シナリオ「嫌いな上司と付き合う方法 」

〇ホテルの外観

〇同・宴会場の裏
  機材を弄っていた天野巧(26)が樋口里紗(33)を見かけ、作業をやめて挨拶に行く。
天野「樋口さん。またよろしくお願いします」
  樋口、目を細めて、
樋口「こないだみたいに映像間違えないでよ。もう口から心臓が飛び出るってこのことを言うのね」
  天野、頭をかいて愛想笑いをしながら
天野「今度は大丈夫です」
樋口「もう、ほんと、頼むよ」
  天野、へこへこする。

タイトル「嫌いな上司と付き合う方法」

〇大貫物産ビルの外観(夕暮れ)
  五階建てのビル。
玄関に「株式会社大貫物産」の看板がある。

〇同・営業三課のオフィス
  営業三課のオフィスは課長の井田弘樹(42)のデスクが上座にあり、その前にデスクが向かい会う形で四つある。
  北村馨(28)の席は上座から離れた端にあり、パソコンに向かって仕事をしている。
  ほかの社員も仕事をしている。
  そこへ、井田がマグカップをもって馨の傍を通るとき、馨が座っている椅子のキャスターをわざと蹴って、怒鳴る。
井田「もっと椅子引っ込めろ!」
  井田、馨が座っているキャスターをまた蹴り飛ばす。
馨「すみません!」
  馨、椅子を引っ込める。
  馨の体は椅子と机に挟まって、窮屈な体
勢になり身を小さくする。
  井田、馨を横目で見て鼻で笑い、自分の席につく。
  馨、顔をゆがめ、
馨(心の声)「僕は上司の井田課長と反りが合わない。課長より背が高く、見下している感じが気に入らないのか、自分の愛想のなさが気に入らないのか、原因はよくわからないが兎に角あわない」

〇馨と井田が向き合っているイメージ映像
  小柄な井田と長身の馨が向き合っている。
  井田が馨を見上げ、馨は井田を見下ろしている。
  井田、馨の弁慶を蹴る。
  馨、痛がり弁慶を抑えてしゃがむ。
  井田、馨を見下ろしニヤつく。

〇(元に戻る)営業三課のオフィス
  時計が五時になる。
  就業のチャイムが鳴る。
井田、座ったままみんなに言う。
井田「みんな、今日は七時まで残業な!」
社員たち「はい」
馨「……」
  井田、パソコンを見ている。
馨(心の声)「なんでお前がそんなこと言えるんだよ! パソコン画面がみんなの死角になってるのをいいことに仕事もしないでネットばかり見てるじゃねぇか! お前が仕事してないことは見え見えなんだよ!」
  井田のパソコン画面は井田の後ろの窓ガラスに反射して丸見えである。
  馨、井田の後ろの窓ガラスを見ていると井田が馨を見て、
井田「おい、北村!」
  馨、慌てて、
馨「はい!?」
井田「何ボケっとしてるんだよ! もっと身入れて仕事しろ!」
馨「すみません!?」
  井田、馨を一瞥して、パソコン画面を見る。

