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津野米咲・赤い公園の音楽 30. journey

 2017年初頭に、”2ヶ月おきに3枚のシングルをリリースする”という発表がありました。 『ランドリーで漂白を』発表後にも同じようにシングル3枚連続発売というアナウンスがありましたが、その時は津野さんの体調不良による活動休止の影響もあり一枚目の『のぞき穴』がリリースされたのみで終わっています。
 今回は2月に『闇夜に提灯』(蔦谷好位置さんプロデュース)、4月に『恋と嘘』(亀田誠治さんプロデュース)をリリースした後、6月にシングルとしては『のぞき穴』以来初めてとなる津野さんセルフプロデュースの『journey』がリリースされます。

シングルでは久々のセルフなんですけど。 実は並行してアルバムの制作も進めてるんですけど、何故か今回のタームは、曲を作ってる中で自然とセルフプロデュースでやるものが増えてきていて。 あの”放蕩”(『闇夜に提灯』のカップリング)をセルフプロデュースで作り切ることが出来たのが大きかったんだと思う。 ー 私達がメジャーから一番最初に出した黒盤って、やっぱり赤い公園でやりたいことが結構詰まってるんですけど、”放蕩”を作れたことで、あの頃からやりたかったことが的確に表現出来るようになってきてるなっていう実感が持てたのは凄く大きかったかもしれないなと思います。 (中略) ただ、”journey”に関しては本当に大変でした(笑)。 4人でスタジオでやり始めてから完成にいたるまでが、ものすごく長かった。

MUSICA 2017年7月

1. 「journey」の特徴

4/4拍子、B♭メジャー、転調なし、BPM 90(ゆらぎあり)

 この曲は、前年(2016年)の末ごろにアコースティックギターを弾きながら作曲したそうです。 普段家にアコギは置いていなかったが、レコーディング用に借りていたギターを家に持ち帰っていて”それを弾きながら歌っていたら出来た”。 イントロのB♭→G♭→D♭→Fというコード進行はいかにもギターらしいのですが、そこに乗るギターのメロディはバッキングのコードの対してテンションが高く、特に二度目の繰り返しでG♭のコードのラ♭の音が重なる部分はとても美しく響きます。 

「journey」のイントロ部分

 初めて聞いた時に驚いたのは歌い始めのメロディです。 非常に特異な落ち着きのないメロディで、正直気持ち悪いように思いました。 冒頭の二小節で一番では”道草ばっかしてたね”、二番では”道草なんてやめたね”と言う歌詞を歌う部分のメロディは一小節目ではレファソラで、B♭の構成音であるレファに続いてベースに対して6度のソ、長七度のラ、二小節目はE♭7-5のコードの上でレファソファのメロディでベース音に対して短二度にあたるファの音に落ち着きます。 ピアノで作曲しているなら、これはいつもの津野さんらしい、という感じなのですが、ギターでコードを鳴らしながらこのメロディを思いつく事には素直に感動してしまいます。 このメロディの落ち着きのなさはまさに”道草”そのもので、歌詞に合わせてこのような特殊なメロディを作ったとしか自分には考えられません。 面白い事に、3小節目から先の歌の部分ではこのような特異な音程は全く見られず、コード進行の流れに沿った非常に分かりやすく美しいメロディが続きます。

「journey」の歌の部分。 冒頭二小節な”道草”っぽい部分とそれに続く美しいメロディ

 サビの直前にちょっと変わった響きが出てきます。 CmからE♭mへ進行するコード進行は「風が知ってる」のBメロでも出てくるもので、さらに深いところに沈んでいくような効果があるのですが、この部分で津野さんはE♭m7の分散和音を弾き始めるように聞こえますが、最後のCの音を響かせる事で実際にはE♭m6のコードになります。 サビに入る直前のこの部分はとても美しく響きます。

サビ直前の美しい分散和音

 サビもABメロに続いてスムーズな和音進行とそれに乗った流れの良いメロディが続きますが、最後の二小節でCm→A♭m→Cm→E♭mという独特な動きを見せ、イントロの激しいコード進行に戻ります。 

