西アジアの歴史ー1
さてと。さてと。さてと。
ついに、この地、西アジア。
と言ったって、どこかわかりませんよね。
ユーラシア大陸の右のあたりを、アジアと言うのですね。
地図の、白いところを「アジア」と呼ぶらしい。
(というかインターネットにそう書いてあるのでそう呼びます)
で、今日はその西、つまり左の方です。
このねー、、、、左の方の西アジア、世界史においては超大事!!!
で、今日語るところは、西アジア(メソポタミア)にとどまらず、エジプトも。そう、今日の話は古代エジプト文明から。
はい、せっかく地図載せたけど地図に載ってないところです、ごめんなさいアセアセ
「エジプトはナイルの賜物」って聞いたことありません?歴史家ヘロドトスの言葉です。歴史の授業で習ったけれど意味は忘れちゃった人もいるかも。はーい、ここに一人。わたしでーす、だって、もうずいぶん昔の話ですし。
で、どういう意味かと言いますと、いい写真がありました。
ナイル川ってよく氾濫するんです。が、賜物って言うからにはそれだけの恩恵があるわけです。それがこれ。
渇水期は11月から5月、その間Bのところで、農業するんですね。
増水期位は7月から10月。その間は農業できないけど、増水期のその水の中には豊富な山からの栄養がたっぷり入った沃土が混ざっているんです。渇水期が来て農業できるくらいまでになったらそこで小麦とかナツメヤシとか作る、と。
すると、よーく育つわけです。
それを食べて人も増える。かなり農産物が豊富にできるので経済的にも安定しますよね。
(旧約聖書にモーセの話がありますが、彼も次の七年の飢饉に備えて沢山の穀物を備蓄しました。)
これだけ氾濫するけれど栄養たっぷりの土を運んで来てくれるこの川、次第に、治水する人がえらくなります右差しそれがファラオ。神の子。ピラミッドなどからその絶大大な権威が伺えますね。そして、ナイル川の氾濫を予測する必要がありますよね、それで、太陽暦というものが発達しました晴れ
エジプトって、自然の要塞に囲まれているんです。北が海、他三方は砂漠。だから異民族がなかなか入ってこなかった。だから長く文明が続きました。3000年くらい。そりゃあ、あれだけ大きなピラミッドも完成しますよね。
エジプト王ファラオって言いますが、ファラオって王という意味だから、変なんですよね。キムチチゲ鍋みたいなやつね。
さて、次回はメソポタミア文明からまいります!
ついに、地図にのってるところです。苦
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