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読書記録R5-145『文豪と酒ー酒をめぐる珠玉の作品集』


長山靖生編
中公文庫2018年4月初版

長山靖生
評論家・歯学博士。1962年茨城県生まれ。

本書は酒が様々なイメージで登場する傑作を厳選。
古今東西、人類の友である酒になぞらえた憧憬や哀愁は今でも現代人を魅了し続ける。
近代文学に足跡を残した16人の作家と9人の詩人、歌人による魅惑のアンソロジー
と背表紙に記されている。

目次
屠蘇「元日」夏目漱石
どぶろく「すきなこと」幸田露伴
ビール「うたかたの記」森鷗外
食前酒「異国食餌抄」岡本かの子
ウィスキー「夜の車」永井荷風
ウィスキーソーダ「彼  第二」芥川龍之介
クラレット「不器用な天使」堀辰雄
紹興酒「秦淮の夜」谷崎潤一郎
アブサン酒「スポールティフな娼婦」吉行エイスケ
花鬘酒「ファティアの花鬘」牧野信一
老酒「馬上侯」高見順
ジン「秦の出発」豊島與志雄
熱燗「冬の蠅」梶井基次郎
からみ酒「足相撲」嘉村磯多
冷酒「居酒屋の聖人」坂口安吾
禁酒「禁酒の心」太宰治

諸酒詩歌抄
さかほがひ  上田敏
紅売  与謝野鉄幹
酒ほがひ  吉井勇
薄荷酒  北原白秋
金粉酒  木下杢太郎
該里酒  木下杢太郎
南京街  長田秀雄
食後の酒  高村光太郎
夜空と酒場  中原中也
酒場にあつまる  萩原朔太郎

解説  長山靖生

正直言って思っていたのと違う。
全体的に採られている作品が少し以前の作品。
文豪という言葉自体に昔の作家というイメージがあり、時間の経過を感じる。
背景に描かれた時代性も日本が大陸に乗り出した植民地意識や女性を男性の性の対象として捉えるばかりの表現、職業への偏見や女性を品物を漁るかのような表現がそこかしこに見られ、読んでいて気持ちが良くなかった。

そして酒を巡る楽しい場面や気が晴れる場合はほぼ見当たらず、苦しく、苦く切ない日々のはけ口としてだけ登場する作品が多く思われた。
日本が歩んだ近代の一面かもしれない。

確かに有名な作家が名を連ねている。しかしこれが「酒をめぐる珠玉の作品集」というのだろうか?

解説で編者の長山氏も書いているが、漱石や芥川などは必ずしも酒が好きだった訳ではなく、漱石は甘党だったという。
鷗外はドイツに、岡本かの子はパリにと渡った。
また谷崎や高見順らの中国大陸への関心は時代性だと記す。

明治以降、一応の近代化に成功した日本は、清国や辛亥革命前後の中国を、衰亡する旧大陸と見倣して他山の石とする一方、文人趣味的な中華文物への興味や租界などに花開いた身近な西洋都市的尖端文化への関心から、中国旅行が流行した。とする。
前者の代表が芥川で、後者の代表が吉川エイスケだとか。

そしてそれぞれの作品にその場にふさわしい酒が登場する。

さらに作家達の出自についても記し、士族出身の永井と町人名主の家系の漱石や商家の出の谷崎らとの金銭感覚の違いにも言及している。
士族の酒は士族の酒で、商人の酒は商人の酒で、それぞれの風味と矜持がある。という。

太宰は概ね陽気で、文章にも生活にも、サービス過剰なところがある。としている。

この解説文は作家一人ひとりに及び、本書全体についてかなり印象が変わり、興味深く読んだ。

最後の諸酒詩歌抄は
酒そのものを歌っているので読んでいて納得する。
中原は酔うと議論を吹っかける癖があったらしい。寂しい人だったのだろうと長山氏は解説している。

それぞれの歌人や詩人の生の声が聞こえる気がする。


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