シナリオ「初恋島」

〇オフィスフロア内
  笹原尚登(25)、デスクで仕事をしている。
そして、ペン立てからカッターを取る。
  カッターの刃が出ていたらしく、左手薬指を切る。
尚登「イタ!」
  反対側の席に座っている藤谷美香(23)が振り返って尚登を見る。
  尚登、薬指から血が出ている。
美香「絆創膏あります」
  美香、尚登のところに絆創膏を持っていく。
  美香、血が出ている尚登の手を持つ。
そして、いきなり血が出ている尚登の指を咥える。
尚登「!」
  尚登、驚き、固まる。
  美香、ティッシュで指を拭いてから、絆創膏をゆっくり、丁寧に貼る。
  美香、尚登を見て微笑む。
尚登「あ、ありがとう」
美香「どういたしまして」
  美香、尚登に微笑む。
尚登「……」
ひとみの声「尚登!」

〇海原・小型船舶の船上
ひとみ「尚登!」
  笹原ひとみ(25)、尚登に話しかけている。
  小型船は、前方に見える初恋島に向かっている。
尚登「え、何?」
ひとみ「聞いてなかったの?」
尚登「あ、ごめん」
  ひとみ、面倒くさそうに、
ひとみ「あの島の十八世帯の夫婦全員が初恋婚なんだって。だから初恋島と呼ばれてるっていったの!」
尚登「あ、調べたんだ?」
ひとみ「尚登が行ってみたいっていうから、一応、ネットで調べたの」
尚登「……」
ひとみ「でも、初恋婚の夫婦しか住んでいないなんてなんか凄いと思わない?」
尚登「……」
ひとみ「まさに私たちが行くためにある島ね」
尚登「そうだね」
 ひとみ、尚登に腕組をし、尚登を見つめ、
ひとみ「初恋婚がいつまでも続く秘密、教えてくれるんでしょ?」
尚登「んん」
ひとみ「一体、どんなこと教えてくれるのかなぁ」
尚登「(小首を傾げ)さぁ」
ひとみ「きっと楽しいことよね? そう、楽しいことがあの島で私たちを待っているのよね」
  ひとみ、浮かれている。
尚登「……」
  ひとみ、海風を浴びて目の前に見える初恋島を見る。
  ひとみの長い髪が海風になびく。
  尚登、ひとみの横顔をそっと見る。

〇海原
小型船舶が初恋島に進んでいく。

〇老師の館の外観(夕方)
  老師の館は、島民たちの居住区が一望できる高台にある。

〇同・館の広間
  老師(80)、ひとみと尚登を迎え入れる。
老師「初恋島によくいらっしゃいました! もう島は大体、見て回ったのですか?」
ひとみ「はい」
老師「何分、小さい島で、青い海しか自慢がないのですが」
ひとみ「そんなことありません。島民の方々がとても親切で、それにおじいちゃんおばあちゃんもみんな若々しくて驚きました!」
老師「この島の者は恋に悩むということがない。それも笑顔で若々しくいられる秘訣かな」
ひとみ「さすが初恋島! 初恋の相手を永遠に思い続けてるから悩むことがないんですね」
  老師、声を出さずに朗らかに微笑む。
老師「初恋婚がいつまでも続く秘訣、あなた方にも伝授しますよ」
ひとみ「楽しみにしてきました」
老師「私たちの初恋島式体験プログラムは完璧です! それは全ての島民、初恋婚夫婦の存在がそれを証明しています」
ひとみ、笑顔で頷く。
老師「さっそく今夜からこの島の儀式を受けてもらいます」
ひとみ「儀式?」
  老師、微笑み、
老師「この島での体験が二人を一層強く結びつけることでしょう」
尚登「……」
老師「さぁ、お二人が泊まる部屋に案内します。儀式が始まるまでゆっくりくつろいでください」
  老師、ひとみと尚登を案内する。
  少し後をひとみと尚登が歩く。
  ひとみ、歩きながら小声で、
ひとみ「儀式って何かな?」
尚登「さぁ……」

