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津野米咲・赤い公園の音楽 14. 今更

 ”今更”は、"のぞき穴”に続く2枚目のシングルとして2013年7月に発売された”今更・交信”の一曲目に収録されています。 前作から10ヵ月ぶりのリリースですが、この間には津野さんの体調不良によるバンドの活動休止期間が含まれています。 休止期間中の赤い公園の音楽の変化は、”のぞき穴”のシングルとアルバム版の比較からも明らかですが、ファーストアルバムに先駆けてリリースされた”今更”は、それまでの赤い公園の特徴を残しながらも大きく進化した響き(演奏及びプロデュースのテクニックも大きく向上しているように思えます)となっており、当時の聴衆はそれを多少の驚きを持って歓迎していたようです。 ただ、津野さんご本人が当時のインタビューで答えているように、この曲自体はデビュー前から構成やアレンジ含めてほとんど完成していたとの事。 それが信じられないくらいに、それまでの赤い公園とは違う音楽のように響きます。
 私自身はこの曲で初めて赤い公園を知った為、遡って二枚のミニアルバムを聴いた際にまた違う意味でショックを受けました。

 曲の冒頭のスネアの連打に続くギターとベースによる四分音の繰り返しは、再出発を告げるファンファーレのようにも、凱旋の行進曲のようにも聞こえます。

(歌川) 再スタート!スタートダッシュ!気合いのこもった一曲! 

赤い公園公式HP  公園デビューライナーノーツ

1.  ”今更”の構成

 イントロは、スネアの8分音符の連打に続いて、ギターとベースが4分音符の和音を繰り返し響かせます。 続いてギターで演奏されるリフは津野さん自身が”私がこんなギターっぽいフレーズを弾くなんて!”と語った通りそれまでの赤い公園の曲のギターに比較して非常に”ギターらしく”響きます。 
 Aメロは、サビの後は繰り返されないので一度しか現れないのですが、私は、これは津野さんが書いた中で最も美しいメロディの一つだと思います。 バンド演奏でももちろん美しいのですが、下記のビデオのようにピアノで鳴らして見ると、メロディと和音、ベースラインの関係がよりわかりやすく、津野さんの意図した響きがよりわかりやすいと思います。

Bメロはイントロの前半のリズムと同様の、1小節に四分音符四つというバッキングで半音上がって戻り、更に半音下がるような転調が続くパターン。
 サビはイントロ後半のリズムとコード進行を拡大したバッキングに乗せた下降音型のメロディ
 その後、ギターソロ(前半と後半で内容が大きく違う)、Bメロ→サビ→アウトロと続きます。

 上記の内容を下のビデオにまとめていますので、是非ご覧ください。


2. ”今更”の特徴

A.  独特なコード感

 イントロのギターとベースのカッティングは、E♭の基音の上に2度上のFと6度上のCを重ねたもので、E♭6のように響きますが、通常基本となる3度と5度の音は省略されているようです(譜例)。 

イントロのコード

 イントロの最後、Aメロ直前ではこの曲の基本のキーであるDmの基音であるDの音に4度づつ上の音を三つ(G, C, F)重ねたどことなく空虚な和音が響きます。 曲中でも、要所要所で3度の代わりに4度を使った和音(sus4など)が使われていて、独特の空気感を生んでいます。

4度を積み重ねた空虚な響きの和音

B. 変拍子

 イントロ後半のフレーズは普通の4拍子で書かれていると思いますが、途中で下記のように4拍子の小節二つを4分の3、4分の3、4分の2のリズムで分割して演奏する部分で(譜例)、一瞬宙に浮いたような感覚を覚えます。

イントロの変拍子

 ギターソロは途中で4分の3拍子に変わってBメロ繰り返しの直前(イントロの冒頭を思わせるパターン)で4分の4拍子に戻っていますが、その移行は非常に自然な為、気が付きにくいように思います。

C. 転調

変拍子や独特な和音はこれまでの赤い公園の曲にも出てきますが、複雑な転調が目立つ曲は”今更”が初めてだと思います。 Aメロは、ボーカルのメロディはDmあるいはFメジャーの枠内に収まるものですが、付けられた和声からすると下記のように転調しているように解釈できます。