〇馨の部屋の室内(夜)
  一階のワンルームマンションの室内。
  ベッドが置いてある。
  質素な部屋。
  部屋のカレンダーは、『2019年6月』
  馨、ベッドにカバンを叩きつける。
馨「畜生! 何がもっと身入れて仕事しろだ! お前なんか、ただ遊んでるだけじゃねぇーか! 畜生! 畜生!」
といいながら、ベッドを何度も叩く。
  そして、肩で息をしながら、
馨「変えてやる! 絶対、俺の人生変えてやる! 俺には奥の手がある。ウルトラCがあるんだ!」 
  馨、机に座りノートパソコンを開く。
  パソコンが起動し、インターネットに繋
ぐ。
馨「誰にも言っていないシナリオ賞で賞獲って、プロのシナリオライターになって、俺の人生変えてやるんだ! そしたらあんな嫌な奴とも綺麗さっぱり、おさらばだ!」
  馨、フジテレビのヤングシナリオ大賞のHPを開く。
  HPに『一次審査通過作品』の発表が出ている。
馨「お、やっと出たか!」
  馨、クリックするとタイトルと名前がズラーっと出ている。
  馨、マウスのスクロールボタンを動かしながら、自分の名前を探す。
  馨の目が上から下に動く。
  開かれた窓から茶色い野良猫が入ってくる。
  馨、野良猫を気にせず、スクロールボタンを動かし、名前を探す。
  野良猫、馨の傍で座って見上げている。
  スクロールする馨の手が止まる。
  馨、表情が固まっている。
  馨、愕然とした表情のまま、
馨(心の声)「ない! 俺の名前がない!」
  馨、片手で頭を抱え、声を出して嘆く。
馨「落ちた! 落ちた!」
馨、体をねじって悶絶する。
馨「嘘だろ! どうして! どうして落ちるんだよ! めっちゃ、自信作だぞ! 去年は自信がなくて二次まで行ったのに、どうして去年より自信があるのに一次落ちするんだよ! 畜生、わけわかんねぇ! 意味がわかんねぇ!」
  馨、力なく、机に突っ伏す。
  馨、全身の力なく、表情は死に顔。
  野良猫、馨に向かってニャーと鳴く。
    ×    ×    ×
  野良猫にツナ缶を食べている。
馨、膝を抱えて、野良猫をジッと見ている。
馨「ドラマの掴みはOKだったはずだ。初手で読み手の心を掴んで、面白さを持続させたまま、ラストまで突っ走ったはずなのに……」
  野良猫、ツナ缶を食べている。
馨「会社の反りが合わない上司と縁が切れたはずなのに……」
野良猫、ツナ缶を食べている。
馨「もし俺がヤンシナ獲ったら、お前が食べたことのない、めちゃめちゃバカ高いキャットフードをやるつもりだったのに」
  野良猫、ツナ缶を食べている。
馨「お前は招き猫じゃないのか!? 俺に大賞を招いてくれるんじゃないのか!?」
  野良猫、ツナ缶を食べている。
馨「お前が俺に福をもたらすと思ったからツナ缶をあげているんだぞ!」
  野良猫、ツナ缶を食べている。
馨「それなのにお前は! お前は、何も招かぬ招き猫じゃねぇーか! ただの野良猫じ
ゃねぇーか!」
  馨、野良猫が食べているツナ缶を奪い取って立ち上がる。
  野良猫、馨を見上げる。
  馨、野良猫を見下ろす。
馨「なんだよ!? 俺に文句、あるのか!」
野良猫「俺に当たるなよ」
馨「ん!?」
  馨、声が聞こえ、野良猫を見てから、きょろきょろして、開かれた窓を見る。
馨「誰だ!?」
野良猫「俺だよ」
  馨、野良猫を見る。
野良猫「そのツナ缶、返せ」
  馨、驚き、体をのけぞらせる。
馨「ええ!」
野良猫「そんなに驚くことないだろ。猫は長いこと人間と暮らしてるんだ」
  馨、開いた口が塞がらない。
野良猫「しゃべれないと思うのは人間の驕り
だ」
馨「……(唖然)」
    ×    ×    ×
馨、野良猫の前で背筋を正して正座している。
野良猫も座っている。
野良猫「お前のその怒りはなんだ? 賞が獲れず人生を変えられなかったことへの怒りか? それもと嫌いな上司と縁が切れなかったことへの怒りか? どっちだ?」
馨「どっちもです」
  馨、項垂れる。
野良猫「はっきり言おう。とてもお前に福が舞い込んでくるとは思えん」
馨「……」
  野良猫、部屋を見渡し、
野良猫「第一、部屋からしてつまらん。俺はこの界隈の家なら皆知ってる。こんなに幸せが感じられない部屋はない」
馨「はぁ」
野良猫「他の人間はもっと人生を楽しんでるぞ。今を楽しんでるぞ。なのに、お前はどうだ? お前の生活は、アパートと会社、アパートとストレス解消のスポーツジム、その二か所を行ったり来たりしているだけじゃないか。なぜもっと人生を楽しまん?」
馨「人生を楽しむのはプロになってから楽しもうと思って」
野良猫「なってないじゃないか!」
馨「……」
野良猫「福とは、人生を楽しんでいるところに舞い込んでくるものじゃないのか?」
馨「アッ!?」
野良猫「なのに、お前の生活は、嫌いな上司に引っ張られている。毎日、上司の悪口ばかりブツブツ言ってるだけだ!」
馨「ごもっともです」
野良猫「まずそこから変わらなくちゃいけないんじゃないか?」
馨「はい」
野良猫「楽しい人生を送ってない人間に面白いドラマが書けるのか?」
  馨、言葉が出ない。
野良猫「お前はよく読み手の心を掴んだ、と口癖のように呟いているが、ほんとに掴んでいるのか?」
馨「……」
野良猫「嫌いな上司の心もつかめない奴に、人の心を掴めるものが書けるのか?」
  馨、言葉が出ない。
野良猫「上司の心を掴んでみろ。上司の愚痴ばかり言う生活を変えろ。まずはそこから変えてゆけ!」
馨「はい」
  馨と野良猫、見つめあう。

〇大貫物産ビルの外観(朝)
  出社する社員たち。

〇同・営業三課のオフィス
  馨、出社してデスクにカバンを置く。
  すると、井田が出社してくる。
井田「おはよう」
社員一同「おはようございます」
馨「(小さな声)おはようございます」
  井田、自分のデスクに行く。
  馨、井田を見ている。

〇回想・野良猫
野良猫「朝、必ず話しかけろ。初手で上司の心を掴め!」

〇(元に戻る)営業三課のオフィス
  馨、肩で息をする。
そして、そーっと、井田を見る。
井田、机に座りパソコンの電源を入れる。

〇回想・営業三課のオフィス
  皆、働いている。
  井田、パソコン画面を見ている。
馨(心の声)「あいつは休日、愛人といろんなところへ出歩くのが趣味だ。仕事のふりして、どこに遊びに行くか、どこに旨い店があるか、日がな一日、調べまくってる」
  井田のパソコン画面にお店が映ってる。

