)これはあくまでも一つのたとえだ。しかし、どうしたものかな。姫の幸せを願う親としては、中々苦労する(笑う)」
依親「(神妙な顔している)」

〇元に戻る・岩城城・正門前(深夜)
  馬上の依親。
依親「(独り言)許してください、兄上」
  依親に近寄ってきた兵士。
依親「奥方様と佐那は見つかったか?」
兵「いえ、それがまだ」
依親「佐那は兎も角、奥方様は身重だ。そう遠くへは逃げられない」

〇城外・茂み(深夜)
  佐那と身重の千草(21)は月明かりを頼りに茂みの中に隠れている。
佐那「(千草の額の汗を拭きながら)姉上、大丈夫ですか?」
千草「(気丈に)大丈夫」
  力丸が偵察から帰ってくる。
力丸「(困り果てた顔をして)どうする佐那。辺りは敵ばかりだ。このまま逃げても捕まるだけだ。隠れる場所も無いぞ」
佐那「……」
千草「(佐那の手を握り)私に構わずお逃げなさい。佐那と力丸の二人なら殿の処まで行けるわ」
佐那「そんなこと出来ません!そんなことをしたら兄上に合わせる顔がない!」
千草「(微笑み)大丈夫」
佐那「駄目です!そんなの絶対駄目です!」
力丸「なら、いっそのこと降伏するか?依親様もまさか降伏する奥方様と妹を殺すようなことはしないだろう」
佐那「(力丸を睨み)人質になれっていうの!」
千草「なら、私を差し出しなさい」
佐那「(大きく首を振り)駄目だ駄目だ駄目だ!」
力丸「(佐那の口を手で塞いで)佐那、声が大きい」
佐那「…」
力丸「なら、行けるところまで行くか」
佐那「(少し考えてから)御神道に入ろう」
力丸「(驚く)御神道に!?」

〇御神道の外観
  鳥居の後ろに洞窟があるも蔦が生い茂っていて塞がり中は見えない。
佐那(語り)「御神道とは、遠い昔、戦に明け暮れるこの国に平安をもたらし、飢えた民をも救った祖先が通ってきた道。それが御神道である。そして、その道は神聖にして不可侵な道として何人たりと立ち入ることを禁じられていた」

〇元に戻る・茂み
力丸「(驚き)大それたことを言うな」
佐那「それしかない。躊躇している猶予はない!」
力丸「あそこは神聖不可侵な神の道だぞ!」
佐那「(強い決意で)罰なら私が受ける」

〇御神道(深夜)
  鳥居の奥の生い茂る蔦を、力丸がかきわけている。
  佐那は身重の千草を支え、その様子を見ている。
  力丸は蔦をかき分けると人が通れるぐらいの大きさの穴が出来る。
力丸「良し、入れるぞ(佐那を見る)」
  力丸が洞窟の中に入り、佐那を手招きする。
  その後に佐那が身重の千草を支えながら入っていく。
  力丸は、洞窟から顔を出して、外を見て、かき分けた蔦を元に戻して穴を塞ぐ。

〇同・御神道内
  力丸が持つ松明が洞窟内を照らす。
  洞窟内も蔦と苔が生い茂っている。
力丸「これが御神道か。なんか、気味が悪いな」
佐那「……」
  すると突然、蔦から生い茂る大葉に、第二次大戦の映像、ヒトラーや戦争の映像が映り、人々の悲鳴やうめき声が御神道内に木霊する。
  三人は大葉に映る映像を見て、
力丸「(動揺)な、なんだ?」
佐那「(唖然としている)」
  三人は無数の大葉に映る映像を見入ってしまう。
  戦争の悲惨さと悲鳴。
佐那「早く行きましょう」
  三人の足取りは早くなる。
  「助けてくれ」という悲鳴が沢山聞こえ、洞窟内に木霊する。
  大葉が妖しい光を放っている。
力丸「(身震いし)うう、寒気がする」
佐那「(顔を歪める)」
  やがて、「助けてくれ」という叫びが聞こえなくなるも段々爆音が聞こえてくる。
  聞いたことのない音である。
力丸「なんだ?この音は」
佐那「……」
力丸「このまま行っていいのか?」
佐那「ここまで来て何いってんの。怖じ気づいたか、力丸」
力丸「そんなわけないだろ(と強がる)」
  三人の先に強い明かりがチラチラと見え隠れする。
力丸「明かりだ!今、明かりが見えたぞ、佐那!」
佐那「ええ」
力丸「急ごう」
  三人は急いで明かりが見え隠れする方へ進む。

〇異世界・バシュワース岩窟群(夜)
  三人は洞窟を出ると、強い風と轟音を耳にする。
力丸「(上を見ながら)な、なんだ!」
佐那「(上を見る)」
  上空には三機の戦闘ヘリがバシュワース岩窟群をサーチライトで照らしながらホバリングしている。
  三人は戦闘ヘリの旋風にさらされる。
  サーチライトが三人を照らす。
  別の岩窟の中から戦闘ヘリを見ているマルコ・アズマイル(31)がサーチライトにさらされている佐那たちに驚く。
マルコ「(三人に向かって)何やってんだ!早くそこから逃げろ!(三人に向かって走る)」
  マルコがサーチライトの中に入り、佐那と千草を抱えて、力丸に叫ぶ。
マルコ「(叫ぶ)早く逃げろ!」
  戦闘ヘリから銃撃を受けるも、マルコと三人はサーチライトから逃げ、間一髪逃れる。
  マルコと佐那たちは岩窟の中に入る。
マルコ「(三人に向かって)死にたいのか!」
  マルコは岩窟から戦闘ヘリを見る。
  戦闘ヘリは岩窟群を照らしている。
  岩窟の中に隠れているマルコの仲間が佐那たちを囲んで見ている。
  アリーダ(27)が千草に近づく。
アリーダ「あなた、妊婦ね。こっちに来て楽にして(千草に肩を貸す)」
佐那「(心配して)姉上!」
アリーダ「(佐那に向かって)大丈夫よ。心配しないで(微笑む)」
千草「(疲労しきって、アリーダに言われるままに動く)」
マルコ「(マルコが寄ってきて)帰投したよ」

