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津野米咲・赤い公園の音楽 25. 木

「木」は、『猛烈リトミック』の最後に収められた、津野さん自身でプロデュースを手がけた3曲の内の1曲です。 

赤い公園が演奏して、歌ってカッコいいと思うものをストレートに表現した曲です。本を閉じるときって、パタンって無機質な音が鳴るじゃないですか。それを表せたらなって。あと、熱心なファンの方は気づくかもしれない“ある秘密”が隠されてます。

『猛烈リトミック』特設サイト

 この、”ある秘密”(「木」の歌詞は『透明なのか黒なのか』、『ランドリーで漂白を』に収録されている無記名の曲の中の言葉や歌詞から構成されている)がある意味有名になり過ぎてしまい、曲自体に対する評価よりも謎解きのほうに聴き手の興味が集中してしまったようにも思えますが、独特でありながら非常に魅力的なメロディラインを持つ完成度の高い曲だと思います。
 デビュー前から完成していた曲だという事ですが、このCDが発売されるまでライブで演奏された記録はなく、このアルバムのプロモーションツアーのオープニングで演奏された以外ではほとんど演奏されていない(アレンジは比較的シンプルなのでライブ演奏の難易度は決して高くないように思われるのですが)理由が気になるのですが、残念ながら現時点では分かりません。 ただ、『猛烈リトミック』の中でもかなり浮いた感じのある曲であり(それも狙いの一つと思いますが、「NOW ON AIR」で始まったアルバムがこの曲で終わるのはインパクトが強いですね)、以降にリリースされた曲がどんとんJ-POPの王道ともいえる明るい曲調になっていく為、ライブセットの中の置き場が難しくなった曲ではあったと思います。

1.  「木」の特徴

Dマイナー、BPM 137(ゆらぎあり)

イントロ(3/4拍子)→Aメロ(3/4拍子)→Bメロ (4/4拍子)→サビ(4/4拍子→3/4拍子)→間奏(3/4拍子、イントロのパターン)→Bメロ (4/4拍子)→サビ(4/4拍子→3/4拍子)→アウトロ(3/4拍子、イントロのパターン)

サビはAメロのメロディを拡大したイメージの前半部分と、唐突にテレビのジングルのような響きになる部分(”応急手当をして”)、そして3/4拍子に戻る部分(”3時までに”)の三つの部分に分けて考えたほうがイメージを掴みやすいと思います。  サビ1(4/4拍子)→サビ2(4/4拍子)→サビ3(3/4拍子)

イントロ・アウトロ・Aメロ

 二拍子に聞こえるギターのフレーズで始まり、途中から入ってくるドラムのキックで実際は3/4拍子の曲である事が分かる仕掛けになっており、このギターとベース・ドラムのリズムのズレた印象はAメロが終わるまでそのまま続きます。 このリズムのトリックは後の「絶対零度」で更に洗練された形で使われています。

イントロ部分
Aメロ

Bメロ

 最初の1小節(”有名”)は3/4拍子で2小節目(”だ”)から4/4拍子に変わります。 音階に沿ってどんどん上昇していくメロディ。

Bメロ 二小節目から4/4拍子に変わる

サビ1

 サビ1はAメロの延長線上ですが半音階的な動きを含む緊張感の強いメロディを持っています。  サビの繰り返しの際の”おやつは要らないから”の部分はコード進行が1度目と異なり、より陰影の深いものになっています。

Aメロとサビの関係

サビ2

 ここでメロディのイメージは今までと大きく代わり、半分ふざけたような、テレビやラジオのジングルのように響きます。 メロディの種類としては「のぞき穴」の”滅菌臓器に留めて殺せ”の部分のメロディに近く、全体の流れの中での唐突感も同じような効果があると思います。 そして、この部分では非常に大胆な不協和音が使われています。  半音離れた音を同時に鳴らす事は赤い公園の曲でもしばしば見られる特徴ですが、一つのフレーズの中でメロディと伴奏で半音のぶつかりが複数回現れ独特な効果をあげています。

サビ3

 ”3時までに”と歌うタイミングで曲も3/4拍子に戻り、そのままイントロのパターンに続きます。 この部分は1小節だけです。

サビの部分

リズムのトリック

 「木」のリズムのトリックをまとめると下記の二点になります。
ー イントロは二拍子と三拍子どちらにも聞こえるように作曲されている。
ー AメロからBメロに移行する際にメロディの譜面割(音値)は変えずに冒頭に一拍の休拍を置くことで三拍子から四拍子にスムースに移行する(「ひつじ屋さん」で、メロディのリズムは変えずに小節の冒頭の休拍を省略することで三拍子に変わる手法の反対)。
 
 もう一点、これは筆者だけの思い込みの可能性も高いのですが、イントロや中間部のドラムのパターンは、ベースのリズムを聞けばシンコペーションを駆使した3/4拍子に聞こえますが、ドラムのパターンだけを取り出して聞いてみると、実は4/4拍子にも聞こえてきます。 キックのパターンは常に四分音符のベタ打ちで、拍の頭のアクセントも意図的につけていないように聞こえる為、このように聞くと、ギター、ベース、ドラムがそれぞれ完全にバラバラなリズムを演奏しているようにも聞くことが可能です。 イントロのドラムソロは三拍子換算で16小節=48拍ですが、これを四拍子換算すると48÷4=12小節になり、計算としては成り立つことになります。 これは、「消えない」の一部分で四拍子の曲に対してドラムのみが三拍子のリズムを叩いているように(も)聞こえる手法と共通のものに思えます。

