読書記録R6-59『熊野草紙』

宇江敏勝著
草思社1990年10月第一刷

宇江敏勝
昭和12(1937)年、三重県尾鷲市生まれ。和歌山県立熊野高校卒業後、紀伊半島の山中で林業労働に従事し、詩と小説の同人誌『VIKING』に作品を発表。山村にしっかりと根をおろしたその発言は重い。
著書に『山びとの記』『青春を川に浮かべて』他多数。
和歌山県西牟婁郡中辺路町野中在住。

目次
自然の変貌ーはじめに
Ⅰ 古道の四季
Ⅱ 木の国
Ⅲ 紀州備長炭
Ⅳ 鳥獣虫魚
Ⅴ 山村文化圏
Ⅵ 民俗抄
Ⅶ うみやまの神々
素顔の熊野ーおわりに
初出誌一覧
カット 小川英夫 地図作成 千秋社


短い章段で構成されている。
全ページ黒い枠で囲まれ、活字が細かい。
版画のような簡潔な印象のカットが添えられている。
また地図は「熊野古道周辺図」として紀伊半島(和歌山県、奈良県、三重県の一部)が書かれていて読者の理解を助ける配慮がある。

第一印象は、わぁ…読めるかなぁ〜?

しかし、実際読み出すとたいへん面白い。ほとんど知らないことばかりなのに、そんな人間にもわかりやすく書いてある。
郷土の伝統的な日常の事象が丁寧に説明されている。明治時代に生まれた経験者への聞き取りによる文章は方言も交じるが、臨場感たっぷりだ。(当時の話者の年齢も記されている。)

一つの例として木を見る。
国の政策と指導により今は杉と檜ばかりになった山の木。
かつては植栽豊かな森林の中での樹木との暮らし。
木を切り出し炭に焼き、人力による移送。造船あるいは筏流しでの流通。
人の持つ技術そのものも重宝され、国の内外を問わず各地へ労働力は供給され、知識は伝播された。

牛馬の飼育と生活への活用、売買。
機械の導入による生活様式の変化。
ダム建設に伴う魚類の遡上ができないことによるアマゴや鰻の激減や生態系の変貌。
狩猟時の狼と犬の対峙。人がいると犬は強気になる?
村落の過疎化と消滅。

数え上げれば切りが無い。

昔の山村の暮らしが不便ではあってもどんなに豊かであったかが伝わる。
消滅寸前ギリギリの貴重な証言であり、全編に深い郷土愛がある。

ほんの少し前には日本全国で見られた生態系だろう。
そこにはもちろん人間も含まれる。
先人たちの暮らし、生き様がとても愛おしく思えてくる。

そして全編を通じて言えることだが、貴重な民俗の暮らしの記録である。

Ⅴ 山村文化圏には[果無の里]が記されている。そもそもこの本を読むきっかけになったその不思議は地名。果無(はてなし)は奈良県十津川村にあるまことに美しくのどかな里であるという。

Ⅵ 民俗抄は人々への聞き取りや他の地域との比較、変遷や今後の展望など専門の研究書のようだ。
興味深いので細かいタイトルも覚え書きとしてメモしておく。

松明 囲炉裏 木地師の後裔 ロクロ 山窩 松煙 樽丸 寒川のタテ紙 五倍子 吹子祭り 藤布 シバマキ とりあげ爺 土葬 サンマイ 樫の実 草文 熊野の三体月 

またⅦ うみやまの神々 では祭りの数々を紹介している
お灯祭 木苗祭 本宮祭 那智の火祭 勇魚祭 紀州備長炭祭 山祭の今昔 湯川王子社還宮祭

この作品はnoteの高坂正澄さんのご紹介で読みました。
ありがとうございました。


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