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津野米咲・赤い公園の音楽 39. Beautiful

 「Beautiful」は2019年7月4日のYoutube Liveで初披露され、その演奏は『THE PARK』の初回限定版に付属されていたCDに収録されています(また、ラストライブのBlu-rayの初回限定版には同じ演奏の映像版が収録されている)。 同年11月から行われた全国ツアー『FUYU TOUR 2019 "Yo-Ho"』でも演奏されていますが、スタジオ録音の音源は現時点ではまだ発表されていません。 7月4日のYoutube Liveでは、津野さんはいつもの通りオールローズのストラトキャスター”べんぞう”を弾いていますが、藤本さんはセミアコースティックのベース、歌川さんもカクテルドラムを演奏しているので全体的にアコースティックな響きになっています。 そもそもこの日演奏された5曲(すべて新曲)はそれまでの赤い公園の楽曲と大きく異なるイメージ(一聴するとクセがなく普通だが、一方でJ-POPと言う枠も逸脱してしまっているように聞こえる)でしたが、短い「衛星」に続いて演奏されたこの曲は、アメリカのソウルバンドが演奏している曲のようにすら響き、とても驚いた記憶があります。一方FUYUツアーでは通常のバンド編成で演奏されていますが、ベースやドラムは基本的にYoutube Liveの際のアレンジと大きく違わなかったように思います。
 曲自体は赤い公園の作品としてかなりユニークな部類に入ると思うのですが、冒頭、ギターとベースのオクターブユニゾンで演奏される音型が全曲を通じてベースで休みなく、かつ、ほとんど変化なく繰り返されます。 その繰り返し自体は例えば「Highway Cabriolet」も同様なのですが、この曲でユニークなのは、変化しないベースラインの上で自由に奏でられる(ように思える)津野さんのギターがボーカルのメロディとの間を埋めていく事で、音楽が大きく変化していく事だと思われます。


1. 「Beautiful」の特徴

 同期なしの演奏ですがBPMは130くらい。 冒頭で奏でられるギターとベースのオクターブユニゾンだけを聞くとC Majorのように聞こえますが、おそらくD minorのキーと思われます(後述します)。 Aメロ以降もベースは基本同じ音型を繰り返しますが、ギターはかなり自由に動きます。 Aメロ、サビを2回繰り返した後、ギターソローからそのままエンディングに向かうというかなりシンプルな構成の曲です。

イントロ

「Beautiful」のイントロ部分

 冒頭のギターとベースのユニゾンだけを聞くと、非常に明るい、翳りのない音楽に聞こえますが、ボーカル(”B、B”と繰り返し歌っていますが、実際の音がA(ラ)なのがちょっと面白いです)が入ってくると音楽は一変します。 4小節の繰り返しパターンですが、1-2小節目はベースのGに対してボーカルのA(9度)、ベースのCに対してA(6度)で津野さん好みの音程、3-4小節目はベースのAに対してA(8度)、ベースのDに対してA(5度)と安定した響きになります。 ただ、この時点では音楽がどこに向かっているのかちょっと分からない感があります。

Aメロ

「Beautiful」のAメロ部分

 ベースのフレーズだけでは調性がよくわからない上に、津野さんのギターも前半では3度の音を弾かないので和声の正体がはっきりしませんが、冒頭がG9のコードになる事はわかります。 また、2度目の繰り返しでは(上記譜例の5小節目)津野さんがB♭の音を弾いているのでどうやらこれはGm9のコードのようです。 イントロ部分では冒頭のGのコードはGメジャーだと思って聞いていると(私はそう聞こえます)ここで少し驚くことになります。 また、純粋にメロディだけを聞いていると最初の3小節だけで10回も出てくるF(ファ)の音が4小節目でいきなりシャープする(F♯)のもかなり面白いです。

