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西アジアの歴史ー5ー旧約聖書について

4の一神教について書いてから、もう一度旧約聖書を読み直しました。

やはり、追加で書きたいことがあるなあと

これはもう、書くしかない、ということで

今回、歴史に組み込むことにしました。



今日は旧約聖書について。アブラハム、モーセ、ソロモンが一体何をした人なのか、どんな物語に出てくる人なのか、を、ここで知ってください。

これは池上彰氏が講演で述べていたことですが、

アブラハムは英語でエイブラハムと言います。

アメリカの有名な大統領エイブラハム・リンカーンは奴隷解放を行いました。1865年、歴史が刻まれた瞬間です。そんな大統領のニックネームは「エイブ」。英語だと、Abeです。あれ、これ、日本を代表する有名人にそんな名前の人いますね?そんなわけで、国際会議などの時に彼のことを間違えて「エイブ」と呼ぶ人がいるけれど自分にとっては光栄なことだ、ということを本人がスピーチで言っていた、と、池上氏がおっしゃっていました。

こういうことがわかるには、やはり、政治的な知識も、歴史的な知識も必要ですね。さらにアブラハムが何した人なのかを知っている必要もあると思います。


それから、奴隷についてはまた書きます。近頃テレビを賑わせた話題がありましたよね、顔を黒く塗ったとか塗らないとか。わたしその話全然知らないけれど、これは、本当に、本当に、本当に、日本人の教養が問われることだったのではないかと思います。黒人の人たちがどれだけの傷を抱えているのか知っていますか?過去の話ではない、まさに今でも、昨日のことのように彼らは傷ついているんです。311の東北の地震の日のこと、昨日のことのように語れますでしょ?全く同じです。これはわたしたちの理解力のなさです。番組プロデューサーも学校の先生も誰も責められない、テレビ見てただけ、とも言えない、奴隷について知ろうとしなかった「自分」を責めるしかないと思います。

あっ・・

アツくなってまた語り出しちゃった。奴隷の話はやめとこう・・



話を戻しますね、今日は、旧約聖書について。

ちなみに、エイブラハム・リンカーン大統領もそうですが、預言者と同じ名前にするのが当時の流行だったそうです。はやりというのかな、縁起を担ぐという方が正確かもしれませんね。今でも、イスラム教では、子供に預言者の名前をつけたり縁起のいい名前をつけたりします。例えばイブラーヒームさんだったらアブラハムのことだし、マルヤムさんは聖母マリア、イーサーさんはイエスキリスト、サイードさんだったら幸運な、という意味。


どうしてイスラム教なのにキリストが出てくるか?


イスラム教の経典は、旧約聖書と新約聖書とコーランの三つだからです。


<旧約聖書(聖書物語旧約編香山彬子文より)>

目に見えないけれど確かにある、神と人間との関係、約束事について、もっとも虐げられ小さくて貧しかった一民族を通して語り継がれ広げられてきた、壮大な物語。

さて、今日の主な登場人物(古い人から)

・りんごの事件

・ノア

・アブラハム

・モーセ

・ダビデ

・ソロモン

さて、まず、超有名なりんごの事件。


<天地創造;りんごの事件>

神は最初闇から光を生み出した。(1日目)

神は水を上下に分けた。空ができた。(2日目)

神は海に命を、陸に草や木の芽を吹き込んだ。(3日目から5日目)

神は自分に向かって話せる、話し相手を作った。

一人はアダムという男性。彼が共に生きられる友を、彼の肋骨を一本取って、女性を作った。(6日目)

神は、休んだ。(7日目=聖なる休みの日)

男女は神からの言いつけを守り、エデンの園で楽しく暮らしていた。そこへ一匹のヘビが現れた。決して食べてはいけないと言われていた果実を食べるように女をそそのかし、二人は誘惑に負けその果実(りんご)を食べてしまう。恥ずかしさがむくむくと生まれてきて、イチジクの葉っぱで露出している部分を隠す。同時に彼らは嫉妬や憎しみ、疑いの心をも引き入れてしまい、エデンの園から追放される。

そこからが大事なところで、人間の立ち位置としては、

『神の深い愛と信頼に応えることができなかった罪深い人間たち』

となる。


ジョセフキャンベルが語っているけれど、神は人間がまさか木の実を食べないと思っていたと?


