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おいしい時に叶う夢

  予想外の答えだ。「食事がまずくてつらい。」バイト先で知り合ったアメリカに留学していたという子に留学の感想を聞いた際の答えである。「勉強がつらい」でも「言葉が通じない」でもなく「食事がまずい」である。思いを巡らせば確かにそうかもしれない。どこにでもあるコンビニでは弁当やおにぎり、そして企業努力の結晶ともいえるスイーツなどが手に入る。何しろその商品を一流のシェフやパティシエに劇辛評価してもらうテレビ番組までもがある。そして世界中の食べ物が日本に集結している。何しろミシュランの星を一番獲得している都市は実は東京だそう。日本人は舌が肥えているのだ。

海外はいつでも私にとって、そしておそらく多くの日本人にとっても憧れだ。最近の若者は情報が豊富なのかそれほどの憧れ感はない模様だが、40代半ばの私にとって留学や海外旅行は今でもキラキラと輝いている。氷河期世代の一人として非正規雇用を転々としてきた身としてはなかなか実現できない代物だ。ましてやハンデを抱えていれば尚更である。特に留学は若い頃切望したが夢のまた夢である。ただ数少ない海外旅行で思いついた事がある。「インドアに限ってはイギリスやアメリカを再現できる」という事である。

旅行して気づいたのだが旅行という期間では現地の人とは「友達」にはなれない。多少のスモールトークは発生するかもしれないが、二度と会わない上殆どの場合、観光で使う形式的な会話だけである。レストランでの注文や道順などを聞く程度であり、その人がどういう人生を歩んできてどのような人生観を持っているかなど知る余地もない。

外国人と多少踏み込んだ話ができるようになるには外国人と一緒の職場か、あるいは留学しかないのではないかと分析している。ただ日本に住んでいるアメリカ人の話によると彼女のコミュニティーでは外国人は外国人、日本人は日本人で集まるらしく、お互いに深く交わらないらしい。「日本人の友達がなかなか出来ない」とこぼしていたが「日本人でも日本人と友達になるのは難しい」と返して談笑した。

室内であれば海外を再現出来ると前述したが、このアメリカ人と会話したのはオンライン英会話である。そう、オンライン英会話なら色々な外国人と多少は深い話をし、定期的に会話が出来るのだ。コロナの時に始めたのだがこれが実に楽しい。

オンライン英会話ではネイティブやノンネイティブの先生たちと会話をしているが本当に多種多様である。博士号をとるアラブ人の彼氏を追ってアメリカからフランスに移ったというイラストレーターや、トルコは経済破綻しているからドルが強くこの仕事(ドルで支払うオンライン英会話の仕事)が有益だと言うラスベガスから移った女性、バリでスキューバの講師をしているが責任が重くオンライン英会話の方が楽しいという元ファイナンシャル・アドバイザーのイギリス人女性、ブラジルやペルーなどで講師をしていたという詩人のマレーシア人など実生活では会えない人たちばかりである。そしてどんどんと脳内の地平線が広がっていくのである。日々の海外のニュースにも敏感になるし、その国に住んでいる先生たちのことを思うのだ。そして自分の金銭が許し、先生たちもこの英会話の仕事を続けていればいつでも話せるのだ。

見渡せば家庭内留学のツールも、もう世にごろごろと転がっている。大学などはMOOCなどで受講が可能だし、海外のニュースはストリーミングサービスなどでCNNやBBCが視聴できる。お金を払わずとももう今はもはやYouTube全盛期でどんな情報も入ってくる。以前は入手困難だった洋書もKindleなどでクリック一つである。また英語で働きたいとするならばUpworkなどを利用するのも手である。

ストリーミングサービスが登場する前だが昔こんなアメリカの広告を見た事がある。テレビの前に積み上がった数々のビデオ。そこに「こんな週末ならニューヨークにいる意味ある?」というキャッチコピー。何の広告かは忘れてしまったがその絵と言葉をよく覚えている。つまりニューヨーカーでも週末は家でスクリーンの前で終わっているという事だ。ならば室内アメリカ計画は簡単だ。

環境そのものが海外がいいのだ、という人には少し物足りないかもしれない。なにしろ殆どスクリーン上での解決法である。Youtubeで海外の動画、MOOCで大学授業、Kindleで洋書、オンライン英会話で社交、そしてUpworkなどで稼ぐというリアルなものは何一つない。しかしスクリーンから離れれば日本の一流のサービスが待っているのだ。時間通りにくる電車、誰をも富裕層のように扱ってくれるコンビニやスーパー、約束通りに届く配達物、きれいなトイレ、痒い所まで行き届いたサービス、そしておいしい食事。あの留学生が一番苦しんだ「まずい食事」を回避し、数百万単位でかかる留学費用を数千円で叶えられるのだ。数十年越しの夢ではあったが、時代が叶えてくれる夢というものもある。叶えたいと強く思っているその時は叶わないかもしれない。ただその時は叶わなくて良かったかもしれないと思える時がくるのかもしれない。おいしい時に叶う夢もあるのだ。

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