〇海原(夜)
  初恋島から見える夜の海。
  月の明かりに水面が所々輝いている。

〇あぜ道(夜)
  老師とひとみ、提灯をもって足元を照らしている。
ひとみ、老師の後ろを歩いている。
  ひとみ、赤い着物を着ている。
  ひとみ、着物の袖や襟を触って、落ち着きがない。
ひとみ、心細そうに、
ひとみ「この儀式をする人はみなこの着物を着るんですか?」
老師「そうです。まぁ、形式的なものです」
ひとみ「……尚登はどこへ行ったの?」
老師「旦那さんも儀式を行う別の場所に行きました。何も心配することはありません」
  ひとみ、少し離れたところをジーと見る。
  そして、提灯で照らしてみると、少し離れたところに積み石がある。
ひとみ「あの石の山は何?」
  老師、立ち止まってひとみを見て、
老師「あれは、体験プログラムを終えた方が過去の自分と生まれ変わった自分への区切り、けじめとして何か自分の形見を置いて、その上に石を積んでいったものです」
ひとみ「……」
老師「別に決まりではありません。ただみなさんそうしたくなるみたいです。感傷的になるのかな」
ひとみ「……」
老師「さぁ行きましょう」
  老師、歩き出す。
  ひとみも老師に後に続く。

〇バンガローの外観(夜)
バンガローに入り口に三段の階段がある。その階段の左右に小さな松明が燃えている。
  老師とひとみ、立ち止まってバンガローを見る。
ひとみ「あれが、儀式の場所、ですか?」
老師「そうです。あのバンガローで儀式が行われます」
  ひとみ、少し不安げ。
老師「初恋婚をいつまでも続く永遠のものにするための儀式です。この島の者はみなそれをやっています。だから、初恋相手と別れることなくいつまでも良好な関係でいられるのです」
ひとみ「はぁ」
老師「この儀式を経験することで、より良い夫婦関係を構築することが出来るようになるでしょう」
  老師、ひとみを連れてバンガローの入り口までくる。
  老師、ひとみから提灯を取って、
老師「さ、中へ入ってください」
ひとみ「え、私一人で入るんですか?」
老師「(微笑みながら)勿論」
ひとみ「一体何をするんですか?」
老師「入ればわかります」
ひとみ「はぁ?」
老師「ささ」
  老師、ひとみをせっつく。
  ひとみ、渋々、バンガローの中へ入る。
老師「では、中でそのときが来るのをお待ちください」
  ひとみ、老師に食い下がり、
ひとみ「待つって何を!?」
老師「儀式の始まりです」
ひとみ「儀式!?」
老師「(微笑みながら)大丈夫。きっとあなたを良き方向へ導いてくれます」
  老師、ドアを閉める。
ひとみ「ちょっと!?」