〇(元に戻る)営業三課のオフィス
馨(心の声)「あいつの得意分野に話しかけて、あいつの心を掴め!」
  馨、意を決して、井田に歩み寄る。
  馨、低姿勢になり、
馨「あの、課長」
  井田、馨を見て、ぶっきらぼうに、
井田「なんだ?」
馨「課長、いろんなとこ、行きますよね」
  井田、警戒気味に、
井田「それがどうした?」
馨「お台場は行きますか?」
  井田、ぶっきらぼうに、
井田「よく行くよ」
馨「そうですか。僕、お台場に行ったことがないんで、明日の休み、お台場に行ってみようと思うんですが、なんかおすすめの美味しいお店とかありますか?」
  井田、態度を少し軟化させ、
井田「そうだなぁ。俺は、お台場行くとダイバーシティのフードコートで食べるからなぁ。あそこにいろいろお店があるから」
馨「ダイバーシティって、場所、僕でもわかります?」
井田「わかるよ。前にガンダムあるから」
馨「ガンダムって、あのでかいガンダムですか? え、まだあるんですか?」
  井田、態度がかなり軟化させて、少し笑い、
井田「あるよ。ずっとあるよ」
馨「そうなんですか? 一時的なものじゃないんですか?」
井田「違うよ」
  井田、だんだん饒舌になる。
井田「あのガンダム、時間になると変形するんだ」
馨「変形ですか?」
井田「これだよ」
  といって、スマホを取り出し、ガンダムの動く映像を見せる。
馨「あ、ほんとだ! ほんとに動くんですね」
井田「面白いだろ」
  馨、微笑み、
馨「僕も見てきます。お台場に行くのに浜松町からモノレールで行くんですよね」
井田「埼京線で行けるよ」
馨「え、埼京線で行けるんですか?」
井田「大崎まで埼京線で、そこからそのままりんかい線になるから東京テレポートで降りればお台場だよ」
馨「え、そうなんですか!?」
  井田、少し笑って、
井田「そうだよ。それでいけるよ。そんなことも知らないのか?」
馨「すみません。知りませんでした。でも、いいこと聞きました。ありがとうございます」
  馨、お辞儀をする。
井田「おう」
  井田、ご機嫌になる。
  馨、自分のデスクに戻る。
馨(N)「その日は、嫌いな上司の嫌がらせにあうことなく、無事に過ごすことが出来た」
  馨、胸をなでおろし、ほっとした表情で仕事の準備に取り掛かる。

〇ダイバーシティ東京プラザの前
  馨、ガンダムを見上げる。
  ガンダムが動いている。

〇同・フートコート内
  お客で混雑している。
馨、一人、食事をしている。

〇フジテレビの玄関前
  馨、フジテレビを見て、呟く。
馨「ここがフジテレビか……。来年はヤングシナリオ大賞をとってフジテレビに来るぞ」
  馨、フジテレビの階段を上がっていく。

〇同・はちたま(球体)内
  馨、眼下に景色を眺めながら、呟く。
馨「東京に住んでて、東京を知らないのは、なんかもったいないな……。こうやって、行ったことのないところの行くのも、悪くはない……」
  馨、海を眺めている。

〇大貫物産ビルの外観(朝)

〇同・営業三課のオフィス
  馨、デスクにいると井田が出社してくる。
社員一同「おはようございます」
井田「おはよう」
  馨、井田に近づき、
馨「課長、お台場行ってきました」
井田「おう、どうだった?」
馨「いや、楽しかったです。それに埼京線で行ったせいか、滅茶苦茶近かったです。ほんとお台場って案外近いんですね」
  井田、自慢げに、
井田「だろ」
馨「ありがとうございます。これからいろいろ教えてください」
井田「おう」
  井田、機嫌が良くなる。
  馨、自分のデスクに座る。
馨(心の声)「なんだ、簡単じゃないか。朝の一発、これで変わる。僕が上司が饒舌になるところに歩み寄ればいい。歩み寄って気持ちよく泳がせればいいんだ。それだけで職場が過ごしやすくなる」
  馨、微笑みながら、仕事の準備に取り掛
かる。

