自分の「好き」を考えてみる

SOGI研の新歓で、また「愛」について話した。

僕ははじめましての子たちの話を聞きたかったので、あまり話さず聞き手にまわった(絶賛人見知りかましていたのもあり)。それに、流れでこのテーマに決まったけど、愛について話すのは正直不安だった。

終わってから、自分が「好き」とか「いいな」を感じるのはどんな時だろうって考えてた。

僕はやっぱり声に魅力を感じるな〜と思う。話していて安心できたり、心地よかったり。そんな話すテンポとか声の高さがある気がする。思い出してみたら、声がいいなと思った人に話しかけてみた経験も1, 2回あったりする。

これは後々本当に仲良くなるかとかそういうのとは関係ない。話してみて全然性格が合わないこともあるし、友達にもならなかったりする。でも、そんな声を聞いて単なる好きとか嬉しいとかじゃない、何かわからない感情が生まれるのは確かだ。性的欲望とか恋愛的関心でもない気がするから、何なのかわからない。

昨日の新歓で「アロマンティックの人は恋がどんなものか知りたいものなのかな?」という疑問がでた。他の人はわからないけど、僕は知りたい。自分が恋をしたいとは全く思わないけど、わからなさすぎて知りたい。

戸田恵梨香がいつか番組で、「夜眠るときよく死について考えてしまう。(結婚したことで)ひとりで死ななくていいんだと安心した。」というようなことを話していた。そんなふうに安心して毎日を過ごせる(?)たった一人の人が世の中にいるなんて、それは羨ましいと思う。

でもそれは結婚をしていなくても、恋人でなくてもいいはずで。今日もお風呂掃除をしながら無意識に、「恋ってなんだ?」と口にしていた。考えてもわかるはずない。恋をする人たちにとってもはっきりわからないものだから。

それにしても恋は、あるタイミングで「あ!」と実感するものなのか、じわじわ感じるものなのか、それとも相手との将来を考えて結果恋ということになるのか、どうなんだろう。

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