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津野米咲・赤い公園の音楽 20. ひつじ屋さん

 デビュー以来、津野さんのセルフプロデュースに拘ってきた(ように思える)赤い公園が初めて外部のプロデューサー(亀田誠治さん)を起用した作品が2014年2月12日に発売された3枚目のシングル”風が知ってる”です。 「ひつじ屋さん」はその二曲目に収録されており、「風が知ってる」に続けて聞くと今までの赤い公園と少し違った響きに聞こえますが、この作品は従来通り津野さんのセルフプロデュースです。
 映画「呪報2405 ワタシが死ぬ理由 劇場版」の主題歌として書き下ろされた曲ですので、作曲された時期も公園デビューに収められた曲よりは後になると思われます。 
 この曲も赤い公園・津野さんにとって特別な愛着がある曲のようで、ライブでも頻繁に演奏され(私自身は残念ながらライブでこの曲を聞いたことはありません)、旧体制のベスト盤である「赤飯」にも収録されています。 またMVも作成されているのですが(「猛烈リトミック」の初回限定版に収録)、こちらは何故か「赤飯」のMV集付き限定版には収録されていません。
 
 おそらく、『今更・交信』と同様に「風が知ってる」と合わせて両A面扱いのシングルとして企画されていると思われ、プロデューサーを迎えて聴衆側に歩み寄ろうとした曲と、セルフプロデュースで従来の赤い公園の”オルタナ的”路線の延長上の曲を真っ向から対比させる目的があり、どちらの曲がより聞き手に受け入れられるのか試して見たい、という意図があったのではないかと思います。

 この文章を書くにあたって、「呪報2405 ワタシが死ぬ理由 劇場版」も見て見ました。 私はこの映画について全く何も知りませんでしたが、ネットで拾える感想等を見ると、”主題歌がポップで良い”という趣旨のコメントが残っているいる事に気が付きます。 実際映画の中ではオープニングタイトルのバックで短縮版(カットはありますがイントロからアウトロまできちんと流れる)、エンドロールでは完全に全曲が使われているので、さほど長く無い映画の中で2回繰り返してこの曲を聴ける事になります。 「風が知ってる」ではアニメの内容を歌詞にある程度意識的に反映させている様子が伺えますが、こちらに関しては唯一関係があるとしたら”手狭な1K”くらいのようで、あまり映画の内容に沿った制作をしている訳ではなさそうですが、全体の流れの中でこの曲と映画の雰囲気はある意味とても合致しており、興味深く思いました。

1. ”ひつじ屋さん”の特徴

構成 

BPM 152固定(ゆらぎゼロ)。
4/4拍子 基本
イントロ (E major) →Aメロ (E major)→Bメロ(A minor)→サビ(A minor)→間奏1(Aメロのパターン、E major)→間奏2(イントロのパターン E major)→ Bメロ(A minor)→サビ (A minor)→サビ繰り返し(3/4 A minor)→アウトロ(イントロの繰り返し E major)。

リズム

 6小節のイントロおよびアウトロはどのように譜割されているのか分かりにくいのですが、拍数は23であり、もっともコンスタントな譜割で考えるとどこかに3/4拍子が1小節入っているようです。

記譜すると意外に普通な冒頭部のリズム


 間奏部は8小節で拍数は31、こちらもどこかに3/4拍子が1小節入っていると考えられます。 一聴するとかなりランダムに音楽的な断片がコラージュされているように思えますが、採譜してみると聞いた感じよりも普通なリズムだと分かります。

間奏部 ここも一小節3/4が入る意外は普通の四拍子

 
 実際にライブを聴いた事がある方によると、既に同期を使っている時期ですが「ひつじ屋さん」は同期を使わずイントロや間奏部も含めて4人だけで演奏していたようです。 クリックを使わずにこのような曲を演奏するのはかなり困難に思えますが、既に当時の赤い公園は非常に高いライブ演奏の力を持っており、それをはっきりと示すためにあえて同期無しで演奏していたのでしょう。

 サビは4/4拍子二小節の合計8拍を3+3+2で分けています(ひつじ屋さん+ひつじ屋さん+二拍の休み)。 サビの繰り返しの後半(3回目の繰り返し)では最後の二拍を省略する事で歌やバッキングのリズムを変えないままで3/4拍子になっています。


調性

 メロディラインだけを追いかけると、この曲は全曲通してE minorあるいはそこから派生するA minorのように聞こえます。  イントロは冒頭のギターがE7のコードを鳴らしているのでそのままE majorの調性に聞こえ、歌が始まると同時にE minorに転調し、間奏とアウトロ以外はマイナーキーの曲であるように聞こえ、実際私はそのようにずっと聞いていたのですが、どうやら正解はイントロ+AメロはE major, BメロとサビはA minorという事のようです。 
 Aメロ部分ではボーカルとベース以外のメロディ楽器が鳴っていないのでこの二つのラインから調性を判断する事になりますが、ボーカルははっきりとE minor、 ベースはG♯の音こそないもののE majorに響くメロディです。 この曲はインスト版が発表されていますので、オリジナル版とインスト版を聴き比べていただくと、双方全く印象が異なり、特にインスト版ではマイナーキーで歌っているように聞こえるボーカルがないので余計にポップな明るい曲に聞こえると思います。