〇アパートの外観(夜)
  二階建てのアパート。
  一階の馨の部屋の窓が開いている。

〇同・馨の部屋の室内
  馨、野良猫を前に正座をしている。
  馨、笑顔で、
馨「嫌いな上司と親しくなりました」
  馨、頭をかいて、
馨「いやぁ、なんか人間関係がうまくいったせいか、ストレスが軽減されましたぁ」
野良猫「それで?」
馨「え!?」
野良猫「仲良くなってどうする? お前のやってることは、ただのご機嫌取りだ。それがお前の目的なのか? 違うだろ」
馨「……」
野良猫「いいか、嫌いな上司はお前の幸せを
推し量るバロメーターだ」
馨「バロメーター?」
野良猫「嫌いな上司に引っ張られているうちは幸せではない。お前の頭の中が楽しいことでいっぱいになって、頭の中からあいつが消えたとき、お前はあいつを超え、幸せになれるんだ」
  馨、納得する。
野良猫「あいつより幸せになって、あいつを超えろ!」
  馨、姿勢を正してから、
馨「はい」
野良猫「なら、まず彼女を作れ」
馨「彼女!?」
野良猫「あいつには愛人がいるんだろ? よくブツブツ言ってたじゃないか」
馨「はぁ」
野良猫「お前は愛人どころか、彼女もいない。あいつは愛人といろんなところに出かけて楽しくやってるんだろ? なら、お前も彼女を作れ。それでないとあいつより上には行けない」
馨「でも、彼女と言っても、そんな急には」
野良猫「彼女が無理なら、とりあえず、まずは一緒に出掛けてくれる女性のパートナーを作れ」
馨「(小声で)そういわれても」
野良猫「女と一緒に、はしゃいでる写真を撮って上司に見せつけてやれ。見返してやるんだ!」
馨「はぁ」

〇スポーツジムの外観

〇同・ジム内のレッスンスタジオ前
  スタジオ内ではバーベル上げのレッスンをしている。
  スタジオの外には次のレッスン参加者の列が出来ている。
  参加者は座って待っている。
  馨も待っている。

〇脳裏に浮かぶ野良猫
野良猫「いいか、動かなければ何も始まらないんだぞ」

〇(元に戻る)ジム内のレッスンスタジオ前
  馨の後ろの列に久留米愛実(25)が、座って本を読んでいる。
  馨、愛実を見つめる。
  愛実、馨の視線に気づき、馨を見る。
愛実「なんです?」
  馨、慌てながら、
馨「あ、いや、あのぉ」
愛実「……」
馨「もしよかったら、一緒に東京見物しませんか?」
愛実「はぁ?」
馨「あ、いや、僕、東京に住んでるのに東京のこと全く知らないんですよね。出不精っていうか。それでもしよかったら一緒に東京観光しませんか?」
愛実「……」
  愛実、馨をジッと見る。
馨「あ、いや、いやならいいんです、はい」
  スタジオ内のレッスンが終わり、ドアが開き、お客さんが出てくる。
  そして、並んでいたお客さんが立ち上がりはじめる。

〇同・レッスンスタジオ内
  スタジオ内の照明は薄暗い。
  女性インストラクターによるヨガのポーズをとっている。
  馨もスタジオの後ろの方でインストラクターと同じヨガのポーズをとっている。
  馨と離れたところに愛実がいる。
  馨、愛実を見て、
馨(心の声)「俺、何言ってんだろ。顔見知りだけで親しくはないのに。それに彼女は
確かハルキストだ」

〇回想・レッスンスタジオ前(過去)
  馨、並んでいる。
  その隣に愛実が本を読んでいる。
  馨、さりげなく、
馨「よく本読んでますよね。何、読んでるんですか?」
愛実「村上春樹さんの騎士団長殺しです」
馨「村上春樹さんですか。僕も海辺のカフカなら読んだことあります。確か近親相姦するとか、なんか、よくわからなかったなぁ」
愛実「そうですか」
  愛実、ちょっとつっけんどんに言う。
馨「……あの、何か、僕、気に障ることいいました?」
愛実「私、ハルキストなんで」
馨「ハルキスト?」
  愛実、本を読む。
馨(N)「ハルキストとは、村上春樹さんの
熱狂的ファンのことを言うことをあとで知った」

〇(元に戻る)レッスンスタジオ内
  馨、ヨガのポーズをとりながら、愛実を見て、
馨(心の声)「怒らせたことあったし、それに彼女は東京を知ってるかもしれない」
  女性インストラクターのヨガのポーズが次から次へと変わっていく。
馨も女性インストラクターと同じポーズをとって、
馨(心の声)「動いても始まらないこともある。まぁ、仕方ないかな」

〇同・スタジオの外
  ヨガのレッスンが終わり、お客さんが出てくる。
  馨も出てくる。
  すると、肩を軽く指で突かれる。
  馨、振り返ると愛実がいる。
馨「……」
愛実「いいよ」
馨「え!?」
愛実「東京観光、行ってもいいよ」
  馨、驚き、
馨「ほんと!?」
愛実「私も出不精だから」

〇馨の部屋の室内(夜)
  馨、野良猫の前で正座している。
  野良猫の前に、食べ終わったキャットフードの缶が置いてある。
  馨、笑顔で、
馨「女の子と一緒に出掛けることになりました」
野良猫「楽しんでこい。上司に負けるな」
馨「はい」
野良猫「それと、おみやげなんて考えなくていいからな」
馨「わかりましたよ」

