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よだか語り ~好きだからこそ気づけた男の子と、気づけなかった男の子~

「好きだからこそ気づけた男の子と、気づけなかった男の子。」

よだかのプレミア試写会のイベントレポートで、gooニュースの記事にだけ松山博昭監督のコメントが掲載されていました。その中にあった言葉。読んだ私の胸を貫いた言葉でした。火賀俊平も水本公史郎も、小日向あゆみのことがとても好きだ。でも、火賀くんは「気づけた」し、一方でしろちゃんは「気づけなかった」。そこで、“好きだからこそ気づけなかった”ということについて考えてみました。

そもそも、しろちゃんとあゆみちゃんってどうしてそんなに惹かれ合っているんだろう。両者とも(家の内装や外装から察するに)裕福な家と幸せな家族の下で所謂”スレる”ことなく育ってきて、ずっと同じ時間を共に過ごしてきた2人。そのことが、2人の間に兄妹(姉弟)のような信頼関係を生み、いつしか2人は、言葉で意思疎通しなくても通じ合えるレベルにまで達している。

ドラマは3Dなので、2Dの漫画の世界とは表現方法が異なり、ドラマ版ではどうしても説明的なセリフを加えざるを得ないところがあるのは仕方がなくて、海根然子があゆみに入れ替わった理由を問われて答えるシーンなどは、原作よりもセリフのやり取りが長くなっていました。でも、逆にセリフが一切なく、表情だけで伝えているところもあって。それがあゆみとしろちゃんのシーンです。漫画原作では「しろちゃんが好きです」や「あゆみちゃんが好きだ」というお互いの気持ちを2人がハッキリと言葉にしているのに対して、ドラマ版ではしろちゃんが微笑むとあゆみも微笑み、あゆみが一筋の涙を流すとしろちゃんは沈黙のあたたかさで受け止める。
そういう“言葉じゃなく通じ合う”という感じは、逆に火賀とあゆみには全く描かれません。むしろ言葉でも通じ合えていない。笑 火賀の「オレら、付き合えへんか?」という渾身のアピールも虚しく、あゆみは「いいよ!(パフェのおかわりだったら)今ならいくらでも付き合える!」と返すし、火賀があゆみを好きだということをクラスメイトは勿論、学校じゅうが知っているような状況で、あゆみは全くそれに気づかない。火賀からの明確な告白とも取れるアピールを全く察知しない(察知することができない)あゆみがそこにいる。
それはあゆみが火賀を分からないだけではなくて、きっと火賀もあゆみのことをあまり知らないんだと思います。あゆみが宇金を訪ねる際「もしも入れ替わりの方法が分かったら、元に戻れるかもしれないんだよね」というあゆみの、期待や不安や恐怖や、様々な感情が混じった台詞に対して、それまで彼女のことを全力でフォローできていたはずの火賀くんは「もしそのときは、オレと…(付き合ってほしい)」と言いかけてしまいます。結局ここでは最後まで言えないんだけど、ここのあゆみの台詞(「もしも入れ替わりの方法が分かったら~」)に対して、私の中のしろちゃんだったら、「そうだね」とあゆみの複雑な感情をまるごと包み込むか、「でも宇金のこともどこまで信じていいか分からないから、ここは慎重に行こう」というような正論を言っているか、どちらかだと思うんです。しろちゃんは1ミリもあゆみのことより自分のことを考えることなんてないと思うから。というか、原作を知ってる私が観てて即座にしろちゃんならこう言う!って思ってしまった。でも火賀くんはここで、一瞬だけ、あゆみのことではなく、自分のことを考えてしまった。小さなすれ違い。

