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アイドル

この話はフィクションです。



大学に入ってから少し経った頃、アイドルグループのメンバーとしての活動を始めた。大手のグループではない、所謂地下アイドルだった。


アイドルが好きだったから。それがメンバー入りを決意するに至った理由だった。



レッスン初日。練習する曲は事前に知らされていて、私は振り入れを半分に残したままスタジオに入った。
動画を見ながら、残りの振り付けをなんとか身体に叩き込んでいく。
その様子を見ていた先輩が言った。

「え、振り入れ終わってないとかありえないから。やる気あるの?」

美しい先輩の顔は、驚きと、呆れと、微かな怒りを漂わせていた。

何も言えなかった。これは遊びではない、みんな本気なのだと思った。そこでようやく、「私はアイドルをなんだと思っていたのだろう」と自分を恥じた。

元々体力がないし、すぐに息切れする。翌日は筋肉痛で動けない。練習が苦痛でしかなかった。



特典会なんて、大嫌いだった。

地下アイドルの主な収入源は、ファンとのチェキだ。


メンバーと横並びになって、笑顔でファンを見つめる。


ひとりの男性が近づく。

「(私を指差し)1枚」



私は、商品か。



その一瞬は、私の一部は、若さは、切り取って買われた。

私の一部には500円の値がつけられた。

今も、あの時のおじさんたちは、私と撮ったチェキを大切に持ってるんだろうな。気持ち悪いとかは微塵も思わない。だけど、言ってしまえば身元もよくわからない人が私の一部を持っているという事実は、なんとも表現し難い感覚を私の中に植えつけた。



活動をはじめて数ヶ月が経ち、私がアイドルになったことを大学の友人が認知するようになった。

どこから伝わったのか、お世話になっている教授にも「〇〇さん、アイドルグループに入っているって本当ですか」と尋ねられた。


友人と写真を撮っている時や、カラオケで歌っている時、何かにつけて
「やっぱアイドルだわ〜」
と言われるようになった。
(友人には申し訳ないのだが)私には、それが本当に苦痛だった。

元来より自分に自信がないのだ。私のような人間がアイドルをやっていていいのか‥という思いが先行してしまう。



ファンの方からの「かわいい」というコメントも、全然嬉しくなかった。

私は他者からの容姿に関する賞賛を信じることができない。昔のトラウマがそうさせている。



とにかく、私は性格がアイドル向きではなかった。

「アイドルを応援すること」と「アイドルになること」は全く別の話なんだ。

加入してちょうど1年が経った頃、私はグループを卒業した。普通の大学生に戻った。


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先日、卒業したグループのライブに行った。

当時のファンの方と少しだけお話をして、懐かしさを覚えた。


ステージに彼女たちが舞い降りた瞬間(本当に舞い降りたと思った)から去る瞬間まで、私は1秒たりとも目を離さずに彼女たちを見つめ続けていた。


アイドルって、すごい。

ステージに立ってたくさんの歓声を浴びて、キラキラと輝けるあの一瞬のために、たくさんのものを犠牲にしている。



どうやってもギクシャクとしてしまうメンバー間の関係(同年代の女の子が集まったら、当然そういうことは起きる)

割り勘したスタジオで、延々と繰り返される練習

容赦なく浴びせられる容姿や体型への評価

嫌になる程聴いて、イントロだけで胃がギュッと締め付けられて、振り付けも身に染み付いてしまった持ち曲

無理やり作ってしまったキャラに対する後悔

品定めをするかのように、ねっとりと私たちを追いかける視線

ストーカー予備軍みたいなファンの存在(何度か夢に出てきた)

チケットノルマ。経済的困窮。将来不安。



そんなもの、まるでなかったことのようにステージの上の彼女たちは笑っている。


眩しかった。美しかった。尊かった。もちろん可愛かった。涙が出た。


ありがとう、笑っててくれて、みんなアイドルになってくれて、ありがとう


私はステージを降りてしまったけど、これからもずっと、アイドルが好きなんだと思う。




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最初にフィクションと言ったけど、殆ど実話です。身バレしないように適度に嘘をついています。


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