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-幻奏家たちの食事- #3

「私は小説家をやめようかと思っていたんだよ。長年信頼している出発社の友人にもそれは話したんだ。」

「そうなのね。でもおじさまは一度原作の映画化にも携わって、成功してるじゃない。なんていうか、私が言いたいのは、他に”そういう”仕事がしたかったからなの?」

「わたしが今までやってきたことは形が違えどすべて一緒だと思っている。要はね、私は ”幻想” を扱う仕事をしてきたんだ。それを全部やめてしまいたかったんだよ。」

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飲み物  ”Capccino” 
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「わたし、おじさまの新作は、たとえ外国のツアー中でも読ませていただいているわ。なんというか、いつもいいところをついている、って思っているの。おじさまがご自身のお仕事を愛している、というだけでなくて、他のたくさんの人たちも実際にそれを”必要”としていると思うわ。
それをただの幻想だというひとも勿論いるかもしれない。でも現実に変化をもたらす幻想だってあるでしょう。」

「Midori、お前が言ってくれたように、私にもなにか純粋なものがあるのかもしれない。わからない。でも私はそれに期待しすぎてたんだよ。それをかわいがって、透明でいよう、透明でいようとするほど。周りのことがよく見えなくなっていくんだ。
自分とは違う人間が許せなくなってきていた。だから疲れていたんだよ。
ほんの些細な生活のことにもだ。辛口の批評ならともかく、助言や、ほめ言葉にすら、自分の価値観と違えば、生死の関わるような感情を使ってしまうことがある。そんな精神状態がひどく成るいっぽうで、何年も続いていた。
私は私自身の感情にもうついていけなくなったんだ。
書くことがないとか、誰かのせいとか、才能が枯れてしまったというわけではないんだよ。」

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料理:  ”Strammer Max”
A slice of dark bread covered with Canadian Becon and two fried eggs
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「……おじさまのことがうらやましい時期があったのよ。楽器を持って歩いているとお嬢ちゃんお嬢ちゃん、っていわれて、なんか私が特別に扱われているみたいだったけど、違和感があったのよ。そして現実は、楽器の弦と弓の毛がどういう風にどういう角度で交わるか、いつも気にしなくてはいけなくて、友達を作る時間もない。”楽器は自分の一部です”と言っている人見ると、嘘をいっていると思うのよ。なにか、こう、そんなにいつも思い通りになるものではないのよ。

おじさまの自由で、それでもまるで現実を見てるような世界はうらやましかったわ。どんどん先に行ってしまわれる気がして、ちょっと昔の話よ。…でもおじさま。今はお気持ちをお変えになさって?」

「今の執筆の後で十分休みはとるつもりだがな、続けようと思う。お前のこの間のコンサートを聴いた後だよ、そう思ったのは。」

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A receipt onto the table
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「……おじさま、わたしね、音楽も小説もすごく昔は一緒のものだった、て思うのよ。その根拠についての話ではないんですけどね、なんていうか…ホントのことを言っても誰も聞いてくれない時って、あるじゃない?」

「…そうだね。私は、孤独を愛するとか好きだとか、わざわざ口にする人間は信用していないよ。少なくとも私はそこに目的はない。
…Midori、多くの人は、自分が親近感を持つような言葉の響きというのがあってね。例えばそれが自分や家族や友人、アイドル、愛犬、そういうものに近いと、初めて見る自分とは関係のなかったものに対しても、好意を持つことができるんだよ。
いい悪いの問題じゃなくてね。事実や現実とは関係ないところで気づいたり惹かれていたりすること。それはMidoriのいうところで言うと、何か音楽の名残かもしれないんだよ。」

つづく -to be continued -

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