この長年の付き合いを表すポイントとしては、”呼び方”も挙げられると思います。水本公史郎のことを「しろちゃん」と呼ぶのはあゆみだけだし(他の人は「水本」「水本くん」「公史郎」という呼び方。ちなみに「公史郎」呼びは火賀のみ)、小日向あゆみのことを「あゆみちゃん」と呼ぶのもしろちゃんだけ……と思ったら、モブ生徒の「てかあゆみちゃん最近性格変わったよな」という台詞があったのでこの説は成り立ちませんでした。が、あゆみと親しい人間、火賀/律ちゃん/マリちゃん/しろちゃん/ママの中で言うと「あゆみちゃん」呼びなのはしろちゃんだけで、あとは全員「あゆみ」呼び。
原作でも、海根さんは入れ替わる前はしろちゃんのことを「水本」と呼んでいるのに(彼女が直接的に名前で呼ぶシーンは出てきませんが、渡すはずだったラブレターには「水本へ」と書かれている)、入れ替わってあゆみの身体になってからは、あゆみの口を借り、一貫して「しろちゃん」と呼んでいる。 そう考えると「しろちゃん」って呼んでいいの小日向あゆみだけなのでは……?私のような者がしろちゃん呼びしてはいけないのでは……?ごめんなさい……でもしろちゃんのこと好きなので私も「しろちゃん」ってめっちゃ呼びたい……ごめんね…普通にイチ読者/視聴者なので許してね……私はあゆみちゃんの身体と入れ替わったりしないので……。(?)

こんな風にそもそもの設定などでめちゃくちゃ特別扱いされているあゆみとしろちゃん。でも何故、しろちゃんはあゆみが入れ替わってることに気づけなかったのか。そして、しろちゃんは入れ替わりに気づいたのはいつなのか。
しろちゃんが決定的に気づいたのは1話のラスト、「しろちゃんだけには気づかれない方が良かったのかもしれない」というあゆみナレーションのシーンだと思うけど、気づくまでのヒントは1話に散りばめられていたと思う。そして、彼は、ある程度の違和感は察知できていたと思います。あゆみが然子に嫌がらせをされていた、という疑惑で騒然となる教室。過剰に反応するクラスメイトに対しての、火賀の懸命な怒号。そして海根さんに対して明らかにぎこちないあゆみの態度。明らかに何かがおかしいと彼は気づいていたはずです。それから訪れる1話のラストシーン、教室での一件のあと楽しそうにはしゃぐ然子の姿をしたあゆみと、海根さんを見て異常に楽しそうな火賀。そこで完全にしろちゃんは入れ替わりに気づく。そして、確信を持って「あゆみの身体に入っている然子」に接近する。

つまり、問題の日のあゆみとの初デートと次の日の登校シーン、そして学校での1日を過ごす中では気づけなかった。これはきっと、海根さんがしろちゃんのことを好きだったことが原因だと思う。好きな人の前って、女の子はみんな可愛くなるから。しかも海根さんはしろちゃんに対して、あゆみよりは明確に愛を示すんだけど(スキンシップなど)、それも告白を承諾してあゆみが「しろちゃんの彼女」という肩書きを背負ったという変化が根底にあったから、しろちゃんにとってもその変化は受け入れ難いものではなかったんだと思います。原作では「海根然子はあゆみちゃんの体で…俺の前では完璧に演じきってた」というしろちゃんの台詞もある。
それに加えて、しろちゃんの”異変に対して咄嗟に反応しない/できない”という性格が凶と出たのだと思う。良くも悪くも、思い立ったら考える前に動いてしまう火賀に対して、しろちゃんは考えてから動くタイプ。頭のいいしろちゃんは、頭がいいからこそ、確信を持ってこの非現実的な問題を対処できるようになるまで、その一歩を踏み出せなかった。

「好きだから気づけなかった男の子」。心の底から好きだから、言わなくても心を通わせられてしまうからこそ、なおさら言わなかったし、変化について問えなかった。好きだから、タイミング悪く油断した。

でも、しろちゃんだからこそ然子を味方につけようと冷静に動けたし(火賀くんは海根さんに秒殺で嫌われている)、彼女の心を見事に開かせることができたし、然子の唯一の弱み(しろちゃんを絶対的に好きであること)を握れたんだと思う。火賀くんも言ってたけどこの一連の事件の真の功労者はしろちゃん。

