見出し画像

7月5日(日)20時「自由法華道場」〜日蓮の中核思想になぜ偽書が多いのか〜

参加方法:ZOOMにアクセス ワンクリックのみ
どなたでも参加可能 無料

メインゲスト:犀角独歩

ZOOMアクセス先
https://us02web.zoom.us/j/5409124232

参加ご自由、顔出しもご自由、聞くだけでもオッケー。
やりとりは音声のみレコード。書籍などに発行する際、発言を活用することもある(氏名は公表しない)。
----------------
語らいの趣旨:

日蓮の遺文は、人をひきつけてやまない。弟子や檀越に対する手紙類など、心のこもった勢いのあるものが多い。法門を論じたものも、論旨明快である。

なかでも名文と感じるのは、「諸法実相抄」「生死一大事血脈抄」「御義口伝」「阿仏房御書」などである。

これらは天台本覚思想をベースにしたいわば凡夫本仏論であるが、日蓮を現代的に展開していく日蓮思想の中核になりうるのかもしれない。

もちろん教学的には、真筆の「立正安国論」「開目抄」「観心本尊抄」こそが日蓮であるが(真筆のものは、じつはあんまりおもしろくない。形式論理的で)。
-------------------
さて、これらの本覚思想的な著作は、実は後世の偽書だという疑念がある(滅後100〜200年後にわたって日蓮に仮託して創作された)。

日本の仏教の祖師たち─たとえば、空海、法然、親鸞、道元には、そういった偽書は、ほとんどみられない(最澄は除く)。

ところが、日蓮においては、偽書あるいは、書き加えたり、挿入したり、都合よく改ざんされている著作がみられるのだ。

どうして、そのようなことが起きるのか。その背景をみていきたい。
-------------------
目的は、「日蓮思想の中核はなにか」を探求することにある。
しかしそのために、煩瑣で精緻な作業が必要になる。どういう遺文が真蹟で、あるいは真偽未決、あるいは偽書として扱われているのか。その根拠はなにか。そんなことを語り合う必要が出てくる。書誌学、文献学的な世界である
-------------------
ところでざっくり言うと、仏教そのものが、創作運動ということもできる。ほとんどが偽書。とくに大乗仏教は、釈迦に仮託された創作文芸と。さらには、大乗仏教の祖師とされる龍樹、あるいは世親の著作のほとんどが、かれらに仮託された偽書であろう。

また古典中の古典、馬鳴の「大乗起信論」ですら、中国での創作という研究もある。『法華経』の開経である「無量義経」も中国創作説が濃厚だ。
-------------------
仏教とは、ブッダからはじまる大創作運動とも言えるか。みんなが寄ってたかって、自分たちに都合よく勝手に作り上げて、「これぞブッダの、祖師の真意である」と言ってしまう体質があるのではないか。

まあそれが、いかにも仏教という懐の広大さであり、あいまいさであり、魅力とも言える。そんなことも視野に入れた語らいをしてみたい。

ゲストプロフィール:
犀角独歩(さいかく・どっぽ)。本名 岩立盛郷(いわたちせいごう) 一九五五年、熱烈な創価学会 員を両親に東京に生まれる。三十五歳のとき、創価学会を脱会し大石寺に移る。宗務院教学部・内事部『大日蓮』編集室嘱託。四十歳で棄教。脱会者支援を始め、日本脱カルト研究会入会、元会報編集長、元理事。 日蓮宗現代宗教研究所等で執筆。日蓮の実像を追及。いまは主に『宗教問題』に執筆。

-------------------
池谷のコメント
要するに、ある人々にとって必要性があったので偽書を作ったす。その人々はどんなひとたちで、その目的はなんであったのか、そこを明らかにしたい。

「いい文章だから、真蹟だろうが偽書だろうが、どうでもいいじゃん。気に入った文章を生き方の指針とするだけだ」という読み方もある。

それはそれでいいと思う。ぼくは、その立場だ。
しかし、そうはいっても、日蓮思想のオリジナルはどういうものかを、まず明らかにしたい。真偽の峻別はしたい。

こういう論議をしていくと、宗教は、強く価値観が伴うので、偏見と執着が強くなる。争いのもととなるのはいたしかたない。

また、宗教が信じられ実践された歴史が長いので、膨大な歴史の知識が必要になる。それらがとても煩瑣だ。まあ、そんなこともふくめて、腑分けしながら論じられたらと思う。

さて、インドのありようの基本は「幻」イリュージョン。あるいは、リーラ(ゆらぎ、あそび)。時空を越えたて展開となる。それが大乗仏教。次々と神話(あるいは、メタファー)が創生されていく。その最たるものは「法華経」と思う。

しかし、中国に漢訳化されると、そこは「文」が基本で、さまざに分類され、整合的、論理的な形になっていく。

そうして、日本は「絞」。ポイントをぐっと圧縮していく。そこに多様な意味を含ませる。そうして、秘伝ともなっていく。そんなことで、偽書が増えていくのかもしれない。まあ、その代表こそが「御義口伝」。じつに名作と思う。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?