〇池袋駅東口の母子像の前
  馨が母子像の前に来ると既に愛実が待っている。
  愛実、髪をポニーテールにしている。
馨「早いんですね?」
愛実「いえ、そんなことないです」
馨「どこか行きたいとこ、考えてきました?」
愛実「行きたいっていうか、秋葉原でコスプレがしてみたい」
馨「コスプレ?」
愛実「普段と全く違うことがしてみたい。別人になってみたいっていうのかな」
馨「コスプレですか」
愛実「したことあります?」
馨「いえ、まったく」
愛実「どうです?」
馨「そうですね。僕もしたことないから一度ぐらい経験してもいいのかな」
愛実「じゃ、行きましょう」
  階段を下りていく。
馨(心の声)「結構、ぶっ飛んでる人なのかな?」

〇秋葉原の風景

〇ビルの外観

〇同・コスプレメイク室
  馨、女性スタッフにメイクされている。
馨(心の声)「なんか、普段の自分から離れていくような感じがする」

〇同・コスプレ撮影スタジオ
  馨と愛実、アニメチックの化粧にカツラ、衣装を着て撮影をしている。
  馨、照れがあるのか動きが固い。
  愛実、テンション高めで、ノリノリで撮影ポーズをとっている。
  馨、決め顔を作ってポーズをとる愛実を見て、
馨(心の声)「随分ノッてるなぁ。まぁ、でも、楽しんでくれればそれでいいんだけど」
  カメラマンに言われて、愛実、馨の肩に手を乗せてポーズをとる。
馨(心の声)「でも」
  愛実、馨と背中合わせになり、馨にもたれて表情を作っている。
馨(心の声)「なんか」
  愛実、馨の腰に抱き着いてポーズをとる。
馨(心の声)「可愛いかな」

〇ケバブのキッチンカー
  歩道にケバブのキッチンカーが止まっている。
そのキッチンカーの前で注文している馨と愛実。

〇同・歩道
  馨と愛実、ケバブを食べながら歩いている。
愛実「コスプレ、楽しかったね! 普段の私の殻をぶち破った感じ。なんか、私、コスプレ、めっちゃ、はまりそう」
  愛実、満面の笑み。
馨「久留米さん、終始ノリノリだった」
愛実「楽しくなかった?」
馨「なんか照れ臭くって、正直、恥ずかしかった。でも、はじめてだから。いい経験したよ」
  愛実、微笑む。
馨「次、どこ行こうか?」
愛実「スカイツリー、行ったことある?」
馨「ない」
愛実「じゃ、行こう!」

〇スカイツリーが見える。

〇同・スカイアリーナ(正面玄関前の広場)
  馨と愛実、スカイアリーナからスカイツリーを見上げる。
愛実「デカ!」
  馨も見上げている。
愛実「ここに寝そべって見上げてみたいね」
馨「そうだね」

〇同・入口
  当日券を求める客の行列が出来ている。
スタッフ「チケット売り場まで待ち時間50分です」
馨「どうする?」
愛実「並ぼうよ。せっかく来たんだから」
馨「そうだね」
    ×    ×    ×
  馨と愛実、長蛇の列の中で並んでいる。
  愛実、パンフレットを見ている。
馨(心の声)「こうやって並ぶのも一人より二人の方が楽しい」
愛実「ねぇ、聞いてる?」
馨「え、あ、ごめん」
愛実「何、にやけてるの」
馨「いや、別に」

〇同・天望デッキ
  馨と愛実、エレベーターから出てくる。
  そして、目の前の景色を見て驚く。
  愛実、テンション高く、
愛実「ヤバ!」
馨「……」
愛実「ヤバ!」
  愛実、人の後ろから景色を眺める。
愛実「ヤバ!」
  馨も人の後ろから景色を見ていると離れた前列に井田を見つける。
馨「……」
  井田、景色を眺めている。
  井田、背後から馨に声をかけられる。
馨「課長」
  井田、振り返る。
井田「北村!?」
  馨、会釈する。
井田「なんだ!? お前も来てたのか」
馨「はい」
  井田の傍に地味の松野麗子(35)がいる。
馨「彼女、ですか?」
井田「んん。まぁなぁ~」
  井田、答えにくそう。
  愛実、馨の傍に来て、
愛実「どうしたの?」
馨「え、ああ、会社の上司」
井田、愛実を見る。
愛実、井田を見て、軽く会釈をする。
馨「それじゃぁ、失礼します」
井田「おう」
  馨と愛実、井田の前から去る。
  井田、二人の後姿を見る。
    ×    ×    ×
  馨と愛実、景色を眺めている。
  愛実、前列で手すりにもたれながら、地図が書いてあるパンフレットを広げながら景色を見ている。
愛実「なんか、精巧なジオラマみたい」
  馨、愛実の後ろから景色を見ている。
  馨、背中を摘ままれる。
  馨、振り返ると井田がいる。
馨「課長?」
  馨、井田に引っ張られるように愛実から離れる。
井田「彼女か?」
馨「え?」
  馨、愛実を見る。
  愛実は地図を見ながら景色を見ている。
馨「あ、はい」
井田「……可愛いな」
  平静を装っているも声が上ずっている。
馨「あ、ありがとうございます」
  麗子、トイレから出てきてハンカチで手を拭きながら井田に駆け寄る。
麗子「もういいよ」
井田「ああ」
  麗子、井田からカバンを受け取る。
  井田、馨を見て、
井田「じゃぁな」
馨「あ、はい」
  井田と麗子はその場を去る。

