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津野米咲・赤い公園の音楽 10.絶対零度

 絶対零度は、2020年1月29日にシングルとしてリリースされ、後にアルバム”THE PARK"にも収録されました。 2020年1月クールのTVアニメ「空挺ドラゴンズ」のエンディングテーマであり、期間限定生産盤には絶対零度 (TV Size Version)が合わせて収録されています。
 このシングルの発売に先駆けて、19年末のCount Down Japan(12月28日)のライブで初披露されていますが、著者はその際にボーカルとリズム隊が違う拍子を刻みながら進行するこの曲に大きな衝撃を受けました。 CDが発売されて改めて聴いた際にはそのポリリズム的進行についてライブの時程強い印象を受けなかったのですが(その理由は後述します)、曲中で何度も拍子が変わる事に加えて奇数拍子と偶数拍子を同時に進行させる事によるリズムの面白みは、”木”等で既に示されている津野さんのリズムのトリックの技術の集大成のような趣があります。 聴き終えると、その内容の豊かさから、まるで映画かオペラを観賞し終えた様な充実感がありますが、たった三分半という短い曲です。 短い時間の中にこれだけ様々な要素を詰め込んでも統一感は全く失われておらず、津野さんの作曲テクニックの成熟を感じます。 Producerの表記は無く、アレンジは赤い公園にクレジットされています。

1.絶対零度の構成

 全曲通して固定BPM (168)4/4 拍子のイントロ(Am)、最後の4小節のみ3/4拍子 → 3/4拍子*のAメロ(Am)、→ 3/4拍子*のBメロ(A major) 最後の3小節のみ4/4拍子→ 4/4拍子のサビ(Dm) → 移行部 2小節 3/4拍子→Aメロ→5/4拍子のギターソロ(Am)、最後の二小節のみ3/4拍子→Bメロ→サビ→5/4拍子の間奏(Am)→Aメロ前半→終了 

*AメロとBメロの3/4拍子は、二小節合わせて6/4拍子と解釈したほうが分かりやすく、出版されているバンドスコアも6/4記載になっていますが、”赤すぎる公園”(赤い公園のファンクラブサイト)内の”独学堂”(津野さん担当のコーナー)に掲載されたご本人によるピアノ編曲版の楽譜はAメロBメロ共に3/4拍子で記載されている為、これに従っています。 尚、打ち込みの元データは株式会社フェアリー発行のBand Score Piece No.2239、絶対零度を参考にしていますが、掲載している譜例は著者が作成したものです。

2.リズム構成

 赤い公園の曲には初期から時々変拍子やリズムのトリックが見られますが(”透明”、”木”等)、”絶対零度”に関しては下記のような”しかけ”が使われています。

ー  ボーカルとリズム隊が違うリズムを刻むポリリズム効果
ー  一小節の拍数を変える事による聴感上のスピードの変化
ー  その変化をスムーズにする為のアクセル・ブレーキのようなフレーズ

イントロ
 速さと基本リズムはサビと同じ4/4拍子ですが、ギターによる急ブレーキの様なフレーズ(アクセル・ブレーキフレーズ)から既に譜面上は3/4拍子になっていると思われ、その3拍子の中に2拍子を割り込ませています。 これは、”木”のイントロや、”副流煙”の中間部のメトロノームとバンド演奏の関係と基本的に同じ考えです。 一方、聴感上フレーズ自体は4拍子のままテンポが下がったように聞こえると思います(聴感上のスピードの変化)。 



Aメロ

 イントロの後半4小節と同じ3/4拍子、歌のメロディは常に3/4拍子で、拍の頭に強めのアクセントが付けられています(上述のピアノ編曲譜でも各小節の頭の拍にアクセント記号あり)が、リズム隊のリズムは下記のように変化します。 ボーカルと同じ3/4拍子→ボーカルの2倍の遅さの(二小節をまたぐ)3/4拍子(一小節目は一拍目と三拍目にアクセント、二小節目は二拍めにアクセント(ポリリズム)。  ライブで初めてこの曲を聴いた時はここで非常に混乱したのですが、CD音源ではギターやドラムはボーカルと違うリズムの一方でピアノがボーカルと同じ三拍子を刻んでいる為、リズムの違いが目立たなくなっています。