今度は「好きだからこそ気づけた」、火賀くんのターンです。先程も触れたように、火賀くんはしろちゃんとは違って、あゆみへの思いを躊躇することなく口にする。些細な思い出や出会ってからの記憶も、全てすぐに目に浮かぶ。火賀くんの性格のせいもあると思うけど、しろちゃんと比べると僅かな年数しか一緒の時間を過ごせていない、というのが大きいんじゃないのかな。原作の設定だと、火賀くんはしろちゃんやあゆみのいる中学校に転校してきた設定だから、あゆみとの付き合いは長くても4年くらい。でも、だからこそ、細やかなことでもあゆみの全てをかき集めたい、少しでもいいからあゆみのそばに居たい、彼女の笑った顔が見たい、何があっても守りたい。そういう気持ちで火賀くんはあゆみの隣にいる。もちろん、あゆみがしろちゃんのことを心底好きなのも分かっている。大好きだから。
しかしながら、火賀くんはあゆみからの「好き」という恋慕を受けていない。あゆみが、”入れ替わり”という非常事態を一番知らせたかったのはしろちゃんで、でもそのしろちゃんに分かってもらえなかったことに一時絶望し、精神的に疲れ切っていたあゆみが、特別な友人である火賀くんの前でふっと気を許した。しろちゃんの前では必死に“非常”を訴えても、火賀くんの前ではナチュラルな“常”の状態。最も素が出やすい、自然体でいる。だからこそ、ふいに振り返った瞬間の些細な仕草で海根然子の中にいるあゆみが無意識に放たれたし、火賀くんの中でかき集められていたピースが繋がって、弾けた。

「好きだからこそ気づいた男の子」。でも、それは皮肉にも、好きな人からの「好き」が向けられていない状態だったからこそ起こった、偶然の幸運だった。もちろん、あゆみが自然体で居られたのは、それ以外にも、「火賀くんのオーラ」がそうさせた、という理由もあると思います。みんなに分け隔てなく接する火賀くんは、そういう無意識のオーラで人気者になっていっているのだと思うから。

火賀は「火」。火星をモチーフに名付けられている。ドラマ版の火賀くんには、烈火のような激しさがある。あゆみの頭にポンポンと手のひらを乗せる仕草、あゆみの腕を掴む拳、あゆみを抱き締める腕。そのどれもに強く激しい想いがこもっている。あゆみを助けるために真っ先に動き出すのはいつも火賀だし、火賀は分かりやすい。あゆみが好き、アプリゲームばっかりやってる、いつも宿題を忘れる、明るい性格でクラスメイトから自然と慕われる。よく笑い、すぐ大声で叫ぶ。自らの正義に外れた言動に対してはすぐに敵意や怒りをあらわにし、口調を荒げる。鉄砲玉みたいな男らしさで、熱烈に生きている。

対する水本は「水」。水星がモチーフだけど、原作3巻表紙の淡い水色のような、優しい優しいしろちゃん。真面目で正直で、ドラマ版では、あゆみがいちごオレが好きだと知っているので冬でも冷えたいちごオレを買ってきてあげようと思う(そして実行した結果火賀にヒーヒー言って責められる)。彼のあゆみに対する思いは、本当のところはよく分からない。イチ視聴者として、あゆみは、すごく明るくて愛される力のある子だな、と私は思っているけど、しろちゃんが具体的にあゆみのどういうところが好きで、これまで積み重ねてきた年月がしろちゃんに何を思わせたのか、ハッキリ描かれていないし、多分しろちゃんの口からこっそり本音が聞けるのは、あゆみ(と火賀)だけなのかな、とも思う。静かな、深くて美しい泉のようなしろちゃん。はるか真下に見下ろす水底は暗くてよく見えない。しかし透き通り、澄み渡った心地のよい水。器に添いどんな形にもなれる器用さと、その水だけでは形を結ぶことはできない儚さ、切なさ、どうしようもなさを携えている。