佐那「(マルコを見る)」
マルコ「(佐那をマジマジと見て)……見かけない顔だな…それにそのカッコ。どうやらこの国の者ではないな」
力丸「(虚栄を張って)岩城城から来た」
マルコ「イワキジョウ?(微笑み)聞いたことがないな。そんな砦は?」
佐那「砦ではない。国だ」
力丸「(気勢を張って)そっちこそ、なんだ!?」
マルコ「ここはバシュワース。我々、差別なき医師団のベースキャンプだ」
力丸「(意味がわからない)???」
佐那「(マルコに向かって)私たちは御神道を通って来ました。そしたらここに出たのです」
マルコ「御神道?」
佐那「知りませんか?」
マルコ「知らないな。聞いたこともない(と言って微笑む)」
佐那「(マルコたちを見て)…力丸」
力丸「(佐那を見る)」
佐那「どうやら私たち、私たちの知らない処に来たみたいよ」
力丸「知らない処ってどこだ?ずっと西か?」

佐那「いや、そんなんじゃない。もっと違う処よ」
力丸「違うって何だよ?」
  アリーダが現れ、マルコに耳打ちする。
アリーダ「あの妊婦。臨月だわ。もういつ生まれてもおかしくないわ」
マルコ「そうか。(跪いて佐那と力丸を見て)異国の方、君たちも疲れているだろう。休んでいってくれ。それに妊婦の彼女はいつ赤ん坊が生まれてもおかしくないとのこと。幸いここは病院だ。そして、我々は医者だ。もし良かったら赤ん坊が生まれるまでここに留まっていけばいい。そちらさえ良ければ我々は一向に構わない」
佐那「……」
マルコ「豪華なおもてなしは出来ないが、我々は君たちを客人として迎えよう。と言っても、今ではここもあまり安全な場所とは言えないのかな(笑う)」
力丸「(佐那を見て)どうする?戻るか?(弱気)」
佐那「戻ってどうするの?捕まるだけよ」
力丸「(戸惑い)いや、でもちょっと」
佐那「姉上のこともあるし、今はここにいましょう」
力丸「でも、奴等が来るんじゃないか?」
佐那「来たら来たで、そのとき考えましょう」

マルコ「(話し合う二人を見て)どうした?」
佐那「いえ、では、お言葉に甘えさせて頂きます」
マルコ「(微笑み)そうしなさい。それに何か疲れているみたいだ。夜も遅い。奥にベッドがあるから、そこで寝るといい」
力丸「(意味がわからず)べ、ベッド?」
佐那「ありがとう」
力丸「(佐那を見て)わかるのか!?」
佐那「(マルコを見る)」
マルコ「(微笑む)」

〇同・佐那のいる岩室(朝)
  佐那と力丸がベッドでスヤスヤ寝ている。
  岩窟の外から自動小銃の発砲音が聞こえる。
力丸「(飛び起きて)な、なんだこの音は!?」
佐那「(起き上がる)」
  力丸と佐那は岩窟の入り口に行く。

〇同・岩室の外
  マルコの仲間の医師、ラムジン(32)が大きな岩に向かって自動小銃の試し打ちをしている。
  マルコも岩室から見ている。

〇同・岩室・大広間
  マルコたちと一緒に佐那と力丸は朝食を食べている。
  力丸は、はじめて見る食べ物を恐る恐る食べている。
ラムジン「やはり我々も武器を持つべきだ!一方的にやられるわけにはいかない」
医師A「そうだ!ラムジンの言う通りだ。自分たちの命は自分たちで守らなければいけない。非武装なんて、そんなことに拘っていたら命がいくつあっても足りないぞ」
医師B「医者を見る医者が必要になる」
一同「(笑い声)」
マルコ「(静かに食事をしている)」  
ラムジン「マルコ。我々は中立な立場が保証されているわけではない」
アリーダ「(マルコを見る)」
  マルコは珈琲を飲み干し食事を済ませて立ち上がる。
  佐那と力丸もマルコを見る。
ラムジン「マルコ!」
マルコ「宮殿に行ってくる」
ラムジン「(驚き)何しに行く?中立を認めさせる気か?」
マルコ「まさか」
医師B「(皮肉混じりに)じゃ、いっそ退陣要求でもするか?」
マルコ「(微笑み)そりゃいい」
ラムジン「マルコ!」
マルコ「医療品の援助を掛け合ってくる」
ラムジン「一方的に攻撃してきた連中にか?」