 Aメロの中間のインストの部分は、普通の三拍子ですが、ギターのフレーズは二拍単位で完結するように作曲されているので、ここも聞きようによってはリズム隊とメロディが違うリズムを演奏しているようにも聞こえます(ポリリズム)

Bメロ

 前半部分はボーカルもリズム隊も同じ3/4拍子のリズムですが、最後の二小節で4/4拍子(続くサビと同じリズム)に変化します。 これはは”木”で、AメロからBメロに移る際と同じです。 さらに、その二小節前でギターとピアノは下記の譜例のように4拍子のリズムを刻んでいますが、このリズムはイントロの最後のギターのリズムと同じです(聴感上のスピードの変化)

スライド2 (2)

 イントロではAメロに向けてのブレーキの機能を果たしていたリズムが、ここではサビに向けてのアクセルになります(アクセル・ブレーキフレーズ)


サビ
 イントロと同じリズムの4/4拍子で、最後にイントロと同じギターのフレーズ(アクセル・ブレーキフレーズ)が入ってAメロに戻ります。

ギターソロ

 ここは5/4拍子ですが、リズムとしては3/4+2/4の構成になっており、前半はAメロと同じ速さ、後半は最後の一拍が欠ける為、急かされるような、追いかけれれているような緊張感を与えます(聴感上のスピードの変化)。 最後の二小節は3/4拍子に戻り、そのままBメロの繰り返しにつながります。

3.  TV Size Version

 絶対零度 【期間生産限定盤】に収録されているTV Size Versionはアニメのエンディングで使われたバージョンで、長さは半分以下の1分30秒程にまとめられています。 構成としては以下のようになっています。

ー 冒頭のギターのフィードバックに続いてイントロ最後の二小節
ー Aメロからギターがメロディを弾く間奏まで
ー Aメロ後半を省略してBメロへ
ー そのままサビへ続く
ー ギターソロ及びABサビの繰り返しを全て飛ばしてアウトロへ
ー 5/4拍子のアウトロから最後までそのまま続く

 オリジナルの音源の殆ど全ての要素を網羅しており、繰り返し部分を除くと含まれていないのはイントロ、イントロ後半の急ブレーキのようなフレーズ、ギターソロとなります。 但し、アウトロはギターソロと同じ5/4拍子であり、メロディ的には急ブレーキフレーズが使われているので、通して聴くと音楽要素として全く含まれていないのはイントロ前半だけとなり、半分の長さの中に曲全体がうまくまとめられています。 また、このVersionで聴くと、実際には3/4→4/4→5/4→3/4という拍子の変化があるにも関わらず、殆ど意識せずに聴く事が出来るように思います。

4.  津野さんの意図

――これ、基本は三拍子ですかね。
津野:何拍子だろう?
歌川:いろいろ。三も四も五も出て来る。イントロが四、Aメロが三。間奏は五とか。
――さり気にやってるけれども。すごいですよ。昔からこのバンドの特徴ではあるけれど。
津野:さり気にやるのが大事です。
歌川:考えたら終わりだよね。わかんなくなっちゃう

赤い公園 “ずっと青春してる”4人に訊く、新体制で切り開くバンドの現在と未来 ー SPICE 2020年1月30日

  上記は、この曲のリズムについてインタビュアーに答えている部分です。 ここで、津野さんはリズムの構成について詳細を説明する事は全くせずに、”さり気にやるのが大事です”と答えるに留めています。 過去のインタビューを見ていると、津野さんは自作の曲について比較的詳細に語る事を好んでいるように思え、このような質問には積極的に回答するイメージがある為この対応は意外に感じるのですが、ヒントは別のインタビューでの津野さんのコメントにあるように思えます。

津野:やりとりしているなかで、この曲が持っている輪郭的なプログレッシブさというよりも、体軸に流れているクラシックな部分やシンフォニックな部分に共鳴してくださっているとわかったタイミングがあって。それがすごく嬉しかったのを覚えてます。どんどん曲が自分らしくなっていく感覚があったんです。