〇同・バンガロー内
  部屋は十畳ぐらいの広さで間接照明の明かり。
  部屋の中心にダブルベッドが置いてある。
  ひとみ、怪訝な表情を浮かべ、
ひとみ「何これ!?」
  ひとみ、ダブルベッドの周りをゆっくり室内を確かめるように一周する。
  そして、ダブルベッドを押して感触を確かめてから、静かに腰かける。
  少し物思いにふけってる。
  そして、小首を傾げながら小声で呟く。
ひとみ「まさかね……」
  するとドアがゆっくり開く。
  ひとみ、ドアを見る。
ひとみ「何!?」
  ひとみ、警戒し、座っていたベッドから立ち上がる。
  白い着物を着た飯塚良樹(28)が入ってくる。
ひとみ「誰!?」
  良樹の姿がはっきり見える。
  良樹、礼儀正しくお辞儀をして、
良樹「はじめまして。私が儀式への導き人です」
ひとみ「導き人!?」
良樹「そうです。ここであなたと一夜を過ごす相手です」
  良樹、右手を差し伸ばす。
  ひとみ、眉間にしわを寄せ、キレ気味に、
ひとみ「はぁ!? 何言ってんの!? 冗談やめてよ!」
良樹「冗談ではありません。真剣です。真剣に今から儀式をするのです」
ひとみ「儀式って?」
良樹「私と交わるのです」
ひとみ「だと思った! こんな狭い部屋にダブルベッドが置いてあるなんておかしいわ!」
  ひとみ、良樹に向かって吐き捨てるように言う。
良樹「仕方ありません。それが儀式ですから」
ひとみ「仕方ないでやられてたまるか! 大体なんでそれが儀式なのよ!?」
  良樹、ひとみに近づく。
  ひとみと良樹の間にダブルベッドがある。
ひとみ、後ずさる。
良樹「初恋は、読んで字のごとく初めて人に恋をするということ。初恋は理想そのもの。それゆえ、その人の人生に絶大なインパクトを残す。初恋は永遠に心に残ると言っても過言ではない。しかし、生きていればやがて他の人を好きになることもある。そのときどうします? たった一つの理想の恋しか知らない。どうしたらいいのかわからない。わからないまま、ただ初恋に縛られ、いつまでも操を立てて我慢してしまう。それがプレッシャーとなり、ストレスになる。果たしてそれでいいのでしょうか?」
良樹、立ち止まって対面にいるひとみを見て、両手をベッドにつく。
  ひとみ、間髪入れずに冷静に冷めた口調で、
ひとみ「いいと思う。相手に操を立てるのは、別に初恋とかそんなの関係ないから」
良樹「あなたは旦那しか男を知らないんじゃないんですか?」
ひとみ「だったら何よ」
良樹「最悪です」
ひとみ「はぁ!?」
良樹「初恋という理想の恋しか知らないから、その理想を自分だけでなく、相手も自分の理想に乗せたがる。思い通りにしたがる。それはエゴです。その理想で固められたエゴを取り除くために儀式がある。儀式をすることでエゴから自分を解き放ち、自由になる。自由に恋をする。自由恋愛のあくなき探求。それがこの初恋島の教えです」
ひとみ「……」
  ひとみ、半ば呆れている。
良樹「だから、あなたは私と交わらなければいけない。あなたは私に抱かれることが意識改革に繋がる。あなたの初恋に対するエゴを取り除くことに繋がる」
  良樹、両手を広げ、ひとみに飛び込んでくるように則す。
  ひとみ、両手で肩を掴み、胸を隠すようなカッコをして、
ひとみ「嫌よ! そんなの出来るわけないでしょ!」
良樹「いや、出来る。それが儀式だと思えば出来る」
ひとみ「儀式を強要してどうするの!」
良樹「儀式だから強要する。この島の住人はみなやってきたことです」
  ひとみ、少し驚くも、
ひとみ「そんなの関係ないわ!」
良樹「関係ないと言われても、儀式には従ってもらいます」
  良樹、ひとみをつかまえようとベッドの周りに動く。
ひとみ「絶対、嫌!」
  ひとみ、ベッドの上に乗って逃げるも、そのとき腰帯を取られ、着物がはだけそうになる。
  良樹、立ち止まって、説き伏せるように、
良樹「今頃、君の夫は俺の妻を抱いている」
ひとみ「!?」
  ひとみ、隙が出来る。
良樹「だから俺がここに来た。俺は君を抱く!」
  ひとみ、隙が出来る。
  良樹、ひとみを捕まえ、四つん這いになって覆いかぶさる。
ひとみ「絶対、嫌よ!」
  ひとみの膝が良樹の股間に入る。
  良樹、悶絶する。
  良樹、悶絶しながら、声を絞り出すように、
良樹「島の掟に従え!」
ひとみ「誰が従うか!」
  良樹、ゆっくり体を起こし、
良樹「この島の秘密を知った以上、ただでは出られんぞ」
ひとみ「……」
  ひとみ、身構える。
  良樹、ひとみを捕まえようとして、足を捕らえる。
  ひとみ、床に倒れる。
  良樹、ひとみの足を取りながらひとみに覆いかぶさろうとする。
すると、ドアが開き、男がひとみに覆いかぶさろうとする良樹を蹴り飛ばす。
  良樹、吹っ飛ぶ。
  ひとみ、床に寝たまま、男を見上げる。
ひとみ「尚登!」
  男は安田丈治(30)
ひとみ「!」
丈治「さ、ここから逃げるんだ!」
  丈治、手を差し伸べる。
  ひとみ、差し出された手を握る。 

