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キリストの「血筋」を守るか?「魂」を守るか?

2013年、西本智実の指揮によりサン・ピエトロ大聖堂で長崎の「オラショ」が演奏された。青森・新郷村の「ナニャドヤラ」もいつかこ場所で……厳しいか。。

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ご無沙汰しています。家族旅行の記録がてらに所感をつらつらと書いております。青森・新郷村を訪れたのは今年のお盆のことでした。

「パトラッシュ!僕はここを訪れるのが子供の頃から夢だったんだ!」
しかも前泊は座敷わらしの宿こと『緑風荘』。

『緑風荘』(岩手)から『キリストの墓』(青森)までは車で約30分。近いのです。

AM2:30@槐(えんじゅ)の間

ミステリー&オカルトファン(通称:ムー民)にとって両者は聖地。開運スポットでもありますのでおすすめです。

本やネットでは得られない出会いと気付きと新たな謎が、旅先にはある!

レンタカーで秋田→岩手→青森を巡りました


1. ユダヤ?の痕跡が沢山

(1)ムー民のおさらい

『キリストの墓』があるとされる新郷村(旧:戸来村へらいむら)。戸来へらいは「ヘブライ」の訛りとかゴルゴダで処刑された身代わりは弟のイスキリだとかこの村に生まれた赤ん坊は額に「肉」ならぬ十字が書かれるとか子供服の襟には魔除けの六芒星が刺繍されるとか丘の上の2つの盛り土の周りで毎年「ナニャドヤラ」なる古代ヘブライ語の歌に合わせて踊る祭りがあるとかおじさんをアダと呼びおばさんをアバと呼ぶとか亡くなると棺に十字が書かれるとか…

のどかです…

子供の頃からオカルト本しか読んで来なかったムー民にとって、上記は小3レベルの知識に過ぎないでしょう。せっかくですから現地で気付いたことを書きますね。

(2)キリストの子孫?沢口家、健在!

上の写真の看板を裏から撮ったのがこちら。

小規模ながらも立派な観光地

看板が汚れているのはこの時期、東北が大雨続きだったからでしょう。
(『大石神おおいしがみピラミッド』は残念ながら今では崩壊していますが5万年前のピラミッドとのこと)

道の対岸にある駐車場からの撮影でしたが、この駐車場の並びにキリストの子孫と伝えられる沢口家があります
(一般のお宅ですから写真は撮らないであげて下さいね。ピンポンダッシュ厳禁!)

沢口家の噂は聞いていましたが、現在もこうしてキリストの墓の麓に留まり、墓守り任務を継続遂行中??

…って「いやいや、ただ単に沢口家の敷地なだけだし、丘の上に2つの盛り土があっただけだから」等と野暮なことを言ってはいけません。

バチカンもびっくり

施設の公園内には沢口家のお墓もありました。こちらは十字架ではなく純・仏教形式・黒御影石の立派なお墓。…おいおい、沢口家はクリスチャンじゃないんかい?笑
(一般のお宅のお墓ですから写真は…以下同文)

ちょっとしたお散歩コース


(3)「ナニャドヤラ」は毎年6月に

かの「ナニャドヤラ」がお披露目される「キリスト祭」は、毎年6月の第一日曜日に開催されるそうです。

「ナニャドヤラ」、実は青森県内の他の集落でも行われています。歌詞については旧ヘブライ語説の他にも2つ説があり…その辺りのことは資料が展示されている「伝承館」館内展示にも書かれていました。

(4)家紋の由来はダビデの星?

「伝承館」の話が出てきたところで、沢口家の家紋についても触れておきます。ズバリ「伝承館」正面にあるのがそうですね。

入館料は大人¥200

ダビデの六芒星をそのまま頂くのは畏れ多いと「桔梗紋」にアレンジされた説の他にも諸説あるようですが…謎は謎のままにしておきましょう。

2. 真偽の見極め

(1)江戸時代の逸話がない

私の一番の関心どころは『キリスト教を禁じた徳川の時代をどうやって過ごしていたのか?』でした。長年の疑問。

これについては子供の頃に読んだオカルト本には載っていなかったので。
果たして「伝承館」内でそれらの記録の展示は…ありませんでした。。

イスラエル駐日大使寄贈の「エルサレム・ストーン」(写真左の中央)
現在は伝承館内に保管され左右の石碑のみが屋外に(写真右)

村人たちが本当にキリストを信仰していたならば、命懸けで毎日を心身恐々と暮らしていたはず。
幕府から「踏み絵」を要求された場合の対策等、村ぐるみでこっそり、かつしっかり話し合いが行われていたことでしょう。
そうした記録が全く出て来ないのが…残念。

ですが近年、この地から程近い十和田湖周辺でキリストやマリアを隠れて崇拝していた痕跡?が発見されているのだとか…。

東北地方の潜伏キリシタンたちの歴史、今後現代に蘇ることを期待しましょう。

(2)奇跡の伝説がない

この地でキリストが暮らしていたならば、いくつか起きたであろう奇跡。
「キリスト様がケガや病気を治してくれた」「飢饉のときキリスト様が水や食料を出現させた」
…そんなミラクルな物語りが伝承されてもおかしくないのですが、残っている気配がありません。

