子供


 もう何年も、枕の下から子供が笑っている。
 男のものとも女のものともしれない、いかにも楽しげにはしゃぐ嬌声が響いて、それを意識の端で耳にしながら、毎夜眠りに落ちる。いったい実在するのか夢の底から湧いて出るのか、たいてい目が覚めたときには忘れているが、かすかに声の余韻の残る日があっても刻々の忙しさに流されてすぐに忘れている。そうしてまた夜が来て、目を閉じて、暗闇のなかで聴き慣れた声に耳を澄ませる。
 子供がほしいとおもったことはない。長く付き合った恋人と数年前に別れてからは、結婚しようともおもわなくなった。人と深く関わるには疲れすぎているし、不便にもおもわない。ただこうしてすこしずつ年をとっていって何になるのだという気がしないでもないが、毎日のちょっとしたたのしみやかなしみを通りこしてゆけばともかく時間は過ぎていくのだから、この生活の延長にあたらしさを加えようとも、とりたてておもわない。
 しかしときどき、眠りの波がからだの輪郭を溶かしてゆっくりと沈んでいく間際、自分はこの顔も知らない子供のことをよく知っていて、子供も自分のことを飽きるほど知っていて、そうした記憶のいちいちがなにかのきっかけで思い出されるような気になる。ただそのきっかけがわからないから、自分はこうしていつまでもいつまでも、はじまりもおわりもない日を繰り返しているのだといちどきにわかる。すると戦慄がたちまち身を覆いつくして、甲高い笑いとともにまたどこかへ際限なく落ちていく


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?