この譜例は極端ですが、実際に1小節ごとに調性が変わっているような不思議な部分です。  ちなみにこのAメロは、前半はギターのみ、後半はギターとベースが入りますが、基本、ボーカルとベースの二本の線を中心に作曲を進める津野さんとしては、ベースが省略されている前半部分は珍しい例に当たると思います。 これはおそらく、Aメロがどのように転調していっているのかを聞き手に分かり難くする為に意図的に行ったのではないでしょうか。 実際、Aメロ後半になってベースが入ってくると、転調している事がよりはっきり分かります。

Aメロの頻繁な転調

 Bメロは1小節ごとにベースが 半音上がる→元に戻る→半音下がる という動きをしており、最後にベースが半音下がる際にメロディも転調しています。

Bメロの転調


D. 2度のぶつかり

 これはもはや赤い公園の曲で使われない事がないのではないかとすら思えてくるのですが、サビの繰り返しのバックで鳴っている津野さんのギターは、ほとんどのところで2度でぶつかっています。

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矢印の音が2度でぶつかっている

E.  自己引用

 ”オレンジ”のイントロのギターのメロディに”楽しい”のサビのメロディが一部引用されていたり、”紺に花”のギターソロ前半が”誰かが言ってた”のサビのメロディと同じ旋律であったり、赤い公園の曲には時折意識的と思われる自己引用が見られます。 
 ”今更”の間奏部のギターソロのメロディは、”公園デビュー”に収録されている”もんだな”の”手伝う男はもう居ない”の部分と基本同じです。

”もんだな”のボーカルと”今更”のギターソロ

F. 限りなくライブに近いアレンジ

 このシングルに限らず、後にリリースされる1stフルアルバム”公園デビュー”もそうなのですが、2枚のミニアルバムや、前作である”のぞき穴”と比較する驚くほどに全体の響きが異なります。 実際にはいろいろな録音テクニックが用いられていると思うのですが、この曲ではキーボードは使われていないようで、ギター、ベースも、同時に鳴っているのは一本だけのように聞こえます。 つまり、ギターソロや、歌の部分でもギターが旋律を弾いている部分ではコードはなっておらず、完全にギターとベースの二本の旋律(ボーカルがあれば三本)だけが並行して流れていく音楽です。 よって響きは前作までと比較して非常にクリアーになっていますが、一方で、音が薄くなったという印象は受けません。 これは、ギター・ベース・ドラムスの楽器隊の3人のアレンジが更に一段高度に、有機的になっていて、1+1+1が3以上になる効果を上げている為だと思われます。

(津野) 音数も少なく、シンセも入っていないので、コピーなんかしていただけたら嬉しいです。やっていてすっきりする曲です。

赤い公園公式HP  公園デビューライナーノーツ
効果的なリズムアレンジ


3.   津野さんの意図

デビューが決まった後、「若いからデビューできた」とか「女の子だから」とかいろいろ言われたけど、そんなこと気にしないくらい、地元で誰よりも頑張ってる自信があった。それなのに私がはき違えて、忙しさに負けて休止してしまった。私が責められてもいい立場なのに……。復活してスタジオで合わせてみたら、誰もがわかるくらい、メンバーみんなが成長してた。だから私もまっさらな気持ちで音楽に取り組めた。

Fanplus Music  2013年8月16日

 冒頭に書きましたように、一聴して赤い公園が大きな変化を遂げた事が分かる曲であり、私自身は当時、この曲は再出発に向けて新しく書き下ろされた曲だとばかり思っていました(当時インタビュー等を読んでいなかったので)。 しかし、実際には”透明なのか黒なのか”がリリースされる前にほぼ完成していた曲であり、細部の特徴を見ていくと、曲の特徴は以前となんら変わっていない事が分かります。  大きく印象が変わっているのは、やはり明らかにメンバー全員のテクニックが大幅に向上している事、それによってバンドのアンサンブルが非常にタイトになっている事が理由と思われ、それは上記の津野さんの発言からも読み取れます。 ”のぞき穴”のアルバム版について以前書いたように、出来るだけライブでそのまま演奏できるアレンジで収録する事ははっきりとして方針であった訳ですが、ベーストラックが完成した時点で、それ以上なにかの音を追加する必要性を感じないくらい、バンドの演奏自体が満足出来るものであった、という事だと思います。  作曲とアレンジに加えてプロデュース自体を津野さんが行っていたとは言え、演奏に関してはメンバー全員が対等な位置であり、バンドのあり方について当時一つの結論のような物が出たのではないでしょうか。 
 実際には、”公園デビュー”の後、赤い公園は外部プロデューサーを起用する事で再度変貌を遂げるのですが、最終的に”THE PARK"で、再度ここに戻って来ます。