 私にはE minorに聞こえるボーカルラインは実際のところ、E のブルーススケールのようです。 メロディに何度も出てくるF♯の音は本来のブルーススケールにはない音であり、ベースもmajor 3rdであるG♯の音を避けている為、単調と長調の多調のように聞こえます。 ここにギター等でE7 add(m3)のコードが同時になっていれば、これがE majorのブルーススケールである事は一聴してわかるはずですが(下記ビデオをご参照ください)、それはあえて追加されていないのです。
 


 この曲は、E majorの曲として聞こえている人と、私のようにボーカルにつられて最初から最後までマイナーキーの曲として聞こえていたかで大きく受ける印象が違うのではないかと思います。 例えば「いちご」も、拍の頭が正しい位置に聞こえている人には非常に普通のリズムの曲としか思えませんが、イントロのリズムにつられて半拍ずれたまま聞いていると途中でつじつまが合わなくなって気持ち悪くなるという事と似ているかも知れません。

 下記はひつじ屋さんの特徴をまとめたビデオです。


2. 津野さんの意図

 上述のようにこの曲は赤い公園の3枚目のシングルの二曲目に収録されています。一枚目のシングルには「のぞき穴」と「娘」の二曲だ収録されていますが、背表紙に記載されているのは「のぞき穴」一曲だけ。 MVが作成されたのも「のぞき穴」一曲だけです。 2枚目は「今更」、「交信」、「さよならは言わない」の3曲が収録され、背表紙には3曲とも曲名が記載されています。そして、「今更」と「交信」の二曲のMVが作成されており、カバーである「さよならは言わない」を除く二曲は両曲ともA面扱いになっています。 
 「ひつじ屋さん」を含むCDは、カバーの「POP STAR」を除く二曲が背表紙に記載され、また両曲ともMVが作られている事を考えると、前作に続いて両面A面扱いとして制作されたと思われます。 4枚目のシングルは二曲目の「きっかけ」の曲名は背表紙に見られますがMVは作られておらず(プロデューサーは一曲目の「絶対的な関係」含めて亀田さんが担当)、それ以降のシングルは背表紙に記載されるのはタイトル曲のみという事で基本A面一曲と言う扱いと思われます(最後のシングル「オレンジ・Pray」で両面A面扱いが復活)。

『黒盤』(『透明なのか黒なのか』)というミニ・アルバムと、シングル「のぞき穴」みたいなものを感じてもらえたらなと思って作ってるんですけど。「のぞき穴」より全然ポップだと思いますね。成長したなって(笑)いちばん感じてもらえるんじゃないかな。

 上記のインタビューにあるように、津野さんはこの曲を『透明なのか黒なのか』やシングル版の「のぞき穴」の流れの先にある音楽(その流れは『今更・交信』や『公園デビュー』に収録されたよりシンプルでポップな曲達によって一度断ち切られたはずですが)として作曲したようです。  そしてこの曲を、初めて外部プロデューサーを起用した「風が知ってる」と、両面A面シングルとして正面から対比させる意図であったと思われます。 また、それだけ自信がある作品という事になります。

「ひつじ屋さん」は「風が知ってる」より、演奏するにあたってみんなが得意な分野の曲で。それがほかのバンドと逆だと思うんですけど、変な曲ばかりやりすぎて、普通のリズムやメロディが苦手っていうバンドになってしまったので(笑)、すごくナチュラルに出来ましたね。歌詞もメロディも一切の迷いなく最後まで出来ました。私これ、めちゃめちゃポップだと思うんですけど。変ななかにもポップさがないと。このバンド変態だよねって喜んでる人はそのポップな上での変態を言ってますから。それはすごく難しいところで。私たちはその範囲内でやってきたつもりなんですけど、これはちょっと、”お前ら変態好きだって言うけど、これだよ変態は”っていう曲になってると思います(笑)。

M-ON Music  2014年

 上記の発言は要約すると、”「ひつじ屋さん」は今までの黒盤を含む今までの曲よりもポップでありながら、変態度も一番高い”と言っているのだと思います。 ポップさも変態さも基本主観的なものですので比較は難しいですが、上述したように一番気持ち悪く響くAメロが実際には多調では無いのにそう聞こえるようにアレンジされている事、3/4が1小節挿入されているだけなのに変拍子の連続の様に聞こえるイントロや中間部の事であると考えると、決して根本的な音楽ルールはやぶらずに(これを破ってしまうとポップさが無くなる)変態的に聞こえる音楽を完成させた、という所に津野さんの自負がある、と考えるのが自然かも知れません。

──“ママでもパパでもない”というところは、アルバム『公園デビュー』の曲でも歌ってた、子供の頃への思いとかですか?
津野 そうですね。寂しいと書くのではなく、それを代弁してるんですけど。寂しいと感じるところで思い出すのは家族だったりとか。そういう子供心が、満足しないまま大人になってしまっている感じですかね。

M-ON Music  2014年

  ”子供の頃への思い、寂しいと感じるところで思い出すのは家族”という発言がありますが、Aメロは黒盤・白盤から繰り返し使われている”ドレミド音型”の繰り返しです(ブルーススケールなので本来はG♯であるべきところがGナチュラルになっていますが)。

ドレミド音型 (ここではミファソファミ)


3.   「ひつじ屋さん」以降の赤い公園

 このシングルのリリース以降、いわゆるシングルのA面曲は外部プロデューサーの作品が続き、津野さん自身がプロデュースした曲のリリースは旧体制最後のシングルになったJourneyまで待つ必要がありました。 両面A面盤として外部プロデユーサー起用作品とセルフプロデュース作品を並べたリリースへの評価がこの方向性の転換にある程度影響しているのではないか、と私は感じています。