〇同・バンガローの外観
  ひとみと丈治、バンガローを飛び出していく。
  丈治、懐中電灯で闇を照らす。

〇島民たちの居住区(夜)
  町中にサイレンがなり、家々の明かりが灯る。
  家々から島民が出てきて叫び声をあげる。
島民A「女が逃げた!」
島民B「探せ!」
島民C「捕まえろ!」

〇同・島の全貌(夜)
  島に明かりが灯る。

〇島民たちの居住区(夜)
  所々に、ひとみを探している住人がいる。
  丈治とひとみ、建物の陰から町の様子を伺っている。

〇牧野家の外観(夜)

〇同・台所の勝手口
  牧野祐介(30)が勝手口のドアを開ける。
  丈治とひとみが素早く入る。
丈治「彼女を助け出した」
  ひとみ、祐介を見る。
祐介「そうか、よかった。警報が鳴ったから心配したよ」

〇同・居間
  丈治、祐介、牧野萌絵(32)が座って、顔を突き合わせている。
  そこへ、萌絵の服を着たひとみが入ってくる。
  皆、ひとみを見る。
萌絵「サイズ、あった?」
ひとみ「ええ、ピッタリです」
萌絵「お腹すいてない? 残り物しかないけど」
ひとみ「いただきます」
    ×    ×    ×
  テーブルに島の郷土料理がある・
  それを、ひとみが食べている。
丈治「この島は狂ってる!」
  ひとみ、丈治を見る。
丈治「初恋婚の夫婦を別れさせないために、他の者と交わってもいい。初恋婚の夫婦しかいないというのを守りたいがために不義を働くことを島の掟としょうして正当化している。それが俺は許せないんだ!」
ひとみ「……」
萌絵「丈治は奥さんと死別したの」
祐介「丈治はイケメンだから島の女にモテる」
萌絵「でも、丈治は今でも彼女のことを思い続け、純潔を守り抜いているのよ」
丈治「俺はただ、今でも好きなだけだ」
  ひとみ、羨望の眼差し。
丈治「初恋はもっと清く美しいもので、いつまでも人の心に残る。俺は彼女との思い出と共に生きていく。それだけだ」
  ひとみも萌絵も羨望の眼差しだが祐介は俯く。
祐介「……」
  台所の勝手口を叩く音が聞こえてくる。
  一同、警戒して静かになる。
  祐介が勝手口に行く。
  祐介と一緒に今井卓(35)が入ってくる。
丈治「卓」
卓「男の居場所が分かった! 彼は海岸の洞窟に連れられて行った!」
丈治「そうか」
ひとみ「男って私の夫?」
丈治「そうだよ」
卓「囚われの身だけどね」
ひとみ「……」
丈治「大丈夫。これから彼を救出しよう」
卓「外はだいぶ落ち着いてきたよ」
丈治「よし、じゃ行こうか」
  祐介、浮かない顔。

〇海原(夜)
  月の明かりに水面が所々輝いている。

〇海岸の岩陰(夜)
  岩陰から尚登が捕まっている洞窟が見える。
  ひとみ、丈治、祐介、萌絵の四人が岩陰に隠れている。
祐介「俺、差し入れで、これをもっていくよ」
  祐介、一升瓶を見せる。
丈治「?」
祐介「(微笑みながら)睡眠薬入りの酒だ」

〇海岸の洞窟の中(夜)
  二人の見張り役の島の男が焚火の明かりの中で将棋を指している。
男A「お、そうきたか!」
  その傍に尚登がおとなしく焚火を見ている。
  尚登、真っ赤な炎を見る。

〇(回想)オフィスフロア
  美香の真っ赤な唇。
美香、尚登の指に絆創膏を貼り終える。
尚登、美香の少しはだけたシャツから見える胸の谷間に目が行く。
美香、尚登の視線に気づいて、指でシャツを広げて胸の谷間を見せる。
尚登、目を逸らす。
美香、いたずらっぽく微笑む。
  美香、絆創膏を張ったところを指でつまみ、そして、その下にある結婚指輪を摘まむ。
  尚登、美香を見る。
  美香、囁く。
美香「まだ愛してるの?」
尚登「え、あ、いや!?」
  尚登、狼狽する。
  美香、いたずらっぽい笑みを浮かべる。
  美香、席に戻る。
尚登「……」

