このごろ写真を上げる人が増えた

 Twitterに、写真をあげる人が増えた気がする。料理や風景の写真だ。気のせいかもしれないが。
自分の気持ちを投影し憶測すると、もう疲れちゃったんだよね。
衝突に。

写真は言語ではない。言語ではないから一般論で言うと命題がない。例えば写真には「お前は正しい間違ってる」という主張や、非難や叱責がない。叱責がないからコンフリクトは起きにくい。写真も時に叱責をほのめかしはするけど言葉ほどあからさまではない。

やさしい言葉をかけ続けるのはなかなか難しいが、やさしい写真をあげつづけるのは気安くできる。これは言葉に対する写真の長所といえる。

「カツカレー(肉)の写真をあげるな」という怒りは今後ありうるけど。実際私の周りで、配慮している人たちはいる。

2000年代に東浩紀の「動物化」という言葉が、一部界隈で流行した。要約できるほど簡単ではないが、「もうその辺の人たちと深刻に対立する機会はそれほどないのかもしれない」という気分を反映してはいた。(もちろん個人・世代・階層・党派性等々により「気分」に差はあるだろう)

表面上振る舞いは似ている。けど写真を選好する人の中には、「動物化」とは正反対の内実を持つ人がいるはずだ。あまりに人間的な衝突を回避するための、特定コミュニケーションの戦略的切断。

今のTwitterは、コンフリクトが目に入りすぎる。もう疲れてしまったんでしょ?だから写真。

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