医師A「昨日の今日だぞ!」
マルコ「政府軍施設から略奪するわけにはいかないだろう。そんなことをしたら昨夜の攻撃ではすまないぞ」
ラムジン「しかしだなぁ」
マルコ「兎に角、宮殿に行くよ」
アリーダ「じゃ、私も行くわ」
マルコ「アリーダはここに残ってくれ。俺一人で行く」
  ミロ(17)が口を挟む。
ミロ「マルコ、俺はついて行くぞ。マルコのボディガードだからな」
力丸「(急に立ち上がって)俺も行って良いか?」
  一同、力丸を見る。
力丸「(佐那を見て)佐那、俺もマルコと一緒に行きたい。この国を見てみたいんだ!いいだろう?」
佐那「別に構わないけど」
力丸「佐那も行くか?」
佐那「いや、私は姉上のこともあるし、それに、(小声で)あの武器のことが気になる(ラムジンたちの前に置いてある自動小銃に目がいく)。力丸一人で行くと良い」
力丸「そうか。(マルコに向かって)じゃ、俺も連れて行ってくれ」

〇ファジ大宮殿
  白亜の宮殿である。
  宮殿前には大広場があり大理石が敷き詰められある。

〇同・正門前
  二人の警備兵が立っている。
  マルコは、ミロと力丸を連れて、警備兵に話しかける。
マルコ「国防総司令官のエジル・ファジにお会いしたい」
警備兵「面会の予定は聞いてないぞ」
マルコ「マルコ・アズマイルが来た、と言ってくれれば、エジル様は会ってくれると思う」
警備兵「(困惑する)」
  警備兵が駐留所に行く。
  そして、連絡を取っている姿が見える。
力丸「(建物に圧倒されて)この中に、この国の支配者がいるのか!?」
ミロ「(吐き捨てるように)支配者といっても独裁者だ」
力丸「(建物に圧倒されたまま)凄いな!」
マルコ「(微笑む)」
  警備兵がそばに寄って来る。
警備兵「マルコ・アズマイル。エジル様がお会いするそうだ。他の者はここで待て」
ミロ「マルコ!」
マルコ「大丈夫だ。心配するな。勝手知ったる場所だ(微笑む)」
  マルコは正門前で二人の警備兵から身体検査を受ける。
マルコ「武器なんてないよ」
警備兵「入れ!」
  マルコは宮殿の敷地に入っていく。
  見送る力丸とミロ。

〇同・広間
  マルコは大広間にあるソファに座っている。
  扉が開く。
  マルコは立ち上がる。
  エジル・ファジ(22)が入ってくる。
エジル「先生。お久しぶりです」
マルコ「エジル様もお元気そうで」
  マルコとエジルは握手をして、ソファに座る。
エジル「先生がわざわざここに来たというのは、昨夜の事についてですか?」
マルコ「(穏やかに)なぜ、攻撃したのです? あそこは、今まで一度も攻撃されたことはなかった。一体、病院施設を攻撃するなんて正気の沙汰じゃない」
エジル「(穏やかに)そんなつもりはない。バシュワースを攻撃することは民衆の反感を買いかねない。あそこは我々政府にとってもデリケートな場所だ。しかし、今回は情報が入った。バシュワースがゲリラ共の隠れ家になっていると」
マルコ「まさか」
エジル「先日、ラムジ難民救済キャンプがゲリラの武器庫になっているという情報が入った。調べたところ大量の武器弾薬が見つかった。ゲリラ共は逃げた後だったがね。そして、そのゲリラが潜んでいる場所がバシュワースという情報が入った。だから攻撃した」
マルコ「信じたのですか?」
エジル「私としては信じたくないが、疑念はある。先生の兄、レオン・アズマイルは反政府ゲリラ、救国革命軍の指導者だ。弟が兄を匿っていてもおかしくないだろう」
マルコ「(呆れて)差別なき医師団は同じ志を持った医師たちが集まって成り立っている。私がそれを私物化するとでも思っているのですか?」
エジル「(穏やかに)思ってはいない。だから、威嚇のつもりで手加減した。差別なき医師団は民衆に支持されている。特に先生は民衆に人気がある。私個人としても先生には尊敬の念を抱いている」
マルコ「……」
エジル「先生の要求通り医療品の援助には応じましょう。十分な医療品をお渡しします。しかし、バシュワースを中立地として認めることは出来ない。それはわかってください」
マルコ「……」
エジル「もっとも、今回のような疑わしき情報がなければ、バシュワースを攻撃をするようなことはない。それでは不服か?」
マルコ「わかりました。疑いをもたれないようにします」
エジル「良い心がけです」
マルコ「……」
エジル「それはさておき、父に会って行きませんか?」
マルコ「(驚き)よろしいのですか?お体が優れず、身内の者以外、面会できないという噂を耳にしております」
エジル「ここに、我が国一の天才医師、マルコ・アズマイルが来ているのに、診てもらわないというのは実に勿体ない話しだ。それとも独裁者の体を診ることは出来ませんか(微笑む)」
マルコ「そんなことはありませんが、(念を押すように)よろしいのですか?」
エジル「ぜひ、父を診ていって欲しい」