〇(元に戻る)海岸の洞窟の中(夜)
男A「王手!」
  尚登、我に返り見張り役の男を見る。
男B「あちゃ!」
  すると、洞窟に祐介がやってくる。
祐介「おい、差し入れもってきたぞ!」
  祐介、一升瓶を掲げる。
男B「お、気が利くね」

〇海原(夜)
  月の明かりに水面が所々輝いている。

〇海岸の岩陰(夜)
  丈治、ひとみ、萌絵は、岩陰から洞窟を見ている。
  すると祐介が洞窟の外に出てきて、懐中電灯を振って合図する。
萌絵「うまくいったみたいね」

〇海岸の洞窟の中(夜)
  洞窟の中には、ひとみ、尚登、丈治、祐介、萌絵と、後ろ手に縛られ寝ている見張り役の男二人が寝ている。
萌絵「どうするの?」
丈治「船をもってこよう。それで二人を島から逃がそう」
ひとみ「いいの?」
丈治「構わないよ」
祐介「じゃ、俺が船持ってくるよ」
丈治「頼む」
  祐介、洞窟を出ていく。
    ×    ×    ×
  ひとみ、ためらいながら、
ひとみ「でも、ほんとに私たちを逃がして大丈夫なの?」
丈治「大丈夫だよ。それより君たちには大切なことをお願いしたいんだ」
ひとみ「大切なこと?」
丈治「この島の実態を証人として暴露してほしいんだ!」
ひとみ「暴露!?」
丈治「初恋婚の夫婦が住む島とは名ばかりで、実際は不義を働く不道徳な島だということを!」
萌絵「そう! いびつな風習を守っているこの島のことを、みんなに伝えて!」
ひとみ「……」
尚登「……」
丈治「やってくれるね!」
ひとみ「わかったわ」
  ひとみの表情にやる気がみなぎっている。
  すると、海岸からサーチライトで洞窟内を照らされる。
  強い光が丈治たちを照らす。
ひとみ「何!?」
  すると島の男たちが「ワァー」という叫び声を上げながら入ってくる。
  丈治たちは入ってきた男たちに網をかけられ一網打尽にあう。
  動きが取れない丈治たち。
  男たちは叫び声を上げながら丈治に覆いかぶさり、丈治たちをとらえる。
    ×    ×    ×
  後ろ手に縛られた丈治、ひとみ、尚登、萌絵がいる。
  そこへ、祐介が現れる。
萌絵「あなた!」
丈治「祐介! これは」
  祐介、気まずそうな顔をして、
祐介「すまない」

〇海原(夜)
  月の明かりに水面が所々輝いている。

〇老師の館の外観(夜)

〇同・部屋
  後ろ手に縛られたひとみ、萌絵がいる。
  そこへ祐介が現れる。
萌絵「まさかあなたに裏切られるとは思わなかったわ! あなたは私たちを裏切ったのよ!」
祐介「俺は丈治のようにはいかないんだ! 初恋の人をずっと思い続けるなんて俺には出来ない! 初恋婚だからってもう恋はしないなんておかしい! 他の人を好きになってはいけないなんておかしい! それを不実というのはおかしい! 生きていれば人を好きになるのは至極当然のことだ!」
萌絵「だから、裏切ったの?」
祐介「裏切ったんじゃない。自分を解放したんだ!」
萌絵、眉をひそめる。
ひとみ「……」
祐介「初恋というたった一つの恋しかしらないから、その自分の理想を相手に求める。それが俺にとってはプレッシャーなんだ! 苦痛なんだよ!」
  祐介、ひとみを見る。
ひとみ「……」
  祐介、ひとみに問うように、
祐介「君の夫はどうなんだ?」
ひとみ「え!?」
祐介「考えたことはないのか?」
ひとみ「……」
祐介「働いているんだろ? いろんな人と接してるんだろ? 自分以外の人を愛さないと言い切れるか?」
ひとみ「……」
祐介「君だって夫以外の人を好きにならないと言い切れるのか?」
ひとみ「……」
  ひとみ、言葉を発しようとするも出てこない。
祐介「もしお互い、自由恋愛に理解ある寛容な心を持っていたら、初恋をプレッシャーに感じることなく互いに幸せになれると思わないか? 今よりもっと相手を好きになれと思わないか?」
ひとみ「……」
  男が入ってきて、祐介に言う。
男「老師様が呼んでいます」
  祐介、頷く。