黄金比のモニュメント

また、沢口家から代々多くの霊能者や超能力者を輩出した、とするお話もないのです。
もしそうした一族であったなら、とっくに国家が、いやバチカンが?各国が?保護の名目で乗り出して来たことでしょう。

(3)外国人漂流説

赤ら顔や碧眼、鷲鼻等、顔立ちが日本人離れしているのは、何も沢口家に限ったことではありません。
秋田に「秋田美人」がいるように、東北地方に流れ付いたロシア人がそのまま日本人と結ばれ日本で暮らす、そうしたことは昔から度々あったはず。

その「昔」が数百年前か、あるいは数千年前か、数万年前からかも知れませんし、もちろんロシア人のみならず、ユダヤ人だった可能性も否定はできません。

ピラミッド内に絵馬が…


(4)ユダヤを忘れた村人たち?

仮説です。この地に残るユダヤ由来とされる多くの痕跡。これらが本当に古代ユダヤ人が持ち込んだものならば、村人たちはいつしかそのことを忘れ、風習のみが残ったと考えられます。

「忘れ去られる=秘密が長期保管される」これはオカルトあるあるですね。
讃美歌→畑仕事の歌→盆踊り、洗礼めいた儀式→まじないの類、という風に次第に村の暮らしに合わせて転用されての伝承です。

丘を登ると左右に十字架が見えます


3. 竹内さんが入手し加筆した南朝文献

(1)ムー民のこころえ

1935年(昭和10年)、天津教の開祖にして自称・武内宿禰たけうちのすくねの末裔、竹内巨麿が、秘伝「竹内文書」の記載に基きこの地を訪れ『キリストの墓』を発見。

右にキリストの墓とされる「十来塚」

…と書いたらこれらについて触れざるを得ませんが、表面的にはあまりにもお粗末です。しかし多くの謎を含むこれらには何らかの根拠が眠っているかもしれません。

単なる《虚言》や《偽書》として見放さず、隠れた歴史の《手掛かり》としてこれらを探求したいものです。

(2)武内宿禰は秘めたる存在

センシティブな内容のためサラッと書きます。もしあなたが「〇〇教の教祖に、俺はなるー!」と決意した場合、経歴詐称し信者を募っても、それっぽいアイテムを入手しメディアを煽って献金を集めても良い訳です。

世の中には「我こそは武内宿禰の末裔」と自称する人物が時々現れる、ということです。

左に弟イスキリの塚とされる「十代墓」

そんなことよりも、蘇我氏と武内宿禰の関係を調べた方が賢明でしょう。いかに秘めたる人物かが分かります。
もし正当な末裔が「私が第〇〇代目の武内宿禰」と世間にカミングアウトしようものならば、一人で外を歩くのは困難でしょう。

(3)竹内文献にはベースがある

富山県の小作農家・竹内家に養子に入った、教祖・竹内巨麿。彼が「わが竹内家に代々伝わる日本最古にして正当な歴史書」とする竹内文献。
そのうちの「キリストの遺言」においてはキリスト空白の12年間日本での最期が書かれているのだとか。

最初に日本を訪れたキリストは、竹内巨麿が復興した「皇祖皇太神宮」において、竹内巨麿の先祖の元で修行をし、33歳で帰国。……と、何ともあからさま過ぎてお口がポカン。

帰国後、日本の素晴らしさを伝えるもユダヤ教徒たちに捕らえられ、弟を磔刑の身代わりにし、弟子たちと行方をくらませる。

その4年後、再び日本に訪れ「十来太郎大天空」と名乗り、旧:戸来村へらいむらの女性・ミユ子を娶り3女を儲け、106歳の長寿を全うする。
(これらの記載が当初、神代文字で記されていた…)

教祖のプロパガンダの加筆により、文献の全てが《偽書》扱いされるのは、たいへん残念なことです。
《偽書》のレッテルを張られた古代文献には内容に共通点があることに着目し、意義を見出したいものです。

(4)南朝文献とは?

竹内文献の出所を「福島県・葛尾村の光福寺(現:観福寺)に保管されていた南朝由来の宝物であり、盗難に遭った後に古物商から竹内巨麿が買い取った」と証言した人物がいます。

それは自称・南朝の末裔であり、自らを熊沢天皇と名乗った熊沢寛道でした。
後亀山天皇(上皇)のひ孫である熊野宮 信雅王くまのみや のぶまさおうの末裔・熊沢家の養子に入った熊沢寛道。

竹内文献はもともと葛尾村に逃れた信雅王のぶまさおう伝承の宝物である、という主張です。

みちのくの 水芭蕉めで のぼり来し
丘にひそかに キリストの墓

なるほど「3000億年前からの歴史が記載されている古文書」ならば、皇族か神官でもなければ伝承不可能でしょう。数年~数十年おきに新しい紙に書き替える必要があったと推測されます。

「南朝由来」とは「竹内家代々…」よりも一理ありそうです。
文書の他、ヒヒイロカネを含む多数の宝物が国に没収され、返却されることなく「戦火による消失」となっている辺りも、逆に信憑性が増すと言えそうです。

ただ、竹内巨麿と熊沢寛道に共通して言えることですが、〇〇家に養子入りした人物が「正当な〇〇家の子孫」を名乗るのは、当時のブームだったのでしょうか?(血縁が途絶えてる辺りで諦めて頂きたいものです)

4.「理想郷・日本」復活なるか?

