見出し画像

津野米咲・赤い公園の音楽 12. のぞき穴

 前回のオレンジの記事で、赤い公園の曲のアレンジについて書きましたが、今回の”のぞき穴”はシングル版と”公園デビュー”に収録されたアルバム版のアレンジが異なっており、聴き手が受ける印象もかなり大きく異なります。 シングル版は2012年9月17日にリリース(前作であるミニアルバム”ランドリーで漂白を”の四ヶ月後)、一方で”公園デビュー”は2013年8月14日のリリースなので、間に一年近い時間が経っていますが、これは津野さんの健康上の理由での活動休止期間を挟んでいる事が理由の一つです。 そして、この活動休止期間中に赤い公園の音楽はいろいろな意味で変化しているようですが、二つのバージョンを比較する事でこの変化のポイントが見えてくるのではないかと思います。

1. のぞき穴

 ”公園デビュー”リリースの際にオフィシャルサイトに掲載されたセルフライナーノートの中で、津野さんは以下のように語っています。

ギターに関して言えばとても簡単で、でも他の楽器と混ざると複雑に聞こえるという不思議な曲です。とても私たちらしい曲です

赤い公園オフィシャルサイト(旧)

 演奏がある意味簡単であるというのはギターに限らずベースやドラムに当てはまり、タイトかつジャストに演奏する事は困難ですが、勢いに任せて演奏しても迫力のある仕上がりになるように作曲されているという意味では、初期の赤い公園の中でも比較的珍しい位置にいる曲だと思います。 ライブの際に津野さんと藤本さんがかなり自由に動き回っているのも、演奏自体が比較的単純である為と思われますが、逆にライブでの演出を考えて曲自体は意図的に簡単に演奏出来るように作曲しているのかもしれません。

 曲の構成は、イントロ(サビのコード進行、シングル版は無し)→Aメロ→2小節の経過部→サビ→間奏→サビ繰り返し→アウトロという構成です。 全体を通して半音階が多様されており、Aメロのギターコードは半音での上行下降に終始します。 また、中間部でもアルバム版ではピアノで奏でられるフレーズは半音の上行下降を繰り返した後最終的には半音で上行してギターソロに繋ぎます。

間奏部分のピアノの半音上行。 ギター及びベースのフレーズも半音階の上下行

 おそらく一番印象的な部分(滅菌臓器に留めて殺せ!)はたった二小節で、全曲を通して一度しか出て来ません。 全体がEマイナーの曲の中でこの部分だけが半音高いFメジャーになっています。 このメロディは非常に印象的でこの部分だけ取り出せばTVコマーシャルのジングルとしても使えそうな程の印象ですが、この後に続くサビのフレーズを長調に転調した物に基づいています。 サビより前にその長調への変形を使うというのはかなり面白い発想だと思います。

サビ前の印象的なFメジャーのフレーズとEマイナーのサビ


2.シングル版とアルバム版の比較

演奏上の相違点

 基本BPMは両曲とも約145で、クリックに合わせた演奏と思われますが、リズムとテンポの安定度が違い、シングル版に比較してアルバム版では特にリズム隊の演奏能力が大きく向上している様子が伺えます。

音楽上の共通点

 アルバム版はサビのコード進行を用いたイントロがあり、シングル版はいきなりAメロから始まるという違いをのぞくと、全体の構成、小節数、BPMは完全に一致します。 ボーカルのメロディとコーラス、ギター、ベース、ドラムの各パートも、ギターソロのメロディに至るまで基本的には同一で、唯一の大きな違いはAメロのベースのパターンがアルバム版は裏打ちが入って少しリズム的難易度が高くなっているようです。

Aメロベースパターンの比較

 その他の違いは、基本となるバンド演奏の一部のパートを強調する音の追加、効果音等のあり無しなので、シングル版にイントロを追加して、バンドのベーストラック以外の音を取り除くとアルバム版になる、と言っても過言では無いと思います。

音楽上の相違点

イントロ ー シングル版は無し、アルバム版はサビのコード
Aメロ ー シングル版のボーカルは多重録音で一小節ずつの掛け合い
サビ ー シングル版は無調的なギターが入る
間奏部 ー シングル版はピアノのグリッサンドと叫び声のようなSEの追加、アルバム版のピアノの音型にオーケストラヒットのような音が重なる

 基本的に違いの多くは間奏部分に集中しており、歌中心の部分には音楽的には大きな違いがない事がわかります。 一方で、間奏部分の差は非常に大きく、これによって全体を通した印象が大きく変わっているようです。
 このように比較してみると、”ランドリーで漂白を”の直後にリリースされたシングル版は、”バンドで一度完成形の音を録音し、その上にいろいろな音を津野さんが重ねていく”、と言う黒盤白盤の手法の延長線上にある事が分かります。 重ねられた音の効果、曲全体に与えるインパクトという意味では、前作より更に一歩進んでいると言えるのではないでしょうか。 全体の演奏の完成度という意味では明らかにアルバム版のほうが上と思いますが、後に発売されたベスト版(赤飯)では、こちらのシングル版のほうが採用されており(こちらはニューヨークのSterling Soundでリマスターされているので音シングル収録版と比べて音の抜けが若干良くなっているように感じます)、津野さんがこちらのバージョンに愛着を持っていたのは、下記のインタビューからも分かります。