〇同・二階
  二階に通路沿いに小部屋が四つ並んでいる。
  その通路入り口に老師とひとみが並んで立っている。
老師「この島の秘密を知ってしまった以上、このまま帰すわけにはいかない」
ひとみ「どうするの?」
老師「生きて帰れるチャンスをあげます。今から四つの部屋に男がいる。その中から一夜を過ごす男を選びなさい」
  ひとみ、いい加減疲れ気味に、
ひとみ「どうしても」
老師「それがこの島の掟です」
  老師とひとみ、一つ目の部屋の前まで歩く。
  ドアに小窓がある。
老師「マジックミラーになっていて、向こうからは何も見えない」
  ひとみ、小窓を覗く。
  中には良樹が椅子に座っている。
  ひとみ、良樹の言葉が脳裏に浮かぶ。

〇脳裏に浮かぶ良樹の言葉
良樹「理想が強いと相手も自分の理想に乗せたがる」

〇(元に戻る)二階
  ひとみ、目をつぶって首を振る。
老師「じゃ、二人目だ」
  老師とひとみ、二つ目の部屋の前まで行く。
  ひとみ、小窓を覗く。
  祐介が椅子に座っている。
  ひとみ、祐介の言葉が脳裏に浮かぶ。

〇脳裏に浮かぶ祐介の言葉
祐介「生きていれば他の人も好きになる。初恋のプレシャーに耐えられないんだ!」

〇(元に戻る)二階
  ひとみ、何か承服できず首を振る。
老師「三人目だ」
  老師とひとみ、三つ目の部屋の前まで行く。
  ひとみ、小窓を覗く。
  尚登が椅子に座っている。
ひとみ「尚登!」
  思わず声を発してしまうが尚登には聞こえていない。
老師「私は鬼じゃない。たとえ掟があるにしても、そこに自主性がなければ意味がない」
ひとみ「じゃ、尚登を選ぶわ! それでいいでしょ!」
老師「まぁ、待ちなさい。もう一つ部屋がある。それを見てからでもいいでしょう」
ひとみ「……」
  老師とひとみ、四つ目の部屋の前まで行く。
  ひとみ、小窓を覗く。
  丈治が、目隠しをされ、後ろ手を縛られながら椅子に座っている。
ひとみ「!」
  ひとみ、丈治の言葉が脳裏に浮かぶ。

〇脳裏に浮かぶ丈治の言葉
丈治「初恋をないがしろに不義を正当化することが許せないんだ!」

〇(元に戻る)二階
ひとみ、老師を見て、
ひとみ「彼をどうするの?」
老師「彼は見せしめだ。この島の掟に背き続けるとどうなるのか」
ひとみ「……」
老師「この件が終わったら、彼は魚のエサだ。漁を生業にしているこの島で、海に落ちて行方不明になったといえば容易にかたが付く」
  老師、笑う。
ひとみ「……」
老師「だが、もし、君が一夜を過ごす相手に彼を選ぶのなら話は別だ。彼は掟に従ったものとし、今回は見逃してやってもいい」
ひとみ「脅しですか?」
老師「二人が生きのびるチャンスだ」
ひとみ「……」
老師「どうする?」
  老師、にやりと笑う。

〇海原(夜)
  月の明かりに水面が所々輝いている。

〇バンガローの外観(夜)
バンガローに入り口に三段の階段がある。その階段の左右に小さな松明が燃えている。

〇同・バンガロー内
  間接照明の明かり。
  部屋の中心にダブルベッドが置いてある。
  そのベッドのふちに赤い着物を着たひとみが座っている。
  白い着物を着た丈治は、ドアの前に立っている。
丈治「すまない。こんなことになってしまって」
ひとみ「いいのよ」
  ひとみ、思わず吹き出し、
ひとみ「私たちには、儀式が必要だったのかもしれない……」
  見つめあうひとみと丈治。
一瞬静寂がよぎる。
丈治、ひとみがいるベッドに向かって一歩踏み出す。