この対局な2人が、「オレ今日も掃除当番やから、放課後、教室で待っとけよ」「放課後、美術室に来てほしいんだ」と同じタイミングで別々にあゆみへ告げるシーンで毎回頭を抱えるんですけど(私は選べません)、最終的に美術室へ向かってしまうあゆみ、ブレないなぁと思います。しろちゃんが好きだし、彼を信じたいし、しろちゃんになら傷つけられてもすぐ忘れたフリができるんだよね。どこまでも悲しいけど、しろちゃんのことは、傷つきながらもいつまでも信じてしまうんだよね。

選ばれない火賀。2回も待望のしろちゃんと重ねられ、しろちゃんが良かったのに、「なぁんだ、火賀くんか」とあゆみから思われたことが実は2回もある火賀くん。原作の連載では火賀か水本か、どっちと結ばれるか決めずに描き進められていたらしくビックリですが、ドラマはもう、最終的にしろちゃんとくっつくゴールがすでにある状態で脚本が書かれているだろうから、観ててより一層つらかったです。

でもやっぱり火賀くんはちょっと鉄砲玉すぎて、アホすぎるので「彼氏としては、あゆみちゃんを任せられないな~」みたいな気持ちになった箇所はある。笑 全般的にすごく男らしくて行動的だけど、短絡的な思考の持ち主だから、入れ替わるためならあゆみに階段から落ちろ、とか平気で言ってしまう。火賀くんが考えた元に戻る方法のリスト、見ましたか?私はあれを一時停止して読んでみたんですけど、本当にヒドい。笑

・柔道技で投げられる
・剣道で面を打たれる
・チョークスリーパーで極められる
・タックルされる
・相手の身体に全力でぶつかる
・ひたすら瞑想
・お風呂の中で十分息を止める
・ごま行する
・トンネルを抜ける
・滝に打たれる
・階段から落ちる
(・雷に打たれる)

……火賀くんはアホかな?というか、これ、しろちゃんたちは知らないので私たち視聴者しか知り得ない幻の「問題解決のためのTo Doリスト(by火賀)」なんですけど、これを全部あゆみにやらせようとしたなんて、想像しただけで恐怖すぎる。そもそも実行が困難すぎる。これ、最後以外全部横線で消されてるんだけど、あゆみはこれを全部素直に従って遂行してみせたのか、「さすがにそれは無理」と却下したのか、頑張って出来る限りやってみようとしたけどできなくて「せっかく考えてくれたのに、ごめん……」としぼんでるか、どれかは分からないけど(おそらく最後だと思う)、これをしろちゃんに密告したらしろちゃんが奢ったイチゴパフェの5倍くらいのパンケーキ奢らなきゃいけなくなると思うし、私だったら早急に律ちゃんに報告してボコホコにシメてもらう。あゆみをむちゃくちゃな目に遭わせやがって。
チョークスリーパーっていうのは格闘技の締め技だそうで、首を両腕でホールドして息を苦しくさせる?みたいな技だし(すごくハードなんで画像検索してみてください…)、「ごま行」っていうのは多分「護摩行(ごまぎょう)」のことで、意味を調べてみたら燃え盛る炎の中でお経を唱える密教系の修行のひとつらしく、だいぶこれもハード……「トンネルを抜ける」は映画の観すぎだと思う。

でも、格闘技系の案が多いところとか、男の子が必死に考えてくれた ボディへの多大なる衝撃を食らわす方法リストがこうなるんだろうななどと考えていると、だんだんと火賀くん(重岡くん)へのリア恋を拗らせ始めてしまいそうですよね。でも、絶対あゆみちゃんはこんなアホのこと好きにならないから……。笑 あゆみはしろちゃんがタイプなのに、真逆の性格の火賀くんに振り向くことなんてほぼないから……でも少しでも可能性を感じてしまう、感じさせてしまえるような火賀くん。結局は当て馬がすごく似合ってしまう火賀くん、可哀想だけどめちゃくちゃ良いヤツ…。


以上です。長い。つまり、私は『宇宙を駆けるよだか』が大好き。

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