〇同・天望回廊
  愛実、天望回廊からの景色を見ている。
愛実「見て! 雲がかかっているところと陽が当たっているところがはっきりわかる」
馨「ほんとだ」
愛実「なんか、凄いね」
  愛実、景色を見ている。
  馨、夢中に景色を見ている愛実の横顔を見て思う。

〇回想・天望デッキ
井田「可愛いな」
  平静を装っているも声が上ずっている。

〇元に戻る・天望回廊
馨(心の声)「なんか、悪くない。ちょっとした優越感」
  馨、微笑む。

〇パレットタウン大観覧車の外観(夜)

〇同・観覧車内
  馨と愛実、向かい合って座っている。
愛実「今日は楽しかったね」
馨「僕も」
愛実「人込みとか、正直初めはきつかったけど、なんか、いつもと違う日を送って気持ちが軽くなった。いいストレス解消になった」
馨「そう」
  愛実、観覧車から見える夜景を見る。
  静かな時間が流れる。
  愛実、夜景を見ながら穏やかな口調で静かに話し出す。
愛実「母が言うの。あなたの背中を見ると寂しく見えるって」
馨「……」
愛実「もっと社交的だったら、きっと楽しい青春を送れるのに、って」
馨「……」
愛実「私、いつも本ばかり読んでて、出不精だから生活も実家が経営しているコンビニのバイトとジムの二つしか行ってないの。これといった友達もいないし。でもね、私は別になんとも思ってないの。自分の背中が寂しいなんて思ったことないし。でも、母が言うには、自分の背中は自分では見れない。自分の背中を見たければ人に見てもらうしかないって言うの」
馨「……」
  馨、キョトンとした表情。
  愛実、それに気が付いて、焦りながら、
愛実「あ、要はね、自分のことって案外うわべだけしかわかっていないってこと。自分の本当の姿は見えてないってことを母は言ってるの。わかる?」
馨「なんとなく」
愛実「だから、母は私のことをいつも心配してる」
馨「……」
  愛実、声が明るくなる。
愛実「でも、今日は色んな体験が出来たから母にいい土産話が出来たわ」
  愛実、満面の笑み。
馨も微笑む。
愛実「私を連れだしてくれて、ありがとう」
  愛実、言ってから、はにかみ、慌てて夜景を見る。
  馨、愛実を見る。

〇同・パレットタウン大観覧車の外
  馨と愛実、観覧車を降りて、外を歩く。
  愛実、後ろを歩く馨の方を見て、
愛実「楽しかったね。また乗りたいね」
馨「そうだね」
  愛実、ウキウキしながら弾むように前を歩いていく。
  馨、そんな愛実の後姿を見て、
馨(心の声)「そんな綺麗なものじゃない」
馨、少し落ち込んでいる。
  愛実、弾むように歩き、馨の方を振り返る。
  愛実、微笑んでいる。

〇馨の部屋の室内(夜)
  窓が開いている。
  封が開けられただけのツナ缶が置いてある。
  馨、体育座りをして、ぼそっと呟く。
馨「言わない方がいいのかな。それとも正直 に言った方がいいのか」
  馨、虚しく笑い、
馨「俺の背中は、きっと汚いな」

〇回想・愛実のコスプレ姿
  愛実、微笑んでる。

〇(元に戻る)馨の部屋の室内
馨「可愛かったなぁ……。あれは全て夢だったのかな」

〇スポーツジムの外観(夜)

〇同・ジム内のレッスンスタジオ前
  スタジオ内ではバーベル上げのレッスンをしている。
  スタジオの外には次のレッスン参加者の列が出来ている。
  参加者は座って待っている。
  馨も待っている。
  馨、神妙な面持ち。
  愛実が、離れた列の最後尾に靴を置いて
しゃがみながら馨のところにやってくる。
愛実「こんばんは」
馨「こんばんは」
愛実「こないだはどうも。母も喜んでいたわ」
馨「そう」
  と返事もそっちのけで周囲を見る。
所々、靴だけおいてまばらに人が並んでいるが、皆スマホとヘッドフォンをして自分の世界に入っている。
  馨、愛実を見る。
  愛実、小首を傾げ、
愛実「ん?」
  馨、思いつめたように、
馨「……あれからいろいろ考えたんだ。けど、やっぱり言っておかないといけないと思って」
  馨、表情が歪んでいる。
愛実「何が?」
馨「僕が君を誘ったのも、本当は、嫌いな上司より幸せになるためで、その一つとして
君を誘ったんだ」
愛実「?」
  馨、愛実から目を逸らし、俯いて、
馨「要は、自分が楽しんでいるところを嫌いな上司に見せつけるために君を利用したんだ」
愛実「……」
馨「そして、彼女でもないのに君を彼女と嘘までついた」
  馨、目をつぶってこうべを垂れる。
愛実「……そう。……へぇ、そうなんだ」
  馨、俯いたまま、
馨「ごめん。ほんとにごめん」
  愛実、平静を装い、素っ気なく、
愛実「いいよ、謝らなくって。別にいいよ」
  愛実、自分の場所に戻る。
そして、本を読み始める。
馨(N)「その日から彼女はジムに姿を見せなくなった……」