〇バンガローの外観(夜)
  バンガローを見ている者の足元が映る。
  それは尚登。
尚登「……」
  尚登、もの悲しそうな表情でバンガローを見る。

〇(回想)団地の5階通路
  尚登(5)、5階の通路にいる。
  そして、隣の部屋の引っ越し作業を見ている。
  すると、ひとみ(5)が部屋から通路に飛び出してくる。
  尚登、ひとみと目が合い、じっと見ている。
  隣の部屋の奥からひとみの母の声がする。
母の声「ひとみ! 邪魔になるから、うろちょろしないの!」
  ひとみ、部屋の中に入っていく。

〇(回想)公園
  尚登(5)とひとみ(5)が公園の遊具リングネット(ネットで出来たトンネル)で遊んでいる。
  二人は真ん中にくるとひとみが尚登に隠し持っていたバレンタインチョコを渡す。
尚登「ありがと」
  ひとみ、満面の笑みで尚登に抱き着く。
  トンネルの中の二人。

〇(回想)水族館のトンネル水槽内
  尚登(12)とひとみ(12)、二人並んでトンネル水槽を見上げながら歩いている。
  初めてのデートで初々しい二人。

〇(回想)団地の外
  引っ越しのトラックが止まっている。
  荷物を積み終え、リアドアを閉めている。
  その団地の陰で尚登(15)とひとみ(15)がいる。
  尚登、号泣する。
ひとみ「そんなに泣かないで」
ひとみ、優しいまなざしで尚登を慰める。
    ×    ×    ×
  ひとみ、車から顔を出して手を振っている。
  それを見送る尚登と尚登の父と母。
  ひとみを乗せた車は引っ越しトラックと一緒に去っていく。
  尚登、父に肩を抱かれる。

〇(回想)団地の外観(夜)

〇(回想)同・尚登の部屋
  尚登(18)、受験勉強をしている。
  赤本が置いてある。
  すると突然ドアが開く。
  尚登、ドアを見る。
  誰もいないがしばらくしてひとみ(18)が顔を出す。
ひとみ「尚登!」
尚登、あっけにとられる。
尚登「ひとみ!? どうしたの?」
ひとみ「明日、テストだから泊めてもらうの」
尚登「そうなの。こっちの大学受けるんだ」
ひとみ「そしたら、また一緒にいられるでしょ」
  尚登、はにかみながら、
尚登「そうだね」

〇(回想)ひとみの部屋
  流しには歯ブラシが二つ入っている。
  部屋はワンルームマンションでベッドが置いてある。
  そこに尚登(20)とひとみ(20)が寝ながら話をする。
ひとみ「もういい加減起きてよ」
尚登「いいよ、起きなくて。俺、寝るのが趣味だから」
  といって、抱き枕のようにひとみを抱き寄せる。
ひとみ、尚登の手を振り払い、
ひとみ「ええい! いい加減起きるんじゃ、ボケ!」
  といって、自分の枕を尚登の頭に押し付ける。
尚登「はい、わかりました」

〇(元に戻る)バンガローの外観(夜)
  尚登、寂しい表情でバンガローを見ている。
  そこへ、祐介が尚登の肩に手を載せる。尚登、振り向くと祐介と萌絵がいる。
  祐介、微笑みながら
祐介「あなたの思いを代弁したつもりですが、あれでよかったですか?」
  尚登、一瞬、祐介を見て、そして、目を逸らして、
尚登「ええ、まぁ(煮え切らない返事)」
  萌絵、微笑み、
萌絵「これで初恋婚の呪縛から解放されたんじゃない?」
尚登「……」
  尚登、寂しそうな表情でバンガローを見つめる。

