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立花 義正(著)「あなたも株のプロになれる: 成功した男の驚くべき売買記録」の売買譜を検証したWebページがなくなっていました

Amazonのレビューを見ると今でも高評価を付けている方がいる本なのですが、この著者はパイオニアの株だけを売買していた方で、そんなことから自分のことを「パイオニ屋」なんて呼んでいたのですが、書籍の中で実際にパイオニア株の売買の履歴が書かれており、売りー買いの両建てでどういうときにそれぞれのポジションを動かしたかまで書かれています。

しかし私にはテクニカル分析がどうしてもロールシャッハテストにしか思えず、読んでても何故そうしたのかが理解できませんでした。特に林輝太郎の本なんかを何冊か読んでみたのですが、株を勉強するには「毎日方眼紙に日足を書くこと(鉛筆ではなくペンで。描き損じたらその方眼紙全部書き直し)」とか「書き続けていれば自然と呼吸みたいなのが分かる」といったことが書かれており、「うーん、なんじゃこりゃ」という感想しかありませんでした。そんなわけでこの本も林輝太郎の本も途中で挫折した本です。

そんなとき、この本に記されている売買譜とそのときのパイオニアのチャートから、記されている売買譜の期間にどれだけ利益を上げられたか検証した方がいてWebページに公開していたのですが、ぐぐっても見つからないのでどうしたものかと思っていたのですが、自分のツイートにこの記事に関するものがないか調べたところ、見つけました。

でもURLを見たらジオシティーズになっており、ジオシティーズはホームページサービスを既に終了しているため、Webページそのものが無くなっていました。

EvernoteにそのWebページをクリップしてないか探してみたのですが見つけられませんでした。上記ツイートは2009年でEvernoteを利用し始めたのが2010年。EvernoteがリリースされたときはWebページをクリップするWebブラウザのアドオンなり機能拡張なんて無かったと思うので、おそらくそのようなことはしてなかったようです。

なので頼りない記憶をもとに売買譜を検証した結果を書きますが、

  • 売買譜を追いかけると本に記されてない売買があったようなので、そこはチャートを見てこうポジションを動かしたのではないかとして検証を行ったこと

  • この期間は上げ相場だったこともあり、最初に買ってそのまま持ちっぱのバイ・アンド・ホールドでも同じ結果だった

とあり、結果だけを見ると「労多くして益少なし」というものでした。もちろん先のことなど分かりませんから売買技術が役に立ったという見方もできますが。

本は既に古紙回収業者に出してしまって持ってないので、Kindle版があれば買ってちょっと調べてみようかと思いましたが、紙の本しかないのと、積ん読しすぎて寝る場所も狭くなったことから一部を台所に移動させたりしている状態なので、これ以上紙の本を買うことは実質無理。なので本当に上記のような結果になるのかどうかは各人で検証してください。

株の売買に関しては以下のような似た本があるのですが、こちらはもっとスパルタな精神論といった感じで、同じくついていくことができずに途中で挫折しました。

あとこの本で学んだことが今でも通用するかどうかは不明。「ウォール街のランダムウォーカー<原著第13版>」に誰もが知ってしまった戦略が通用しなくなった例として「ダウの負け犬戦略」がどうなったかが記されていたので引用しておきます。「技術と戦略はちゃうぞー」といわれればそうですが、そのやり方がいつまでも通用するかはやはり不明かと。聖杯を見つけたのなら絶対誰にも言わない教えないことが非常に重要で、通用しなくなったらそれを売れば一粒で二度美味しいよいかと。少なくとも「過去の実績」はあるのですから(将来を保証するもではないけど)。

「ダウの負け犬」戦略
 この興味ある名前の投資戦略は、人気薄の銘柄群の株価はやがて反転して上昇するという考えに基づく、いわゆる「逆張り(コントラリアン)」戦略を発展させたものである。これは「ダウの負け犬」戦略として知られ、毎年ダウ工業株三〇種平均の採用銘柄の中から、最も配当利回りの高い一〇銘柄を買うというものである。これらの一〇銘柄は最も人気がないのだから、通常は株価収益率も株価純資産倍率も低いと考えられる。この戦略は、一九九一年に『ダウに勝つ』という本を出版した、リチャード・オヒギンズというファンド・マネジャーが提唱したものである。ジェームス・オショーネシー
はこの戦略を一九二〇年代の昔から最近までについて検証した。そして「ダウの負け犬」戦略のパフォーマンスがダウ平均を年に二%以上上回っていることを発見し、この戦略では他にリスクをとる必要もないと指摘した。
 ウォール街の犬族のアナリストたちはたちどころにこの話を嗅ぎつけ、このルールに基づいた多数の投資信託が売り出された。そして予想通り、大勢の投資家が同じゲームを始めた途端、負け犬は本当の負け犬になってしまったのだ。「ダウの負け犬」戦略は九〇年代の後半には毎年市場平均を下回る成績に終わった。「負け犬」の生みの親のオヒギンズは、「私の戦略はあまりにも有名になりすぎた」と嘆き、やがて自滅してしまったのである。もはや「ダウの負け犬」は何の役にも立たない。

ウォール街のランダムウォーカー<原著第13版>

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