赤い公園×『空挺ドラゴンズ』 勇敢で、真摯な作り手であるために - CINRA Net 2020年2月5日

 これは、アニメ作品"空挺ドラゴンズ"の原作者、作品の監督のお二人と、エンディングテーマを担当した津野さんの対談からの引用で、非常に興味深いのですが、”輪郭的なプログレッシブさ”とはおそらく、聴き手が一聴して驚く様な曲のパート毎の内容の振れ幅であるとか、変拍子を多用する構成の事を指していると思われます。 それに対して”シンフォニックな部分”というのは、特にBメロ(ご自身で合唱っぽいと表現されている)や、そこからサビに向かって行く積み上げや5/4拍子のギターソロの重厚さ等を指しているのだと想像します。  最も解釈が難しいのは”クラシックな部分”ですが、古典的で端正なメロディライン(Bメロはもちろん、Aメロや、サビの後半部分も)に加えて、変拍子やポリリズムをその場限りの思いつきで使うのではなく、きちんと準備した上で全体の統一感を保ちながら使用している点が大きいのではないかと思います。 

 絶対零度の拍子について質問しているインタビュアーの興味が、上記の”輪郭的なプログレッシブさ”にあるのに対して、彼女の関心は”体軸に流れているクラシックな部分” = 緻密に準備され、計算されていて、聞き手には何が起こっているのか分からないくらい自然に進行する、という事にあったのではないか、と推察しています。 拍子の構造について説明する事自体は簡単ですが、何故、このような拍子構造になっているのか、全体の統一感を保つ為にどのような創意工夫をしたのかについての説明を、分かりやすく行うのは非常に難しいと思われます この点については、最後にもう少し深く考えていますが、私もうまく説明出来ているか自信が無い為、第5章については読み飛ばして頂いても宜しいかと思います。

 ”体軸に流れているクラシックな部分やシンフォニックな部分に共鳴して”もらえる事が”すごく嬉しく、”どんどん曲が自分らしくなっていく感覚があった”と語っていますが、実際のところこの曲は新体制の赤い公園に限らず、旧体制でも”純情ランドセル”以降の曲達とはかなり異なる要素があり、初期の赤い公園の曲に近しいものを感じます。 もちろん、上述したように、散りばめられた様々な作曲テクニックは大きく進んでいて、曲全体の統一感や、アニメの主題歌として広い聴衆に受け入れられる曲になっている点は初期の作品とは違うとも言えると思いますが、この曲は津野さんにとって自分自身に近いものであるという感覚を持っていた事は、津野さん自身の理想とする音楽の根本は、赤い公園を結成した高校生時代から決して変わってはいなかった、という事を示しているのではないでしょうか。

 アニメのエンディングとして幅広く聴衆に求められ受け入れられる音楽としてはかなり挑戦的な内容になっていますが、その挑戦はあくまで”さり気なく”、音楽全体を楽しむ事を妨げない内容になっています。 しかし、一方で、そうであるならそもそも挑戦的な曲を作る必要は無かったのでは?という疑問もあります(実際、津野さんの曲には全く挑戦的な要素を使わず、幅広く受け入れられる名曲も多い訳です)。 あえて、この難しい課題に取り組んだのは、

津野:そうそう。カテゴライズしにくいことは不親切で意地悪かもしれないけど、それでも私自身、「自分の表現にピュアでありたい」と常日頃から思っていて。「こういうことだよね」というわかりやすい道と、「めんどくさそうだな」というよくわからないハテナマークの道があったとしたら、私は後者を選びたいんです。

赤い公園×『空挺ドラゴンズ』 勇敢で、真摯な作り手であるために - CINRA Net 2020年2月5日

 上記の様に、あえて”めんどうくさい、ハテナマークの道”を選んだ事に加えて、

津野:住めないところなんだけど、金魚鉢から飛び出して、死海に飛び込んでみる。そんな金魚の話です。

赤い公園 “ずっと青春してる”4人に訊く、新体制で切り開くバンドの現在と未来 ー SPICE 2020年1月30日

 現状から敢えて出ていく(飛び出す)事を、歌よりも遅れたり、あるいは先に行こうとしたりするリズム(それも、バンドメンバーそれぞれが違うリズムを刻んだりする)で表現したかったのではないか、と思っています。 全体として統一感があり、安定して聴ける曲でありながら、細かいところに注意すると、”そこから出て行きたがっている音達"が沢山鳴っています

