苦手と共に

 週に一度だけ開かれるダヴィンチちゃんのバルは酒飲みたちの憩いの場です。ダヴィンチちゃん本人は店に出ず、QPを出せば相応のお酒が出されます。春先に喚ばれたデミヤが代理店主になりました。雇われた以上は手を抜かない辺り、オルタでも根っこは変わりないようです。ダヴィンチちゃん自ら私財を投じて集めたお酒は人理焼却後、倉庫で眠っていました。ですが人理は復元され、スタッフとサーヴァントは心置きなくお酒で身を崩しています。飲み過ぎるとナイチンゲールがやってくるので飲兵衛たちはキープするよう調教されました。
 マタ・ハリもまたダヴィンチバルの常連客です。鼻歌交じりにドアを開けるとなにやらカウンターで不穏な雰囲気が漂っています。黒スーツにラインの入った赤ネクタイを身に付ける男がこれまた黒系の衣服をまとった美女に迫られているように見えます。
 プラチナヘアーの中に竜鱗が覗く美女は黒パーカーに黒のチューブトップ、黒いショートパンツと黒ずくめです。身長はエルメロイ二世よりやや低めながら、セイバーオルタと比べて体つきが大変良いので相応に服のラインも異なっています。そんな彼女が迫る相手は男にしてはかなりの長髪、エルメロイ二世です。エルメロイ二世も戸惑っていますが、迫っている美女も困惑気味のようです。
「どうしたのアルトリアちゃん」
 マタ・ハリは出来るだけ気楽に聞こえるよう明るい声を出しました。プラチナの美女が振り返り、彼女の顔がバルのライトに照らし出されます。不安気だった顔つきが柔らかくなりました。 ちなみに、このカルデアにアルトリアと呼んで反応するサーヴァントはランサーオルタの彼女だけです。サンタさんはサンタさんなので。
「初陣にてロードの手助けをもらったのでな。その礼をかねて話をしたかったのだが、どうにも反応が悪い。この男はバルに来て酒を飲まずに帰る趣味でもあるのか?」
「いいえ。とてもお好きなはずよ。ねえ、センセイ?」
 エルメロイ二世はマタ・ハリにうなずきますが、右隣のスツールに座っているランサーオルタの顔を見ようともしません。
「あ、わかっちゃった。センセイったらアルトリアちゃんがすごい美人だから緊張してるのよ。彼ったら自分が美形なのに美女が苦手なんだもの」
 マタ・ハリはエルメロイ二世の背中にしなだれかかって甘い声を出しました。一瞬、ランサーオルタの頬に紅が差しますが直ぐに消えました。
「戦いでは的確にマスターの指示を解釈して場を動かしていたというのに。難儀な男だな」
「お礼はちゃんと聞いてたと思うから、来週飲む時までにちゃんと話せるようにしておくわね」
 スツールから腰を浮かせたランサーオルタを見てホッとしたのも束の間、マタ・ハリの言葉を受けてエルメロイ二世の顔色が青になりそうです。とっさにマタ・ハリがランサーオルタから見えない位置をつねって、エルメロイ二世の表情筋が固まりました。ランサーオルタがバルの出口を通ったのを確認して、マタ・ハリはエルメロイ二世の左隣に座ります。アプリコットサワーを頼むと、エルメロイ二世の腕を引いて胸に押し当てました。
「おっぱい嫌いだったの、坊や?」
「ノーコメント。彼女と話せなかったのは全く別の事情からだ」
 エルメロイ二世はウィスキーサワーのグラスを傾けて、口を濡らします。とくに残念がる風もなくマタ・ハリは腕を離しました。エルメロイ二世が吐いた安堵のため息は聞かないフリです。
「その事情を教えてくれないと来週もっとひどい目に遭うかもしれない」
「私がバルに来ないという選択肢はないからな。この機会に少しは何とかしたい。協力してほしい」
 エルメロイ二世がマタ・ハリに顔を向けて数秒ほどお互いの瞳だけが見えます。不意にエルメロイ二世は眼鏡をとられました。
「あら、よくある眼鏡なのね」
「端末閲覧用のグラスだ。バルに来るときはいつもこれだよ」
 言いながらエルメロイ二世は背面にカルデアサインの刻まれたタブレットを掲げました。マタ・ハリの手で眼鏡は掛け直されました。
「それで、事情って?」
 薄桃色のアプリコットをちろりと舐めて、マタ・ハリは言いました。
「ずっと前の話だ。セイバーのアルトリア・ペンドラゴンが参戦した聖杯戦争に私も参加した」

 その一言を始まりにセイバーの宝具真名解放にまつわるトラウマを語る姿は哀愁を誘うものでした。以来、セイバーに似た顔を見ると震えが出てしまうというのです。仕方ないと思ったマタ・ハリですが、それだけではないとも感じました。追及はしませんでした。
「理性で違う人物だと分かっていても、古傷には抗えないか」
「戦闘中はどうということもない。だが、カルデアに帰ってくるとコレだ」
「アルトリアちゃんと ゆっくり話したことある?」
「まさか」
「だったら荒療治しましょうか」
「なに?」
 マタ・ハリはエルメロイ二世が持っていたタブレットから指を離しました。慌ててログを確認すると数分前に誰かを呼び出したようです。 バルの扉が開き、堂々とした靴音が鳴りました。嫌な予感がしたエルメロイ二世が振り返るとランサーオルタが戻ってきています。
「ジャンクを片手に語り合いたいと聞いたぞエルメロイ二世。見上げた心意気だ。ジャンクを愛する友であると知っていたのならもっと早く言え。恥ずかしがることなどない。王とてジャンクを食べずにいられない時は割とよくあるのだからな」
「いやちょっと、待」
 襟首を掴まれたエルメロイ二世になす術はありません。ステータス差とは斯くも残酷なのです。食堂へと連行、もといジャンクデートしに行った2人を見送ったマタ・ハリはアプリコットを飲み干して席を立ちました。
「忘れモノだ」
 デミヤがタブレットをマタ・ハリに手渡します。
「どんな秘密が入ってるのかしらね」
「開く気もないくせに悪女ぶるんじゃない。アルトリアオルタがジャンクで気を良くすると知っていたからああも無理をさせたのだろう」
「笑顔の美女と話せば、トラウマもちょっとは軟化するはずよ」
「アンタの経験則か?」
「どうかしらね」

 翌朝、エミヤが食堂を開けに来て最初にしたのは黒ずくめの酔っ払い2人に水を掛けたことでした。ジャンクフードをきっかけに酒飲み相手にはなれたようです。お酒とジャンク抜きではまだまだ厳しいとは本人の談ですが。

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