〇同・宮殿前・広場
  ベンチに腰掛けている力丸とミロ。
力丸「随分、時間が経つけど、マルコは大丈夫かな」
ミロ「(笑って)大丈夫だよ。たとえ独裁者であってもマルコには手を出さない」
力丸「なぜ?」
ミロ「マルコは、独裁者バシル・ファジの息子、エジル・ファジの命の恩人だからさ。エジル・ファジは生まれながらにして心臓に病気をもっていたんだ。それを移植手術で治したのがマルコなんだ」
力丸「(意味が分からず)移植手術?」
ミロ「移植手術っていうのは、他人の心臓をほかの人に移すってこと。たとえば俺の心臓を力丸の体に移すってことだよ」
力丸「(驚き)え、そんなことが出来るのか?」
ミロ「出来る。マルコなら出来る。マルコはこの国一の天才医師だからね」
力丸「凄いな。マルコもこの国も、何もかもが俺のいるところとは大違いだ」
ミロ「(笑い)でも、この国だって、一見平和に見えるがそうじゃない。昨夜の攻撃は全く予期せぬ攻撃だったが、ジャフミール高原は毎日が戦場だ。ファジ独裁政府と反政府ゲリラが戦っている。その戦いは無関係な民衆が住む市街地にまで及ぶこともある」
力丸「…」
ミロ「全くいつまで続くのやら…」
力丸「(感慨深げに)言い伝えでは、御神道の先には理想郷があると言われていた」
ミロ「(笑い)理想郷か。そりゃいい。ここは一人の独裁者が支配する国だ。理想郷とはほど遠い国だよ」
力丸「(ミロを見る)」
  宮殿正門からマルコが出てくる。
ミロ「(立ち上がり、手を振る)マルコ!」
  マルコも手を挙げて答える。
  力丸も立ち上がる。

〇バシュワース岩窟群・広場
  佐那が自動小銃で大きな岩に向かって発砲している。
  佐那はその破壊力に満足げな顔をする。
力丸「佐那」
佐那「(興奮気味に)力丸!これは凄いよ!凄い武器だよ!弓なんかとは大違いだ!まるで比べものにならない!これさえあれば私とお前だけで十分敵を倒すことが出来る。力丸、この武器を調達するんだ。そして、国に持って帰ろう」
力丸「わかった」
  力丸は立ち去る。
  佐那は岩に向かって発砲する。
  マルコがやってくる。
マルコ「そんなに敵意を剥き出しにして、相手を倒すことしか考えてないというのは、さぞ相手も辛いだろうな」
佐那「マルコ」
マルコ「そんなに素晴らしいかい。人を殺す道具が」
佐那「……」
マルコ「そんなの持ち帰ってどうする?」
佐那「この武器さえあれば、あっという間に敵を殲滅できる」
マルコ「だが、沢山の人の血が流れる。(佐那の手から自動小銃を手に取り構えて見せて)人を殺して、平和は手に入るのかい?」

佐那「……」
マルコ「人の死の上に平和はあるのかな?(自動小銃を佐那に返す)」
佐那「……」
マルコ「こんなのを持ち帰ったら、医者も大変だろうな(と苦笑い)」
佐那「マルコは武器を否定するのか?この武器はマルコの国の武器だぞ」
マルコ「だから、困る。争いや流血が絶えない」
佐那「じゃ、どうすればいいというのです?」

マルコ「さぁ、どうしたものかなぁ(と、はぐらかす)」

〇夜

〇バシュワース岩窟群・マルコの岩室
  マルコはランプの明かりのもとでカルテを見ている。
  マルコは人の気配に気付き振り返る。
  レオン・アズマイル(33)が入ってきた。

レオン「まさか、ここが攻撃されるとはな」
マルコ「(冷ややかな目で)兄さん…」
レオン「そうイヤな顔するな(笑う)」
マルコ「ここには来て欲しくないな」
レオン「用がなければ来ない。バシル・ファジに会ったそうだな」
マルコ「……」
レオン「お前の行動は独裁体制を容認するものとしてみられてもおかしくない。それは我々、バシル打倒を掲げる反政府勢力にとっては面白くないことだ。特にお前は民衆に人気があるからな。それだけでもお前に嫉妬するものは多い」
マルコ「小言を言いに来たのですか?」
レオン「今度の反政府勢力の会議で、ここバシュワースと差別なき医師団の処遇について話し合いがある。それに来い。当事者がいなければ話しにならないからな」
マルコ「かねてより噂は聞います。それに昨夜の攻撃からもね(レオンを睨む)」
レオン「そうか」
マルコ「わかりました。行きますよ。(マルコは奥の物陰の方に向かって叫ぶ)佐那!」
  佐那は物陰から立ち聞きをしていた。
佐那「(ばつ悪そうに)マルコ、私は別に立ち聞きするつもりではなく昼間のことで」
マルコ「(遮り)佐那も会議に来なさい。何かの役に立つかもしれないよ」
佐那「……」
レオン「(佐那を見て)誰だ?」
佐那「ただの客人だよ」

〇ジャフミール高原(夜)
  所々に破壊された施設や爆撃の後、戦車の残骸がある。

〇同・防空壕内
  防空壕の中は広く、輪になっている机が置かれている。
  そこにマルコと佐那とミロが座っている。
  他にも反政府勢力の救国革命軍のレオンや愛国戦線のルルドの双子や北部同盟の幹部が座っている。
  ロメ・ルルド(27)が輪の中で歩き回りながら、演説している。
ロメ「ここジャフミールも連日政府軍の空爆にあい、多くのアジトが破壊され同志を失った。そこでだ。改めて我々の勢力を結集すべく、バシュワース岩窟群を我々の新しいアジトにしたい。あそこなら、地盤も固く、政府軍の空爆にもロケット攻撃にも耐えられる」
マルコ「……」
ロメ「(マルコに近づき)そして、差別なき医師団にも、ぜひ我々、反政府同盟に参加してもらいたい。差別なき医師団が我々に協力すれば民衆も進んで協力するはず。そうすれば、独裁打倒に向かって機運も高まるはずだ(マルコの前に立ち、マルコを見る)」
マルコ「(一呼吸置いて)私たち、差別なき医師団はどちらにも荷担しない。それにたとえ私たちがあなた方の味方をしても、民衆は決して味方しない。人々を巻き込むゲリラに協力するものなど、誰一人としていやしない。もういい加減、そのことに気づいてもいいのではないか?あなた方が戦う 姿勢を見せている限り、政府軍はどこまでも攻撃してくる。そろそろ武器を捨ててもいいので。それともその勇気がないのか?」
ロメ「(苦々しい表情で)我々にお説教か?」