 実は、私も確信は持てず、皆さんがどのようにこの曲を聴いているのか興味があるのですが、元々、A/Bメロが三拍子でサビが四拍子であり、BPMは固定されているので、各小節の長さは、実はサビのほうがA/Bメロより長いのです。 そして、ボーカルのメロディだけを注意して聴いてみると、Aメロの部分で各小節の頭の音に強いアクセントが付けられています(独学堂”の譜面も同じです)。 ここによく注意してボーカルだけを聴くと(リズムは上述のようにそもそも小節の枠に収まっていないので)、Aメロは思っていたよりも早く、サビは思っていたより遅く聞こえてきます。
Aメロでは、先に進もうとする石野さんをバンドメンバーが止めようとしているかのよう、Bメロで少し追いつき、Bメロ後半で完全に追いついて、サビでボーカルとバンドが初めて完全に一体になったように聞こえてきます。 このように聴くと、この曲は実は音のドラマそのものではないでしょうか?
そして、音のドラマという発想自体が実は非常にクラシカルなアイデアであり、最も古くて有名な例ではビバルディの”四季”は言葉の無いドラマそのものです。 また、津野さんが中学生時代に吹奏楽で演奏し、スコアを入手していろいろ研究する程好きだったアーロン・コープランドの”アパラチアの春”は、作曲者自身は抽象的な音楽として作曲したようですが、いろいろなリズムやメロディが交錯し、それぞれの音やフレーズがそれぞれの物語を語りだすかのような音楽です。 上記インタビューで津野さんが”体軸に流れているクラシックな部分”という言葉は、このような意味も含んでいるのではないかと思います。


5.  曲全体のリズム・テンポ設計(詳細)

 各部分のリズムの構成については上述しましたが、この曲は全体を通してリズムの変化や聴覚上のスピードの変化をスムーズに行う為の非常に緻密な設計がされています。 
 この曲はBPM固定なので、四分音符の速さは拍子が変わっても同じです。 イントロ前半では4/4拍子の四つの拍全てにアクセントがついているので、小節内の四つの四分音符一つ一つが強調されています。 よって、ここでは四分音符一つを仮に”リズム単位”と呼び、”リズム単位=1”と表記します。 4拍子を四分割したものが単位なので、"4÷4-1"という計算です。 
 一般的に3/4拍子は一拍目にアクセントがあり2拍めと三拍目は弱拍になるのですが、 この曲では下記のようにイントロの後半では3/4拍子を二等分する事で一小節に二つのアクセントを付けています。 イントロの後半で全体は3/4拍子に変わりますが、リズムは一小節を二分割しているのでリズム単位は3÷2=1.5となります。 歌が入ってからは通常の三拍子なので、アクセントは一小節に一つ、リズム単位は3になります(下記譜例参照)。

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 同様に、Aメロ後半ではボーカルが3/4拍子を続けているのに対してリズムは二小節を一単位とする大きな三拍子(3/2拍子)になっています。 アクセントは二拍ごとについているので(二小節で3回アクセントがある)、リズム単位は3x2÷3=2 となります(下記譜例)。

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 実際には”リズム単位”が聴感上のスピードとなり(数字が大きいほど遅い)、イントロからAメロに入る際に一挙に減速(1→3)するのではなく、イントロ後半でリズムが1→1.5と変化する事で、スムーズな移行を実現しています。 また、同じ様にBメロは後半、サビと同じ速さの4/4拍子になりますが、そこに至る前の移行準備として3/4拍子のままでリズムのみ3→1.5と加速、これが4/4の部分に至るとリズムは更に1.5→1と加速し、サビと同じ速さに戻ります。

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 下記はこの曲のリズム構造のイメージ図です。 上段がメロディー(フレーズ)の単位、下段はリズム・ビートが上段のメロディをどのように分割しているかを表しています。 例えば、イントロは4/4拍子ですが、フレーズとしては2拍で一区切り、リズムは一拍単位で刻まれています(リズムの1=BPM168)。

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  歌のメロディについては、この表のように実は大きな拍子の変化は起きておらずA/Bメロとサビの拍子が違うだけです。 一方で、音楽は全曲を通してまるで万華鏡のように変化していきますが、これは歌と敢えて違うリズムを演奏する事、また、違うリズムを用いる事でBPMを変えずにテンポ感を大きく動かす事の効果が大きいと思われます。