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『1999年の夏休み』 隠れた傑作、これいかに? 第13回

『1999年の夏休み』  1988年 / 日本
 監督:金子修介  出演:水原里絵(深津絵里)、中野みゆき、大寶智子、宮島依里

クレジットはないものの、萩尾望都の『トーマの心臓』を元にしたという異色ファンタジー。

金子修介監督はにっかつロマンポルノ出身ながら作風が広く、多作な人なので、こういうほとんど埋もれてしまった傑作があるのが残念です。

私が最初に金子監督を認識したのは『恐怖のヤッちゃん』や『みんなあげちゃう♥』『山田村ワルツ』などのコメディ映画で、
日本にこんなハチャメチャなぶっとんだ演出をする人がいた事に衝撃を受けたのを、今でも思い出します。
人が恐怖のあまり尻から火を吹いて飛んでゆくようなアニメチックな描写を、日本映画で実写に取り入れた監督は彼が初めてだったかもしれません。

その後、怪獣映画にリアリズムを導入した平成ガメラ3部作で脚光を浴び、
それがきっかけとなったのか、『DEATH NOTE デスノート』『クロスファイア』『F エフ』のようなシリアスな分野でも人気監督になりました。

ただ、個人的にはどうも90年代後半以降の金子作品はしっくり来なくて、漫画風の大仰な表現とシリアスな作風が齟齬をきたしているように感じますし、脚本自体に感心しない事も多いです。

その『ガメラ』以前、80年代後半から90年代にかけての金子作品は、多くがDVD化されていません。

『香港パラダイス』『卒業旅行・ニホンから来ました』『学校の怪談3』がそうですし、
個人的には当時の若手スターを集めたポップな『どっちにするの。』、
就職ハウツー物として楽しい仕上がりだった『就職戦線異状なし』、
吸血鬼物の『咬みつきたい』などは印象深く、ぜひDVD化してほしいタイトルです。

本作は、恐らく金子監督のフィルモグラフィーに初めて登場したシリアスな映画だと思いますが、入手しづらいとはいえDVDになっていてまだ救われます。

この作品が凄いのは、35年を経た今の感覚で観てもあまり風化が進んでいない事。

舞台は夏休み、ほとんどの生徒が帰省してしまった静かな森の中の寄宿舎。
自殺か他殺か分からぬまま消えてしまった少年とそっくりな転校生がやってくるというお話です。

登場人物はわずか4人(二役でプラス1人)、
思春期特有の自意識や同性愛的な嫉妬が混在する、不安定で危うげな関係性が描かれ、
公開から11年後の未来を舞台にしていてSFファンタジー的なテイストもあります。

撮影を担当した高間賢治も著書で述べているように、
これを少年たちが演じると生々しくなりすぎるところ(高間氏は今の時代にそぐわない不適切な言い回しをしていますが)、
女優が演じる事で、不思議な透明感を獲得しています。

しかも、深津絵里と宮島依里(二役の悠のほう)を除いて、セリフを高山なおみ他の声優がアテレコで吹き替えていて、その手法が醸し出すムードも神秘的。

本作が古びて見えない理由は恐らく二つあります。

一つはまず、岸田理生による脚本。
寺山修司と関係が深く、戯曲『身毒丸』や映画『草迷宮』などを共作している人ですが、
本作も舞台劇、翻訳戯曲のようなセリフ回しが現実から少し浮遊した感じで、
それが逆に、公開当時の社会風俗を映画の世界から切り離す結果にもなっています。
登場人物の言葉遣いや所作が、流行に左右されていないという事です。

また岸田脚本の作劇は、ロジックと情感のバランスが常に見事。

彼女はこの約6年後、病に倒れて長い闘病生活に入る前に、
大林宣彦監督のTV映画『私の心はパパのもの』と『彼女が結婚しない理由』(後に劇場公開)の脚本を手掛けていますが、
この2作もまた、今の目で観てもあまり古臭さを感じさせない、非常に優れた人間ドラマに構築されています。

唯一気になるのは、冒頭に成人男性の声でナレーションが入る点で、
これが全体のトーン&マナーを乱しているのと、エンディングではなぜかナレーションの代わりに字幕が入るのも統一感を欠きます。

そもそもこれは誰の視点による回想なのかが曖昧(つまり誰のナレーションなのかも分からない)ですが、これは私の読解力不足なのでしょうか。

もう一つ、本作の風化を防いでいるのが、幻想美に溢れるキャメラワークとロケーション。

ヨーロッパの洋館みたいな寄宿舎や木漏れ日が射す森の小径、
樹々に囲まれた駅舎、
神秘的な湖を見渡す崖など、
様々な場所で撮影したものを組み合わせたという舞台背景は、それ自体がもう一つの主役とも言えます。

撮影の高間賢治は、80年代前半にアメリカで学び、撮影監督のシステムを日本映画界に応用しようと奮闘したパイオニア。

金子監督ともたびたび組んでいますが、自然主義的な手法にこだわる人なので、ファンタジックな映像美が堪能できる本作は貴重です。

特にアンバーの照明を効果的に使った室内の色彩設計は、インテリアや建築と共に大きな見どころですが、
スモークで木漏れ日を浮かび上がらせた森の光景や、
花火やカンテラの灯りが美しい夜の野外シーンも素敵です。

この背景、映像、優れたシナリオ、
若手女優陣が演じる少年たちと、
現実離れしたアフレコのセリフによって、
本作は時代を超越した、独自の世界を今に伝える傑作となっているのだと思います。

ちょっとタカラヅカ的な雰囲気もあり、
正直な所、私は宝塚歌劇もBLも苦手なのですが、
そんな私でも純粋に美しいと感嘆するのは、作り手の意図が成功しているという事でしょう。
もっともっと傑作扱いされていい映画だと思います。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。(見出しの写真はイメージで、映画本編の画像ではありません)

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