マルコ「私はバシル・ファジ総統にお会いした」

〇回想・バシル・ファジの寝室
  生気に満ちていた頃のバシル総統の自画像が飾られている。
  バシル・ファジ(55)は、病床に伏している。
  バシルはやつれ、余命幾ばくもない姿。
マルコ(語り)「あの屈強な方も病には勝てず、随分変わり果てていた。私は病床に伏しているバシル様を見たとき、一つの時代が終わりを向かえようとしているのを確信した。そんなに急がなくとも確実に時代は終わる。時代が終われば新しい時代が来る。エジル様が私をバシル様に会わせたのはそのことを伝えたかったのではないだろうか」

〇元に戻る・防空壕内
マルコ「この不毛な戦いを終わらせるためにも、あなたたちも変わらなくてはいけない。変わる準備をしなくてはいけない。武器を捨て、政府と話し合う用意をしなければいけない」
  ロモ・ルルド(27)が席から立ち上がる。

ロモ「独裁政府と話しあえっていうのか!」
マルコ「(ロモに向かって)話し合いの中で国を良き方向へ導けばいい」
ロモ「バカな」
マルコ「あなた方が武器を棄て、対話を望むのなら、仲介役をかってでても良い。喜んで協力する」
ロモ「そんな妄想に付き合うとでも思っているのか!」
マルコ「私たち差別なき医師団は決してゲリラに協力しない。バシュワースも渡さない。あそこは戦いに巻き込まれた人々を治療する病院だ」
  マルコとロモ、しばし睨み合う。
ロモ「(マルコを睨んだまま)ロメ、行くぞ」
  ロモとロメの双子は出て行く。
  他のゲリラの幹部も出て行く。
  マルコと佐那とレオンとその部下が残る。

佐那「(マルコを見る)」
マルコ「(ため息をつく)」
レオン「(マルコに近づき)甘いぞマルコ。ルルドの双子に、お前の対話論は通用しない。耳を貸すと思ったら大間違いだ。あいつらは血に飢えた狼だ。ファジ一族を血祭りにしたいだけだ」
マルコ「殺し合いからは何も生まれない。憎しみは憎しみを生む」
佐那「マルコは話し合いで争いが終わると思っているの?」
マルコ「争いからは憎しみしか生まれないよ。だからこそ、話し合うんだ。お互いに歩み寄って話し合うことが、物事を平和りに、解決に向けて進めることが出来る最良の手だてだと私は信じている」
佐那「…」
マルコ「あのように、戦いありきでは、たとえ独裁者が死んでも争いは終わることはない」
レオン「しかし、マルコ」
マルコ「(レオンを見る)」
レオン「ルルドの双子には気をつけろよ。奴等は邪魔者であれば同胞でも殺す。まさに悪魔の双子だからな」

〇ジープ車内(夜)
  ロモとロメが乗っているジープが荒野を走る。
ロモ「独裁者との対話など甘い。甘すぎる。あいつは早いうちに殺さなければいけない。あいつを生かしておくと、周りに悪影響を与えかねない」
ロメ「確かに、同志の中にもマルコを信奉する者もいるからな。でも、どうやって?露骨にバシュワースを襲うわけにはいかないだろ?」
ロモ「俺に良い考えがある。ジョアンを使おう」
ロメ「あの臆病者をか?また逃げ帰ってくるだけではないのか?」
ロモ「大丈夫だ。今度は失敗しない(ニヤリと笑う)」
  ジープは闇に消えていく。

〇バシュワース岩窟群・岩室(昼)
  ラムジンを前にゲリラAが話しをしている。
ゲリラA「ゲリラの負傷兵は診れないっていうのか?」
ラムジン「診れないんじゃない。ゲリラのアジトにはいけないと言っている。患者をここに連れてこい。そうすれば診る」
  マルコと佐那とミロが来る。
ゲリラA「負傷兵は市街地のアジトにいて、これないから言っている!」
ラムジン「なら、市街地の医師に診せればいい」
ゲリラA「そんなこと出来るか!政府軍にアジトがばれるだろ!」
マルコ「……」
ゲリラA「それとも何か?このまま見殺しにしろとでもいうのか?差別なき医師団というのはウソか?」
ラムジン「ウソじゃない。しかし、あそこは政府軍がウヨウヨしている市街地だ。とても行けない」
マルコ「なら、僕が行こう」
ラムジン「マルコ!」
ゲリラA「(マルコを見る)」

〇市街地
  ゲリラAに連れられてマルコ、ミロ、佐那が目立たないように歩いている。

〇ジャフミール高原・愛国戦線アジト
幹部A「あいつは逃げるんじゃないか?」
ロモ「(確信をもって)いや、やつは逃げない。やつは決して患者を見捨てはしない。それが自分の命を落とすことになるとしても」
幹部A「そう、うまくいくか?」
ロモ「うまくいくさ(微笑む)」