〇馨の部屋の室内(夜)
  馨、野良猫の前で正座をしている。
馨「フラれました」
  馨、凹み、しょげる。
野良猫「バカか! そんなこと言わなくていいんだよ! 楽しかったんだろ? 女も楽しんだんだろ?」
馨「はい」
野良猫「ならそれでいいじゃねぇか」
馨「でも」
野良猫「でも、なんだ?」
馨「本当のことだから。仕方ないです」
  馨、しょげる。
馨「これが現実。あれは夢だったんです」
  野良猫、馨を見る。

〇駐車場(夜)
  野良猫が他の三匹の野良猫と顔を合わせ、何やら話している。

〇道路(夜)
  野良猫が堂々と歩いている。

〇国道(夜)
  車のランプの明かりの川が出来ている。

〇五階建てのマンションの外観(夜)
  一階がコンビニ。
  野良猫、立ち止まってコンビニを見る。

〇同・愛実の部屋の室内
  愛実の部屋は五階。
  愛実、部屋で本を読んでいる。
  ベランダから猫の鳴き声が聞こえる。
  愛実、ベランダをちらっと見て、また本を読む。
  ベランダから猫の声が聞こえる。
  愛実、ベランダを見て、本を閉じて、ベランダのカーテンを開けて、ドアを開ける。
  野良猫が愛実を見る。
愛実「え!? 嘘! どうやって上がってきたの!?」
  野良猫、鳴く。
愛実「なんでここにいるの?」
  愛実、しゃがんで野良猫を撫でようとする。
  野良猫、撫でようとする手をかわして、
野良猫「いいから部屋に入れろ」
愛実「え!?」
  愛実、身をのけぞらせ、たじろぐ。
野良猫「勝手に入るぞ」
愛実「ええ!?」
  野良猫、部屋に入っていく。
    ×    ×    ×
  愛実、野良猫の前で正座をしている。
野良猫「何が気に食わん。あいつは彼氏じゃないんだろ」
愛実「はい」
野良猫「ならいいじゃないか。怒る必要があ
るのか?」
愛実「はぁ」
野良猫「じゃぁ、お前は一体、何に怒ってるんだ」
愛実「何って……」
野良猫「怒ってることもわからないで怒ってるのか?」
愛実「……」
  愛実、小首を傾げ、言葉が出ない。
野良猫「あいつは良い奴だぞ。そんな言わなくてもいいことを正直にいうんだから」
愛実「……」
野良猫「あいつの背中は正直者の背中だぞ。離してみろ。きっと後悔するぞ」
愛実「……」
野良猫「人間のいうことが信じられなくても、猫のいうことは信じてもいいんじゃないのか?」
愛実「……」
  愛実、しばらく考える。そして、
愛実「でも、どうしたらいいの?」
野良猫「ニャ?」
愛実「どうすればいいか、わかりません」
  野良猫、顔を背けて、
野良猫「くだらん! 全くくだらん! 人間っていうのはそんなくだらんことで悩むのか? 俺が人間だったらもっと人生を謳歌するぞ」
愛実「すみません」
  愛実、深々とお辞儀をする。
  野良猫、愛実を見て、
野良猫「兎に角。俺はもう疲れた。もう一歩もあるけん!」
  野良猫、横になって手足を伸ばして寝そべる。
愛実「……」

〇アパートの外観(夜)

〇馨の部屋
  馨、部屋でテレビを見ている。
  チャイムが鳴る。

〇同・馨の部屋の玄関
  馨、ドアを開ける。
  愛実、野良猫を抱いて立っている。
  馨、驚き、
馨「久留米さん!?」
愛実「この子がもう歩けないっていうから連れてきた」
  馨、愛実から野良猫を受け取る。
馨「どうやって行ったんですか?」
野良猫「野良猫の情報網、なめんなよ。ほんと、お前たちを見ていると歯痒いわ」
馨・愛実「……」
野良猫、愛実を見てそくす、
野良猫「ほら!」
愛実「あの、良かったらまた誘ってほしい、かな」
馨「え、いいんですか!?」
  愛実、頷く。
愛実「嫌いな上司のことなんかほっといて、また二人で遊びに行こう」
  馨、笑顔がこぼれる。
愛実「今度は上野動物園に行きたいかな。シャンシャン、見たことないから」
馨「僕も見たことない」
愛実「じゃ、行こう」
  野良猫、馨から飛び降りて、馨を見上げて、
野良猫「それより、飯食わせろ」
馨「あ、はい」
  愛実も部屋に入る。
  ドアが閉まる。