2. 『透明なのか黒なのか』、『ランドリーで漂白を』の無記名曲との関係

 上記のように曲を分割してみると、その部分の歌詞が下記の図のように『透明なのか黒なのか』、『ランドリーで漂白を』収録曲の言葉とぴったりと合致する事になります。

木の構造と無記名曲との相関関係

  無記名曲のそれぞれについては、下記の記事をご参照ください。

歌詞以外の(曲のタイトル、内容等)関連性については不明ですが、下記のように一部で相互に共通点が見受けられます。

  • ”有名だ 病は気から成るの”部分でバックに女声の吐息あるいはため息のような音が聞こえますが、これは「season of mine」およびそれに続く「透明」で聴ける音に近似してるように思えます。

  • ”有名だ 病は土から還る”の部分のバックに小さく聞こえるコーラスは「Prism on the picture vol.16」のアカペラを想起させます。

  • ”応急手当てをして”の曲調はテレビやラジオのジングルのようで、「Somewhere over the wink」の曲調と共通点が感じられる。

  • ”3時前に”の部分のメロディ・リズムは「please please love mode」の声のリズムや音程感と近似している。

無記名曲の内容(概要)

――ちょっと話が逸れますが、曲を作ってるときに絵とか浮かびます?
津野 「浮かびますね。数字とか色とか」
――へ~、数字が浮かぶって人は初めてです。例えば「木」は?
津野 「紺色の明朝体の6です」

2ndアルバム『猛烈リトミック』インタビュー CD Journal 2014年9月24日

3.  本をパタンと閉じる

そうですね……これはデビュー前に書いたもので、それこそ、“病は気から”って言うけれども、気とかじゃなくて普通にポンポン病がくる感じが自分はしていて。まあ、今はそんなこと考えないですけど。それをどうにか歌詞にしようと思って、でも、そのときはCDを出すとか出さないとか、そんな話もなかったぐらいの頃だから、まあいいやーってなって。なんか、それこそさっきちーちゃんが言っていたような、絵本を説明する、じゃないけど、とりあえず木の絵を描いて、それをじっと見ながら歌詞を書いていたんですけど(笑)。で、これ、自分にしかわからないような、自分でも言葉で説明するのが難しいような歌詞だから、ずっと曲として出せなかったんですけど……出せなかったんですけど、今回、アルバムの最後にぴったりなんじゃないかと思って、持ってきました 

赤い公園『猛烈リトミック』インタビュー NEOL 2014年9月30日

『猛烈リトミック』の最後を飾る「木」は、抽象的な中身の詩及び実際に作曲された時期を反映した作曲法の独特さにより、全体的には明るいJ-POPのアルバム*の中で唯一異質な存在です。 一曲前に置かれた、前作『公園デビュー』の流れを比較的残している「風が知ってる」に導かれ、また、「無名曲」の歌詞に導かれて聴き手は一挙にデビュー当時の赤い公園の音楽の世界に連れて行かれます。
 冒頭に引用した津野さんの発言からも読み取れますが、「木」という曲は自身の幼い頃の思い出を中心に作られた『透明なのか黒なのか』から『公園デビュー』に至る初期作品に今度こそ別れを告げ**、音楽的に大きく変化していく事、そして自身の過去の思い出とも訣別する、という意志を込めてここに置かれていると考えて良いのではないかと思います。 この曲の事を”赤い公園が演奏して、歌ってカッコいいと思うものをストレートに表現した曲です”、と語っている事について改めて考えてみると、この決意は、”自分がこの曲を赤い公園でやるのはカッコ悪いなと思ったとしても、聴衆がそれを求めるならば躊躇なくやっていく”という覚悟の表明であると言えないでしょうか。

 『猛烈リトミック』は収録曲が15と、かなり多いのですが、過去に作った曲は思い切ってここで放出してしまったようで、津野さんは”曲のストックが無くなった”と冗談半分に言っています。 実際、この後でリリースされた新曲で明らかにデビュー前に完成していたのは『純情ランドセル』に収録された「ナルコレプシー」と「おやすみ」、『熱唱サマー』に収録された「ほら」の3曲だけと思われます。 藤本さんが作詞している「ナルコレプシー」はメジャーデビュー前にライブで数回演奏されていますが、「おやすみ」は津野さんが高校1年(15歳の時)に作られた赤い公園結成より遥かに前の曲であり、「ほら」は津野さんが高校の時に組んでいたバンド用に作曲した曲で(作詞は当時のメンバーでボーカル担当だった方)、それを津野さんが加わる前の赤い公園の前身のバンドがコピーして演奏したりという事があったようですが、純粋な意味での赤い公園のオリジナル曲ではありません。 それまで赤い公園のライブで演奏されて音源としては録音発売されなかった曲はまだいくつかありますが、それらは最後まで正式にスタジオ録音される事はなかったので、「木」は文字通りデビュー当時までに作曲・演奏されていた赤い公園の曲の中で録音された最後の曲という事になり、これを持って赤い公園の第一章は遂に閉じられたと考えても良いと思います。


*前回の文章に書いた「ドライフラワー」について津野さんは”一番暗い曲”と語っていますが、その暗さはある意味”作り出された”暗さであり、プロデューサーの意向もあるのか曲としては少々大袈裟かつ演劇的(メロドラマ的)に響く為、個人的にはJ-POPの枠を超えないものに思えます。

**津野さんは「公園デビュー」で過去に別れを告げたと発言していますが、全てを忘れる事は出来なかったのでしょうか。