〇市街地・ビルの外観

〇同・地下1階
  薄暗い地下に降りていくゲリラAとマルコにミロと佐那。

〇同・部屋
  部屋は暗く、奥に一つだけベッドがある。
  マルコはベッドの方に歩いていく。
  ベッドには頭から毛布を被った人の形が見える。
  マルコは、静かに毛布を剥いでいく。
  ジョアン(15)がパジャマ姿で両腕を胸の前にして体を丸めて震えている。
  ジョアンは怯えた目でマルコを見上げる。

マルコ「怖がることはないよ。君のためにやって来たんだ」
ジョアン「(震えて怯えている)」
  一瞬、鉄の音が聞こえる。
  マルコは、毛布を全部剥いでみる。  
  ジョアンの足には鉄で出来た足枷とそれが鎖でベッドの端で繋がっている。
マルコ「(唖然とする)」
ミロ「なんだ!」
  マルコは何かを察知してジョアンに触ろうとする。
  ジョアンはマルコを避けるように、怯えながら体を起こして両腕で胸の前を隠す。マルコ「(諭すように)大丈夫だよ」
  マルコはジョアンの両腕をそっとどけてパジャマのボタンを外しにかかる。
ミロ「(尋ねるように)マルコ!?」
  ゲリラAは、気づかれないように部屋から出て行く。
  マルコはジョアンのパジャマのボタンを外している。

〇ジャフミール高原・愛国戦線アジト
ロモ「(不敵に笑い)マルコ・アズマイル。お前が天才医師であっても、あれは決して治せやしない。誰にも止めることは出来はしない(高笑いする)」

〇元に戻る・部屋
  マルコはジョアンのパジャマを開ける。
  ジョアンの体には時限爆弾が巻き付けてあり、作動している。
マルコ「(驚愕する)」
佐那「何?」
ミロ「爆弾じゃないか!」
  ジョアンは胸の前を隠して怯える。
ミロ「(憎悪)畜生、あいつら!」
マルコ「(悲しみに顔を歪めて)これがこの国の惨状だ。ゲリラに売られた少年は、自爆テロの道具に使われるのさ」
ミロ「(怒りのまま)こんなことをするのは愛国戦線のルルドの双子だ!あいつらがやったんだ!」
佐那「……」
マルコ「(ジョアンの体に巻かれた時限爆弾を見る)」
  時限爆弾がついている金属の胴巻きは溶接されていて外せないように出来ている。ミロ・佐那「(心配そうに見る)」
マルコ「(険しい表情をする)」
ミロ「(不安げに)マルコ!?」
マルコ「(落ち着き払って)ミロ。早くこの街の人たちを避難させろ。遠くへ逃げるんだ」
ミロ「マルコは?マルコは逃げないのか?」
マルコ「(穏やかに)怖くて怯えている少年を置いていくわけにはいかないだろう」
ミロ「(首を激しくふり)奴等はマルコを殺すために、仕組んだんだ!一緒に逃げよ
う! マルコ」
マルコ「(穏やかに、首をふり)逃げてもまた同じ事が起こる。彼は僕のために犠牲になったんだよ。僕がここで逃げれば、また誰かが僕のために犠牲になる。その繰り返しだ」
ミロ「(泣きそうな声で)マルコ」
マルコ「いつかこういうときが来るとは、思っていたよ。ミロもそうだろ?だから、僕のボディガードをしてくれたんだろ」
ミロ「(泣きそうな声で)マルコ」
マルコ「ミロ。これからはミロが人を救うんだ。ミロがこの街の人たちを救うんだ」
ミロ「(嘆き)マルコ」
マルコ「早く」
ミロ「マルコ!」
マルコ「いいから、早く」
ミロ「マルコ!」
マルコ「ミロ。ありがとう」
ミロ「(悲しみに顔を歪め)マルコ」
  ミロは佐那の手を取り、部屋を出て行く。
  マルコの耳に階段を登っていくミロと佐那の足音が聞こえるもやがて聞こえなくなる。
  マルコは、ジョアンのベッドに上がる。
  傍に座り、ジョアンの肩を抱いて抱き寄せる。
マルコ「もう大丈夫だ。君は一人じゃない。怖がらなくていい。僕も一緒だ」
ジョアン「(怯えた目でマルコを見る)」
マルコ「君と一緒だ。君とここにいるよ(といって更に抱き寄せる)」
ジョアン「(マルコにしがみつく)」
マルコ「(ジョアンの頭を撫でながら)大丈夫。大丈夫だよ」

〇市街地
  商店街の通りにいる人々の前でミロが叫ぶ。
ミロ「(必死な形相で)早くここから逃げ
ろ!ゲリラが爆弾を仕掛けた!早く逃げるんだ!逃げろ!」
  人々はそれを聞いて、ミロのいるところから離れていく。
ミロ「早くここから離れろ!」
  ミロも躊躇している人を小突いたり、身振り手振りで、離れるように指示しながら離れていく。
佐那「逃げて!」
  佐那も叫ぶ。
  マルコのいるビルが閃光を放って爆発する。
  ミロも佐那も、振り返ってビルを見る。
ミロ「マルコ!」
佐那「…」
  ビルは崩れていく。
  ミロは、その場に膝から倒れ、泣き崩れる。
ミロ「マルコ!」