最初のシングルだからやりたい音楽性を思いっきりやってる曲ということで「のぞき穴」を出して

音楽ナタリー 2013年8月14日

 一方で、アルバム版は、ギターソロの前の間奏部に入っているピアノを除くと、ギター・ベース・ドラムスの3人でライブで演奏出来る音だけが残されているようです。 ピアノが奏でるメロディは、リズムは違いますがギターでも演奏されているので省略してしまったも音楽としては成り立ちます。 ライブではこの部分でボーカルの佐藤さんが客席を煽りながらギターソロへのカウントダウンを行なって音が足りない部分をカバーしているようです。 ”熱唱祭り”の際は、この部分でメンバー紹介を行なっており、それに応える形で観客から上がる歓声がまるでシングル版での”叫び声のような効果音”のように響いて面白い効果をあげています。
 また、ギターソロの最後の部分で半音階的に下降してくるギターの裏で鳴っている高い音はピッチシフトをかけたベースの音と思われ、ライブでもそのまま再現されています。

 下記のビデオは、シングル版とアルバム版の違いを比較したものです。

3. 休止期間を経て、第一期赤い公園の集大成へ

 休止期間はシングル版の”のぞき穴”をリリースした後の2012年10月から約8ヶ月間と言われていますが、2013年3月には”今更・交信”、”公園デビュー”のレコーディング、5月1日に”今更”の配信リリース、5月5日には”大復活祭”として渋谷CLUB QUATTROで新曲を含むライブを行なっているので、実際にバンドとしての活動を休止していたのはそれほど長い時間では無いと思われます。 また、FanplusMusic 2013年8月16日付のインタビューでも分かる通り、この期間中津野さんは作曲と続け(コンペの結果SMAPのシングルとして採用された”JOY"もこの期間中に作曲されています)、佐藤さん、藤本さん、歌川さんの3人もそれぞれテクニックの向上を目指して練習をしたり、ソロでライブを行ったり、音楽に関わり続けていたようで、この結果が”公園デビュー”に収録された”のぞき穴”の非常にタイトで迫力のある音に現れています。 また、下記のインタビューにあるように、リヴァーブ、ディレイを少なくし、音数も意図的に少なくしてクリアで耳触りの良い音を目指した事もシングル版との差の大きな原因でしょう。

今までのミニアルバムでは自分のコアな部分に近づけることに重点を置いたというか、違和感の部分に重点を置いてやってきたんですけど、今回はとにかく耳触りをよくしたくて。聴く機器を選ばないスタンダードな音作りをしたいというか……たとえば“のぞき穴”はもっと治安の悪い音にすることもできたし、“交信”はもっとゴージャスにすることも、“体温計”はもっと質素にすることも、“カウンター”をもっとパンクにすることもできたんです。でも、それはやらなかった。だから今までに比べたらリヴァーブ、ディレイの量が圧倒的に少ないんです(笑)。音の質感をめちゃくちゃドライにしたし、クリアに聴こえるようにしたし、音数も増やし過ぎないようにしたし

MUSICA 2013年8月21日

 そして、この時点で津野さんは、赤い公園が新しいフェーズに入る事を明確に意識していたようです。 ”公園デビュー”の収録曲については別の稿で追って触れていきますが、シングル版を経由してこそ作られたアルバム版の”のぞき穴”こそが第一期の赤い公園の集大成であると言えると思います。

津野 私の中ではこれまでライブでやってきた曲たちを音源にしたことで、ようやく燃やして灰を空に撒くことができるみたいな感覚があって。フルアルバムに入れることでしっかり弔うことができるから、次に進めるみたいな。
──つまり、第1期集大成なんだよね。
津野 そうそう。今、ここにいる私たちはもう第2期に入ってるんですよね。
──第1期って、それこそデビュー前に立川でライブしてたころから、活動再開までって感じですよね。
津野 まさに。今までの音源の中で一番ライブと密接な関係性を持ったアルバムでもあると思います。

音楽ナタリー 2013年8月14日

4.  のぞき穴以降の赤い公園

 ”白盤”、”黒盤”、”のぞき穴”と過剰な程に音が重ねられ、良い意味でも悪い意味でも弄りまくらていながらも、原初的な力に満ち溢れている独特な音楽を追求していた赤い公園は、この後方向性を意識的に変えていったようです。 ”公園デビュー”以降、ある意味もっとシンプルで聞きやすい音楽の方向に重点を移していったように思えますが、私は、津野さん自身が録音された音源とライブ演奏の間に違いがある事に(少なくとも当時は)なんらかの強い抵抗感・違和感を持っていた事が大きく関係していると考えています。 それは、津野さん自身がギター演奏者としての技量に当時まだ限界を感じていたであろう事とも関係しているのではないかと思います。
 実際、”公園デビュー”の収録曲は殆ど全てがそのままライブで演奏できそうなアレンジになっています。 一方で、ライブで同期を使う事の効果を確認した後(”風が知ってる”以降)は、佐藤さんの脱退までの間は、再度いろいろバンド演奏以外の音を重ねる方向に戻りますが、全体としての音楽は”のぞき穴”までとは大きく違う印象になっています。