「Beautiful」Aメロ後半

サビ

 サビに入ってもベースラインは変わらずに同じフレーズを弾き続けます。 ボーカルのメロディは今までと大きく変わりませんが、ベースラインがDメジャーのコードを示唆する上でボーカルがF♮(ファ)を歌っていたり、かなり独特な響きになります。 さらにその上で興味深いのは津野さが弾いているギターのコードです。 ライブ収録されているギターの音は所々はっきりとは聴き取りづらいのですが、下記の譜例のような音に聞こえます。
       C→D→F→C→D
 このコード進行は正直なところベースラインともボーカルラインともかなり乖離していて、津野さんが一人だけ違う音楽を弾き始めたようにすら聴こえます。 2度目のサビではさらに違和感が強い部分がありますが、そこではもしかしたら津野さんが音を取り違えている可能性もある(ライブですので)かもしれません。

「Beautiful」のサビ

ギターソロ

 2度目のAメロとサビは一度目とほぼ同じ繰り返しです(2度目のAメロからサビに入る部分で2小節にわたるボーカル中心のブリッジが挿入されている以外)。 2度目のサビに続いてイントロと同様のベースラインと石野さん・歌川さんによる”B,B"の繰り返しに乗せてギターソロが始まります。 そして、この部分で初めて「Beautiful」という曲の背景で続くベースラインの上で本来意図されていた(と思われる)コード進行が明らかになります。 このコード進行はGm7→C7→Am7→D7で、上記サビの部分で全く同じベースラインに乗せられていたコードがC→D→F→C→Dという事を考えると両者の隔たりの大きさに驚かされます。

「Beautiful」のギターソロ

2.自在に変化するアレンジ

 「Beautiful」は上述の通り『FUYU TOUR 2019 "Yo-Ho"』でも演奏されています。 このツアーの目玉はツアー名の一部になっている「Yo-Ho」だと思いますが、この曲のライブ演奏は非常に圧巻でした。 キーボード無しの編成でのライブという意味では前年のre:firstツアーと同じでほとんどの曲がギター、ベース、ドラムという超基本的なバンド編成で演奏されていました。 その中で「Yo-Ho」はバンド編成から一挙に離れて、津野さんがフレーズサンプルを割り付けたパッド(だったと思います)、藤本さんがシンセベース、歌川さんがドラムパッドをリアルタイムで演奏することで打ち込みトラックで構成されているこの曲を再現していました。 結果として、この時の演奏はCD音源よりも更に音程感や和声感が弱い演奏になっていて、また違う魅力を発揮していたと思います。 面白いことに、『0日目』で演奏された「Yo-Ho」はCD音源とも『FUYUツアー』とも全く違うアレンジになっており、最もポップで分かりやすい音楽になっていました。
 旧体制ではCD音源をできる限り忠実に再現する為に同期を使ったり、初期にはそれとは逆にライブ演奏を忠実にCDに録音するために出来る限りスタジオで手を加えなかったり(『公園デビュー』)という強いこだわりを見せていた津野さんですが、新体制では曲のアレンジを積極的に進化させて行く様子が伺えます。 旧体制の曲(特にプロデューサーを迎えてアレンジした曲)はそのままギターとベースだけでは再現不可能な為、大胆にアレンジされていますが、基本同じ編成で演奏された「Beautiful」が全くと言っていいほど違うアレンジで演奏されていたのは注目に値すると思います。 

FUYUツアーの「Beautiful」

 イントロは基本Youtube Liveと同じ、Aメロもさほど変わらないのですが、サビで津野さんが弾くギターのコードが全く違っていました。 上述した”本来意図されていたのではないかと思われるコード進行”、ギターソロの部分で津野さんが提示しているコード進行が、FUYUツアーの演奏れはそのままサビの部分に使われていましたと思います。 この変更による曲のイメージの違いは圧倒的で、Youtube Liveではかなり混沌として分かりにくい響きであった曲がここでは一挙に分かりやすい、Popな音楽に変貌しています。 具体的なイメージは、下記の比較ビデオでお聴きください。

 
 こうして聴いてみると、冒頭から鳴り続けているベースのフレーズの繰り返しや、その上のコード進行はおそらく津野さん自身が自分のルーツとなる音楽の一つに選んでいる、Earth, Wind & Fireの「Let's Groove」にインスパイアされているのではないかと思います。 これはあくまで私の想像ですが、これが本当だったとすると、Youtube Liveの演奏のサビの津野さんのギターはあえて大胆なコードを選んでいるのかもしれません。