これは興味深い問いです。むしろわたしは、食べさせようと思っていたのではないか、と。思っていますよ。けどそれは、大いなる神のみぞ知ること。


<ノア>

ノアについては一番有名なのが箱舟の話。


<アブラハム>

彼はノアの子孫で、最初はアブラムといった。偶像が崇拝される多神教の環境に生まれたが、彼は祖先たちが信じた神ヤハウェを信仰していた。ある日神を祈っていると神から啓示があり、カナンへ行くように言われる。飢饉でエジプトへ避難した際、神からさらなる啓示があり、「見渡すことができるはるか先まで、この土地はあなたとあなたの子孫のものだ」との約束を受ける。


※ここで、ヘブライ人(ユダヤ人でありイスラエル人とも呼ばれる)は選ばれた民でありカナンの地の持ち主ということになる。


神はさらにアブラムにいう「今まで以上に正義を固く守る人としてアブラハム(人々の父)と名乗りなさい。妻サライもサラ(多くの人々の王妃)と改名せよ」。


そしてサラは127歳、アブラハムは175歳で人生の幕を閉じる。


アブラハムが70歳の時の子、イサクの物語はすっとばす。


イサクの子はヤコブ、

その子がヨセフ、

そして数百年して、今度はモーセの話になる。


<モーセ>

モーセはリンク先にも書いてあるけれど、違う話もいくつかある。

エジプト脱出の話をしよう。

当時のエジプト王は、ヤコブ一族、ヨセフの子孫の活躍が気に入らなかった。これ以上活躍したら王座を奪われてしまうと困るから、イスラエル人を奴隷としてこき使うようになった。モーセは奇跡的に生き残り、エジプト王のひどい扱いに怒り、そんな時神からの啓示があり、イスラエル人全員でカナンの地を目指すように言われる。前に書いた海を渡る話や、砂漠で喉の渇きに耐えられなくなった頃につえで岩を叩くと裂け目から水が湧き出てきたという話が色々あったのちに有名なモーセの十戒が出てくる。彼はそれを、一人山にこもって神様から聞いてきたんだけど、それがあまりに長いこと山に入っていたものだから、みんなモーセが帰ってこないんじゃないかって不安になって、すがるものが欲しくなって、結局子牛の置物みたいなのを拝むようになる。エジプトでは多神教で、星や太陽、木々や動物を拝んだりしていたから。するとモーセが山から降りてきて、偶像崇拝は禁止だといったはずなのになんで貴様らは子牛なんか作って拝んどるんじゃームキームキームキーッってなって結構ひどく大暴れして多くの人々を殺害したという話が書いてある。が、あんまりこの部分は出てこない。


偶像崇拝については、すべての創造主である神は人間と似たような形をしているけれど、恐れ多くて絵に描いたり彫刻にしたりしてはいけないという考え方があります。


おそらくここは、上の赤字にしたけれども、自分たちは罪人だから、神のいうことをよく聞かねば許されないんだ、情けないことなのだ、いかんのだ、みたいな前提がありますよね。モーセの十戒の中にも、偶像崇拝の禁止、唯一神のみが神であるということが入っています。


モーセは、イスラエル人をカナンの地の手前まで連れていったけれど、自分の運命が尽きたことを感じ取り、山に入って出てこなくなる。彼の墓は今でも見つかっていない。モーセの後をヨシュアが引き継ぎ、無事に、イスラエル人はカナンの地へ入る。



ちょっと、疲れちゃったので、この辺できょうは終わる。

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