 このように見てみると、この曲は激しく変化するコードとそれに乗るテンションの高いメロディというイントロ部分と、素直で流れの良い歌部分という大きく分けて二つの部分から成り立っています。 歌の開始部の二小節とサビの終了部の二小節はその激しい流れの影響を受けて歌い手が”動揺を隠せない”ように響くのが面白い部分です。

2.津野さんのデモとバンドアレンジ

 私はこれがシングルになったらいいなとおもってたんだけど、実はまわりの反応は結構薄かったんですよ。だから一時は違う曲がシングル候補になったりもしたんですけど、でもメンバー4人共、やっぱりこの曲をシングルにしたいねっていう話になって。それで、周りの人達を納得させるために、4人でコツコツとこの曲を育てていったんです。私が作ったデモのアレンジはフワフワしてたんで、4人でスタジオにはいってああだこうだやって、アイディア出し合って作り上げていって…だから私以外の3人が考えたアレンジも結構はいってるんですよね

MUSICA 2017年7月号

 以前の津野さんは”基本デモは自分で作りこんでメンバーに渡して、それを耳コピしてもらう。なので音符自体は自分の音なのに、実際にメンバーが集まって演奏すると想定外の事が起きる。そこがバンドとして面白い”と発言しています。 この”想定外の事”というのが具体的に何を意味するのかははっきりとは分からないのですが、過去のインタビューを見ていると黒盤の収録曲でも”津野さんのデモは割と穏やかな音”だとメンバーは発言しています。 「NOW ON AIR」についても、佐藤さんが”デモはもっとポップな感じだったけど、蔦谷さんがアレンジしてロックになった”と回想しており、また、上記のインタビューでも「journey」のデモのアレンジは”フワフワしてた”と自ら語っているので、実際のデモ音源とバンド音源の差は(少なくとも私が想像していたより)大きいのかも知れません。
 そういった意味では、藤本さんと歌川さんの赤い公園サウンドへの貢献度について改めて考え直してみる必要がある、と思っています。 特に初期の曲ではアレンジの音数が少ない事もありベースの存在感が非常に大きいのですが、このベースラインや音色が赤い公園の響きの大きな部分を占めているのは間違いありません。
 

そこが「journey」といつもの作曲ワークとの確固たる違いみたいなものっていうことなのかな。今までの赤い公園の曲と比べてみても、この曲が一番バンドじゃないと出来ない、バンドっていうものが持ってるパワーがないとできない曲で。それが一目瞭然っていう曲は初めてなのかもしれないです。この曲はどう考えてもひとりじゃできないですもんね。

MUSICA 2017年7月号

 上記のインタビューは津野さんの本心だと思うのですが、この内容には個人的には疑問があります。 特に『公園デビュー』以前の曲達はどれをとっても”バンドじゃないと出来ない”曲だと思われ、”ひとりでできる”曲達とも思えないからです。 津野さんの発言の趣旨が”作り上げるプロセスにおいてバンドがいないと出来なかった”という事であればある程度は同意できるのですが。 津野さんにとってこの曲は”初めてメンバーと対等に曲を作り上げた”という実感があったという事なのでしょうか。
 このシングルのレコーディングが終了した後、『熱唱サマー』の制作プロセスが本格的に始動したようですが、アルバム収録曲は「journey」のような如何にもバンドらしい響きの曲はほとんどなく(高校生の時に作った「ほら」は例外でしょうか)、『純情ランドセル』の延長のような作りこまれた音が印象に残ります。 津野さんとしては、セルフプロデュースでもこのような音が作れる事に前作とは違う手ごたえを感じていたのかも知れません。 
『熱唱サマー』発売後、佐藤さんは脱退し、3人での実験的な曲作りを経由して新体制に至りますが、新体制が”バンドらしい”響きを改めて作り上げるのにはある程度時間がかかったように思えます。 個人的には、新体制がバンドとして空前のレベルに到達したのは『THE PARK』発売後、”ゼロ日目”のライブであったと思います。