〇ジャフミール高原・愛国戦線アジト
幹部A「たった今、連絡がありました。マルコはジョアンと共に爆死したそうです」
ロモ「(鼻で笑い)はじめから協力していればこんなことにはならなかったものを。独裁者と対話など、バカバカしい。そんなやり方よりも我々はもっと即効性のあるやり方を好む」
幹部A「…」
ロモ「マルコは、バシル・ファジに殺されたと触れ回れ。そして、民衆の怒りを、バシルに向けさせろ!人々を扇動するんだ」

〇バシュワース岩窟群・広場(夜)
  バシュワースにいる医師たちの前で、ミロは泣きながら言う。
ミロ「マルコは、マルコは最後まで医師でした」
  医師たちも泣く。
  アリーダの目に涙が見える。
  アリーダの傍に、女医が来る。
女医「アリーダ。生まれたわ」
  アリーダは佐那に寄って行き、
アリーダ「佐那。赤ん坊が生まれたわよ」
佐那「…」

〇同・千草のいる岩室
  千草が、ベッドの上で寝ている。
  傍には赤ん坊がいる。
  佐那と力丸とアリーダがやってくる。
佐那「姉上」
千草「佐那。男の子よ」
佐那「(赤ん坊を見る)」

〇バシュワース岩窟群・広場(朝)
  医師たちが集まっている。
  佐那は遠巻きに見ている。
ラムジン「では、満場一致ということで、差別なき医師団のリーダーをアリーダにやってもらう」
一同「(拍手)」
ラムジン「アリーダ。新しきリーダーとして、何か一言いってくれ」
アリーダ「(立ち上がって、お辞儀をする)」

一同「(拍手)」
アリーダ「(ゆっくりと穏やかに語りかける)差別なき医師団は今までと同じ、何も変わりはしない。人に上も下もなければ、体制も反体制もない、人は人だ。差別なき医師団は決してどの体制にも属さない。ただ傷ついた人を治すことだけに専念する。その信念に変わりはない。(一呼吸置いて力強く)私は、マルコ・アズマイルの意志を継ぐ」
一同「(歓声とアリーダコールで湧く)」
佐那「……」

〇バシュワース岩窟群・佐那のいる岩室
  力丸が佐那に集めて自動小銃の山を見せる。
力丸「(笑顔で)お前に言われたとおり小判を売って、集めるだけ集めたよ。小判も金で出来てるから使えたよ。結構高値で売れるんだな(笑う)」
佐那「(真顔で呟く)置いていこう」
力丸「え、何?今なんていった?」
佐那「(声を張って)これは置いていこう。向こうには持って行かない」
力丸「持って行かないって、こんなに集めたのにか?」
佐那「やめよう。この武器は、私たちにはいらない」
力丸「どうしたんだよ?あんなに喜んでたのに…」
佐那「……」
力丸「じゃ、せめて一つぐらい持っていくか?」
佐那「(首を振る)」
力丸「(佐那の顔を見て、ため息をついて)佐那がそういうのなら、俺は従うだけだ(微笑む)」

〇バシュワース岩窟群・岩窟の前
  佐那たちが出てきた岩窟の前に、佐那と力丸、千草が赤ん坊を抱いている。
  アリーダとミロが見送りに来ている。
アリーダ「帰るのね」
佐那「ええ。姉上も元気な赤ん坊を産みましたし……。帰ります」
アリーダ「そう」
佐那「(微笑む)色々ありがとう」
アリーダ「短い間だったけど、なんか寂しくなるわね」
佐那「アリーダのことも、ミロのことも、みんなのことも忘れない。それにマルコのことも」
アリーダ「(頷く)」
佐那「でもここは、大丈夫なの?」
アリーダ「(微笑み)心配しないで。この国の問題は、この国の人たちで解決することだから、佐那は心配しないでいいのよ。それより自分たちのことを考えて」
佐那「わかった」
千草「アリーダ」
アリーダ「千草」
千草「ほんとにありがとう」
アリーダ「体に気をつけてね。強い子に育ててね」
千草「(頷く)」
力丸「ミロ。色々世話になったな」
ミロ「元気でやれよ」
佐那「それじゃいくね」
ミロ「元気でやれよ。佐那」
佐那「(頷く)」
  佐那と力丸に千草は岩窟の中に入っていく。
佐那・力丸「さよなら」
アリーダ・ミロ「さよなら」
  佐那たちとアリーダたちは見えなくなるまで、呼び合い、手を振った。
  佐那たちは岩窟の中に消えていく。

〇正親の本陣(夜)
  松明がたかれている。
  岩城正親の軍勢は、岩城城を睨む処にある。
  正親(33)の前に佐那と千草と赤ん坊を抱きかかえた力丸がやってくる。
佐那「兄上」
正親「(立ち上がり)佐那!それに千草!」
千草「殿!」
正親「生きておったか」
佐那「ただいま戻りました」
正親「やはり入ったのか?御神道に」
佐那「はい」
正親「(笑いながら)佐那ならきっと神聖不可侵であっても入るのではないかと思っていたが、まさか本当に入っていったとはな」

佐那「申し訳ありません」
正親「いや致し方あるまい。そうしなければ今頃依親に捕らえられていただろう」
千草「(後ろにいる力丸から赤ん坊を受け取り、正親に見せる)殿」
正親「おお、生まれたんだな(赤ん坊を抱く」

