聖堂


 聖堂で毎夜祈る老人がいる。数世紀前に打ち棄てられたままだという石造りの聖堂にいつからか住みついたその老人は、濁った両眼で宙を眺めるばかりで言葉をもたず、子供らに石を投げられたり冬の耐えがたい寒風に曝されたりしたときにだけ、貧相な声をあげて泣く。哀れにおもったものがときおり投げて寄こすほかには大した食物もないので、まとった襤褸の破れ目からは浮いた肋骨が覗き、それを黄ばんだ両腕でひしと抱いたまま、聖堂のかたすみにちいさくまるまって大半の時を送っている。割れたステンドグラスの隙間から差し込む陽の光がゆっくりと傾いて、皺ばんだ肌の上を何度も流れていく。
 じっさいのところ、老人が祈るところをみたものは誰もいない。夜更けに目を覚ますと、聖堂の方角から唸るような低い声が聴こえるというわずかな噂があるばかりだ。しかしじっさい多くのものの夢の中に老人はあらわれ、朽ちかけた説教壇のまえで額を地に着けたまま朗々と謡い、風雨に曝されて褪色した石壁の天女たちも暗闇の奥に隆起した背骨のつらなりに目を落としたまま動かずにいるのだし、かつて酔いにまかせて夜の聖堂に侵入した男が数日経って気を狂わせ、曇天の海の底へ泣きながら沈んでいってからというもの、たしかめようとするものはもういないのだから、不明の祈りは毎夜つづいているというほかはない


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?