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恐縮ながら自己紹介

気が付けばこの業界に携わらせて頂いて11年。

30歳で自分のサロンを持つとは
10代のときの私からしたら全く想像しておらず。

ここまでのプロセスの振り返りも兼ねて。

自分自身の深い部分も載せるに辺り
恐縮ではございますが課金制にしている箇所があります。
ご興味ある方はぜひ…!





人生テキトーなモットーの10代


当時から自分の肌に対するコンプレックスは
人1倍強く持っていたので〝 人体実験ですか? 〟
という程、顔はひとつしかないのに
コスメやらスキンケアでコンプレックスの塊を
どうにかしようとする日々。

あれもこれもと手を出すことはあっても
仕事にしよう!と当時は思うこともなく
【信念】なんてものも無縁で
学校行くよりバイト大好きな青春時代。


当時16歳ご覧の通り、時代…物語ってますね。笑



結婚→妊娠出産2回を経て社会から孤立してる?の不安に駆られる



元々家でジッとしていられない性格。
なんせバイトしまくりの10代だったので
子供たちの側にずーっと居たい。と思う反面
社会となんか繋がっていたいと思うこともあった頃。


当時また登場したばかりのスマホと戦いながら
なんとか社会に置いていかれないように
と子育てをしながらも思うのでした。

このときもスキンケア、コスメ好きは健在。




旦那さん単身赴任でワンオペ育児開始



そんな中旦那さんは転職により東北へ単身赴任となり
娘が年少へ上がると同時に息子(1歳)
と共に保育園デビューをし、
高校時代からしていた歯科助手で社会復帰。


旦那さんは仕事柄大型連休しか帰ってこれなかったので
年中無休のワンオペ育児。



小顔矯正とハーブに出会う



当時まだインスタを駆使しているサロンさんは少なく
ビフォーアフターも珍しいくらいだったのですが
ある日、たまたま見ていたインスタで目に留まった
小顔矯正とハーブトリートメントのビフォーアフター。


顔の歪みと肌荒れコンプレックスな私は
すぐに先生の施術を受けに。
それまでの私は

エステ=広告以上の金額がかかりそう…

コース勧められそう…

皮膚科=最低限の処置

というイメージが勝手に先行してしまい
専門の方に相談するという概念がありませんでした。


なのにも関わらず、先生の実際に施術を受けて
小顔矯正でお顔の印象が変わり
ハーブトリートメントで長年悩んでいた肌荒れが
スーッと落ち着いてきたんですね。


何故もっと早くにプロの手を借りなかったんだろう。


セルフケアでは限界があると実感したと同時に
人の手でここまで変えられることが出来るのか!と。

ただただ、感動。

長年から持ち続けていた
〝コンプレックスは変えられる!〟
と教えて頂いたことが私の原点。


当初は【エステ】というより先生に憧れ、
飛び込んだことがキッカケです。

それからはすぐ先生に弟子入りを懇願し
お世話になっていた歯科クリニックを退職。

2度サロンに伺ってすぐのこと

私が23歳、子供たちがまだ保育園児のときでした。


小顔矯正のハーブトリートメントの魅力に惹かれ、
エステティックの無限なる可能性を知る。


当時のサロンワークの写真が全く無い。何故。




家の近くのサロンへ転職



娘が蜂窩織炎になり入院し
これまでのように都心に勤めに行くことが
叶わなくなり自宅近くのサロンへ転職。


このときにwax xxxに出会う。


今では珍しいユニフォーム



これまた当時は
wax脱毛=ブラジリアン

のイメージはあったものの
フェイシャルをやっているサロンは少なかったですが
今じゃ当サロンの相棒にもなっています。


とても印象に残っているのは
フェイシャルwaxを探して
サロンに来てくださったお客様がいらして

ご来店理由が持病によりIPL(光)脱毛が受けられず
フェイシャルwaxを探していたとのこと。

ご来店理由は様々で
その方にとってのベストは本当に違うものなのだと。

ここからより奥深いものとなりました。


この辺りから
30代は自分でサロンを立ち上げれたら最高だなぁ…
なんて考えも出てきて
なんとなくグループコンサルに参加し出す。
※このグループコンサルは後に大きく活かされることとなる。



名古屋で圧倒的人気を誇るサロンに出逢う


子供たちのことも少し落ち着いてきた頃。
こちらもオーナーに懇願して
スタッフとして迎え入れて頂きました。

とにかくお客様の圧倒的な多さと支持。



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