(1)理想の暮らしは縄文時代?

「はるか東の彼方に日本という島国がある。そこでは縄文人たちが集団生活を営んでいる。
彼らは個人で物を所有するという概念がない。そのため1万5千年もの間、戦争をしていない

他者と助け合い自然と共に暮らす人々の国はまさに理想郷。私たちユダヤ人もかつてはそこで暮らしていた。今からでも力を合わせれば、戦争や差別のない暮らしができるのではないだろうか?」

キリストが本当に日本で暮らし、縄文人たちが生活する姿を見ていたならば、彼は帰国後にかの地でその様な話を人々に説いたでしょうか?
もしそうならたいへん皮肉なことかもしれません。縄文人を滅ぼしたのはユダヤ人だったかも…。

「キリストっぷ」と草刈りおばちゃん

(この地にキリストの骨が埋まっているかどうかは別として…)
古人の願いは、私たち現代人の内に眠る縄文人パワーの復活なのかもしれません。


(2)日本縄文回帰化計画

いまいち世界のデジタル・トランスフォーメーション化の波に乗れないでいる日本。稼いでも稼いでも海外に金が流れ、円の価値がだだ下がり、「一人当たりGDP」が世界ランク30位の日本。

「日本がオワコン」なのではない。「利権」だの何だの「格差が出来るシステム」がそもそも性に合っていない民族なのではと考える今日この頃。

世の中便利になったけど、電磁波を浴びて食品添加物を食べさせられて、それで本当に幸せなの?最高品質の物やサービスを提供している割には何だかギスギスしててとっても疲れちゃうんですけどー。え?もっとやれ?いや、このまま延長戦?そろそろこの世界のシステム、変えて行きませんか~?

お土産:キリストの墓(ハッカ)あめ(アーメン)

テクノロジーと自然と精神性これらが調和してこそ幸せが得られることを、もしかしたら私たちは遠い祖先の記憶からDNAを通して知っているのかもしれません。

5.キリストの「血」か?「魂」か?

(1) ダ・ヴィンチ・コード式

前置きが長かった~。では表題についてです。ムー民の寝物語とでも思ってお読み下さい。
世界を席巻するキリスト教の影響力は甚大で、旧〇〇教会の比でないことはご想像できるでしょう。
世間にはキリストの「血筋」が代々継承されることが重要と考える人たちがいます。
仮にあの映画に因んで『ダ・ヴィンチ・コード式』とでも呼びましょうか。

(2) リトル・ブッダ式

それに対しキリストの輪廻する「魂」を持つ人を保護することが重要と考える人たちがいます。これにはキリストのみならずキリストの家族や弟子たちの魂も保護の対象に含まれるようです。
これをあの映画に因んで『リトル・ブッダ式』とでも呼びましょう。

これらは日本から遠く離れたどこかの国で行われていることでしょうか。映画のように欧米やチベットのお話でしょうか。そもそも映画は単なる創作でしょうか。

日本とユダヤの関係を知れば、日本も無関係ではなさそうです。

あとがき ~ 縄文回帰は青森から?

『キリストの墓』満喫後、私たちは『三内丸山遺跡』に移動。
道中、十和田市街の目貫通りを走行し、道の両サイド数百メートルに渡るシャッター商店街を目の当たりに。地方の過疎化・少子化・小規模店舗経営の困難さをひしひしと感じました。

と同時に「良い意味で」縄文回帰できるのでは?そんな気がしたのです。
何も「革新的戦術」など計らずとも、この土地は「回帰」するのではないだろうかと。
もしここに無農薬のりんご並木が出来たなら、世界はどんなに驚くだろう?
そんな想像を巡らしながらレンタカーを走らせたのでした。

旅行って良いですよね。普段考えもしなかった思いに辿り着きます。
伝説の地を訪れて、直接地を踏み空気を肌で感じ、あぁ昔の人もここで呼吸し生活していたのだな、と。

特に青森は古代・大和朝廷の権力争いから遠く離れて、縄文スタイルの生活がより長く営まれた土地なのでしょう(『もののけ姫』のアシタカが住んでいた集落のような暮らしですかね)。

大人になっても学びは尽きることがない。本では得られない勉強と、自然の中でリフレッシュ、親切な人々にお世話になり、珍しいものを見聞きし、美味しいものを食べて、至福の一時でした。
はるばる来た甲斐があったなぁ~。長文、失礼致しました。(^^♪

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