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花緑版「妾馬」の心地よさ

このご時世、人の集まる場所に出かけるのは気がひけるのだけど、「落語は業の肯定」という金言を言い訳に1月15日に渋谷円山町で行われた「渋谷らくご」に行ってきた。

数年前からの落語ブームの火付け役のひとつであり、落語を聞き始める人には絶好の落語会。私もこの会をきっかけに落語好きになった。

キュレーターである米粒写経のサンキュータツオさんの絶妙な差配によるバラエティー豊かな顔付けで落語のみならず、講談、浪曲といった語り芸の素晴らしさを味わうことができる。

今回の出演者は立川流で沖縄出身の立川笑二さん、強面だけどなぜかかわいい(失礼!)橘家文蔵師匠、こちらも今ブームの講談界から田辺いちかさん、名門柳家のサラブレッド柳家花緑師匠。硬軟取り混ぜ、年明けに聴くには願ってもないメンバー。

四者四様に客席を楽しませてくれたのだが、特に心に残ったのが家禄師匠の「妾馬」。

長屋に住む八五郎の妹、おつるが殿様に見初められ、側室になる。その後、おつるがお世継ぎを生み、お祝いとして八五郎が殿様にお目通りに行くことになるが・・・。

別名「八五郎出世」としても有名なこの噺。八五郎のがらっぱちぶりに笑い、母親を思う気持ちにホロッとする、古典落語の名作のひとつだ。

いろいろな演者でこの噺を聴いているが、家禄師匠のそれはリズミカルで笑いも多くて、とても心地が良い。

偉そうに評論なぞするつもりはさらさらないが、師匠の目線、所作でその場の空間が見事に再現されたのには驚かされた。広間の広さ、隣に座る三太夫との距離、正面の殿様との距離がはっきりとわかる。

なかでも特に印象に残ったのは八五郎が母親のことを語る場面。ここは母親の娘への愛情、身分が大きく違ってしまったことへの切なさ、八五郎の母親への思いやりが伝わる噺の鍵とも言える部分。

ここに至るまでの八五郎の言動に会場は大いに笑わせてもらっていたが、このシーンになったら客席の空気がガラリとかわり、全員が師匠の演ずる八五郎の言葉に聴き入っている。

八五郎は殿様に「母親におつるが生んだ赤ん坊を抱かせてやってほしい」と頼む。通常、多くの噺家は「赤ん坊を抱かせろとは言わない。せめて遠くからでも一目、母親に孫の顔を見せてやってほしい」と演じている。

庶民といずれは殿様となる世継ぎの孫。身分があまりにも違いすぎ、その孫を「抱く」ことなぞ到底無理な話だ。それでも家禄版八五郎は「抱かせてくれ」とお願いする。

そりゃ、そうだ。身分なぞ関係なく、自分の娘が生んだ初孫だもの顔を見るだけでなく、その手に抱きたい。頬ずりだってしたい。

古典落語は教わったとおり演じるだけではなく、演者自身の解釈で工夫し、演出し、変わっていく。それが古典落語のおもしろさ、魅力でもある。

母親の愛情の強さ、八五郎のまっすぐな思いを家禄師匠はこの一言に込めたように感じた。それはまた師匠の優しさにも通じている。

新年早々、いい噺が聴けた。笑門来福。こいつは春から縁起がいい。







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