千草「男の子でございます」
正親「(赤ん坊をあやす)」
佐那「兄上。依親兄からは?」
正親「このままずっと睨み合ったままだ」
佐那「どうなさるおつもりですか?」
  正親は赤ん坊を千草に渡す。
家臣「戦しかない!たとえ殿の弟君であっても謀反人だ!」
  そばにいる家臣たちも「そうだ!」と同意の声を上げる。
佐那「(佐那は家臣たちを見てから)兄上」
正親「(目を瞑る)……」
佐那(N)「もしマルコがここにいたら。マルコならどうする?」

〇回想・バシュワース岩窟群・広場
マルコ「そんなに敵意を剥き出しにして、相手を倒すことしか考えてないというのは、さぞ相手も辛いだろうな」

〇回想・防空壕内
マルコ「話し合いの中で国を良き方向へ導けばいい」

〇元に戻る・正親の本陣
佐那「兄上。ぜひ、依親兄と話し合ってください」
正親「(目を開ける)」
家臣「馬鹿な!そんなことしたら奴等の思う壺だ!今度はどんな汚い手を使ってくるかわからんぞ!」
  他の家臣から同意の声が上がる。
佐那「兄上。私たちは依親兄が何を思っているか、何を考えているのか知りません。今はただ互いに恐れ、憶測や推測でしかものを見ることが出来ません。そして、悪い方、悪い方へと物事を考えているのではないでしょうか?」
正親「(興味深く聞く)」
家臣「そんなことはない!我々はあんな奴等、恐れてはいない!」
佐那「(正親だけを見て)私は今こそ、兄上と依親兄に話し合いをして頂きたいのです」

正親「(佐那をジッと見つめる)」
家臣「(注意するように)佐那様!」
佐那「恐らく依親兄もそれを望んでいるのか
 も知れません。だから、何も動かないのか
 も知れません」
家臣「そんなことはない。奴等は殿の出兵を見計らって城を占領した卑怯者だ!」
佐那「(懇願)兄上!私たち三人、兄弟ではありませんか!私たちは今、互いを恐れ、憶測で勝手に怯え、そして、身構えているだけです!今こそ話し合いを!」
家臣「なりませんぞ、殿!」
佐那「これ以上、争いを広げる前にぜひ話し合いを!」
家臣「佐那様!たとえ殿の妹君であってもそれ以上の物言い、許されませんぞ!」
佐那「兄上!」
家臣「(怒号)佐那様!」
正親「(家臣を片手で制して、佐那に微笑み)佐那、もういい。お前の気持はわかった。私も依親と話しがしたいと思っていた」
家臣「殿!」
正親「争う前に依親と話し合おうじゃないか」

家臣一同「殿!」
正親「戦うことはいつでも出来る。しかし、話し合うなら今が良い。お互いが傷つく前にな」
家臣一同「…」
佐那「(微笑み)兄上」
正親「さて、話し合いをするというのは決めたはいいが、誰がそれを依親に伝えるか?誰に仲介役に入ってもらうかだ」
佐那「その役目。私にやらせてください。妹の私がやるのが一番かと。依親兄も私ならわかってくださるはず」
正親「(考え込む)」
家臣「成りませんぞ!それこそ、奴等の思う壺です。奴等は佐那様を人質に取ろうとしていたのですから」
佐那「いえ、私が行きます。ぜひ私に行かせてください!」
力丸「殿。佐那様は私がお守りいたします。ぜひ私を佐那様の護衛に(深々とお辞儀をする)」
正親「(一息ついてから、微笑み)力丸。佐那を頼む。しっかり守ってくれよ」
力丸「はっ!」
佐那「(笑顔で)兄上」
正親「二人で行ってこい。そして、俺が依親と二人で話しがしたいと、そう伝えてこい(微笑む)」
佐那・力丸「(笑顔で)はっ!(お辞儀をする)」

〇岩城城への山中(夜)
  佐那と力丸は月明かりを頼りに歩いている。
力丸「依親様は、話し合いに応じてくれるかな?」
佐那「わからない。わからないけど、私は兄上たちが争う前に話し合って欲しいの。それが争うことなく物事を穏便に解決する策だと思うし、みんなの幸せに繋がると思うの」
力丸「(笑い)それはマルコの影響か?」
佐那「(惚けてみせる)そうかな?」
力丸「そうだよ。マルコの影響だよ」
佐那「(笑い)でも、御神道を通って来た私たちの遠い祖先って、きっとマルコのような人たちよ。マルコたちが私たちの祖先なのよ。そう思わない?」
力丸「そう思う。きっと御神道を通って来たのはマルコだよ」
  月明かりが岩城城へ向かう二人の後ろ姿を照らす。

〇正親の本陣(夜)
  満天の星明かりの下、正親と赤ん坊を抱いている千草がいる。
  赤ん坊は眠っている。
正親「まさか、あの佐那があんなことを言うとはな。相手のことを考えるようになったか。御神道の中には一体何があるというのだ?」
千草「色々なことがありました。とても一晩では話せません(微笑む)」
正親「(微笑む)そうか」
千草「(赤ん坊を見る)」
正親「この子に名前をつけなくては」
千草「この子の名前はもう決めております」
正親「ほぉ、もう既に名があるのか」
千草「ええ」
正親「して、名は」
千草「マルコです」
正親「まるこ?」
千草「私たちを救い、そして、佐那を成長させた人の名です(微笑む)」

              〈終わり〉

#ジャンププラス原作大賞

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