〇島の波止場(朝)
  波止場から出ていく小型船舶。
  それを見送る老師。
  そこへ丈治、祐介、良樹が現れる。
丈治「どうでした? あの二人は。うまくやっていけそうですか?」
老師「いけるんじゃないか? 男の方の悩みはこれで解消されたわけだし」
丈治「彼女は?」
老師「彼女? 彼女は今朝、石山を作って自分の髪の毛を置いていったよ。何か思うところあったんじゃないのか」
丈治「そうですか……」
老師「さて、今度はいっぺんに三組の初恋夫婦がやってくるぞ」
良樹「大変ですね」
老師「初恋婚の悩みは尽きないということだ」
祐介「大掛かりになりますね」
老師「さぁ、念入りに打ち合わせをしよう」
老師、丈治、祐介、良樹は波止場を後にする。

〇海原・小型船舶の船上
ひとみ、ショートヘアになっている。
尚登、申し訳なさそうな目でひとみを見る。
尚登「……ひとみ」
  ひとみ、けだるそうな感じで、
ひとみ「んん?」
尚登「あの、髪切ったんだ」
ひとみ「なんとなく。なんとなく切りたくなったの」
尚登「……」
  ひとみ、尚登を見て、
ひとみ「尚登。私たち今まで以上にうまくやっていけるわ」
と落ち着き払って言う。
尚登「……そうだね」
ひとみ、終始落ち着き払って、全身で海風を浴びている。
  船舶は初恋島を離れていく。

〇都心を走る電車
  外は雨が降っている。

〇同・車内
  尚登、スーツ姿で座席に座っている。
  電車が止まる。
  老夫婦が車内に入ってきて、尚登の前の座席に座る。
  夫が、妻から傘を取って、自分の傘と妻の傘を一緒に持つ。
  尚登、老夫婦をじっと見ている。
尚登(心の声)「この二人。初恋相手なのかな。……夫婦って血のつながってるわけではない。愛とか信頼とかそういういうものでしか繋がれない……」
  寄り添って座っている老夫婦。

〇オフィスフロア内
  尚登、濡れたスーツを脱ぎ、自分のデスクにつく。
  美香、尚登のデスクにやってくる。
美香「お疲れ様です」
尚登「……」
美香「指のけが、治りました?」
尚登「治ったと思うよ」
  美香、尚登のけがをした左手薬指を握る。
  尚登、静かに美香を見る。
  美香、尚登に顔を近づけ、
美香「これ邪魔。外していい?」
  と甘くささやき、結婚指輪を外そうとする。
  尚登、美香の手を掴み、
尚登「ごめん。愛してるんだ」
  美香、尚登に微笑み、そして、自分の席に戻る。
  尚登、指輪をしっかりはめる。

〇マンションの外観(夜)

〇同・ダイニングキッチン
  尚登とひとみ、向かい合って食事をしている。
尚登(心の声)「初恋しか知らない妻が重いと思っていた。しかし、それは違う。たった一つの恋しか知らないとかそういう問題ではない。これはモラルの問題だ」

〇(回想)美香の映像
  美香のはだけたシャツの間から見える胸元。
  美香の小悪魔っぽく微笑む顔。
尚登(心の声)「僕は、自分の都合のいいよう、履き違えていただけだ」

〇(元に戻る)ダイニングキッチン
  尚登、黙々と食べているひとみを見て、
尚登(心の声)「僕はとんでもないことをしてしまった。彼女は変わってしまったかもしれない」
  ひとみ、黙々と食べる。
尚登「ひとみ」
  ひとみ、尚登を見る。
尚登「覚えてる? はじめてのデートで行ったあの水族館」
ひとみ「……覚えてるよ。それが何?」
尚登「行かないか?」
ひとみ「え!? どうしたの、急に?」
尚登「いや、嫌ならいいんだ」
  ひとみ、微笑み、
ひとみ「別に嫌じゃないけど」
尚登「なら次の休みに行こう」
  尚登、微笑む。

〇水族館内
  ひとみ、尚登の前を歩く。
  尚登、ひとみの後姿を見て、
尚登(心の声)「少し遠回りしたかもしれない。でも遠回りしたからこそはっきり分かった。彼女は初恋の人にして僕にとって理想の女性だ」

〇同・トンネル水槽内
  ひとみ、頭上を泳ぐ魚を見上げる。
  尚登、ひとみの横顔をそっと見る。
尚登(心の声)「もう迷うことは、ない」
  ひとみ、頭上を泳ぐ魚を見上げている。

              〈終わり〉


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