日常からお風呂が消える日(前編)
お風呂に熱いお湯をためて浸かれるのは1ヶ月に1回。
シャワーを浴びる事が出来るのは3日に1回。
トイレを使えるのは1日に4回まで。
これはあくまでも、水道料金が高騰した未来の日本における生活を予想したものです。
しかし、その内容は“絶対に有り得ない”ものではありません。
今回は水道民営化の問題についてお話ししたいと思います。
2018年7月5日に衆議院で水道民営化を含む水道法改正案が可決されましたが、これにより水道料金が値上がりし、生活に影響が及ぶ恐れがあります。
そもそも、水道は民営化に向かない事業なのです。
何故かと言いますと、水道は市民の生命に関わる“命綱”と言っていいほど重要なインフラであり、『たとえ赤字だろうが常に稼働させなくてはならない』からです。
こうした事業は、税金で赤字を補填できる公営の方が向いています。
それくらい“儲からない事業”を民間の営利企業がやろうとすると、『水道の運用コストを上回る儲けを生み出さないといけない』のです。
そうしなければ、水道インフラの維持費は無論のこと、オフィスのレンタル料(自前のオフィスだと固定資産税が発生)、従業員への給料、その他諸々の経費を払えなくなり、会社が潰れます。
では、どうすれば水道の運用コスト以上の儲けを生み出すのか?
方法は主に2つ考えられます。
・水道料金を値上げし、収入を増やす
・水道の保守点検の回数を減らし、維持にかかるコストを下げる
無論、水道関係の仕事に就いている労働者の給料を下げる事だって有り得ます。
これは水道を利用し命を繋げている市民側からすれば不利益なことです。
水道料金が値上がりすれば、家計を圧迫するのみならず水道を使い辛くなり生活に影響が出ます。
また、保守点検を減らせば劣化した水道管を見落とす確率は高くなります。
地震によって劣化した水道管が次々に壊れれば広域で水道インフラが麻痺し復旧が長引くという最悪のシナリオに繋がる事は間違いないでしょう。
実際、海外では水道料金の高騰により市民生活に悪影響が出る事例が出ています。
アジアではフィリピンのマニラ市、南米ではボリビアのコチャバンバ市が水道事業を民営化しましたが、公営時代よりも酷くなるという結果に終わり、水道民営化の失敗例としてよく知られています。
民営化前のマニラでは当時のフィリピン政府が所有していたマニラ首都圏上下水道サービス(Manila Metropolitan Waterworks and Sewerage Services: MWSS)が水道を運営していました。
当時の水道料金は1立方メートルあたり8.78ペソでした。
そして1997年の民営化にあたりMWSSを2つに分けた会社(マニラッド、マニラ・ウォーター)がマニラ西地区と東地区の水道サービスをそれぞれ運営する事になります。
西地区は、ロペス社傘下のマニラッドがフランスのスエズ・リヨネーズ・デゾー(現:オンデオ)と手を組み落札しました。
東地区のマニラ・ウォーターにはイギリスのユナイテッド・ユーティリティーズとアメリカのベクテル、日本の三菱商事が参加しています。
さて、ここで一度2つの会社が落札時に設定した料金を確認してみましょう。
【落札時の水道料金】※1立方メートルあたり
・マニラッド…4.96ペソ
(民営化前と比べて43.5%値下げ)
・マニラ・ウォーター…2.32ペソ
(民営化前と比べて73.5%値下げ)
民営化前の8.78ペソと比べて安くなっていますね。更にこの2社は『当初10年は実質的に料金の値上げを行わない』と約束しました。
ところが、2003年までに2社の水道料金は値上がりしてしまうのです。値上がり後の価格を確認してみましょう。
【値上がり後の水道料金】※1立方メートルあたり
・マニラッド…21.11ペソ
(民営化当初と比べて325.6%値上げ)
(公営時代と比べて140.4%値上げ)
・マニラ・ウォーター…12.21ペソ
(民営化当初と比べて426.2%値上げ)
(公営時代と比べて39%値上げ)
驚きの価格ですね。実はこの2年前の2001年に民営化後では初めてとなる水道料金の値上げが承認されています。
この値上げは、1997年のアジア通貨危機によって2社が被った【ペソ暴落による外国為替上の損失】を埋め合わせる為に行われました。
要するに水道料金を値上げする事によって、私企業が被った損失の穴埋めをするのに必要なカネを市民から巻き上げたというわけです。
この値上がりは、損失が発生した四半期(3ヶ月)のみに認められたものでしたが、その直後の2002年には水道料金の算定基準の改正が行われ、2回目の値上げが行われています。
『当初10年は実質的に料金の値上げを行わない』という約束は、その半分の5年も経たないうちに破られました。
しかも、約束破りはこれだけではありません。
『25年間で75億ドルの新規投資を行う』
『25年以内に80%の地域で衛生状態と環境を改善するために効果的な下水処理プログラムを実施する』
具体的には下水道や浄水場を新しく作るというものですが、2社がほとんど投資しなかった為に約束は果たされていません。
上記以外にも色々約束した事がありますが、これらも果たされていません。これがフィリピン・マニラにおける水道民営化のもたらした結果です。
続いてボリビアのコチャバンバにおける事例を紹介します。
コチャバンバでは1960年代頃から人口が爆発的に増えており、水道サービスの供給が追い付かなくなっていました。都市部から離れた集落では水道が使えず井戸を掘るなんて事も。
更に水道施設の老朽化により2人に1人が適切な水道サービスを受けられないという事態になっていました。
『公営の水道会社では十分な水道サービスを提供できない!』ということで1990年代にSEMAPA(コチャバンバ市営水道局)が取り扱っていた水道事業の経営権を、トゥナリ社に託しました。
このトゥナリ社は、アメリカの大手建設会社であるベクテル社の子会社なのですが彼らは『水道サービス向上の為にダムを作るから』という理由で貧困層からは10%、富裕層からは200%値上げした料金を徴収し始めたのです。
当然、払えない家庭が出てきますがそんな家庭は容赦なく水道を止められます。払えない家庭は井戸を掘ってその水を利用しようとします。
しかし、何とトゥナリ社は『水源が同じだから』といって井戸水に対しても使用料を課しました。
それどころか雨水の貯水までお金を取るという暴挙に出ます。筆者もこれには唖然としました。
金持ちしか水を飲めなくなったコチャバンバ。
生きるのに必要な水、それを供給するインフラである水道を私企業に奪われた人々は、それを再び市民の手に取り戻すべく行動を起こします。
(後編に続きます)
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