〇宴会場内
  結婚披露宴が開かれている。
  宴会場は真っ暗で、招待客はスクリーンを見ている。
  スクリーンには愛実が馨の部屋に入り、
ドアが閉まったシーンが流れている。
馨(N)「彼女は僕を許してくれた。そして」
馨・愛実(N)「私たちは付き合い始めました」
  スクリーンに浜辺で後姿の馨と愛実がお互いを見て、そして手を握る。
  浜辺を歩く馨と愛実の後姿。
  そして、映像が終わる。
  招待客から拍手や口笛が聞こえる。
  照明がつき、明るくなる。
  上座にウエディングドレスの愛実とタキシード姿の馨が座っている。
  愛実、微笑みながら馨を見る。
  司会席にいる里紗。
里紗「お二人の馴れ初めのVTRでした。しゃべる猫が出てくるところなんて、ファンタジーっぽく作られていて、大変面白かったですね」
会場から笑い声。
馨と愛実、顔を見合わせ、馨はこくびを
傾げる。
愛実、微笑む。
会場の一角に社長の大貫将造(67)と井田が座っている。
大貫、ブスっとした顔をしている。
井田、脂汗をかいている。
大貫、井田を見て、
大貫「君は仕事中、仕事のふりしてネットをみているのかね?」
井田「あ、いや!?」
  井田、狼狽する。
大貫「後でゆっくり話そうじゃないか」
井田「はぁ……」
  井田、項垂れる。

〇大貫物産ビルの外観

〇同・会議室
  二十人の社員が集まっている。
  その中に馨もいる。
  一番前に大貫が社員の方を向いている。
大貫「それから、仕事の前に井田君から皆に謝りたいことがあるそうだ」
  大貫、横にいる社員Aを見る。
  社員A、手で罰点をしている。
大貫「井田君はどうした?」
社員A「逃げました」
大貫「逃げた?」

〇街中
  井田、必死な形相でカバンをもって走っている。
井田(心の声)「そんな恥さらしになるぐらいなら、やめた方がマシだ!」

〇同・営業三課のオフィス
  伊藤理恵子(37)が営業三課の社員の前にいる。
  馨もいる。
理恵子「井田課長の後を引き継ぐことになっ
た伊藤です」
  社員一同、お辞儀をする。
理恵子「良い仕事をして、プライベートも充実させるのが私のモットーです。だからみんなも良い仕事をして、楽しいプライベートを送ってください」
  理恵子、馨を見て、
理恵子「私の機嫌を取るために歩み寄らなくていいから。そんなことに気を回さず、その分、仕事に気を回してください」
  理恵子、馨に微笑む。
  馨、軽く会釈する。

〇晴天
テロップ「一年後」

〇ショッピングモール

〇同・ペットショップ
  馨と愛実、買い物をしている。
  馨、キャットフードを手に取る。
愛実「あ、それダメ」
馨「え?」
愛実「飽きたから違うの買って来いって」
馨「そう」

〇アパートの外観

〇同・馨の部屋の室内
  部屋のカレンダーは、『2020年6月』
  部屋の壁には馨と愛実の写真が貼ってあり、室内も花が飾られ、ぬいぐるみが置いてあり幸せそうな明るい部屋になっている。
  結婚写真も飾ってある。
  馨、テーブルでパソコンを見ている。
  馨、微笑み、
馨「やった! 一次通った!」
愛実「ほんと?」
  愛実、馨の傍に座り、パソコン画面を見
る。
  パソコン画面にフジテレビのヤングシナリオ大賞のHPで一次審査通過作品の発表が出ている。
  そこに『嫌いな上司と付き合う方法、北村馨』の名前が載っている。
愛実「ほんとだ。良かったね!」
  馨、微笑みながら、
馨「もし、大賞、獲ったらどうする?」
  愛実、微笑み、茶化すように、
愛実「大賞!?」
馨「うん」
愛実「そうだなぁ。そしたらもっと広い部屋に引っ越したいな」
馨「そうだね」
馨、愛実の妊娠して少し膨らんでいるお腹を撫でる。
馨「この子が、大賞を運んでくれるといいな」
愛実「もぉ、この子にそんなこと、背負わせないで!」
馨「そっか」
  馨、照れ笑い。
  馨、窓辺で背を向けてのんびり寝ている野良猫を見て、
馨「今度こそ、福を招いてくれるかな?」
愛実「もう、十分、招いたと思うよ」
  愛実、幸せそうな表情でお腹をさすり、馨にもたれる。
  馨、愛実を抱く。
  背を向けて、のんびり寝ている野良猫。

              〈終わり〉


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